(side 足立政一)
目覚めると、俺のすぐ下には息絶え絶えな嬴政、そして、目の前には大きな湖が広がっていた。
嬴政が下敷きになってしまった為に、俺に身体のダメージはあまりいっていなかったらしい。
倦怠感以外は、全くといって良いほど痛みはなかった。
嬴政…………将来の始皇帝を下敷きにしてしまったなんて、俺は相当やらかしてしまったようだ。
上を見上げると、辺りは森になっていたようで、馬車が大木に引っかかっているのが頭上に見えた。
そこから俺と嬴政は投げ出され、身体を強く打った様だった。
「おい、嬴政、嬴政っ!」
嬴政は、あの時の奴にとてもよく似ていることに気づいた。
見覚えがあったのはこの事か…………。
年格好、背丈、顔も何もかも似ていた。
嬴政の髪が長いくらいしか差は無い。
息は辛うじて、あるようだ。 心臓の動悸もある。
奴のようには、死なないでほしい。
「……………かはっ!」
嬴政は大きく血を吐いた。
「ご無事ですか! ただ今水を」
着ていた服を…………あらためて見るときちんと中国服
だった。
「待ってくれ」
嬴政が俺を呼び止めた。
まさか、死から逃れられないと悟って遺言をという訳か?
止めてくれ 嬴政の代わり…………興味があるがハード過ぎる。
それに、影武者が生き残って、本人が死んだなんてなんとも情けない話だ。
「は。」
「趙の兵士に回収されたくはない。
すぐにここを離れ、秦に向かう………ぞ
俺を背負ってはくれぬか」
嬴政は全身を強く打った跡があるし、顔色もかなり悪い。
それに、嬴政を下敷きにしてしまった失態が俺にはある。
「分かりました。」
だが、しばらく行ったところで
パタン!
嬴政が後ろに倒れた。
「政様っ!」
嬴政の耳からも、血が出ている。
奴の時と全く同じだ。
だから、助からないのが分かる。
「おそらく、俺はもうダメだろう。
その前に、そなたに託したいことがある。」
思った通りかよ
「何言ってるんだお前っ! お前は王様の子だろう!
嬴政だろう!
お前じゃなきゃ、苦しみをより多く知るお前じゃなきゃ、偉大な王になんか、なれないだろ!」
お前の重責を担う気は無い。 俺は俺だ。
俺はお前を支えるのは構わんが、お前の代わりに王になる気は毛頭ない。
それに、奴に………誠二によく似た嬴政に死なれたら…………俺は…………。
「そうだな……………本当なら俺は生きたい。
だが、もう、悟ってしまったんだ。
俺にはもはや、死に抗う力さえ残されていないことに。
紫夏や、道剣や……………多くの人々が俺を守ろうとして死んでいった。
それを思えばこそ、ここまで、連れてきてもらったが、もう、これ以上は保たないだろう」
「止めろ! 聞きたくない!
お前は死なない! 死なれたら困るんだよ!」
誠二に似ているお前には死なれて欲しくない!
「済まぬ。 お前は………俺によく似ている。
父に子がない時は、お前が秦王となれ…………よいな…………。」
嬴政はそう言うや、左を向いて……………力尽きた。
「嬴政ぃーーーーーー!!」
嬴政の、誠二によく似た死に顔を見た俺は、絶叫した。
誠二は俺の双子の弟だった。
俺よりも優秀な男で、何をやらせても、俺の1つ上を行った。
両親が俺を叱っても、誠二は俺を庇ってくれた。
俺には出来過ぎた弟だった。
だが、そんな誠二は10才の時、俺の目の前で、交通事故で亡くなった。
加害者は、麻薬をキメていた屑で、心神喪失を理由に、責任能力無しと判断され、裁判で無罪になった。
しかも、この屑は芸能人の二世で、イケメンミュージシャンとして名が通った碌でなしでもあった。
そのブログには、全く反省していないどころか、誠二を冒涜するような文章まで載っており、それが、俺の今の進路を決めたといっても過言ではない。
そして、何としても、現在も一線で活躍しているソイツに地獄を見せてやりたい。
それが、俺が元の世界に戻りたい理由の1つでもあった。
俺は最期まで誠二の傍にいて、誠二を看取っている。
そして、また、俺は、その誠二によく似た、嬴政を看取った。
誠二も嬴政も、理不尽な暴力によってその幼い命を奪われていた。
殊に嬴政の命を奪ったそれは、時代という理不尽だった。
許せない。 だが、それが戦国の世の当然だ。
理不尽によって弱き者が強き者に翻弄され、虐げられ、いたぶられ、犯される。
理不尽としても、変える力を持たねば、何ら意味を成さない。
憤るだけ、時間の無駄だ。
だから、変えてやる。 この世の理不尽を周く駆逐してやる。
戦国の世を終わらせることで、理不尽な暴力を駆逐する。
それが元いた世界の誠二や、嬴政の弔いとなるだろう。
戦国の世を終わらせるには、理不尽な暴力を振るわないことには無理だ。
だが、その先の数百年、いや、数十年の、理不尽のない平和が訪れる為ならば、理不尽な暴力を振るう最低の人間に、俺は堕ちてやろう。
そして、俺は…………そうして中華の唯一王・嬴政として、この地に、安寧を、秩序を、理不尽のない世界を、築き上げてやる!
やがて、秦国の捜索隊がきた。
「政様っ! 政様っ!」
昌文君と覚しき、オッサンが近づいてきた。
そして、嬴政の遺体にかけよろうとするのを
「おい、何をしている??」
止めた。
「ん。 何じゃ貴様は。」
「俺こそが、秦の太子・嬴政。
中華の唯一王となる男だ。
……………そいつは、俺の影武者だ。」
俺はそう叫んだ。