吹き荒れる夕立   作:フリート

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ソロモンの悪夢
その①


「この雑魚どもが!!」

 

 突き抜けるような青空の下で、夕立の鋭く力のこもった咆哮が響き渡る。まるで声そのものに斬り裂くような攻撃性があるようであった。

 真紅の瞳が爛々と輝いている。

 背丈は小柄な方であろうか。しかし、夕立の身体の内から溢れ出ている気迫が、実際の背丈よりも大きく見えるような錯覚を生み出した。

 元のクリーム色の名残を多く残す白髪は、一つに結んで後方に垂れ流している。夕立の硬質な雰囲気と相まって、まるでサムライのようであった。

 また、左手に構えられている刀も、夕立をサムライのように見せる一助となっている。

 

 そして今まさに、振るわれたその刀が敵の命を容易く奪い取った。

 海の底へと沈んでゆく塊を侮蔑の眼差しで送ってから次の獲物を探す。すると、同胞の一人が苦戦しているのが目に入った。

 夕立と同じ駆逐艦の少女。

 ここ一週間の内に新たなる同胞として産み出されたその少女は、今回が初の実戦である。先ほどからなかなかうまく戦っているものだと感心したものだが、やはり一人で戦わせるには荷が重かったらしい。

 

 少女が戦っているのはクジラのごとき黒い怪物。全体の種族名としては深海棲艦と呼称されている。先ほど夕立が仕留めたものと同種であり、夕立や少女と同じ駆逐艦に相当するものであった。

 クジラのような見た目とは裏腹に雄大な動きではなく、その移動速度は恐ろしく速い。海上を猛スピードで泳ぎこちらを翻弄してくる。

 攻撃力はさほどないものの、厄介な相手であった。

 

 目に当たる部分を怪しく発光させ、剥き出しの歯でこちらを嚙み千切ろうとしてくるその姿は、醜悪である。

 夕立は直ぐにでも敵を仕留めようと動いた。と同時に、同胞たる少女の状況を把握する。肉眼で大まかに。

 見た様子では、あまり問題はなさそうだ。少々掠り傷が多いのと服が破けているだけである。異様に興奮しているようだが、初の実戦という事を考えれば何も不思議ではない。戦場の空気に呑まれているのだ。夕立自身も、初陣は少なからずそうであった。

 

 であるから気にも留めずに、先ず夕立は敵に向かって右手に装備した主砲を放つ。

 これは牽制程度のものである。ダメージを与えることはできても、決定打とは言い難い。

 夕立は敵の意識を自分に向けるために連射する。耳をつんざくような砲音、天に向かってそびえ立つ水柱、噴き上がる黒煙。

 敵の意識とついでに少女の意識も夕立に集まる。敵は心なしか怯えているようで、少女は見たまんま安堵していた。

 

「夕立さん……」

 

「直ぐに終わらせる。そこで周囲を警戒しつつ、大人しくしていろ」

 

 夕立が言うと、少女はこれで大丈夫だとばかりに一息ついた。しかし、直ぐにその安堵に満ち溢れた顔を引き締める。

 

「夕立さんっ!?」

 

 先ほどの安心したあまりにぽろっと漏らしてしまったわけではない、確固たる意志と警告の意を込めて夕立の名を呼ぶ少女。

 少女の見開かれた瞳には、海中から浮き上がって来たやはりクジラのような怪物が、その砲身を夕立へと向けている。

 

「分かっている」

 

 未熟者が余計な気を回すものではないと答える夕立。事実、新手の出現を予知していたかのごとく飛来してきた砲弾を回避する。

 さらにもう一つ。

 

「三体目……」

 

 回避した瞬間を狙って放たれた弾を、夕立は尋常ならざる反射神経をもってかわした。そして、小賢しい真似をと舌を打つ。

 トライアングルだ。三体のクジラ型深海棲艦が三角形を形成している。三角形の中には夕立と少女が位置取り、囲まれる形となっていた。

 

 こんなことは夕立にとってどうということはない。この程度の敵に三方から攻められようが、八方を塞がれようが自身の撃沈スコアが増えるだけである。お望みなら十秒ほどでスコアがプラス三だ。

 だが、それはこの場にいるのが夕立のみの場合である。

 ここには新米の同胞がいる。囲まれてしまったという恐怖に怯えて、腰を抜かし海上に座り込む少女が。

 

「夕立さぁん」

 

 今度の名前呼びには怯えが全面に出ていた。

 軍人が情けない声を出すなと、叱咤の視線を少女に送る夕立。しかし、恐怖に強く感情を支配されている少女には意味のない叱咤であった。

 心なしか深海棲艦たちがあざ笑っている様に見えた。これからなぶり殺しにしてやると言わんばかりに殺気を放っている。

 

 どうする?

 座り込む少女はこのままだといい的であった。下手な動きをここで見せるわけにはいかない。何としてもこの同胞を守り抜いた上で勝利を得る。

 夕立の中には、見捨てるという選択肢だけはなかった。

 

 夕立が思考していると、ドドン、と砲弾が発砲される音。三方からの一斉射撃が、夕立と少女を襲う。

 一撃一撃は大したことはない。だが当たり続ければ、勿論危険な攻撃である。

 その一斉射撃を、一先ず夕立は捌くことにした。

 結果、深海棲艦たちによる砲撃はまったくの無意味なモノと化す。自身と震える少女に直撃する軌道の弾を瞬時に判別して、これを迎え撃つ。

 

 砲弾に対して砲弾で迎撃し、時にはその刃で斬り払う。これを幾度となく繰り返し、夕立は見事敵からの一斉射撃を捌き切った。

 こいつには自分たちの攻撃が通用しない。深海棲艦がそう判断するほど、実に驚きの技であった。

 深海棲艦の一体が、最後に苦し紛れの砲撃を放つ。

 これを夕立は敢えて無防備に受けた。

 

 爆発が起こった。

 

 もうもうと噴き上がる煙。夕立を包み込んだ煙は、彼女の安否を不明にした。そしてその煙が晴れた時、中から現れたのは、鬼の形相を浮かべた無傷の夕立であった。

 

「怨恨のみを胸に抱いて戦いを起こす者どもよ。貴様たちの攻撃など私には通用しない。私は……我々は大義をもって戦っているのだ。貴様たちなど相手になるものかっ!!」

 

 深海棲艦たちは気押された。怪物でしかない、あるいはただの兵器なのかもしれない、そんな深海棲艦にも心というものは存在した。モノには魂が宿ると言われているのだ。何も不思議なことではなかった。そうして存在する心が、夕立の巨大で強大な気迫を感じ取ったのだ。

 また、気迫を感じ取ったのは深海棲艦だけではない。

 恐怖に心を縛られた少女も感じ取ったのだ。それは、深海棲艦に対してのものとは別の効力を少女にもたらしたのである。

 

 夕立の存在が、夕立の戦いぶりが、夕立の言葉が、夕立の気迫が少女と深海棲艦の心の優位を逆転させた。

 

「うおおぉおおぉ!!」

 

 恐怖を振り払った少女が、両の足でしっかりと海上に立った。もう怯えているだけの小娘ではない。そこにいるのは、一人の軍人である。

 

「夕立さん、ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です。私も戦えます。私だって、艦娘なんですからっ!」

 

 艦娘。二次大戦の頃の軍艦が、人間の肉体と魂を持ってこの世に顕現した存在。この世で、唯一深海棲艦と戦える存在であった。

 少女も、夕立も、艦娘だ。

 

「よく言った! お前もまた、この海に平穏をもたらす光なのだ!」

 

「はいっ!!」

 

「では、行くか」

 

 ここで狩るモノと狩られるモノの立場が入れ替わる。気炎万丈な夕立と少女に、対するは気迫に飲み込まれてしまい戦意よりも恐怖が増している深海棲艦。

 グン、と加速し夕立と少女はお互いに見定めた敵に対して突き進む。

 

「何を為すこともなく、この海に沈めえっ!!」

 

 一閃。

 陽光に煌めく刃が、敵を一刀の下に切り裂いた。敵はドロドロとした液体を噴き出すと、断末魔と一緒にその命を散らした。

 次いで、夕立は意識を少女の方に向ける。

 

「あなたたちになんか負けません。負けたくありません! これは戦いなんですから!!」

 

 少女の方も自身の標的を倒したようだ。先ほどまでそこに敵がいたであろう場所を眺めながら、少女は吼える。

 これで三体の内二体は始末した。残り最後の一体。夕立が身体を振り向こうとした瞬間であった。

 

 爆発音。

 

 何事かと思ってみれば、残りの一体が黒煙を上げながら沈んでいくのが見える。

 どうやら、別の誰かが仕留めたらしい。夕立でもなく新米の少女でもない誰かが。ならば一体誰がということだが、夕立には見当がついていた。

 なのでその人物の名を呼ぶ。

 自身の撃沈スコアにプラスされる筈であった獲物を横取りした者の名を。

 

「響か……」

 

 正解だと言うように、一人の艦娘が姿を現した。

 銀の髪をたなびかせ、その顔は少しバツが悪そうである。まるで余計な世話をしてしまったと言いたげであった。

 響とは長い付き合いである夕立にはそれが分かった。

 気にする必要はないと夕立は右手を軽く挙げる。

 

「夕立さん、これで最後ですよ」

 

 響が言うと、夕立の傍に続々と艦娘が集結する。新米の少女も含めて計四人。今、ここには六人の艦娘が集まっていた。

 自分以外の艦娘を一人一人確認する夕立。

 

「よし。敵は完全に沈黙した。これより、鎮守府へと帰投する。言うまでもないとは思うが、道中油断はしないようにな」

 

 『はいっ!!』、と夕立以外の五人の艦娘が声を揃えた。

 

 

 

 

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