吹き荒れる夕立   作:フリート

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その②

 武蔵との出会いを果たした夕立は上機嫌で食堂へと向かっていた。彼女と逢えたこともさることながら、彼女ほどの艦娘が応援に来たということで、ソロモンの解放が真に近い未来であることを実感したのだ。悲願の成就が間近とあって嬉しくないわけがないのである。

 朝の食堂はやはり混んでいた。ここで一日を生きる活力をつけようと、様々な艦娘たちが朝食を摂っている。艦種には関係なく仲の良い者同士で摂っているようだった。賑やかな声が朝食の匂いと一緒に食堂に充満している。

 膳を受け取った夕立はちょうど四人分空いている席へと足を運ぶ。自分に加え、一緒に外で走っていた長良と明石、武蔵の四人だ。

 夕立が席に着くと明石が自然な流れで夕立の隣に腰を落ち着けた。その様子を見て長良が苦笑しながら夕立の対面に、武蔵は何のことで長良が笑ったのか分からなかったが、明石の頬がほんのりと赤く染まっているのを認識して、やっぱり苦笑しながら席に座った。

 膳に乗る朝食は湯気を天に上らせ四人の鼻腔を刺激する。朝食は大盛りの白米に味噌汁、焼き魚と香の物と彩りよく並べられていた。食堂の主である間宮が用意した朝食である。一同は間宮と食材に感謝の意を込めると先ずは味噌汁に手をつけた。

 

「美味いな」

 

 武蔵がぽつりと呟いた。

 それに明石が得意げになって答える。

 

「でしょ」

 

 自分たちが日常的に利用する食堂の味を誉められて悪い気はしないのだ。以降誰も喋ることなくひたすらに食べ続ける。

 元よりこの四人は食事中に和気藹々と会話するタイプではなかった。それに食事が本当に美味しいのだ。特に白米が美味しい。夕立はこれを味噌汁で一膳、焼き魚で一膳、香の物で一膳と合計三膳も平らげた。最後の一口は香の物の抜けるように爽やかな香りを堪能しながら食した。

 朝食を終えると食後のデザートタイムである。膳を片付けた四人はデザートとしてプリンをもらった。これも間宮の手製だ。明石、長良、武蔵の三人はこれも美味しそうに食べるが、夕立だけは手をつけずに珈琲だけを飲む。

 

「夕立、これ食べないなら貰って良い?」

 

「好きにしろ」

 

 食べないなら勿体ないからと明石が夕立のプリンも食べ始める。理由は間違いなく建前であろう。ゆっくりゆっくりと時間を掛けて夕立のプリンを口の中に運んで行った。

 この調子だとだいぶ時間が掛るだろう。幸せそうな明石を置いて三人は話し始めた。

 

「ねえねえ、武蔵は今日の予定何かあるの?」

 

「特にはない」

 

 鎮守府に派遣されてきた武蔵は、特に何かしろと指示を出されてはいなかった。数日中の内に、出陣の命を下されるであろう。それまでは訓練に加わったり、こうして交流を深めることが、強いて言えば予定である。

 大して興味もなかったのだろう。訊いておきながら、長良は「ふ~ん」と気のない返事をした。続けて何か武勇伝の一つでもと話をせがむ。

 これには夕立も興味があった。他人の勲功話や武功話は聞いていて面白い。況や大和型戦艦として押しも押されぬ地位を築く、武蔵の話である。

 だったらと武蔵は自慢げに語り始めた。いざ、戦いの話になると、長良はさっきとは打って変わって興味津々に瞳を輝かせる。夕立も時折頷きながら、話に聞き入っていた。

 やがて話に一区切りがつくと、自分ばかり話していても何なので、と武蔵が夕立の話を求めた。では、何を話そうかと夕立が考えていると、武蔵からソロモン撤退戦のことを訊きたいと頼まれる。

 

「最早、伝説となっている戦いだからな。生き残りであるお前の口から、是非とも聞かせてほしい」

 

「あの時のことか……よくせがまれるな」

 

「それだけ凄いんだから、仕方がないよ。私も何度聞いても飽きないし」

 

「まあ良い。では、話そう」

 

 瞳を閉じて、瞼の裏に当時のことを思い映しながら、夕立は言葉を紡いでいく。

 二年前のことだ。

 ソロモン諸島に属する島の一つに構えられた鎮守府。そこの艦娘の一人であった夕立は、その日、いつも通り侵攻して来る深海棲艦を撃退しようと、響、他四名の艦娘を引き連れて出撃していた。

 そして予定通り深海棲艦を撃退した後、鎮守府からの通信が入ったのである。爆撃音と悲鳴が入り混じった通信。ただならぬ事態が鎮守府で起こっていると察した夕立は、直ぐに鎮守府へと戻った。

 

「急いで戻った私たちだが、鎮守府には戻れなかった。深海棲艦の大群に阻まれてな。まあ、戻れた所で意味はなかったのだが」

 

 通信越しの状況と、鎮守府へ戻ろうとする夕立らを待ち受けるように現れた深海棲艦の群れから判断して、鎮守府はもう機能していない状態にまで叩き潰されたのは明白だった。生き残りは、この時点で夕立含めて六人のみだと推測される。

 

「閣下……紛らわしいな。提督も同胞たちも皆散ってしまったことを、私はあの時直感していた。私だけでなく、響も、他の者たちもな」

 

 斯くなる上は、艦娘として恥ずかしくない戦いぶりを示し、華々しく散って同胞たちの後を追うべし。夕立は玉砕することを決意し、他の艦娘たちもそうするべきだと覚悟を決めた。だが、ただ一人、響だけが否を唱えたのである。

 

「ここで死んで何になる。一時の自己満足以外の何でもない。ここは生きて、同胞たちの無念を晴らすことが、我々の責務である。生きることは、恥じゃない。響にそう言われて、私は、まさにその通りだと思った。軍人の責務とは何か。艦娘の責務とは何か。私は響に教えられたのだ」

 

「ほう。つまり、響がいなければ、ソロモン撤退戦という伝説も、お前と言う艦娘も、この世には存在しなかったということか」

 

「その通りだ、武蔵。彼女の存在なくば、私は本当の意味で恥を晒したまま、海の藻屑となっていただろう。響には感謝してもしきれんよ」

 

 響に説得された夕立は、一先ずその場から脱出することにした。深海棲艦は、正面だけでなく、次第に右左後方と夕立らを包囲するように布陣していく。どの方向へ脱出するかと考えた時、敢えて敵の密集する正面突破を選択した。

 

「深海棲艦どもの勢力圏を考えた時、正面を突破する方が、二戦、三戦する必要はなく、生き残る確率が高いと睨んだ。故に私たちは、正面へと突撃した」

 

 右、左、後方、そのどれを選んでも、深海棲艦の勢力圏へと深く入り込んでしまう。正面を抜ければ、夕立らの鎮守府がある。つまり、つい先ほど制圧されたばかりなので、その制圧部隊しか敵はおらず、結果として一番手薄いと思ったのだ。

 

「正直無理だと考えなかったわけではない。多勢に無勢も良いところだったからな。だが、死ぬわけにはいかない、同胞たちの無念を晴らすまでは死ねない。一心不乱に私たちは戦った」

 

 けれども深海棲艦の防御は硬かった。夕立らを個々に分断し、数を頼んで押し潰さんとして来る深海棲艦。あわやと、夕立の命が危なかったのは一度きりではなかった。だがその度に他の艦娘たちが、貴女さえ生きていてくれたらこの戦いは勝利だ、と庇って沈んでいく。ここまで来れば何としてでも生き延びてみせよう。夕立と響のみになっても、諦めなかった。

 すると、天が微笑みかけてくれたのだろうか。夕立と響はついに、深海棲艦の囲みを突破して戦場から離脱出来たのだ。そこからさらに、敗走を続けて今の鎮守府に辿り着き、岩峰に救われたのである。

 

「話はここで終わりだ。武蔵、これで満足したか?」

 

 夕立はそう言って、珈琲を飲み干した。

 

「ああ。面白い話を聞かせてもらったよ。おっと、面白いなどと口にするのは、少し不謹慎だったか?」

 

「そうだな。まあ、あの者たちも武勇伝という形で語り継がれてもらっていた方が嬉しかろう。いずれあの者たちにこうして世間話程度に話して良かったのか、訊きに行くとするさ」

 

 ふっと笑みを浮かべる夕立。その表情には儚げなものがあって、言葉と合わさると、嫌なことを連想してしまう。

 これに反応したのは、プリンを食べ終って、夕立の語りに耳を澄ましていた明石だった。

 特に夕立のそういうとこに敏感な明石としては、聞き逃すことは出来ない。死んだ人に訊きに行くだなんて、それってまさか。

 

「夕立……あなた、死ぬ気なの?」

 

 明石は顔面を蒼白にして、夕立の横顔を見つめた。

 迫るソロモン奪還戦。夕立が今生きているのは、この日のためなのである。ソロモンの海を奪還し、同胞たちの無念を晴らす。もしかしたら、夕立はその戦いで。

 長良と武蔵も夕立の答えを待つ。

 たっぷり一分ほど時間を取って、夕立は答えた。

 

「私は不死身でも不老不死でもないのだ。死ぬだろうよ、いずれな」

 

 夕立にしては珍しく、冗談めかした答えであった。

 

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