静まり返るグラウンド。その視線は1人の少年に注がれていた。
「松比良!大丈夫か?」
和田気先輩が松比良先輩の元へ駆け寄る。
「すいません」
和田気先輩の手を取り起き上がった、どうやら体の方は大丈夫らしい。
「さて、説明してもらおうかな?君何者?」
キャプテンが問う。雲井は臆することなく真正面から言った。
「僕は関東の方でちょっと有名だった....「ちょっと有名!?」
思わず口を挟んでしまった、視線が俺に集まる、少し気恥ずかしいが僕から紹介させてもらう。
「彼は天空のストライカーと呼ばれたプレイヤーですよ。関東ではBIG3と呼ばれて雷門に行った大村雷斗や雷門宗助と肩を並べる存在だったんですよ、確かにあの2人があまりにも印象強かったですがそれに負けず劣らずの評判はありました。」
「そうか...」
キャプテンは雲井から視線を外さない。
「だったら尚更奇妙だ、そんな選手がなぜここに?」
キャプテンが尋ねる。雲井はしばらく黙った後、ゆっくり話し始めた。
「嫌だったんです、カースト上位のサッカーが」
「贅沢なやつだ」
和田気先輩が口を挟む。確かに僕らからしたらカースト上位のサッカー部に入れただけでも羨ましい。
「僕は最初は明王山中学校に入学する予定でした。」
明王山中学校。最近台頭してきたカーストAの学校だ。
「入学を前に毎日サッカー部の練習に参加していました、けど。」
思い出したかなように顔を顰める。
「そこでは下位のサッカー部を見て笑ったり、勝ち抜くためにひたすら個人技を磨いたり...僕のしたかったサッカーとはかけ離れたものだったんです。だから何度も小さな衝突を起こして、それで....」
「追い出された....か?」
和田気先輩がからかうように聞いたが雲井はただ首を横に振って否定した。
「いえ、出て行きました。きっとサッカーカースト上位はこんなことしかしないんだろう、僕はそれでここにきました」
「なんかさ、理由になってなくない?」
石郡が発言する。確かに、サッカーカースト上位のサッカーが嫌になったまでは理解できたがここに来る理由にはなってない、わざわざFのカースト最下位のチームに来ることはない、CやDといったサッカーカースト中堅のところだってゴロゴロいる。
「そうです、僕がここにきた理由。それは過去にあります。このサッカー部が起こした奇跡を」
至心館中学サッカー部は昔、一つの奇跡を起こした。スーパージャイアントキリングと言われ、今尚記憶に残る伝説だ。
「10年前、サッカーカーストEだったこのサッカー部は同じ地区のBやCといった中学校を激闘の末下して、全国に行ったこと。そして全国の初戦、あの雷門と戦い、接戦の末負けたことを。」
「残念ながらあの年はサッカーカースト制定初年だから、まだ恩恵が十分行き届いてなかった。実績だけを考慮したランクだ」
キャプテンの言う通り、サッカーカーストが制定された年のこと、まだ格差が今よりなかった時だ。10年前、至心館サッカー部は自身のカーストをEにされ、見返してやろうと特訓をしたらしい。そして挑んだフットボールフロンティアで見事全国へ出場したのだ。今だったら限りなく不可能な話だ。さらにこれを機にカーストのさらなる強化として恩恵が増加した。
「だから今の俺たちじゃ、無理だ」
「でも、でも!勝ちたくないですか?」
雲井が少しずつヒートアップする
「じゃあ、みなさんは何のためにサッカーやってきたんですか?」
「好きだからだ」
伊崎先輩は言い放つ。
「好きだから?」
雲井は納得いってない。
「サッカーをみんなとやるのが楽しいんだよ、だから俺はそれでいい」
「それじゃあ、公園でやっているのと同じじゃないですか!これでいいんですか?3年間の集大成が、このまま何もせずに終わるんですか?それに「うるさい!」
伊崎先輩は雲井を遮るように、怒声をあげた。目にはうっすらと涙を浮かべて、肩を震わせていた。
「俺たちだって勝ちたいよ...もっと長くサッカーしたいよ!だけどさ、それは無理なんだよ」
「やってみなくちゃわからないですか」
「....あるさ」
松比良先輩が雲井にゆっくりと近づきながら静かに答えた。
「...1年前、フットボールフロンティアの初戦、獅子王山中学とやったさ」
獅子王山中学、この地区最強と呼び声高い名門校、カーストはB。10年前に地区予選決勝で破り全国へのキップをつかんだ試合が伝説の試合と呼ばれている。
「勝ち目はない...だから棄権しようとしたさ。...だけど卒業した3年生たちは...最後の試合にと、有終の美を飾るため...試合をした。」
「だけど試合結果は14-0....力の差はそこまで広がっていた。」
「さらに悪いことに....10年前の試合を未だに根を持っている獅子王山の監督のこともあって...審判に見えないよう痛めつけられた。」
「甘く考えすぎていた...何のためのカーストランクなのか...それを再認識した」
テレビに映るのは全国大会からだ。全国ではAやBのサッカー部が集まるので緊迫した熱戦を見ている。
しかし格差が激しい地方ではカースト上位が圧倒的実力で勝利したり、またはレギュラーメンバーを温存させたする試合も存在している。カースト最下位の学校など眼中にない。
黙っていた伊崎先輩は絞り出すように小さな声で言う。
「雲井、お前の言うことはもっともだ。サッカーしているのは勝つためだ、だけど俺たちは...無理なんだ」
そう言ってゆっくり部室の方へ足を進める
「悪い、ちょい休憩」
伊崎先輩はゆっくりと、部室へ戻っていった。伊崎先輩が見えなくなった後グラウンドは静かになった。誰もが黙っていた。
数秒すると和田木先輩は急にズンズンとすごいスピードで雲井の方に向かっていく。雲井も驚いたらしく半歩後退した。
「今の話、本気なのか」
和田木先輩がじっと雲井を見つめた、その目は読み取れない。ただ激しい感情で渦巻いていた。
その迫力に圧倒されたのかまた僅かに後退した後、負けず劣らず先ほどの口調で返事する。
「はい、本気です」
その返事を聞くと急に肩に手を置いてにこやかな笑顔になった。
「面白いこと言うじゃないか!やっぱり気に入ったぜ!」
気に入らなかったり気に入ったり、心変わりが激しい人だ。和田木先輩は眼鏡を取るとそれをユニフォームで優しく拭きながら話し始めた。
「俺もその試合出てたんだよ、あいつらのテクニック、スピード、シュート力。どれも俺の何倍もの力だった。こんな奴らに負けても仕方ない、俺たちはサッカーカースト最下位の学校だから当然なんだ。試合中はそう思ったわけよ、けどさ、俺たちだって練習してきたんだ、それなのにカースト最下位の学校ってだけで諦めた自分自身が...後々になって情けなくてよ。俺、遅いかもしれないけど本気になって練習してやっと必殺技を身につけたんだ。」
「俺はだから今年はどこに当たろうが全力でぶつかってやる、例え今年も獅子王山でも、そう思ったんだ。」
話し終えるとにぃっと笑った。雲井もそれにつられて笑顔になる。確かに差は存在する、だけどそれでも頑張っている人たちはいるんだ。僕も頑張らないと。
「あのー、すっげー悪いんですけど」
石郡が申し訳なさそうに2人に尋ねる。
「ん?どうした割氷」
「いしごおりだ!同じ一年のチームメイトの名前くらい間違えるなよ!...ってまぁ2人が熱くなるのはいいんですけど、今10人ですよ?そもそも試合出られないんじゃ」
「そうだったな!んん〜。どうすれば」
「大丈夫です」
確かな力強い返事だった。雲井の顔は自信に溢れていた。その顔を見てか和田木先輩はたまらず聞いた。
「アテはあるのか?」
「はい、1人います。そいつはサッカーを迷っています」
サッカーをすることを迷っている。どういうことだ。
「サッカーを迷っているって、他の部活と悩んでいるの?」
「少々特殊でねそいつ。昔からの友達なんだけどそいつもまたこの中学校に来たんだ。」
少々特殊、なにか複雑な理由があるんだな。
「おし、ならすぐ勧誘しようぜ」
舞い上がっている和田木先輩だったが
「すいません、先ほども言いましたが複雑な理由がありまして。なので僕1人で勧誘してきてもいいですか?必ず連れてきます」
少し黙った後、またにぃっと笑って
「しょうがねぇ!頼むぜ雲井」
「任せてください。」
少しずつ、僕の憧れだったサッカー部へと変化しているのを、僕は感じていた。
「お前ら、気をつけて帰れよ」
「はい、お疲れ様です。」
その後キャプテンを様子を見に行ったが部室に姿はなかった。鞄もなかったので先に帰ったのだろう。なので今日は練習を終わることにした。グラウンドを整備しようとトンボを持ってきたが和田木先輩がそれを止めた、どうやら松比良先輩と2人で自主練するらしい。
俺らも混ぜてもらおうかと思ったがなぜか雲井が3人は帰りますと伝えた。なぜかはわかない。そのままグラウンドを後にした。残された2人、和田木先輩はリフティングを始めた。松比良先輩はただそれを見つめていた。
「なぜ、自分も自主練することに」
「次のフットボールフロンティア地区予選に向けてだよ」
「自分、やるとは」
ふっと、小さく笑った後、和田木先輩はからかうように
「去年の予選敗退の日、獅子王山の必殺シュートを止められず悔しい思いをしたとあるGKが夜この学校の周りを走っているのを見てな」
当たりだったのか、顔を背けて頭をかいている。
「なぜ...それを」
「偶々コンビニに行った時、見たんだ。俺その時気づいたんだよ、お前のおかげだよ。お前は一番静かなやつだから今日あんなに喋ったことには驚いたけど、うちのGKとして責任を一身に背負っていることはすごいと思うぜ。GKがいなかったこのチームのために必死に練習してきたこともすごい。なぁ...そんなお前の努力してきたの2年間をぶつけて、勝ちたくないか」
松比良少し黙った後照れ臭そうに
「そう...ですね」
「決まりだな」
空が暗くなるまで、2人のサッカープレイヤーの声がグラウンドに響いた。
「ねぇ?なんで自主練に参加しなかったの?」
「ほんと、お前あんなこと言い出して」
下校道、俺と石郡が雲井に問いただす。雲井はそんな俺たちに一言「ついてこい」とだけ言った。言いたいことが他にもあったが、何も答えてくれなさそうなので黙って付いて行った。
しばらくすると河川敷が見えた、その土手を歩いて行くとお馴染みの場所に着いた。
「サッカーグラウンド...ここが目的地?」
雲井は首を縦に振って肯定した。
「もしかして自主練?なんでわざわざこっちで」
すると雲井はある一点を見て話し出した。
「さっき言ってた迷っている人、彼はこの時間何日かに一回ここにきてサッカーの自主練をしているんだ」
「それで今日はここにくる日。ちょうどいいと思って、君たちに先に知ってもらおうと。」
雲井が見ている方を見る。土手だ。そして何度か通行人が横切っていく中、彼は現れた。ポケットに手を突っ込み、サッカーボールを脇に抱えている無地の練習着に身を包んだ黒髪のショートの目が鋭い少年。
「やぁ、堅山」
堅山と呼ばれた少年は面倒臭そうにこちらを見下ろしていた