「鵜飼さん、ちょっといいですか?」
授業の終わった放課後、俺は帰宅しようと階段の前まで来た時、声をかけられた。わざわざ3年の階にやってきたのは羽柴だった。その後ろには向島もいる。あの日以来サッカー部にすらいっていない。当たり前だ、あんな馬鹿に付き合う必要はないからだ。
「なんだ?」
「サッカー部が今どこで練習しているかご存知ですか?」
「どこで?グラウンドだろ」
「それが、いないんです。どこかのに移動してるかと」
いない?うちの近くにトレーニング施設もないしあったとしても部費がないから使えないだろう。だとするとグラウンド以外で練習するなら....
「河川敷か、裏の山の広場か」
河川敷なら小さいながらグラウンドがある、あそこでなら練習はできるだろう。広場も狭いがトレーニングの場でなら十分だ。だがおかしい、わざわざ行く必要があるか?河川敷もここのグラウンドと変わらない、トレーニングもここのグラウンドで十分出来る。移動する利点が思いつかない。すると今まで黙っていた向島が思わぬ事を口にした。
「もしかしてですよ鵜飼さん、俺たちが知らない先輩たちが新しく見つけた練習場があるとしたら...」
この辺りにそんなものが存在するとは思えない。だけど上にあげた練習場に移動する利点も思いつかない。だったら中学校のグラウンドより状態も良い俺たちの知らないグラウンドが仮に存在するとしたら。
「合点はいくな。」
それならば移動する利点はある。だが仮だ、そんなものが存在するとは思えないが。
「追ってみますか?」
おずおずと羽柴が尋ねてきた。すこし癪だが確かに気になる。仕方ない。
「後ろからつけてみるか」
俺の言葉に2人は深くうなづくと校舎の階段を下り始めた。俺たちの知らない間に一体何があったんだ?不安と期待の入り混じった心臓が、鼓動を早くした。
サッカー部の部室をすこし離れた所にある道具保管所からこっそり監視する事にした。すこし経つと部室に一年生が入っていった。やはり部活自体はやっているようだ。しばらくしてから部室から4人が出てきた。いずれも練習着を着ていて、肩に小さなバックなどを持っている。4人はそのまま校舎側へ歩き出した。
「追うぞ」
2人に声をかけてゆっくり尾行する。校舎に入る事なくぐるっと周り、校舎の裏側に着く。校舎の裏側は教職員の駐車場として使われており、それ以外に施設などはなかったはず。唯一あるとすれば裏門だけだ。
「裏門に入って行きましたね。」
4人は裏門を開けると奥に進んでいった。ということは奴らの目的地は広場か。だが疑問は残る。奴らは広場で一体何をしているのか?
「広場で練習?ボールもまともに蹴れない場所で一体何をするんだ?」
「ついていきますか?」
「もちろんだ」
裏門を開けた事はなかったが案外簡単に開いた。内側からは簡単に開くシステムになっているようだ。
開けると小山に通じる緩やかな上り坂の一本道が奥に続いていた。足を踏み入れる、爽やかな風が木々の間を抜けてくる。小山に入ったのは何年ぶりだろうか、住宅街から広場への道もこんな感じだったな。
「先輩、広場で練習なんて基礎練くらいしかできませんよ?やっぱりなんか不自然じゃないですか?」
基礎練を疎かにすることがダメなのは誰だって知っている。当たり前ない体幹、フルで出てもばてないスタミナ、怪我をしないようにする柔軟。いずれも大事だ。ただ基礎練自体に技術を高める力はない。基礎練の上にあるのがサッカーの練習であるから、基礎練だけをすれば良いというものでもない。
この数日広場で基礎練をやっていた、なんで話は明らかに不自然だ。もう基礎を作るには遅すぎる。伊崎がそんな馬鹿をやるわけがない。
あいつは能天気で楽観的にものを見るやつだが練習になると合理的かつ論理的に計画を組むことは3年の付き合いで分かっている。
やはり腑に落ちない、考えながら道を歩いていると不意に向島が声をあげた。
「ここ、なんか」
指差す方を見てもそこには何もなかった。
「なんだ貴介、なんもないぞ」
羽柴もさされた方をみたが何も見えなかったようだ。
「ちがう、ここだけ、ほら。」
向島は座り込み具体的に示した。よく見るとそこだけ不自然に草が短いのがわかった。そしてところどころ踏み倒されている、誰かが通った跡だ。
「羽柴、お前の予想は当たったようだな」
俺たちの知らない練習場、信じられないが現実のようだ。真相を確かめるべく意を決して足跡を辿った。
しばらく歩くと声が聞こえてくる。男子中学生の声だ、かなり大きく何か指示を出しているようだ。前から差す光がだんだんと強くなってくるとその声も少しずつクリアになってきた。
「石郡、パスだ!」
「キャプテン、こっちです!」
間違いなくサッカー部の声だ。駆け足で道を登っていき、その目で見る。やつらの練習を。
そこはグラウンドだ、紛れもなくしっかりと作られたものだ。驚いた、まさかこんなところに。
「鵜飼....お前」
グラウンドでボールを蹴っていた伊崎がこちらに気づき、呼びかけてきた。
「伊崎、なんだよここは」
すると練習を抜けてこちらに寄ってきた。
「ここは10年前に佐々木監督が作った至心館イレブン専用グラウンドだ」
「こんなところ、聞いてないぞ」
「そうだろうな、俺たちも数日前に知った。」
あのジジイ、出し惜しみしてやがったとは。どうして俺が一年の時から使わせなかったんだ。
「なぁ、鵜飼、羽柴、向島。俺たちは本気で勝ちたいんだ、だから!一緒に練習しないか?鵜飼、俺たちは最後の年なんだぞ、それでいいのか?悔しくないのか」
好き放題言いやがって、悔しい?そんな気持ちあるならとっくに練習している。悔しさなんかより諦めが強かった。勝てるわけがなかった。かつて俺より下手くそなのにだった奴らが、俺の手の届かない場所にいってやがった。たった数年、同じ年数をどう過ごすかで、あれだけ差ができるんだ。今更無理だ。
「馬鹿か、諦めろ。無理だ」
「無理じゃない、同じ中学生だ。それにお前なら、もっと上へ行ける」
その言葉を聞いて胸ぐらを掴む、予想していたのか余裕そうな顔を崩さなかった。
「もう上へはいけないことはわかっているはずだ、嫌味か?」
「違うさ、お前はもっと上に行ける。見せてくれよ、かつてのお前を」
こいつの目、本気だ。本気で俺がかつてのサッカーしてくれると思っている。底なしの馬鹿で能天気野郎だ。
「逃げるんですか?先輩」
そこにこえをかけてきたのは、一年だった。青髪の生意気そうなやつ、確か雲井だったか、そいつは冷ややかな目でこちらを見ながら挑発してくる。伊崎の胸ぐらを掴む手を緩める。
「生意気言うなよ一年、何もわかっていないくせに。」
それに乗ることはない、こいつらのことだ。単純なんだ。
「....怪我さえなければ、俺は上位にいけたと未練たらしく過ごすのはやめたほうがいいですよ」
「お前がなぜそれを」
一年が知るはずがない、どうしてそれを?
「小学生の時、地元じゃ有名なサッカーチームのプレイヤーだったあなたは、その最後の試合に大怪我をしてしまった。二度とサッカーができなくなるかもしれない、そう言われてもなおサッカーを諦めなかった。だから有名校が手を引いてもここでサッカーを続けていたんだ。2年の長いリハビリの末、奇跡的に復帰できたあなたは1年前の獅子王山に出場した...だけど、そこで、かつてのチームメイトだったプレイヤーに弄ばれるだけだった。全て自分が上だったのに、いつの間にかその差は歴然としていた。それで絶望してしまったあなたはこうして勝つことは不可能だと否定するんだ、そうですよね?」
「どこで知った?」
まるで全部見てきたようだ、君が悪い。こいつは俺の追っかけか。
「最後の試合、対戦相手覚えてます?」
「あ?....稲妻ブレイブズだ」
「僕はあの時、4年生でしたがそのフィールドにいました。」
稲妻ブレイブズの雲井...間違いない、天空のストライカーか。そいつがどうしてここに。
「あの時のあなたはすごかった。ポジションを選ばない働き、ドリブルにディフェンスにシュート、全て目を瞠るものだった。だけど今のあなたは過去の栄光にすがりついているだけだ、人はいつだって成長し続けるんだ、いつまでも昔のままじゃない。でも今からなら取り戻せるかもしれない...後半は予想です。生意気言ってすいません、けど僕はあなたとサッカーがやりたい」
後半の予想が見事に当たってるつーの。ごちゃごちゃ言いやがって。
過去の栄光?そんなものなんてとっくに捨てている。成長?俺に今後その見込みがあるか?
お前みたいな才能だけでサッカーしてるやつと一緒にして欲しくない。ひたすらに流した汗と悔しくて流した涙がかつて獅子王山にも認められた俺を作ったんだ。才能だけで認められたお前らとは違う。
「俺にお前みたいな才能はない、努力であそこまで上り詰めたんだ。だけどもう遅いんだよ!努力したって追いつけっこないんだよ、すべてにおいて!」
「鵜飼先輩は今自分目線だけで考えていますけど、サッカーは11人でやるものだと、思うんです。」
俺と雲井の間に割り込んできたのは目立たない1年、名前は新葉?だったか、が口を挟んできた。
俺はそいつを睨んだ、するとひるんで奥に引っ込んでいった、覚悟もないのに飛び込んでくるなよ。
「そうだ、サッカーは11人でやるものだ」
伊崎もまた口を挟む、揃いも揃ってこいつらは。
「だからなんだ?みんなで協力すれば勝てるとかいうのか?絆とかいうのか?」
「そんな甘いことは言わないさ、けど信頼し合えば勝てる。」
自信ありげに言うが似たようなものだ、結局絆だの信頼だのそんな甘い考えで勝てるほどサッカーは楽なものじゃない。こいつらはわかってない。けどもういい、疲れた。これ以上言い合っても無駄だということはわかった。
「もういい、勝手にしろ。行くぞ2人」
後ろの向島と羽柴に声をかけるが。
「すいません鵜飼さん、俺本気でやってみたいんです」
「ひぃ!あの.....えっと、俺も羽柴と同じで」
申し訳なさそうに言う羽柴の後ろから向島も同調する。乗せられやがった。こいつらも何もわからない奴らだった。
「勝手にしろ!」
踵を返し鵜飼は来た道を戻る。一度も振り返ることなく。
もう痛い目見なければわからないのだ、放っておけばいい。
だがこの胸に残るモヤモヤはなんだろうか?振り払えない黒い塊は、重く俺にのしかかっていた。