やはり俺たちのオラリオ生活はまちがっている。   作:シェイド

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うわぁ投稿予定時間12時間オーバー。
すみません遅くなりました。


27階層の悪夢 ハチマン死す

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!』

 

凄まじい叫び声が階層内に木霊する。

多くの者は耳を押さえ、その異形を目にしてしまった。

()()()()()()()()()()()()()()()()()。『ウダイオス』の()()()……と言ったところだろうか。

人のような骨格は普段通りだが、その全員に顔が浮き出ている。骸骨の頭が全身にある。

しかも推測にすぎないが、『ウダイオス』を遥に越えた力を有しているだろう。

ヴァレッタに背負われている神を葬るために召喚……呼び出された存在だろうから。

 

「マジか。ありゃめんどくさいぞ」

「【アストレア・ファミリア】総員!直ちに戦闘準備!」

 

ハチマンはため息をつき、アリーゼは仲間に声をかける。

その後、仲間達が続々と集まり、化物と対峙する。

先に動いたのは化物の方だった。

 

「ッ!下だッ!」

「えっ」

「ちぃ!」

 

ハチマンの声に即座に反応で来たのはリューくらいで、それ以外はその場から動けていない。

さっきまでの戦闘で負ったダメージが大きすぎて、もうほとんど動ける状態ではないのだ。

そして化物の攻撃が、きた。

地面より飛び出す鋭い牙が、多くの冒険者たちを襲った。

その威力は『ウダイオス』の比ではない。

その攻撃の餌食となってしまった冒険者たちは、もう満身創痍。生きているのが不思議なくらいの重傷を負っている者までいた。

 

「……ヒキガヤさん」

「……」

 

そんな中で彼は、決断する。

 

「目の前で同業者が死ぬところなんて見たくない。それに、守りたいやつだっているんだ」

 

彼はゆっくりと化物へと近づいて行く。

 

「リオン、アリーゼ達にこれを」

 

彼が振り向かずに投げたのはポーション。10を超える万能薬とハイ・ポーション、マジック・ポーションだ。

 

「貴方に感謝を」

「そんなのは生還してからたっぷりと聞いてやる」

 

彼は軽く手を振りながらも、歩くスピードは緩めない。

そして、化物が彼に気付く。

化物の興味は彼に移ったらしく、先ほどと同じ攻撃を仕掛けてきた。

対する彼は………飛んだ。

跳ぶのではない、()()()()()

 

そして、唱え始める。

 

「【我は庇いたい、彼の者の苦痛は我に与えられよ】」

 

唱えるは彼の三つ目の魔法。自派閥の遠征時以外では使ったことがない、ある意味切り札とも言える魔法だ。

 

「【()()()()()()()()()()()()()()()()】」

 

さらに彼は、この魔法の可能性に気付いていた。

ある一定の一人を庇えるのなら、ある一定の複数人を庇うことも可能ではないかと。

 

「【()()()()()()()()()()()()()()】」

 

詠唱を短文から長文へ。彼の魔法属性『詠唱連結』がここにきて本領を発揮した。

 

「【()()()()()()()()()()()()()()()()】」

 

そして、魔法が発動する。

 

「【()()()()()()()()()―――――――自己犠牲(サクリファイス)】」

 

唱えられし魔法は【自己犠牲(サクリファイス)】。

その対象は………このルーム内にいるギルド側の冒険者全員である。

 

「があぁ!!……ふぅ、中々に強烈だな」

 

彼の魔法は一つ、新たな門を開いていた。

それは今までに受けたある程度の損傷(ダメージ)を肩代わりするというものである。

 

「体が、軽くなった」

「大丈夫ですかアリーゼ!」

「うん……あの化物は?」

「今、ヒキガヤさんが対峙しています」

「ハチ君が……」

 

見ると、周りの冒険者たちは息を吹き返したように意識が覚醒している。

損傷が減ったからだろう。全員が不思議そうな顔をしている。

その疑問を解消したのはヴァレッタだった。

 

「ひひひ、よそ見してんじゃねーよ!」

「あ!………?」

「あ!?どうなってやがる!?」

 

ヴァレッタの剣が冒険者に当たる瞬間、それが弾かれたのだ。

騒然となる双方の冒険者達。

しかし、答えが発覚する。

 

「おい、【闇英雄】のやつ、()()()()()()()()……?」

()()()()()()()()()()()()どうして?」

 

その言葉でリューは気付いた。いや、気付いてしまった。

この魔法の真骨頂に。その性質に。

そして同じく気付いたヴァレッタが歓喜の声を上げた。

 

「お前ら!!出来る限り冒険者どもを攻撃しろ!そうすればあのスカした【闇英雄】にダメージが入るぞ!!」

 

そう、この【自己犠牲(サクリファイス)】の本質は味方の損傷を、文字通り庇うことにある。

味方が受ける損傷を全て自分へと向けさせるのだ。

つまり、その間魔法をかけられた者は一切のダメージを負わずに済む。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ギャハハハ!!これなら奴に今まで仕返しが出来るなぁ~」

「!」

「腕、脚、顔面!どこでも斬り放題だな~ギャハハハハ!!」

「がぁ!」

「ハチ君!!今すぐ魔法を解いて!!」

 

アリーゼは叫んだ。

ここにいる味方全員のダメージ肩代わりなど、すぐに凄まじいダメージとなってハチマンに振りかかる。

自分が好きな人が傷つくのを、見ていられなかったのだ。

でも、分かっていたりもした。

彼なら、ハチ君ならば絶対にこの魔法を解きやしないんだと。

 

「……悪い、アリーゼ。それはできない」

「どうして!?」

「……今俺が魔法を解けば、死者が増える。それは見てられない」

「ハチ君だって一緒でしょ!!」

「それでも、もう決めたことだ」

 

ハチマンはまたしても飛ぶ。

広大なルーム内で、化物を殺すために紡いだ。

 

「【フレイム・ボルト】」

 

ハチマンの手より解き放たれた巨大な炎は、化物を飲み込んだ。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!?』

 

化物が叫ぶ。

まさか自身の頭上から巨大な炎を食らうとは思っていなかったのだろう。ところどころが焦げ、プスプスと音を立てている。

 

「あれは、新たな魔法?詠唱もなしに……」

「一体いくつの魔法を使いやがるんだあの化物は!?」

 

こうしてはいられない。

自分の体に喝を入れて立ち上がる。

 

「アリーゼ」

「大丈夫。……皆!こんないつまで寝とくつもり!?」

「あ?!」

「ハチ君に損傷を肩代わりまでしてもらって、今でも助けられてる。そのままでいいの!?」

「……いいわけ、ないじゃんか」

「これ以上の借りは、返せなくなるしね」

「私たちにだって出来る事はあるよ!少しでも多くモンスターを倒したり、闇派閥の連中を倒すの!!」

「確かにそうすればこちらに危害を加える存在が減り、ヒキガヤさんにダメージが行かなくなります」

「うんうん。………皆、行くよ!」

「「「了解!!」」」

 

アリーゼ・ローヴェルに美点があった。彼女には人を惹きつけるカリスマ性があったのだ。

彼女の奮戦する姿は、他のギルド側の冒険者たちにも力を与える。

 

「おいてめえら!女にばっか良いとこ見せさせるんじゃねぇ!俺達もやるぞ!!」

「「「おお!!」」」

 

周りの冒険者たちも立ち上がる、動き出す。

先ほどとは打って変わり、モンスターを、闇派閥を倒していく。

少しずつだが、戦況がこちら有利に傾いていく。

行ける。誰もが思っただろう。

しかし、それはコイツの一言で砕け散った。

 

「ちくしょう!()()()()()()()!?」

 

ヴァレッタが悪態をついた。

その内容は今の戦況にではない。現れない新たなる敵の増援が来ないことに、だ。

アリーゼの頬を冷たい汗が流れる。

後続隊。それは、さらなる敵の姿を連想させる。

そして、ヴァレッタの言った後続隊はすぐに現れた。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

新たな階層主を連れだって。

 

 

***

 

 

ハチマンSide

 

久々に使ったな【自己犠牲(サクリファイス)】。中々に体にくる。

でもこれで今生きてる奴らは死なない筈だ。ダメージが総て俺にくるから。

早くコイツも斃して帰還しないとな。

 

「決着をつけさせてもらうぞ、化物」

 

そうして俺は空に飛んだ。跳ぶではなく飛ぶだ。

俺が開発したマジックアイテム。アスフィの飛翔靴とは違い、背中に取り付けている。

名前はつけていない。普通に翼と呼んでいる。

 

「【悪夢(ナイトメア)】」

 

悪夢(ナイトメア)】を唱え、全身の力を上げる。

それに応じて、翼が黒くなった。

……なんとなく堕天使っぽいだろうと思う。黒い翼に全身を包む黒いもや。その手には黒くなっている剣。

……厨二なんて言葉は無視だ。

これで完全体制となった俺は、スピードを出しながら化物の攻撃をかわす。

かなりのスピードだ。第一級冒険者と同等だろう。破壊力も申し分ない。

だがそれでも俺には届かない。

勝った。そう思った。

全身に激しい痛みが来るまでは。

 

(なん、だ?)

 

そうして振り返った先には――――――――新たな化物がいた。

 

(次は『ゴライアス』か……ヴァレッタの野郎。ここまで筋書き通りだってのか!?)

 

心中で思わず悪態をついてしまう。

もしこれが最初から予期していたことならば……彼女はフィンと同等、いや、それ以上の策略家だと言える。

実際には一か八かの決起作戦だったりするのでそんなことはないのだが、それでも恐ろしい事実だ。

前を『ウダイオス』、後ろに『ゴライアス』。

迷宮の弧王が二体も。同じルームに出現している。

長い歴史上でも初。初の出来事である。

 

「ぐぅぅ!!」

 

冒険者の誰かが攻撃を食らったのだろう。少なくないダメージがハチマンに入る。

そこに、追撃のように放たれる強化『ウダイオス』の拳。

【悪夢】の防御がありながらも、凄まじい速度でダンジョンの壁へと激突する。

 

「ガハッ!!?」

 

そしてハチマンの口よりかなりの血が吐き出された。

 

「はぁ、はぁ。すんなりとは行かないもんだな」

 

しかし、当の本人はと言うと、少しの笑みを浮かべていた。

決して強がりなどではない本心。まだ余裕があるという笑み。

そして、彼の強者としての力が、今発揮される。

ついでに攻撃しようとした『リザードマン』や『セーレーン』を目だけで後退させた。

その目は強者だけが出来る目。自身と相手の力量を幻覚にして分からせた。

強者だけに許された力だった。

そして彼の力がまた一つ、解禁される。

 

「同時に殺す。それしか手はねぇ」

 

 

***

 

 

アリーゼSide

 

目の前に化物がまた現れた。

『ゴライアス』に似ているけど、少し違う。全身が黒い。そして、デカイ。

 

「ギャハハハ!!やっちまえ!奴らに絶望を見せろ!!」

 

ヴァレッタが叫んでいる。

味方が瞬く間に吹っ飛ばされて行く。

幸いと言うべきか、まだ同派閥の仲間達には被害はない。

ならば、行こう。

行くならば私たちしかいないのだから。

今まで散々『ゴライアス』を倒してきた。その数、21。

()()()()()()()()()()とまで言われて力を、使う時だ。

 

「相手さんは間違っちゃったねぇ」

「ああ。私たちに『ゴライアス』を向けても意味がない」

「よぉし皆!巨人殺しだよ!」

「「「ああ!(はい!)」」」

 

私たちは幾度となく『ゴライアス』を倒してきた。

回数を重ねるたびに、『ゴライアス』の癖、攻撃パターン、攻撃の種類が体に染みついていった。

負けるわけがない。

 

「いつも通りに展開!相手の咆哮には注意してタイミング10で始め!!」

「「「了解!!」」」

 

【アストレア・ファミリア】。

正義を司る神、アストレアが運営するこの派閥は他派閥とは比べ物にならないものがある。

それは構成員11人全員が第二級冒険者であること。

いくら『迷宮の弧王』とはいえ、この相手には分が悪い。

 

「カウント10!詠唱開始!」

 

さらにはLv.4が九人でLv.3が二人。その全員が第一級冒険者になるであろう素質を持つ者たち。

アリーゼの号令を聞き、団員達は詠唱を始める。

 

「リュー!どっちが止めさせるか競争するか!?」

「輝夜!状況を考えて下さい!」

「じゃああたしが決めるよ!」

「止めは輝夜!他の皆でサポート!」

 

そして、階層主であり強化された『ゴライアス』の敗因。

それは連携力の強さ。

一人一人の力量もさることながら、それらを掛け算で相乗させて凄まじい強さを発揮する【アストレア・ファミリア】。

まさに巨人殺し。階層主殺しのファミリアである。

 

「【―――星屑の光を宿し敵を討て】!」

「一旦退避!輝夜は備えて!」

「【ルミノス・ウィンド】!」

 

リューが魔法を放ち、『ゴライアス』の視界を魔法で削る。

そこへ輝夜が急襲する。

 

「はあああああああああああ!!」

 

太刀を一閃。

それだけで『ゴライアス』の巨体を真っ二つにしてしまった。

 

「よし!倒した!!」

 

だが『ゴライアス』は『ゴライアス』でも神を殺すための強化版だ。胴体を半分にされながら隙だらけの輝夜に攻撃を放つ。

だが……

 

「もう、油断するなっていつも言ってるでしょ!」

 

アリーゼがその攻撃が届く前に魔石に剣を打ちこみ、『ゴライアス』は灰になった。

 

「うおおお!!」

「さすがは【アストレア・ファミリア】!」

「かっけぇ!!」

 

周りで見ていた冒険者たちは、その巨人殺しのシーンを見て盛り上がっていた。

 

「皆!戦いはまだ終わってないよ!」

「わかってます」

「倒せば問題ねぇな」

 

本人たちも少しばかり喜びながら、それぞれの役目をこなす。

だが、ダンジョンはそれを許さなかった。

"絶望"を振りかぶり、それを発動させた。

 

「何の、音?」

「これって……」

「今日って……ちょうど一ヶ月じゃんか……」

 

凄まじい水音。下から上に上がってくるそれは……

 

「全員滝から離れろ!!」

 

瞬時に理解したハチマンが声をあげ、冒険者たちは脳が判断する前に本能でその指示に従った。

直後、滝口が砕けた。

津波が発生し、多くのものがそれに流されていく。

一人、また一人と全員が津波から逃れ、立ち上がり目にしたものは……一匹の竜。

二つの首を持つ『双頭竜』。

 

「27階層『迷宮の弧王』……『アンフィス・バエナ』……!!」

「……おい、おいおいおい待て待て待て!!?なんで首が3つあるんだよ!?」

「これが絶望ってやつか?」

 

その問いに答えた者はいなかった。

多くの者が、絶望を前に心を折りかけていた。

前と後ろを化物に挟まれ、生存なんて絶望的。今はなんとか生きていられるが、それもいつまで持つか……。

 

でも、ここでも私たちを救ったのは………彼だった。

 

「ねぇ、何か聞こえない?」

「え?モンスターの遠吠えや叫び声なら聞こえてるっ、よ!!」

「違う違う、詠唱の声………」

 

そう言えば聞こえる。

耳を澄ませば、決して大きくはない声だがはっきりと聞き取れる。

一人、また一人とその声の主を見る。

その声の主は――――――――ハチ君だった。

 

 

***

 

 

ハチマンSide

 

「同時に殺す。それしか手はねぇ」

 

そして集中する。

見ろ、見ろ。今の現状を、この惨状を。

見ろ、見ろ。血だらけになっている知己である仲間達を。

お前はあれを見てどう思う。どんな気持ちだ。

………頭に血が上って、どうにかなりそうだ!!

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

咆哮する。()()()()()()()()()()()()()()()()

今必要なのは力。純粋な力だ。

小手先の技術ではない、圧倒的な技術。

純粋な気持ちを前面に押し出す必要がある。

 

「はぁ、はぁ。必ず、殺す」

 

凄まじい殺気が『ウダイオス』へと向き、そして斜め後ろの滝から顔を出している『アンフィス・バエナ』にも向いた。

心なしか、少しだけ後退してしまう『ウダイオス』と『アンフィス・バエナ』。『迷宮の弧王(モンスターレックス)』、それも強化されたものでも退いてしまうほどの迫力がハチマンにはあった。

その姿は先ほどとは大きく異なっていた。

目が赤黒く変色し、少し血管が浮かび上がっている。その見た目も相まって、まさに魔王というべき姿へと変貌していた。

 

彼は飛んだ。『ウダイオス』に向けて飛び立った。

その間も激しい攻撃が放たれるが、ハチマンが早く、捉えることができていない。

『ウダイオス』の前まで来たハチマンは地面に降り立つ。

そして必殺の魔法を唱え始めた。

 

「【我は闇と同化する者なり、我は闇を従う者なり】」

 

『ウダイオス』は地面より骨の刃を繰り出すものの、一瞬、ハチマンが回避するのが早かった。

後ろから水のブレスを『アンフィス・バエナ』が放つが、ハチマンは後ろに目があるかのように翼をはためかせてかわす。

そしてハチマンは詠唱を続けながら、反撃へと移る。

 

「あの高速戦闘中に詠唱だと!?」

「ば、化物だ……」

「俺らはなんて奴に喧嘩をうったんだ……」

「お、おいお前ら!今になって萎縮してんじゃねぇ!!」

 

闇派閥は圧倒的な技術に心を折りかけ、ヴァレッタですら動揺を隠せない。

なにせ、自派閥の遠征時以外では使うのは初だからだ。

そのためギルド側の冒険者たちも驚いた。

 

「『並行詠唱』……だけど私たちとはレベルが違う」

「一体どれだけの修練を積めば、あそこの領域にまで行けるんだろう……?」

「ハチ君かっこいい!!やっちゃってー!!」

「「「あんたは空気読め!?」」」

 

自分達とは比べ物にならない程の速度で行われている『並行詠唱』。

ある者は疑問を抱き、ある者は畏怖を抱き、またある者は心酔し始めている。

そんな中、詠唱は続く。

 

「【()()()()()()()()()()()()()】」

『オオオオオオオオオオッッ!!………アアアアアアアアア!!?』

 

『ウダイオス』は自身の腕で横薙ぎの一撃を放つが、ハチマンは捉える事が出来ず、逆に腕の途中から斬り落とされた。

 

『ガァアアアアアア!!』

 

『アンフィス・バエナ』も攻撃をさらに強め、水のブレス×3がハチマンに襲いかかるが、ハチマンは剣を振りかぶり、そのブレスを真っ二つにしていく。

そんな中でもハチマンの集中状態は続く。

 

「おらっ、これで集中状態は保てねぇはずだ!」

「【殺帝】!」

「『並行詠唱』は()()()()()()()()()()()!なら痛みが激しかったら必ず集中は続かない筈だ!」

「さ、さすがヴァレッタさん!」

「俺達もやるぞ!」

「「「おおっ!!」」」

 

ヴァレッタが言ったように、『並行詠唱』には凄まじいほどの集中力が必要になる。攻撃、防御、回避に加え、受け流したり、庇ったりしながら詠唱をするには考えられないほどの集中が必要である。

そのため少しでもその集中力が欠ければ、魔法爆発(イグニス・ファトゥス)を起こしてしまう。

しかし、しかしである。

 

「ヴァ、ヴァレッタさん……と、止まりません!」

「あぁ!?」

「で、ですから、【闇王子(ダークプリンス)】が止まる気配がありません!!」

「そんなわけっ……なんでだ!!?嘘、だろ!?」

「お、お逃げくださいヴァレッタ様!!あれを食らえばひとたまりもありません!!」

 

ヴァレッタ達が見つめる先には詠唱を終えようとしているハチマンの姿があった。

その場にいたならば誰もが思うことだろう。

その、圧倒的な魔力量に。

 

(ふ、ふざけんじゃねぇ!??あの【九魔姫(ナインヘル)】の()()()()()()!!?……ヤ、ヤベェぞこりゃ……)

 

ヴァレッタが驚愕から漠然なる恐怖へと表情を変えた時、詠唱が終わりを告げる。

 

「【我は闇を操りるものなり、今、我は力を振るう】!」

「皆伏せて!!」

「【闇影(ダークシャドウ)】!」

 

アリーゼの号令とハチマンの詠唱が終わるのはほぼ同時だった。

刹那、地面より黒炎が噴き出し、ルーム内の化物たちを燃やし始めた。

階層主の周りを囲んで、死の炎が噴き出し渦をつくる。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオッッ!!?』

『アアアアアアアアアアアアッッ!!』

「燃えちまええええええええええええええ!!」

 

そして………階層主達は魔石へと姿を変えた。

階層内は歓喜の声で溢れる。

 

「ハチマン!ハチマン!」

「【闇英雄(ダークヒ―ロー)】!【闇英雄(ダークヒ―ロー)】!」

「おいてめぇら!!」

 

歓喜で溢れかえる中、ハチマンは呼びかけた。

 

「ヴァレッタ達はどうした!?」

「あ……」

「あ、あそこ!」

 

一人の女性冒険者が指差した先にはヴァレッタ達、闇派閥の姿があった。

 

「……さすがだよ【闇英雄(ダークヒ―ロー)】!ムカつくくらいになぁ!!」

「……そんなに褒めるなよ、ヴァレッタ」

「でもお前らには……特にお前には絶対にここで死んでもらわなきゃならねぇんだよ!」

「諦めろ」

 

ハチマンがヴァレッタに対して飛ぼうとした瞬間……その動きが止まる。

 

「おい、……てめぇ何しやがった?」

「おいおいおい~何かあったらすぐ私のせいかよ?ま、その通りなんだけどな~」

「答えろ!!」

「【シャルドー】。私の魔法だよ。いわゆる結界魔法だ………まったく、効くのが遅いんだよ」

「ッ!?」

 

気付けば迷宮のかしこに赤紫色の線が入っていた。

 

「結界魔法っつったって何かを防ぐわけじゃねえ。しかも面倒くせぇ超長文詠唱に加えて、私が結界内から出れば強制解除のおまけ付きと来てる。精神力もやたらと喰いやがるし、実戦的なモンじゃねぇ……だが」

「これは……」

「こーいう罠にはうってつけだ。特に、足元見ずに仲間を助けちまう奴なんかによぉ!」

「コイツ……!」

「【シャルドー】の効果は『能力降下(ステイタス・ダウン)』。私が認めた奴以外の奴が結界内に侵入した時、そいつの力と動きを強制的に低下させる。……その効果は敵が動きまわった分だけ、重ねがけされる」

 

余裕の表れか、死刑宣告か。ヴァレッタの表情は嗜虐的な笑みを浮かべている。

 

「言わばここは私特製の『蜘蛛の巣』だ!もう逃げられないぜ、【闇王子】~!」

「なるほどな……」

 

しかしここにいるのは能力がバグっている男である。

 

「て、おいおいおいまだ動けんのかよ!?」

「お前さえ殺せば良い話だな」

 

ハチマンは自力で歩き始め、少しずつ歩く速度が上がって行く。

 

「あああああああああッッ!!」

「お、お前ら!私を守れ!」

 

ヴァレッタは恐怖した。

このご時世、自分たちこそが悪で、怖い物などないと思っていた。

だが、違った。

本物恐怖そのものが、そこにあった。

 

(ありえねぇだろ……あいつは他の皆を庇って他の奴の分まで私の糸がからまってる……なのに)

 

【自己犠牲】によって味方側全員分の損傷を庇っているハチマン。すでにLv.1並になる『能力降下(ステイタス・ダウン)』をその身に受けている筈。

しかし、彼の能力(ステイタス)はそれこそバグってると言わざるを得ない。

未だに()()()()()()()()があるのだから。

 

「なら、最後だ……」

 

ヴァレッタのつぶやきと共に聞こえてくるドドドドドドドドドッッ!!という凄まじい音。

 

「ま、まさかお前……」

「最後だ!道連れにしてやる!」

 

大量のモンスターが解き放たれた。

 

 

***

 

 

「ちっ、逃がしたか……」

 

俺は後悔していた。

あと一歩のところでヴァレッタに逃げられてしまったのだ。

 

『ガァァ!』

「邪魔だ!」

 

大量のモンスター達に囲まれてそれどころでもなくなった。

すでに【自己犠牲】の時間制限が来ており、少なくない冒険者や闇派閥の連中が死んだ。

現在【ルドラ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】が凄まじい攻防戦を繰り広げている。

そんな中だった。

 

 

ダンジョンが哭いた。

 

 

階層主が暴れたせいで迷宮が悲鳴を上げたのだ。

そして、"絶望"が産み落とされた。

 

「……ここらへんにしとけってことか?」

 

そして俺は―――――――――――――――決断した。

 

「すまない。コマチ、アイズ」

 

辛い思いをさせるだろう。

 

「フィン、リヴェリア、ガレス、ロキ」

 

迷惑をかけるだろう。もしかしたら一生会えなくなるかもな。

だけど………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――さよならだ。

 




次の話でこのお話は終了です。

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