やはり俺たちのオラリオ生活はまちがっている。   作:シェイド

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今回の話から原作の六年前の話になります。

ハチマン21歳、コマチ18歳です。

本編と外伝の原作を読んだ人になら、このあと起こる悲劇は分かりますよね?


刺客①

言わずと知れた迷宮都市、オラリオの朝は早い。

朝日が昇る前から魔天楼(バベル)では次々と出店している店が準備を始め、街でも店の準備をし始め、人々が目を覚ましていく。

そんな中、オラリオを囲う外壁の上を走っている二人の人物がいた。

一人は【ロキ・ファミリア】所属のヒューマン、【剣姫】の二つ名を持つLV.3アイズ・ヴァレンシュタイン。

彼女は現在9歳であるものの、すでに剣の腕前はオラリオでもトップクラスであり、期待のルーキーだ。

もう一人は同じく【ロキ・ファミリア】所属のヒューマン、【闇王子(ダークプリンス)】の二つ名を持つLv.5ハチマン・ヒキガヤ。

彼は現在21歳でありながら、オラリオでも五本の指に入る強さを持ち、剣の腕前は世界一と言っても過言ではないだろう。

また、彼は冒険者でありながら魔術師(メイジ)でもあり、数々の魔道具(マジック・アイテム)を生み出すアイテムメイカーの一面も併せ持つ。

万年筆や簡易コピー機など、様々なものを生み出し、多くの者が重宝している。

そんな彼らは毎朝必ずこの壁上を走っている。

理由は体力をつけるため。冒険者としてダンジョンに潜る彼らにとって体力はあればあるだけ助かるもの。不測の緊急事態に襲われた時でも走りっぱなしでいられるように体力はなくてはならないものなのだ。

この二人の関係を一言で表すならば、師弟という言葉以外に適する言葉はないだろう。

この二人の共通点はかなりある。

一つは種族が同じであるということ。また所属しているファミリアも一緒だ。得物として剣を扱うのも一緒である。

そして一番驚きなのは魔法が同列のものであるということ。

アイズの【エアリエル】とハチマンの【悪夢(ナイトメア)】。どちらも風属性と闇属性という違いはあるものの、補助魔法、付与魔法(エンチャント)であることに変わりはない。

また、どちらの魔法にも精霊の力が宿っている。

風の大精霊『アリア』と闇の大精霊『シェイニー』。大精霊の力が宿った魔法は強力だ。

その魔法によって、彼らは雨の日も、雪の日も、雷が降る日でも気にせずに走っていられるのだ。

彼らは朝日が出るまで黙々と走り、朝日が出ると、少しばかりそれを眺めてから彼らの本拠地、黄昏の館へと帰って行った。

 

 

***

 

 

オラリオには二つの最強格ファミリアが存在する。

一つは美の女神フレイヤが運営する【フレイヤ・ファミリア】。多くの第一級冒険者を抱え、都市最高Lv.7の『猛者』オッタルもここに在籍している。

もう一つはハチマンやアイズが所属している【ロキ・ファミリア】。ここも多くの第一級冒険者を抱えているため最強の一角である。

その本拠地である黄昏の館へと帰ってきたハチマンとアイズ。今の時間帯はちょうど各団員達が起き出したくらいなので、廊下で人とすれ違うことは滅多にない。

アイズは一人であてがわれている部屋へと戻り、剣をとってきて中庭で素振りを始めた。

一方、ハチマンはというと………部屋に戻って金をとり、街へと出向く。

そこでいつもお世話になっている【デメテル・ファミリア】の元へと向かう。

【デメテル・ファミリア】は豊穣を司る女神デメテルが運営している農業系ファミリアで、ハチマンはそこに新鮮な野菜を買いに向かったのだ。

オラリオ内に出回っている野菜の殆どが【デメテル・ファミリア】産のものだ。

【デメテル・ファミリア】の本拠地である麦の館へと着いたハチマンは見張りをしている団員に用を伝えると、団員は即座に館内へと用件を伝えに行き、主神であるデメテルとともに、他団員が多くの野菜を持ってきた。

 

「おはようデメテル」

「おはようハチマン。早速買いに来たわね。どれも昨日収穫した物ばかりだからおいしいと思うわ」

「おいしいのは知ってる。というかデメテルのところで出来た作物でおいしくないものなんてあるのか?俺は知らないぞ」

「もちろんあるわよ。でも客に渡すのはどれも良い出来のものばかりだからそう思ってしまうのも仕方ないのかもね」

「それもそうか」

「それでも彼の有名な【闇英雄】にそこまで言われたら悪気は全然しないわ。うちの子達も嬉しいはずよ」

 

ね?っとデメテルが自団員に問いかければもちろんの意を含んだ頷きを返してくれた。

 

「……あのさ、俺そういう異名で言われると恥ずかしいからやめてほしいんだけど」

「あらそうなの?いいじゃない【闇英雄】。かっこいいわよ。【闇王子】もかっこいいじゃない」

「やめてくれよ……」

 

ハチマンとデメテルはいつもこんな会話しかしていないため、【デメテル・ファミリア】の団員達は気にせずにせっせせっせと新鮮な野菜を持ってきている。

野菜が揃ったところでハチマンはいつも通り5万ヴァリスを団員へと渡し、麦の館をあとにした。

 

 

***

 

 

麦の館をあとにしたハチマンはすでに顔馴染みとなっている肉屋を訪れた。

 

「おはようございます」

「お、ハチ坊じゃねーか」

「いつものをください」

「よし、ちょっと待ってな」

 

「いつもの」とさえ言えば伝わるのを見れば、ハチマンがここの常連であることは誰でもわかるだろう。

 

「よし、持っていきな。ちょっと豚が少ないぶん、牛を多めにしてるぜ」

「わかりました。ではどうぞ」

「いつもすまねぇな」

 

ハチマンは二万ヴァリスを渡して肉屋を去った。

 

 

 

次に訪れたのは魚屋だ。

 

「おはようございます」

「おうハチの兄ちゃん」

「今日は何がありますか?」

「鯛に鯵、それから飛魚にカサゴもある。貝類も豊富だし、他にも色々あるぞ」

「………その後ろのは?」

「聞いて驚きな!100キロ超えの鮪がさっき【ニョルズ・ファミリア】から届いたばかりなんだ!値段は150万ヴァリスといったところだな」

 

【ニョルズ・ファミリア】は現在遠出している【ポセイドン・ファミリア】に変わり、オラリオ近郊の海の治安を守っているファミリアで、普段は漁をしたり貿易管理をしたりして生計を立てている。

オラリオに出回っている魚や貝は、すべて【ニョルズ・ファミリア】によるものだ。

そして今朝、珍しく鮪が上がり、さらには100キロ超えの巨大鮪だ。

価格は一般人がおいそれと手を出せるものではないが………。

 

「じゃあその鮪といつものセットで頼む」

「毎度あり!」

 

ハチマンは軽く注文の旨を伝え、持っている魔道具から152万ヴァリスを取り出すと、それを店主へと渡す。

 

「おいハチの兄ちゃん。1万ヴァリス多いぞ」

「それは【ウェルズ・ファミリア】に渡しといてくれ。いつもの礼だとな」

「相変わらずだな……。わかったよ。今度渡しとくさ」

 

こうしてハチマンは魚屋を後にした。

 

 

…………ちなみにこれだけの量をハチマンが一度に運べるのも、【闇影】の魔法の効果のおかげだ。

闇の大精霊、『シェイニー』によって授けられた最強格の魔法、【闇影】。

制御が難しい闇属性の魔法でも最上級の効果をもたらすその【闇影】の利点は、詠唱なしで【闇影】を唱えることで、闇に属するすべてのものを操れることだ。

人影、黒色のもの、黒髪など、様々なもの内に自由自在な空間を持つことができ、それらはすべて繋がっている。

空間の大きさとしては、六畳の部屋三つ分くらいと考えてもらえばいいと思う。

 

 

魚屋で買った魚をこそっと自身の影の中へと入れたハチマンは黄昏の館へと帰っていった。

 

 

 

***

 

 

 

帰宅したハチマンは、買ってきた食材を今でいう冷蔵庫の劣化バージョンに入れていく。

この世界には冷蔵庫というものはなく、魔石を使った保存のための簡易型倉庫しかなかった。

それを不便に思ったハチマンは、いきなり頭に浮かんできた冷やして保存できる冷蔵庫というものを作ることにしたのだ。

『神秘』アビリティの効力を使って倉庫を創り出し、リヴェリアにお願いして凍結魔法【ウィン・フィンブルヴェトン】の威力調整バージョンを撃ってもらい、それを加工して造ったのが冷蔵庫である。

これがあるおかげで【ロキ・ファミリア】の団員はいつでも鮮度の高い食材を使って料理をすることが可能になった。

 

今日………というか今月の料理当番であるハチマンは、慣れた手つきで食材を選び、朝食作りを開始する。

ダンジョンへと潜る冒険者は食べておかないと力尽きる可能性すらあるため、食べやすく、しかも沢山食べることの出来る料理をハチマンは作っていた。

今日の献立は先程購入した鮪の刺身、白米に牛と野菜を煮込んだスープだ。

これをLv.5を越えた力を持って作り上げる。

それでも1時間はかかるのだから、手をかけた料理だというのはお分かり頂けるだろう。

 

 

館内にいい匂いが漂い始めた頃、アイズがハチマンの元にやってきた。

 

「ハチマン、今日の朝ご飯は何?」

「鮪の刺身と白ご飯、それとスープだな」

「………」ジー

「……ほれ」

 

ハチマンは捌き中だった鮪から赤身を切りとってアイズの口元へと運ぶ。

 

「あーん……おいしい。もう一枚」

「これで最後な。ほれ」

「あーん……美味しい。もう一枚」

「さっきで最後だ。そうだ、そろそろスープが出来上がるから運んでくれないか?」

「……じゃあもう一枚」

「ほれ」

「んむっ……美味しかった」

「じゃあ皿に注いで運んでくれ」

「はーい」

 

アイズは指示通りに団員たちが集まりつつある食堂へと運んでいく。

 

次にハチマンの元を訪れたのは妹であるコマチだ。

彼女は最近ランクアップを果たし、Lv.5へと至っていた。

 

「お兄ちゃん。今日の献立は?」

「鮪の刺身と白ご飯、それとスープだな」

「………これシチューじゃないの?」

「シチュー?なんだそれ」

「あれ……コマチもわかんないや」

「じゃあなんで言ったんだよ」

「細かいことは置いといてさ、はいあーん」

「今捌き中」

「じゃあ鮪頂戴?」

「ハァ、ほら」

「あーん……ん、美味しい。この鮪新鮮だね」

「そりゃ今朝上がったばっからしいからな。よし、コマチ。この刺身を皿に並べて持ってってくれ」

「あいあいさー!」

 

コマチはこの数年でヤンデレを止め、以前の元気の良さが目立つようになっていた。

理由はロキに唆されたからなのだが、本人は気にしてない。むしろこちらのほうが気が楽で自分らしいと感じていた。

 

 

***

 

 

食堂では多くの団員達が自分の席へと着き、運ばれてくる料理を楽しみにしていた。

アイズとコマチの手によって運ばれてきた料理は、それを見た団員達の食欲をそそる。

第三級以下の冒険者たちは手伝おうとするも、「私がやるから座ってて」とどちらにも言われ、席について料理を待つしかなかった。

そこへロキ、フィン、リヴェリア、ガレスが現れる。

 

「いい匂いがするなぁ。今日も当番はハチマンか」

「他の皆には失礼かもしれないけど、匂いだけでわかってしまうね」

「今日も幸せな気持ちで一日を迎えられそうだ」

「朝から贅沢じゃな」

 

各人決まっている席に着き、全員がそろうのを待つ。

数分後、全員分の料理が運び込まれ、厨房からハチマンが食堂へと来る。

 

「あー今日の料理は今日水上げされたばかりの鮪の刺身と、野菜と肉で煮込んだスープだ。鮪のおかわりはないがスープならあまりがあるから早いもの勝ちな」

 

そう言った後、ハチマンは端っこ近くのいつもの席に着く。

その両隣りにアイズとコマチが座り、全員が席に着いた。

主神であるロキがスッと立ち上がって、

 

「それじゃあ皆ー!いただきますやー!」

「「「「いただきます!!」」」」

 

音頭をとったあと、競争が始まった。

ほとんどの団員が凄い勢いで料理を食べていく。

ハチマンの料理は【ロキ・ファミリア】で飛びぬけて美味なもので、バベルにある神御用達の店と比べても遜色ないレベルのもの。

それのおかわりがあるというのだ。誰もが食べたいのは必然だろう。

 

「お兄ちゃん。はいあーん」

「ん」パク

「どう?」

「……うむ。我ながら美味しいな。今日は良い出来だ」

「ハチマン。あーん」

「ん」パク

「美味しい?」

「ああ。【ニョルズ・ファミリア】に感謝だな」

「む~」

 

一方端の方に座ってる三人はのんびりと食事をしていた。

時折二人がハチマンに料理を食べさせるが、それを普通に食べていくハチマン。

あきらかに美少女へと育って行っているコマチと、9歳にして美人になると誰もが思うアイズに食べさせてもらっても微動だにしない。

約1年前に入団したラウル・ノールドは「ハチマンさんマジ凄いっす!」と興奮していて、同じ頃入団した同期のアナキティ・オータムはすでに見慣れているのか食事に集中している。

 

「はぁ~ハチマン羨ましいな~コマチ!うちにもしてや!」

「え~ロキ様セクハラするから嫌だ!」

「じゃあアイズたん!お願いや!」

「や!」

「なんでやも~!ほらほら、少しだけで良いんやで?な?な?」

「しつこい!」

「いぎゃあ!!」

 

うっとうしかったロキにキレたアイズが拳を振り上げ、直撃してしまったロキは地面で転がりまわる。

 

「行儀悪いぞロキ」

「ハチマン!もうハチマンでええで!さあ食べさせてや!」

「……ほれ」

「むぐっ!……美味っ!でもいきなり手を突っ込まんどいてや。びっくりしたで」

「食べさせてって言ったからな」

「まぁそうなんやけど……なんか違うんやな……」

 

無理やり刺身を突っ込まれたロキは「美味いし嬉しいけど……違うんや……」と言いながら自分の席へと戻った。

ちなみにおかわり争奪戦は全員が一杯ずつという結果で終わりを告げていた。

 

 

***

 

 

朝食後、ハチマンはロキの部屋へと向かった

目的はステイタスの更新だ。

 

「ロキ、来たぞ」

「ハチマン。いつも通り寝転がってや」

「おう」

 

ハチマンは上着を脱いでベットへと寝っころがった。

ロキはその上に跨り、自身の指に針を刺して血を出させ、ハチマンの背中へと垂らす。

浮き上がる文字を操作した後、ロキはハチマンにステイタスを教える。

 

「終わったで」

「ああ」

 

 

ハチマン・ヒキガヤ

Lv.5

 

 力:SS4677(+5011)

耐久:SS4391(+4992)

器用:SSS6095(+7233)

敏捷:SSS5238(+7186)

魔力:SSS7388(+13825)

孤独:A

耐異常:F

武人:E

神秘:D

 

魔法以下は変わらず。

 

 

 

「……ホンマ壊れとるステイタスやな」

「どんなに数値が上がってもさ、ランクアップより良いのはないだろ?ランクアップしたいんだけどさ、『偉業』なんて何を成せばいいかわかんないんだよな」

「せやな。今のハチマンが何を成せばランクアップするのかうちも疑問や」

「どうしたもんか……」

「辛抱強く遠征について行けばいつかはランクアップするはずやで」

「確かにな」

 

ハチマンとしてはこれ以上伸びない気がするため、早く『偉業』を達成したいが、焦ってもいい結果は出ない。

弟子のアイズに嫌というほど言い続けてきたことだ。師であるハチマンがわかっていないことはない。

 

「更新サンキューなロキ」

「お安いご用や」

 

ハチマンはロキにお礼を言って部屋をあとにした。

 

 

***

 

 

その日の夜。

 

ハチマンは専属鍛冶師であるリクのところによったあと、黄昏の館へと帰還しようとしていた。

 

「夜風が気持ちいいな」

 

冷たい風を身に受けながら歩いて行くハチマン。

そしてショートカットのために裏路地を歩いていたときだった。

 

(ん?なんだこの気配は………)

 

異様な気配。そしてハチマンを持って凄まじいと言わしめる殺気が身を襲った。

 

(【闇影】で突っ切るか?いや、身バレしている可能性があるな。ここは退治した方が良い)

 

「おい、誰か知らんが出てこいよ。相手してやる」

 

暗闇に向かって問いかければ、相手が姿を現した。

 

「…………お前がハチマン・ヒキガヤだな?」

「そうだがなんだ?てめぇは誰だ」

「………名無し(アンノウン)とでも言っておこう。早速だがハチマン・ヒキガヤ……死ね」

 

名無し(アンノウン)と名乗った男は黒いローブで全身を纏っており、その姿はみることが出来ない。

しかし、明らかにタダものじゃない。

 

(コイツ……かなりやるな。フィンと同等かもしれん)

 

ハチマンからして団長と同クラスと言わざるを得ない隙のない構え。緊張が身体中に走る。

男は懐より何かを取り出した。

 

(……あれは剣か?)

 

取り出したものは禍々しい気配を纏っている剣だった。

しかしそれはとても業物とは呼べない代物だった。

 

「なら俺も剣を使おう」

 

ハチマンは空間より白銀を取り出すと、戦闘態勢に入った。

その様子を見た男は笑みを浮かべ……

 

「悪いな。死んでくれ」

「やなこった…………は?ガハッ!!」

 

次の瞬間には全身切り傷だらけで血を吐くハチマンと不気味に笑う男の姿があった。

 




次回をお楽しみに。

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