戦いは艦娘側が極めて優位に立っているようであった。数は深海棲艦の方が圧倒的であったが、一体一体は大したものではない。その上連携を知らないとばかりに個人の戦いぶりが目立つ。対して艦娘側は、三十六人の精鋭揃いにして非常に組織だった戦いをしていた。ざるの如く穴の開いた深海棲艦の防衛網をどんどん突き破って行く。
「そらそらそらそらぁ! 沈めっ、化け物ども! はっはっは!」
中でも活躍が著しいのは武蔵である。大和型戦艦の力をこれでもかと見せつけ、深海棲艦を次々と轟沈させて行く。人一倍の働きをしておきながら、疲労は見えず、猛気はいささかも衰えない。天地を揺るがす主砲は、放たれれば忽ち深海棲艦を粉砕し、その巨体は敵の砲弾をものともしなかった。
「撃て撃て! 敵は当たれば容易く沈むぞ! 数だけだ! この戦いは勝てるぞ!」
武蔵は、雷が落ちたような迫力の声で味方を鼓舞する。これに勢いを得た艦娘たちは、前へ前と押し進む。深海棲艦はこの勢いを止める術を知らない。
「行くぞ!」
大和型の巨人は敵の戦艦を殴り飛ばすと、敵中深くに踊り入る。その後をワッと数人の艦娘が続いた。
「おお、流石だな。あれが武蔵の力か、何と頼もしいことだ」
大和型戦艦の名に恥じない、思わず見惚れてしまうような武蔵の戦いぶりに、夕立は口角をあげる。こちらも負けてはいられないと、猛烈に深海棲艦を攻め立てた。
また、負けてられないのは夕立だけではない。誰しも同じ気持ちである。
「北上様を舐めんなっての! お前ら烏合の衆に後れを取るあたしかッ!」
「今回の主役は私と夕立さんだよッ! ゲストにばかりカッコいい姿をさせるわけにはいかないな」
「ちょっと、私を忘れないでよ、響。私だってこの戦いにおける思いは軽くないって!」
北上、響、長良も闘志を沸き立たせて、これでもかと深海棲艦に攻撃を加える。間断なく続く砲撃音。あちらこちらで噴き上がる黒煙。深海棲艦はみるみるとその数を減らして行った。
だが、快進撃は何時までも続かない。
ここを突破されてなるものかと、深海棲艦は新たに出現し艦娘たちの前に立ち塞がる。倒れる味方を気にも留めず、艦娘たちへ立ち向かって来る。ならばと艦娘たちも、新たに出現した敵に対して応戦。これを何度となく繰り返すと、途中夕立が苛立たし気に舌を打った。
「ええい、これでは限がない。こいつらに何時までもかかずらっておる暇は無いと言うのに」
気が急いて来た。
夕立は周りを見渡す。戦いは激しくそこそこの時間が経過していることもあり、艦娘の中に疲労の色が浮かぶ者も見えて来た。大破、中破している者はいないが、小破している艦娘は見受けられる。
空を見上げると、煙ではない灰色が遠くに見え始めた。一雨が来そうである。何か不吉な気がした。早くここを突破して敵の中枢を突かねば、と焦燥が出て来た。
「この雑兵どもに何時まで時間を掛けるつもりだ! 我々はこいつらと戯れに来ているわけではないのだぞ!」
と、夕立は艦娘たちを叱咤する。
「だけどこいつら、倒しても倒して際限がないんだよ。このままじゃ、いずれ拙いね。何とかするなら、敵さんのボスを倒す必要がありそうだよ」
吐き捨てるように北上が言った。
一体一体は惰弱で烏合の衆とは言え、深海棲艦の攻撃は艦娘たちにまったく効いていないわけではない。だからこそ小破している艦娘もいるわけで。塵も積もれば山となるように、戦いが長引けば長引くほど、味方の敗戦が近付く。
夕立とてそんなことは分かりきっているが、急いて来る気持ちを抑え切れないのであった。刀を指揮杖のように、びゅんびゅんと振るう。
「行け! 行け! 行け!」
祈るように絶叫した。
「二年間待ったのだ。このような所で立ち止まり、失敗に終わらせて堪るかッ!」
砕け散せんばかりに刀を強く握り込む。
今、夕立の頭には撤退のことも、ましてや明石のこともない。意図的に頭から省いている。あるのは、ただただこの戦いでソロモンを取り戻さなくては、という一点の思いであった。
不意に、夕立の眼前が爆ぜた。痛みはない。煙が噴き上がり、これを払うと、深海棲艦の駆逐艦が突進して来るのが分かった。
「鬱陶しい!」
一閃。突進を回避して夕立は刀を振るった。両断された深海棲艦は、深海へと沈む。
他の海上でも艦娘の手で深海棲艦が沈められた。けれども、やられたらその分とでも言いたげに、深海棲艦が海中より姿を現す。
気が限界に達する。先ほど北上が言った言葉を思い浮かんだ。鼬ごっこを繰り広げているよりは! 夕立は決心した。
「お前たち、私に付き従え! 長良達もだ! 他は私たちの道を作れ!」
部隊を大まかに二つに分けて、一つはここで交戦を続ける部隊。もう一つは無理にでもここを突破して、敵の本隊を叩く部隊。夕立は賭けに出たのである。
勿論、反対する者はいた。北上だ。夕立の指示にカッと激して、声を荒げる。
「無茶だ! あんた死にに行くつもりか!? 無理なら撤退するって約束はどうした! 約束を破るつもりか!」
「誰が死にに行くと言ったか。私は勝利を掴みに行くのだ。北上、心配ならこの雑兵どもを始末して私の後を追って来い」
「誰が心配なんか……ああ、もうッ!」
何を言っても無駄だと悟ったのか、北上は口を閉じた。
その間に指示を受けた艦娘たちが動く。空母艦娘の艦載機による艦爆が、戦艦や巡洋艦の砲撃が、駆逐艦の雷撃が道を作り出した。作り出された道は直ぐに深海棲艦で埋められそうになるが、それより速く夕立以下十二名の艦娘が一心に突き進んだ。
「行って来い、夕立!」
「武蔵! お前もこいつらを始末して私の後を追って来い」
夕立たちの姿が遠のいて行く。
武蔵は三瞬ほど後姿を見送ると、早々、深海棲艦へ意識を戻した。主砲の標準を敵にきっかりと合わせると、轟音。砲身が大量の火炎と黒煙を生じさせながら放たれた砲弾は、確実に着弾し爆発を引き起こす。
「夕立が敵の本隊を倒すのが先か、私たちがここを制するのが先か……面白くなって来たな!」
まだまだ視界を埋め尽くす深海棲艦を見回しながら、武蔵は獰猛に笑いを浮かべるのであった。
★ ★ ★
鎮守府の待機室には緊迫した空気が漂っている。留守を預かる艦娘たちが、何か事が起きれば直ぐさま対応出来るよう、神経を尖らせていた。明石もその一人だ。
とは言うものの、明石の神経の尖らせ方と他の艦娘では少し違いがある。他の艦娘は落ち着きを払っているのに対し、明石は時折息を荒くし、手を擦り合わせ、髪を弄り、天を仰いだかと思えば、膝を揺する。この一連の動作を繰り返すので、見かねた夕張が、
「明石、もう少し大人しくしたら?」
と、苦笑いで言って来た。
明石は何のことやらと怪訝そうに夕張を見る。すると、夕張が懇切丁寧に説明をして、そこで自分の無意識下の行動に気付いた。意識すれば動作も止まるのだが、一時経つと、また気付かない内にやってしまう。夕張はその度に明石に声を掛けた。明石の気持ちは分かるから、強く注意することはない。
不安なのである。夕立は何度も何度も心配するなと言ってくれたが、夢のことが頭を離れない。あれが正夢となればどうしよう。そんな筈は無い、夕立を信じろ。でも、もしかしたら、と不安で不安で仕方がない。
訊いたところで分かる筈もないのだが、ついつい夕張に訊ねてしまう。
「だ、大丈夫だよね? 無事に帰って来るよね?」
「あの人たちがやられる姿なんか想像出来ないし、大丈夫だって」
「でも、でもぅ……」
「夕立や皆を信じなって。大丈夫、大丈夫。ぱっぱと終わらせていつも通り、堂々悠々と帰って来るさ」
根拠があるわけではないけど、不思議とこの答えが正しい気がする。夕張は自信を持って明石へと答えた。
はっきりと言われると、明石も少し気が楽になる。大丈夫。夕立は帰って来る。帰って来て、「明石、戻ったぞ」といつものように笑ってくれる。
「……夕立」
神様、と明石は無事を願うばかりであった。