吹き荒れる夕立   作:フリート

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その④

 深海棲艦は驚いていた。よもやここまで艦娘たちがやって来るなどと、予想していなかったのだ。武蔵や北上が残るあの防衛線で、艦娘たちをことごとく沈める筈であった。だと言うのに、目の前にいるのは紛れもなく艦娘である。その数は十二人。

 姫と呼称される深海棲艦には知性がある。人間や艦娘にそう劣らない知性が。故に飛行場姫はどの個体よりも驚き一入であった。

 

「ヨモヤ、コンナ所マデ……」

 

 この海域の深海棲艦の中枢は飛行場姫である。しかしその周囲には数える程にしか艦はいない。多くは防衛線にいる。ここにいるのは、最低限の防備だった。けれど精鋭たちである。これだけで目の前の艦娘たちを始末するのには充分だと、飛行場姫は睨んだ。

 一方で、夕立はこの状況にしめたと思った。敵の本隊であるからどれほどの大所帯かと思えば、数だけならば並んでいる。敵も少数精鋭で手強いであろうが、これならばと敵の本隊を強襲する作戦に出た自分の判断を誉めたくなった。

 天候は変わっている。海と鏡写しのように群青色であった空は、灰色の雲に覆われていた。ぽつりぽつりと滴が海と艦娘と深海棲艦に降り注ぐ。

 

「行キナサイ!」

 

 飛行場姫が動いた。右手を左に振ることで、左に展開していた戦艦ル級、重巡リ級らが前進を始める。右手を右に振ることで、同じ戦力がやはり前進する。右手を縦に振り降ろすことで、空母ヲ級と自身の艦載機が群れを成して猛然と艦娘に襲い掛かった。

 この動きに夕立は瞬時に対応する。敵の艦載機には空母艦娘である蒼龍、飛龍の二人と駆逐艦娘の二人をぶつけ、右翼に展開する敵には響を含めて三人、左翼に展開する敵には長良を含めて三人、自分ともう一人で飛行場姫を直接叩きに行く。

 激しい血戦が始まった。

 

「大きければ良い的さ、沈め!」

 

 響が吼えた。ル級、リ級らの砲撃を巧みに回避し、ここぞと雷撃を放つ。その攻撃に合わせて響に従う艦娘たちの主砲が火を吹いた。先ずはル級が海の底に沈んだ。盾のような艤装で主砲を防御したが、その隙を衝かれて雷撃に終わった。ル級が沈むと、リ級やその他も呆気なく散る。

 

「行くわよ、それッ!」

 

 長良の方も艦娘側が圧倒的優勢であった。無二無三に攻め立て息をつく暇も与えない。深海棲艦はよく凌いでいたが、やがては力尽きていく。右翼の方は長良が制した。

 左翼、右翼共に艦娘側が圧勝である。この勢いをそのままにと行きたいところであったが、そうはいかない。

 

「フフフ……」

 

 制空権の方は深海棲艦が制している。

 空から艦娘側の艦載機が落下し、あるいは爆発する。そして深海棲艦側の艦載機による爆撃。巨大な黒煙に蒼龍ら四人の艦娘が包まれた。服が焼け焦げ、艤装が吹き飛ぶ。四人の艦娘は戦闘不能に追い込まれた。歯を食いしばり立ち上がろうとするも、足が言うことを聞かない。

 

「次ヨ」

 

 飛行場姫は四人の艦娘に止めをささず、右翼、左翼を制圧したばかりの響らに爆撃を加えた。この程度何するものぞ、と撃ち落とし、避けて、奮戦したが傷は免れない。

 響の雪肌が、長良が頭に巻く純白の布が、鮮血の色を覚えた。他の艦娘も赤く赤く身体を染め行く。

 

「これ以上は好き勝手にさせるか!」

 

 響らの惨状に敵愾心を火の如く燃やし、夕立は洋上を駆ける。駆ける先には、まるで飛行場姫を守護する様にヲ級が出て来た。夕立に付き従う艦娘が砲撃し、ヲ級がそれに直撃すると、ドッと後方に飛ばされた。

 海上に叩き付けられたヲ級を、夕立が斬り捨てる。

 夕立は沈み行くヲ級に天晴れと心の中で送った。飛行場姫を守ったヲ級の姿に感じ入るものがあったのだろう。敵ながら見事だった。

 また、ヲ級に思うところがあるのは夕立だけではない。彼女が守護した対象の飛行場姫も悲しみを懸命に堪えようとしている節がある。ヲ級の死を無駄にはしまいと、直ぐさま放たれた第二次攻撃隊は、夕立ともう一人の艦娘に集中攻撃を加えた。

 連続した爆発。勿論二人は無事で済まない。二人ともに大破していると言ってもよかった。夕立は辛うじて動けるものの右腕は使い物にならず、もう一人は蒼龍ら同様にこれ以上の戦闘は期待出来ない。

 

「ぬぅ……右腕が」

 

 うんともすんとも反応しない右腕から主砲が離れ、小さな水柱を作った。それを一瞥してから、夕立は飛行場姫に視線を向ける。

 このまま三度目の攻撃隊発艦を許せば、夕立たちは揃って海の藻屑となるであろう。かと言って撤退を選んでも同じこと。

 チラとほんの一瞬だけ背後の気配を探った。少しだけ期待をしたが、都合よく武蔵たちが現れるわけはなかった。彼女たちの力を頼りには出来ない。

 ならば、まだ動くことが可能な響らと連携し飛行場姫を叩くべきだ。夕立は左手に力を込めた。

 

「動ける者は私を援護しろ! 我が一太刀にて雌雄を決する。おぉぉおおおおおお!」

 

 夕立は、飛行場姫目掛けて真一文字に突撃する。他は何も見ない。もとより敵は飛行場姫しかいないのだ。他を見る必要はない。

 乾坤一擲。ひしひしと夕立の闘気が、病的なまでに白い肌へと伝わって来る。飛行場姫は迎撃のために、帰還した艦載機を放とうと右腕を上げようとした。が、その動作は響たちに阻止される。

 

「させないよ!」

 

「大人しくしなさい!」

 

 飛行場姫へ向けて主砲が乱発される。これらの砲撃は飛行場姫にとって致命傷となりうるものではない。けれどもまったく無視してよいものでもなかった。蠅でも追い払うように腕を振るうと、その間に夕立が駆け寄って来る。

 

「飛行場姫!」

 

 夕立は飛行場姫の名を呼び、間近に顔を見た。大層美しい。瞳は宝石のように眩く輝き、やはり肌は穢れを知らないように白かった。妖魔悪霊の如し。この世のものとは到底思えない。飛行場姫の美しさへの嫌悪が浮かんで来た時には、既に斬りかかっていた。

 

「お前たちの暴挙で死んでいった者たちの怒りを知れ!」

 

 自然と言葉を叫び、夕立は飛行場姫へ刀を振り下ろした。

 飛行場姫は自身の命を刈り取ろうとする一刀への怯えはない。冷静に、刃の部分ではなく面を拳で弾き返した。

 刀が弾かれた勢いのままに夕立の左腕が飛ばされそうになる。力をグッと入れて、これを何とか抑えた。

 

「おのれッ! 小癪な!」

 

「死ニゾコナイ、ナメルナ」

 

 夕立は複数太刀斬り入れた。猛攻撃である。自分の防御を一切考えなどしていない攻撃だ。

 この攻撃を飛行場姫は捌いていく。けれども完全に捌き切ることは出来なかった。肩が切り裂かれ、頬は血に染まる。

 夕立の太刀は止まることを知らず、飛行場姫も何とか弾き、受け止め、防ごうとする。

 

「ここまで来てしくじるんじゃないわよ、夕立」

 

「……夕立さん」

 

 二人の戦いを遠目に固唾を呑んで見守る響たち。あれほど密着した距離で戦われては、援護射撃など邪魔にしかならない。今の傷を負って疲労した身では、誤って夕立を砲撃しかねなかった。

 見ていることしか出来ない歯がゆさを胸に抱きながら、響たちは夕立の勝利を祈る。

 

「しぶとい奴! 沈めぇ!」

 

「コチラノ台詞ヨ! 貴女コソ、サッサト沈ミナサイ!」

 

 夕立と飛行場姫は互いに一歩も譲らなかった。 

 夕立の太刀筋が僅かに鈍りを見せ始め、飛行場姫も白い肌の面積より赤い肌の面積が広くなりつつある。

 どちらに軍配が上がってもおかしくはなく、そして中々決着がつかない。

 けれど決着のつかない戦いは存在しない。やがてその時が訪れる。

 

「アアッ!」

 

 飛行場姫の胸元に一閃。シャーっと血が噴き出し、飛行場姫は体勢を崩した。この隙を見逃す夕立ではない。

 

「母なる海を荒し、幾千幾万もの命を踏みにじった悪霊! よくも今の今まで好き勝手にやってくれたな! しかしここまでだ! 我が正義の剣によって、己が罪を悔い改めるが良いッ!」

 

 夕立の左腕が今日一番、いや、彼女のこれまでの生の中で一番早く振るわれた。

 

「受けよッ!!」

 

「ァ――――」

 

 刃は飛行場姫の首を的確に捉え、彼女は小さく呻いたと思うとその意識を飛ばしていた。

 くるりくるりと宙を舞う飛行場姫の首。その首の下には何もない。本来ある筈の身体は、背後に仰け反りながら倒れ、そのまま海に飲み込まれていった。後を追うように首も続いていく。

 しばしの沈黙。

 乱れた息を整えながら、夕立は飛行場姫がいた場所を見つめ、それから響たちの方へと振り返った。

 薄く微笑み、刀を天に向ける。

 響たちは互いに顔を見合わせ、一斉に夕立を見、そしてワッと歓声をあげた。歓声は空に浮かぶ灰色の雲を吹き飛ばすように、響き渡る。

 何時しか雨は止み、空には青々とした世界が戻っていた。

 

 

 

 

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