最初は不愛想な人だと思った。
友達の夕張も何かピリピリとした肌を突き刺すような、鋭く攻撃性のある気を感じている。
明石にとっては未知の人種であった。生粋の武人、生粋の戦士のようなタイプなら知っている。正々堂々としており、戦いの中で生き、戦いの中で死ぬ。しかし軍人というのは初めてだ。彼女も武人であり戦士でもあるのだろうが、生粋のと形容するなら軍人のよう。例えるのなら、多分岩峰提督のような人がそうなのだろう。確かに、どこか似ている気がした。
二年程前のことである。
今と変わらぬ工廠で兵器の整備をしていると、彼女は明石の前に現れた。
「君がここの明石だな」
圧倒された。自分よりも背が低く、容姿だけなら良家のお嬢様のような夕立だが、明石は言葉を失ったのだ。前線に出たことは片手で数える程しか無いものの、それなりに修羅場を経験しているからこそ彼女の凄みというものが分かる。見た目に騙されれば、痛い目に遭うだろう。
上手く対応ができない明石に、夕立はある物を手渡した。
「これを見てほしい」
それは一本の刀だった。刃こぼれが酷く、かなり使い込まれている。艦娘である夕立が使用し明石に見せるとあって、深海棲艦に通用するよう特殊な加工が施してあった。
夕立はこの刀を整備してほしいと明石に頼みに来たのだ。
「頼めるか?」
「た、頼むと言われたら頼まれるけど……私はこれが役目だし」
「君は腕が良いと聞いている。期待しているぞ」
ちっとも期待しているようには見えないすげない表情である。何だか反発したくなってくるが、明石はしたところで無駄なことを数回のやり取りで悟っていた。
もう少し笑うとかすれば良いのに。
そんな感想を悠然たる態度で去って行く夕立の背中に呟いた。
この出会いから関係が始まるのであるが、明石の夕立に対する印象が変化するのはこれより一か月後のことである。
すなわち、明石が初めて夕立の笑顔を見た日だ。
「夕立いる?」
いつも夕立が明石を訪ねて工廠にやって来るというパターンであったが、この日は明石の方から夕立を訪ねた。夜、夕立に割り当てられた部屋に行くと、彼女は部屋で椅子に座り何かを眺めていた。
「何してるの?」
「んっ? 明石か……いや、少しな」
気になって明石が夕立に近寄ってみると、彼女が手に持っていたのは意外にもお菓子であった。しかも超有名なたけのこ型のチョコ菓子。こんなものを眺めてどうしたというのだろうか。
明石が訊いてみると、夕立はふわっと優し気に笑った。
こんな顔もできるんだ、と明石は胸を打たれる。
「この菓子は、私の指導教官が好きだったものでな。よく食べているのを見たものだ。どれほど好きだったのかは知らんが、本土からかなりの量を持ち込んでいたよ。今日、酒保に寄った際見つけて、懐かしかったので一箱購入したのだ」
この頃になると、夕立及び響の事情は鎮守府に広まっていた。彼女たちの元居た場所は、深海棲艦の攻勢により陥落したこと、敵陣を突破して逃げて来たこと、夕立と響の二人が唯一の生き残りであることも。
つまり、夕立の指導教官だったという艦娘はもう……。
明石はしんみりとした面持ちで言った。
「夕立、その人は……」
「英霊となった。私に艦娘の何たるか、軍人とは何たるかの教えを残し、ソロモンの海へと散って行った」
一瞬物寂し気な表情を浮かべると、夕立は椅子から立ち上がった。次いで、明石に対して背を向けると、その視線を白い壁の方へと向ける。
夕立がその視線の先に何を映しているのか、明石には分かった。
「今やあの海は、怨恨の化身たちが我が物顔で好き放題している有様。不甲斐ない……必ず、取り戻さなくては」
力強い決意の言葉だった。顔が見えずとも、明石には夕立がどのような表情をしているのか手に取るように伝わってくる。
この時に、不愛想な軍人という印象は完全に拭いさられたのであった。
明石と夕立がプライベートでの付き合いを始めたのはこの日以降からである。初めは挨拶をして世間話程度。次第に、明石の趣味であるガラクタいじりに夕立が加わるようになったり、休暇が取れれば二人で外へ出かけるようになった。
明石は毎日が楽しかった。
そんなある日のこと、明石の友達である夕張がこんな言葉を投げかけたことで、明石の世界は急速に加速する。
「明石ってさ、夕立のこと好きなの? ていうか、好きだよね? うん、好きだよ。絶対」
「はい? 私が夕立のことを好き?」
明石の自室のベッドに座って、夕張が唐突にそんなことを言った。
そんなわけがない。まあ、好きか嫌いかで言えば好きだが、夕立とは同僚、友達と言ったところである。断じてそういう意味で好きなわけではない。
けれども、次の夕張の言葉が明石に揺さぶりをかける。
「ええ~、好きだって絶対。じゃあさ、夕立のことを頭に思い浮かべてみなよ。それではっきりするから」
「分かった、けど……」
夕張の言う通りに、明石は夕立のことを頭に思い浮かべる。
初対面の時の不愛想な夕立。指導教官のことを考えていた夕立。明石のガラクタいじりにしょうがないとばかりに付き合う夕立。二人で出かけた時のさりげない優しさを見せた夕立。仲良くなってみたら、いろいろな表情を夕立は見せてくれた。
思い浮かべてみたら、顔が熱くなってきた。
クスクスと夕張が笑う。
「認めたら? 顔、赤いよ」
「あ、あう」
きっぱりと断言する夕張。
「あなたは夕立のことが好きなの」
「私が、夕立のことを好き」
明石は夕張の言葉を繰り返した。自分で口に出してみると、胸にストンと落ちてくるものがあることを明石は自覚した。
好き。
夕立が好き。
私は夕立のことが好き。
反芻する。
違和感は何もない。両の手を頬に当てると、ほんのりあったかくて、トクン、トクン、と心臓の音がいやに大きく聞こえてくる。自分でここまで分かってしまうと、もう違うとは言えなかった。
「それにしても、夕立を好きになっちゃったかぁ」
身体を後ろに倒して両腕を枕代わりにしながら、夕張は苦笑する。
「な、何よ」
「いやね? 私的には夕立って、恋人にしたいような人じゃあないんだよね。上司とか同僚とかだったら頼りになる感じだけど、恋人はちょっとねぇ……」
「でも、とっても良い人よ」
好きということを自覚してしまうと、想い人が貶されるのは面白くない。
唇を突き出して明石が短く反論すると、悩みつつも言い難そうに夕張は夕立を評価する。
「友達の好きな人をあまり悪く言いたかないけど、夕立は良い人ではないと思う。気が利くところがあったり、優しい面があることは認めるけどね」
でも頭は固いし、気に入らないものは露骨に嫌悪感を表して認めようとしない。時と場合によっては悪人になる素質がある、と告げるのは流石に自重した。
「まあいいや。それで、いつ告白すんの?」
身体を起こした夕張が明石の顔を覗き込む。
「告白っ!?」
明石が甲高い声を上げて驚愕した。
「うわぁ! いきなり大きな声を出さないでよ」
「ご、ごめん。でも告白って……」
「そんなに驚くこと? 好きな人に告白って。ましてやこんなご時勢じゃ、いつまでも五体満足で生きてられるとは限らないんだし、とっととやった方が良いんじゃない?」
それはそうである。特に夕立は前線で戦い続けているので、もしもの不幸もあり得た。それに、艦娘の一人が実際に経験している。ならばこの想いを早いうちに伝えた方が良いのではないだろうか。
しかし、明石の答えは違った。
「私はしない」
「えっ?」
「私は、夕立に告白はしない」
夕立のことを考えた結果だった。
仮に今ここで夕立に告白したとしても、彼女は受け入れてくれることはないだろう。よしんば受け入れてくれたとしても、何か関係が変わるとは思えない。
艦娘たるもの、一人の女としてより軍人としての責務を全うしろとでも言ってくるだろうか。
夕立は恋愛に消極的だ。
それは、艦娘は深海棲艦と戦うことが第一だとしているし、身近に愛し合う人が死んでしまって、戦いを一時期放棄した人がいることも理由にあるのだろう。
だったら告白はしない。
深海棲艦との戦争が終わって、軍人として、戦う者としての艦娘が必要なくなったその時に想いを伝えよう。それまでは夕立の同胞、友達としての明石でいよう。
「この戦争が終わるまで、私はこの言葉を胸の内に秘めておく」
「明石は、それで良いの?」
「うん。夕立は強いんだから、絶対に死んだりなんかしない」
私を置いていったりしない。
破顔する明石。どこか無理をしているように見えたけれど、夕張は友達の出した結論を尊重することにした。その上で、友達が泣く羽目にならないよう支えようとも。
夕立との出会いから一年。
こうして恋を知った明石は、大きな決断を下すことになった。
と、それからさらに一年程経った現在。
工廠に四人の艦娘が会していた。
「明石!」
戦いが終われば工廠に寄って欲しい出撃前に言われた夕立は、少々アクシデントに見舞われたものの工廠へと足を運んだ。出迎えてくれたのは妖精さんという小人たちで、彼女たちの案内の下、夕立と響は明石のいる場所へと向かったのだった。
「夕立!」
クリーム色を多く残した白髪を一つ結びにして後ろに垂らした少女、夕立の姿を認めた明石が作業を中断して駆け寄って来る。
油やら煤やら何やらで汚れた顔や服を恥ずかしげなく晒しているところは、流石に製造や整備が本業の者らしかった。心なしか鉄の臭いが漂ってくるのを夕立は心よく思った。
「戻って来てたんだ」
「先ほどな」
「どこも怪我はしていない、よね。良かった!」
「私はあの程度の敵に遅れは取らんよ」
花が満開に咲いたような笑みの明石。
夕立もどことなく楽しそうだ。工廠に来る前に不快な出来事が起こったとは、今の夕立からは想像もつかない。
「あれで隠しているってんだから、驚きだよね」
夕立と明石から少し距離を取った所に、響と夕張が並んで立っていた。まるで夕立と明石の二人を見守るようである。
呆れたとでも言うように、夕張はため息を一つ。
「胸の内に秘めているどころかおっぴろげだよ」
夕張の頭の中に一年前の日のことが蘇る。
明石と夕張だけの秘密。
告白はしないってだけで、好意を抱いているってことは隠さないということなのかな。毎回あの調子だから、夕立も気付いていないことはないと思うけど、そこの所は本人に訊いたわけではないから分からない。
「私の所にもよく相談に来るよ。勿論、夕立さんのことでね」
そこまでしているのなら告白すれば良いだろうに。
夕張には明石の考えがよく分からない。けれど、超えてはいけない一線が彼女の中にはあるのだろう。
「ところで、どうして明石は夕立さんを呼んだんだい?」
「見ての通りだよ。この前整備した刀の具合を確かめるのを口実にってやつ」
「ああ、やっぱり」
好きな人と少しでも長く一緒にいたいのだと思う。ならとっとと告白しろと言いたくなるが、あの日友達の考えを尊重することを誓ったのだ。その上で支えるとも。だから、言えない。
「恋する乙女の考えることはわからないなぁ……」
もう一度、今度は大きなため息を吐いた。
そんな夕張に響が微笑する。
「まっ、楽しそうだから良いんじゃないのかい?」
夕張と響きの視界の先では、明石と夕立が笑いあっていた。
「それもそうだね」
ここでようやく夕張もニコリと笑った。