(side 足立政一 = 嬴政 )
そしてついに俺は昌文君に連れられて咸陽に到着した。
「流石は、西帝と謳われた秦王のお膝元だな。」
「そうでありましょう。」
王都・咸陽には、貴族の屋敷と覚しき高楼が高くそびえ立ち、行き交う人々には、西域人の影もチラホラ見える。
呂不韋も西域人らしいから、驚く程のことでもないが、それだけ秦の交通が盛んと言うことだ。
「あ、そうだ昌文君。」
「如何なされた。」
「父王陛下に会われた後、王騎将軍と誼を通じてくれないか」
「…………わかり申した。」
「ありがたい。」
王騎将軍と誼を通じる。
この繋がりこそ、俺が秦王になり、親政に向けた権力闘争をする上で強力な手札となり得る筈だからだ。
他に頼れるような名将はいないしな。
これはまだまだ先でも良いかも知れないが、あのクソ爺神が言っていた、史実よりもハードと言うのが気になるので、急ぐことにしたのだ。
「着きましたぞ 王宮に。」
気づけば俺を載せた馬車は王宮に着いていた。
俺は王宮の宮殿の外に立たされた。
そして
「公子政様、ただ今ご到着成されました!」
「と、通せっ!」
若くて、気後れも孕んだ声が聞こえてきた。
嬴政の父親…………昭王こと昭襄王とごっちゃになるアイツ…………確か荘王だったかな。(※荘襄王です)
そいつの声に間違いない。
俺は居並ぶ群臣の中を進む。
能ある鷹は爪を隠す物だ。 オドオドと進む。
歩き方もあえて下品にカツカツと、靴の音を立てて進んだ。
「ハッハ。 怯えておられますな 公子様は。
これから太子になられるお方がそれでは、いけませぬなぁ。」
脇にいるビチグソ女………嬴政の母親のあの毒々しい女の反対側にいる男がそう呟いた。
この恰幅の良さそうな男こそ、呂不韋であろう。
そう、今は、こいつに権力を与えやすい、無能な公子・嬴政を演じなければならない。
下手に本性を剥き出しにしては、王にはなれまい。
まあ、尤も、ビチグソ女と体の関係がある以上、あのビチグソ女が呂不韋のアレ咥えて肉体で交渉してくれんだろ。
俺が王にならなければあの女も太后として後宮に君臨できないからだ。
あの女は、自らが受けた理不尽をそのまま嬴政に押しつけた。
育児を放棄し、いたぶった。
俺の両親が弟ばかりかわいがり、俺を半ば育児放棄していた節があるのに結構似ている。
呂不韋から権力を奪い、失墜させたら、姦通罪で共々処刑してやる。
それまでの辛抱だ。
「ち、いえ、大王様、王妃様につかれましては、息災にて、政も安心致しました……。はい。」
怯えた風を装いながらも、王妃=嬴政の母親をキッと見据える。
ハハハ。 気味悪がっている。
貴様がそう成りはてたのは同情に値するが、それを嬴政に向けた理不尽。
それを俺は許す気はない。
せいぜい王妃の座を楽しみやがれ 売女が。
「き、気にせずとも良い。
邯鄲でさぞかし、辛い目に遭ったであろう。
私………余も邯鄲にいたから非常によく分かる。
殊にそちは子供であった。 難儀であったな。 政。」
嬴政の親父は俺にそう向かって言ってきた。
声には親しみを感じる。
俺はふと、親父の顔を見た。
不健康気味で、顔色も悪いが、整った顔立ちをしていて、表情も柔和だった。
根が良い人で、そこを華陽夫人に気に入られたのだろうなと感じた。
「とっ、とんでもないことでございます。 父……大王様っ」
すると、親父は笑った後、
「相邦。(=呂不韋) 政は疲れているようだ。
もう下がらせて、休ませるのが良いだろうな。」
「それがよろしゅうございましょうなぁ。」
「だ、そうだ。 もう下がるが良い。」
「は、はい。 し、失礼致します」
俺はまた、オドオドと退室していった。
「一体、アレは何の真似ですか 政様。」
昌文君が俺に尋ねてくる。
ちなみに、昌文君には、人前では政様と呼ばせることにしている。
そして、昌文君は明らかに不満げだ。
「ふむ。 そなたからそのような意見が得られるのであれば、及第点であろうな。」
「つまり、演技だと。」
「当たり前だろう こう言っては悪いが、父上は長くない。
顔色の悪さを見れば明らかだ。
そうなると、次の王を擁立せねばならない。
ならば、よりやりやすい公子を選ぶだろう。
呂不韋を排除する前に、まずは俺が王にならねばな。」
「…………流石、儂が見込んだだけはあるな。
見事だ。」
「ああ。 これからも俺に付いてこい。
そうすれば貴様を相国にしてやる。」
「ハッ!」
「だが、ひとまずは、この国の文字、地理、政治の仕組み、国際情勢を勉強せねばならぬ。
教師を手配してくれ。」
「お任せを」
そして、俺は翌日から、勉学に励むこととなる。
こうして、1年が過ぎたある日。
秦に最初の試練が訪れようとしていた。
政の父の荘襄王(異人・子楚)は、昭王の第二王子、孝文王(安国君)の側室の子供で、数多くいる子供の1人にしか過ぎませんでした。
孝文王の正室・華陽夫人には子供がなく、加えてそれまで孝文王の跡取り候補であった子渓の母親と、華陽夫人の仲が良くなかったのに目をつけた呂不韋が、荘襄王を華陽夫人に売り込み、華陽夫人の養子にした為に、荘襄王は孝文王の跡取りになれたのでした。