とある二周目の垣根帝督   作:riboson

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世界は彼を拒絶した。神は彼に糸を垂らした。

世界は変わる。変わる。変わる。変わってゆく。生は死に、死は生に。黒は白に、白は黒に。闇は光に、光は闇に。重力は消え、空気は無くなり、時は止まり、地面は揺れ動き、空は歪む。落下するものは宙に浮き、あらゆるものは塵と化す。全ては軋み、歪み、捻じ曲がる。そこに既存の法則は無い。そこに既存のルールは無い。そこに既存の常識は無い。

 

垣根帝督の死骸の周りでのみ、世界が捻じ曲がり、塗り替えられていく。世界が改変されていく。ひとときのみの絶対的な力、絶対的な領域。ほんの少しのみ垣間見た天界、人ならざるものの世界。そこに在りし力を我が物にしてゆく。垣根帝督は超能力者や人間を逸脱した存在へと変貌し、進化していた。圧倒的で絶対的で強力で理不尽で常識外で予想外で想像外の力が、今、垣根帝督の内にはあった。

 

魔神には遠く及ばないものの、それでも圧倒的な力。天界の力、世界を揺るがしうる力を今、垣根帝督は掴んでいた。自らの死骸の周りにのみ世界の特異点を作り出し、そうして垣根帝督は生き返ろうとする。天界の片鱗たりうる力で、ありえない力で、超能力とは異なる力で、未元物質を超えた何かによって。垣根帝督は、生と死を反転させる。

 

死は生に。逆転させる。世界のルール、既存の法則なんて通用しない。捻じ曲がった世界に、死んだ人間は生き返らないなどという概念は存在しない。そこは異物の混じった空間。常人の持つ知識は、常識は、何の意味もなさないのだ。

 

 

 

ーーーギギギ、扉が軋む音がする。生と死の扉が軋む音。この扉が開けば、死者は生き返る。生と死の境目は無くなり、垣根帝督は生者となる。亡者たる垣根帝督の死は反転するのだ。垣根帝督は統べる力の全てをもってして、扉をこじ開けようとする。

 

ーーギギギギ、ギ、扉が開いていく。一筋の光が差し込む。もう少しで、完全に解放されるはずだ。垣根帝督は一層力を込める。もう少しでもう少しでもう少しで。生死は反転し、垣根帝督は世界の原理を超え、生き返る。だから早く。もっと早く開いてくれ。もう少し、もう少しなのだ。

 

 

ーー……、力が入らない。扉の軋む音が、扉の開く音が聞こえなくなった。動かない。扉はもう、びくともしてくれない。折角少し開いてくれた扉はしかし、もう動いてくれない。生と死の間の扉は、揺るがない。

 

ーーバタン。無情たる音。扉の閉まる音。無機質な効果音はしかし、絶望の鐘と化す。垣根帝督の生への道は、無情にも絶たれてしまったのだ。なんと絶望的なのだろう。垣根帝督は天界の片鱗とも言える素晴らしき力によって、世界を塗り替えた。一時的にではあるが、生と死を塗り替えた。だが塗り替えた生死は戻り、垣根帝督はやはり死んでしまったのだ。

 

世界に秩序があるのは何故か。世界に原則があるのは何故か。世界に常識があるのは何故か。それは世界に混沌や混乱が訪れるのを防ぐ為だ。死者が生者になれば、時が巻き戻れば、空気が無くなれば、光と闇がどちらか一方のみになってしまえば、全てが灰と化してしまえば、軋んでしまえば、歪んでしまえば。世界には混沌と混乱と破滅が訪れるだろう。そして垣根帝督はそれをしようとした。

 

世界は世界の調和を守るため、垣根帝督のその行為を害であるとみなし、彼を拒んだ。強制的に生死の扉を閉めた。垣根帝督は世界の秩序に、法則に、常識に敗北した。世界の決まりの前に、膝をついた。常識を塗りかえようとした男は、哀れにも常識に敗れ、世界に拒まれ、そして死んだのだ。

 

 

 

こうして、垣根帝督は真の意味で『死んだ』。世界の法則に勝つことは叶わず、死んだ。死んでしまった。ーーように思われた。死んでしまった『はずだった』。

 

 

 

 

 

 

 

「おお、かきねていとくよ。しんでしまうとはなさけない」

 

 

垣根帝督は薄れ行く意識の中、一つの声を聞く。聞いたことがあるようで、聞いたことの無い声を。ここには似つかわしくない声を。声と言うべきでは無いのかもしれない、不明確で不可思議な声を。 本来聞くことがない筈の声を。そんな声を、垣根帝督は確かに聞いて。そして目を閉じたのだったーー。

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

 

「ーーここは、」

 

 

知らない場所で、垣根帝督は覚醒する。周りには何もない。壁も床も椅子も天井も、色すらも。何もかもが存在しない。そこにはただ、果てしなく続く空間があるだけだった。そこは正に虚無という言葉が相応しいような、そんな場所だった。

 

投げ出された手足を地につけて身を起こそうとするものの、体が重たくてそれは叶わない。疲れの蓄積が原因か。先程死んだばかりなのだから、仕方の無いことではあるのだが。動こうとしない体を叱咤し、垣根帝督はその身を起こす。意識は多少不明瞭だが、まあ恐らくは問題あるまい。

 

 

「死後の世界、ってヤツか? 」

 

 

自分は、確かに死んだ筈の存在である。それは確定的な事実だった。地面に叩きつけられ、何度も何度も黒い翼に打ち付けられ、生と死の扉をこじ開けようとして無様に失敗し。結果的に垣根帝督という存在は『死亡』した。死亡した人間は、垣根帝督が元々いた、あの世界に存在してはならない。つまりここは、元々いたあの世界ではなくーー

 

 

「正解だ。天国、と言った方が俗には分かりやすいかな? 」

 

 

垣根の出した結論を裏付ける声がした。聞き覚えのある声、意識を閉ざす間際に聞いたあの声だ。他に音の無いこの空間において、その声はやたら通った。……いや、果たして。これは本当に声なのだろうか。発生した音の連なりが、何の意味も為さないノイズが、偶然声のように聞こえているのでは無いだろうか。そう思う程に、その声は現実のそれから剥離していた。

 

 

「ああ、少々困惑したかね? 不便なことに、私の声は人のそれとかなり掛け離れている。

まあ、多少は目を瞑ってくれたまえよ? 生憎jsbxusnzkanajaaxwaddf……おっと失礼」

 

 

剥離してはいるものの辛うじて声の形を保っていたそれは、唐突に無意味なノイズへと変貌する。言葉の途中に入ったそのノイズ、言葉を阻害したそれ。垣根帝督は、それに対して心当たりがあった。心当たり、と言うよりは聞き覚えと言った方が正確か。

 

嘗て垣根帝督と戦闘した男。垣根帝督が最も妬み、最も恨み、最も嫌った男。垣根帝督を殺し、叩きつけ、嬲った男。白髪で、赤目で、黒い服に身を包んだ、痩せ細った男。どこまでもどこまでも黒い、闇の翼を携えた男。何よりも深い闇を背中から噴出させた男。

 

 

『jsidnshka殺ndisnxsha』

 

 

学園都市最強の名を我が物にしたあの男、一方通行は。今のノイズと同じような、意味の為さない文字列を発し。そしてその怨嗟と闇と黒を、垣根帝督に思いっきりぶつけてきた。

 

似ている。そう、似ているのだ。あまりにも、偶然と言う言葉では片付けられないほどに。先程のノイズと一方通行の発したノイズは、あまりにも似通っていたのだ。意味も為さない文字列二つは、どう聞いても本当にそっくりで。だから垣根帝督は直感し、同時に確信する。ーーコイツは、目の前の声を発しているコイツは、只者では無いと。

 

 

「ーーッ!? 」

 

 

垣根帝督は声の出所を注視し、観察しようとする。そして。そこで妙な事に気がついた。気付かされてしまった。垣根の口からは思わず、声にならない驚嘆の声が溢れる。驚きのあまりに引き攣った声は、普段の彼の冷たい重低音と大きく懸け離れていた。

 

声を発していたのは、あのノイズを発していたのは、白い靄のようなものだった。霞みがかったそれに、明確な形や輪郭は無い。幻影というか、何というか。まるで空気に白い絵の具を一滴垂らしてそれを水でぼやかしたような、そんな靄。その空間には確かにそれが存在して、それが声をあげていた。

 

それだけならば。人ならざる幻影のような靄が声を発しているだけならば、垣根帝督はここまで驚かなかっただろう。問題は、その靄の正体だ。垣根はそれを、一瞬で察してしまった。理解してしまった。それはひとときのみ天界を垣間見た所以か、それとも直感か、あるいは両方なのかもしれない。それは垣根自身の知るところではないが、兎も角。

 

 

「く、くくっ、……あは、はははは。そうか、テメェはーー」

 

 

独りでに、垣根帝督は笑い出した。けたけたと、くつくつと、狂ったように彼は笑う。何がおかしいのか、何で笑っているのか、それは彼にもよく分からなかった。だがとりあえず、垣根は笑った。愉快げに楽しげに嬉しげに、笑った。垣根帝督は愉悦を噛み締め、口の端を釣り上げ顔を歪めながら、先刻までの言葉を引き継ぐ。

 

 

 

「ーーカミサマ、ってヤツか」

 

 

 

 

神様。それはこの世を統べし者。この世の最高位にして創造者。宗教に於ける崇拝対象で、絶対的且つ圧倒的で尊大な存在。それが目の前にいる。大地、天空、海、深緑、人間、虫、植物、動物、世界、宇宙……全てを統べるそれは、今。確かに垣根帝督の目の前にいる。普段の垣根帝督であるならば、『神様なんて下らない。それは苦難に陥った人間が縋る哀れな妄想である』と、間違いなくそう一蹴しただろう。だが今は違う。

 

直感、そして確信。目の前のコイツは、間違いなく俗に神と言われる存在である。垣根帝督の全ての思考が、そう告げている。あれは神だと。何故確信が持てるのかは分からないが、目の前の奴が神だということだけはやはり確かで。だから垣根帝督は目の前のそれが神様であると断定した。

 

神を前にして、垣根帝督は尚もその様子を変えなかった。ただ驚いて、目を見開いて、それだけだった。平伏すでも崇めるでも無く、垣根帝督はただそこに立つだけ。口の端を歪めながら神を見つめるだけだった。何とも傲慢不遜な態度。しかし神は上機嫌そうに言う。

 

 

「ほう、よく分かったな。中々に察しが良い。

その世界を改変する力、愚かなまでに傲慢な態度、胸の内に秘められし劣等感……

良いな、良い。気に入ったさ。ああ、気に入った」

 

 

神は歌うようにして何度も同じことを繰り返す。自問自答をするように、子供に言い聞かせるように。そして神は続ける。

 

 

「貴様は罪人だ。幾人もの人を殺めた、罪人だ。本来ならば地獄行き。

だが私は貴様を気に入った。だから特別に、天国へ送ってやろう。

巨万の富、あらゆる美女、最高級の美食、世界を統べる力ーー……

天国では、全て思いのままさ。貴様が望めば送ってやろう。さあ、望むがいい」

 

 

荘厳たる口調で、堂々たる様子で、高らかな声で。言葉の全てに厚みがあって。それがどのような言葉であろうとも、有無を言わさずイエスと言わせるような口調で、神は唱える。そこに否定の余地は無い。そこに否定の権利は無い。神はただ、決定事項を述べるだけ。神の言うことは絶対で、神の言うことに逆らうのは悪なのだから。神の言うことに従うことで世界は成り立っているのだから。

 

暫しの沈黙、そして思考。垣根帝督は神の言葉の一言一句をしかと吟味する。全てが手の入る、全てが思いのまま、それの何と素晴らしきことであろう。天国ならばあのクソ野郎……アレイスターや一方通行でさえも圧倒する力が得られるということになる。悪くない、いや、むしろとても良い条件である筈だ。普通なら、即座に首を縦に振っていたところだろう。ーーだが。

 

 

「お誘いの御言葉どうも。……丁重に御断りさせて貰うがな」

 

 

垣根帝督は敢えてそれを、神の提案を拒否した。無下にしたのだ。神への反逆、世界の秩序が乱れるようなことをやってのけながらも、しかし垣根帝督は続ける。

 

 

「あの世界には、まだ未練があんだよ。俺はまだ、アレイスターとの直接交渉権を得てねぇし、一方通行に勝利してもいねぇ。まだ学園都市のクソ野郎共の吠え面を拝めてない上に、第1位にもメインプランにもなれちゃいねぇ。……得ていないモノだらけだ。欲しいモノだらけだ」

 

 

垣根帝督は言葉を紡いでいく。つらつらと、恨めしそうに。ぺらぺらと、未練がましく。

 

 

「大罪を犯した。許されないことをした。……人を殺した。許されねぇってのも、許されるべきじゃねぇってのも、もう分かってんだよ。それでも、だ」

 

 

許されない罪を何度も犯した。当然その意識はある。地獄に一万回落とされても文句を言えないくらいの罪を犯したと、彼は自覚している。自覚しているけれど、それでも彼は言葉を続ける。それは彼の持つ未練故に。

 

 

 

「ーー死にたくねぇよ、嫌だ、まだ、俺は……」

 

 

 

未練、執念、執着。垣根帝督の生への感情が、否定の言葉として紡がれる。結局のところ彼は、死にたくないのだ。彼が死ぬにはまだ、残した未練が、執着が、執念が大きすぎたのだ。だから彼は死ねない、死ぬことを望まない。人が死を忌避するのは当然だけれど、彼のそれは些か異常だった。死への忌避が極端すぎるのだ。

 

神は数秒考えた後に、言った。神がこれから発する言葉は、まるで救いの糸。地獄で明け暮れる罪人に渡されたという蜘蛛の糸のように、その言葉は垣根帝督を救うようにして垂らされていく。

 

 

 

「生への執着故に、我が誘いを断るか。ははは、愚かで、そして憐れだなぁ?

まあいいさ、私の問いが悪かったということにしておいてやろう。仕切り直そうか」

 

 

 

神は一拍置いて、そして問うた。それは救いのための問い。それは蜘蛛の糸のような問い。

 

 

 

 

「ここで問おう。やり直したいか、垣根帝督よ」

 

 

 

 

それはリンゴの色は赤なのか聞くようなモノ。それは空が青いのか聞くようなモノ。それは地球が丸いのか聞くようなモノ。それは問いではなく、確認。神は既知の事実を問いという形で確認しているだけに過ぎない。

 

垣根帝督はアレイスターとの直接交渉権を得ていない。垣根帝督は一方通行に勝利できず、よって第一位にもメインプランにもなれていない。まだ学園都市の上層部に吠え面をかかせることが出来ずにいる。未練、未練、未練……垣根帝督の心中は、未練で埋め尽くされている。だから。

 

 

垣根帝督には未練がある。だから、その質問への答えは既に決まっていた。

 

 

 

「このままで、終わってたまるかってんだよ」

 

 

 

神が垣根帝督に救いの糸を垂らしたのは、単なる気紛れだった。本来ならば垂らさなかった。少しでも腹の立つことがあれば、垂らさなかった。その筈だった。ただ、その日はちょっと機嫌が良くて、それでいてちょっと暇だっただけなのだ。まあ、敢えて垂らした理由をつけるならば、『楽しそうだったから』だろうか。

 

だが、その気紛れが垣根帝督を救う。転機をもたらしてくれる。神の垂らす救いの糸は、神の慈悲はいつとて寛大なのだから。垣根帝督の未練は、神の気紛れの慈悲によって叶えられるのだ。

 

神の気紛れが故に、神の慈悲が故に垂らされた救いの糸。垣根帝督はしかとそれにしがみつく。未練がましく、執着を持って。彼はここで死ぬ訳にはいかないのだから。まだやりたいことがあって、終わってはならないのだから。恐ろしいがまでに強烈な未練を持ってして、垣根帝督は新たな生を得る。

 

 

 

 

 

未練より始まる新しき生。垣根帝督は自身の死を回避すべく、二周目を開始する。次こそは一方通行に勝利してみせる。未来を変えてやる。そんな野望と望みを持って、垣根帝督は生き返る。






作者の原作知識はガバガバです。新訳2巻の説明回で心が折れたんですよねぇ。神話がどうの魔術の仕組みがどうの礼装がどうのだのの小難しい説明がまるまる続いたのがどうにも。バードウェイちゃんが可愛かったから許しましたが。まあ、いつか読み込みますよ、きっと。


それはそうと鬱小説っていいなあと最近思い始めてる日々です。アレだね、やっぱ何処までも真っ直ぐな主人公やヒロインが辛い現実に打ちのめされる姿っていいよね。オティちゃんに10032回改変された世界を見せつけられた上条さんみたいな。
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