土で汚れたサッカーボールを拾う、先ほどまでドリブル練習に使用していたものだ。それをかき集めるとサッカーカゴに入れる。
「今日の自主練はこんなものでいいかや」
サッカーができると思ったのに...。仕方ない、今日は切り上げるか。
グラウンドをならすため足元のトンボを手に取る。
空は赤暗く染まっていて、4月でもだんだんと夏の夕方に変わってきていることを実感している。サッカーによるカースト制度、そんなものが現実にあるんだ。そして、その現実はあまりにも重いものだった。
ヴァルナ・ジャーティの定めたサッカーカーストは、カーストごとのランクがある。最上位がAその下にBCDEと続き最下位がFとなっている。最上位のA、又はその下のBには全国有数のプレイヤーが集まり、そこで激しい競争を勝ち抜けたら、サッカーエリートへの道を歩むことができる。CやDといった中学では上位カースト中学校に引き抜かれるのを目的に、結果を出そうとしている。残るEやFはといえば、何もない。結果を出せない、だが練習をどれだけしようと、その差が埋まることは少ない。こちらが我武者羅に頑張っても、DやC、さらにその上はさらにその上をいく。好きで始めたサッカーが、好きでなくなる。そうやってサッカーをやめていく人も多い。
「じゃあ、どうすれば」
「どうすれば?どうもできないよ。一つあるとすればサッカーカースト上位の中学校に行けばいい、それだけだよ。ま、そこで勝ち抜けたらの話だが」
「そう、かもね」
グラウンドの整備を終えた僕の前に現れたのは同じ一年、石郡真幸だった。特徴のあるボサボサの髪、やや細めの目、端正とは言えないが鼻と口元が外国人っぽくてそこは本人も気に入っているらしい。背は高く170cmもある、本人談。ポジションはDF。
「こんな時間まで自主練?入部からまだ一週間なのに熱心なことだ」
「早く試合に出たいからね。オチオチしてられないよ」
「どうせ、勝てないよ。残念ながらここはFだからね。」
そんなことは知っている。受け入れなければいけない現実だ。だけども、サッカーを楽しむことはできる。
勝てなくても、サッカーをすることができる。今の俺には十分な幸せだ。
「俺は帰るけど、お前も早く帰れよ。先輩たちも帰ったからな」
そう言い残してグランドから校舎の方へ歩いて行った。勝ちたいさ、やるなら、もちろん勝ちたい。だけども今のこの現状が否定する。....僕らはただ楽しくサッカーをやっていればいいのかもしれない、それが幸せなのかもしれない。そう思ってしまう。
ここでそんなこと考えたって仕方ない、今日はとっとと切り上げよう。1人残された僕はトンボを所定の位置まで直そうとグランドの隅の置き場の方を向いた時、1人の少年がいた。至心館中学の制服を着ている。
「ここがサッカー部グラウンドか。」
突然背後から声がした、振り向くと1人の少年が立っていた。
背は高くない、165の僕と同じくらいだろうか。澄み渡った碧色をした髪はストレートに流されている。眼は優しくこちらを見つめていてた。顔立ちは端正で、甘いマスクが特徴的だった。
「そうだけど、どしたの?」
「ここなら、楽しくサッカーできるよね。」
少年は僕の方へ歩み寄ってくる。そこで違和感を覚える、近づいてくるその顔に少し見覚えがあった。
「僕の名前は雲井空。これからこの至心館中学校サッカー部に入部して....カースト上位を倒す」
これが至心館中学校サッカー部の鼓動が始まった日だった。