Continue to NEXT LOOP.../SIREN(サイレン)/SS   作:ドラ麦茶

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第八十九話 前田隆信 蛇ノ首谷/選鉱所 一九七五年/十六時〇八分〇五秒

 羽生蛇蕎麦を非常食として売り出すため、缶詰にする――村長の突拍子もないアイデアを実現するため、隆信は村の北にある蛇ノ首谷の選鉱所にやってきた。羽生蛇村には錫が採れる鉱山があり、そこで採掘された錫を選鉱し、出荷するための場所だ。もっとも、鉱山自体は鉱量枯渇により昨年閉鎖されている。そのため、この選鉱所も、残った錫の出荷が終了次第閉鎖される予定になっていた。

 

「――ただ、最近うちの錫は、さっぱり売れなくてね」

 

 選鉱所の所長は、浮かない顔でそう言った。

 

 錫が売れないという話は、役場で働く隆信の耳にも入っていた。村で採れた錫は、羽生蛇村がある三隅地域の名を取り、『三隅錫』と呼ばれている。一般的な錫と比べ、かなり変わった性質を持っていることで有名だった。例えば、三隅錫で楽器のトライアングルを作った場合、鳴らすたびに音が違うという現象が起こる。また、三隅錫を使って作ったブリキは、極めて腐食に強かったり、逆に極端に弱かったりと、安定感が無い。さらには――これはウワサ話にすぎないが――戦時中に日本軍が三隅錫を使用して銃弾を作る計画があったが、同じ工程で作った物なのに弾によって弾道が著しく異なるという現象が起こり、計画は中止された、という話もある。なぜ、そのような現象が起こるのか、長年研究されているにもかかわらず、いまだに判っていない。市場では、とにかく扱いづらいことで有名だった。それでも昭和初期まではそれなりに需要があったのだが、近年では海外から安く良質な錫が輸入できるため、三隅錫の需要は著しく減っていた。そのため、鉱山が閉鎖された今でも、錫はこの選鉱所に大量に余っていた。

 

「でもあんた、運がいいよ」と、所長の顔が明るくなった。「最近の研究で、三隅錫を鉄や銅などと一定の割合で混ぜると、非常に質のいいブリキが作れることが判ったんだ。今までの物と違って安定して腐食しないから、缶詰にするには最適だよ」

 

 所長は缶詰を作る関係で食品衛生管理者の資格も持っていた。彼の意見によれば、蕎麦は乾麺、スープは粉末にして三隅錫製の缶詰に入れれば、三十年は安全に食べられるという。非常食としては十分すぎるほど長い期間だ。これなら、村長も喜ぶだろう。

 

「でも、問題はイチゴだね」所長が言った。

 

「と、言うと?」

 

「イチゴは生ものだから、缶詰にしても三十年はもたない。せいぜい十年くらいかな」

 

 つまり、賞味期限は十年ということになる。通常の果物の缶詰と比べればはるかに長いが、せっかく蕎麦が三十年もつのだから、イチゴも三十年もたせたい。何かいいアイデアはないだろうか? 隆信は、所長に意見を求めた。

 

「いい方法があるよ。イチゴを、ジャムにすればいいんだ」

 

「はい? ジャムですか?」首をかしげる隆信。この人は、なにを言い出すのだろう?

 

 隆信の困惑をよそに、所長は自信満々の表情で続ける。「ジャムにすれば、生の状態よりもはるかに長持ちする。三隅錫の缶詰に入れれば、三十年は十分もつよ」

 

「それはそうかもしれませんが、でも、そのジャムは蕎麦の中に入れるんですよ? そんなことをしたら、味がメチャクチャになりませんか?」

 

「それは僕の知ったことではないよ。君が、イチゴを三十年もたせる方法がないかと訊いたから、あくまでもひとつの方法として提案しただけだ。どうするかは、君が決めることだよ」

 

「はあ。確かに」

 

「でも、村長は一度言い出したことは曲げないタイプだからね。イチゴをジャムにすれば賞味期限が三十年になる、なんて知ったら、絶対にその方向で作れって言うと思うよ」

 

「でしょうね」

 

「まあ、上司がむちゃな要求をするのはどこの職場でもあることさ。それにどう応えるかは、部下の腕の見せ所だよ。頑張ってみるんだね」

 

 所長は隆信の肩をポンポンと叩き、仕事に戻った。

 

 隆信は役場に戻り、選鉱所で聞いたことを村長に報告した。所長の予想した通り、村長は賞味期限三十年で作るよう、隆信に命じた。

 

 観光課発足から三ヶ月。羽生蛇村名物グルメ企画は、ようやく試作品を作る段階となった。しかしそれは、日本蕎麦の麺を朝鮮風のスープに入れイチゴジャムを添えるという、聞くだけで背筋が凍るような代物になってしまった。神代家当主など村の有力者を交えた試食会まであと三ヶ月。なんとか、村の名物グルメと呼ぶにふさわしい味にしなければならない。

 

 隆信は、かつてない絶望に襲われていた。

 

 

 

 

 

 

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