Steins;Gate γAlternation ~ハイド氏は少女のために~   作:泥源氏

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契約

 

 

 

 

 

 

 

俺が小学生の時2000年クラッシュは起こった。

危惧されていたミサイルの誤射の他、様々な悲劇的パニックが現実と化し、

大勢の人間が死んでいったのだ。

 

被害の規模は計り知れないが、俺にとっての損害は親類、財産の全てである。

取り残された俺は身寄りもなく特別な施設で過ごすことになり。

2000年クラッシュ直後の混乱期、俺のような子供はたくさんいて珍しい境遇でもなく。

 

その状況に目をつけて規模の拡大を謀ったのがSERNだった。

俺が入った施設もSERNが予め用意していたものだ。

英才教育、と言えば聞こえはいいが洗脳と大差ない。

人を殺すことに躊躇いを持たない殺人マシンの量産である。

 

俺は幾多の脱落者の屍を越えて、幸か不幸か幹部候補に選ばれる。

すると洗脳教育から解放され今度は場数を踏むことが要求された。

連れていかれた先は戦争の真っ只中。

人を殺し、仲間を裏切り、そのままの意味で屍肉を喰らうこともあり。

中学校卒業程度の年齢まで世界中を転々としてミッションを受け続けた。

 

皆脱落していく中で俺だけは生き延びてしまった。

死ぬはずがない、なんて変な自信があったのだ。

事実いくら無茶をしても死ぬことはなく。

俺はその力を“星の加護(アヴァロン)”と勝手に呼んでいた。

……厨二病真っ盛りである。

 

そして四年前、日本のとあるSERNの協力病院に入り込み、

腰を据えてミッションに備えることになる。

SERNの直属部隊“ラウンダー”による秋葉原制圧戦争、その援護だった。

どうやら秋葉原をラウンダーの日本支部へと加えたいらしい。

 

俺はあくまでも後援として配属されたから秋葉原に待機するだけ。

……時間が余ってしまった。

そこに寄宿先の病院の理事長から提案を受ける。

 

 

『高校にでも通ってみないか?

君の年齢で学校に行っていないのは不自然だよ』

 

 

言われてみればそうだ。

高等教育に興味があったことも否定しない。

SERNからは身分がバレなければ許可するとのこと。

秋葉原を探りつつ、俺は高校生活を過ごすことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

転機は一年後。

現状報告と指示確認のため理事長室を訪れた際、

置いてあった書類にふと目が止まる。

 

 

『この一覧は、』

 

『ん? ああ、入院患者だね』

 

 

椎名、まゆり。

見たことのある名前だ。

かつて2000年クラッシュが起こる前、少しだけ遊んだ覚えのある友人。

 

 

『この横にある日付は?』

 

『……それは彼らがSERNに“提供”される日付だよ』

 

『!』

 

 

“提供”……それは、被験者として命が捧げられるということ。

この病院はSERNに従属しているから、

協力という形で生け贄を差し出さなければ存続できない。

俺もよく知る事実だった。

 

 

何せ俺が監視役も兼ねているのだから。

 

 

 

『リストの名前は2000年クラッシュで扶養者を失った孤児たちが多い。

……君と同じ立場だ』

 

『――――』

 

『当然金銭さえあれば生き延びる術はあるだろうね。しかし――』

 

 

家族や親類を失った彼らにマトモな資産がある人間は少ない。

俺のように施設に入るという選択肢もあるが、

入院している患者などSERNは取り合わないだろう。

椎名まゆりも、その口か。

 

 

『その中に知り合いでもいたのかい?

君の力なら、全員とは言わずとも一人ぐらい救うことなどわけないと思うが』

 

『――――』

 

『……会ってきなさい。

君が失くしたものを見つけることが出来るかもしれない』

 

 

この男は時折年長者ぶってアドバイスをする。

俺と同年代の子供がいるからそのせいだろう。

彼の思惑はともかく、素直に従うことにした。

 

結末を予測していながら、それでも。

大事にしまっておいた宝物は、簡単に手放せなかったんだ。

 

 

『キミは……、あ、あーーっ、岡部くんだーーーーっっ!!』

 

 

彼女が捨ててしまったのなら、俺も忘れようと思っていた。

でも彼女は、その宝物へ未だに手入れを欠かさず。

 

結局、皆そうだ。

大人も子供も、あの頃はよかったなんて現実逃避にも似た懐古に思いを馳せている。

あの悪夢以降、特に。

 

その後俺は毎日彼女の病室に通った。

わざわざ個室へ移し、医療費も全額俺が負担し、最新設備の環境すら整える。

それはペットへの施しに近く、

金の使いどころのない俺の手慰みみたいなものだったのだろう。

 

そうしていつしか俺は彼女の前では笑うことが出来るようになっていた。

そう、彼女の前だけでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋葉原抗争も小康状態を迎えた頃、有力な手がかりを見つけることに成功した。

俺が独自に調べていた2000年クラッシュの原因である。

高校を休みがちながら探し続けた熱意の賜物だった。

 

 

『君の調べた通り、2000年クラッシュはSERNの自作自演だったよ。

ウィルスを作った人間とワクチンを作った人間が同じだなんて……

お粗末なマッチポンプだね』

 

『そうか、ご苦労だった』

 

『何、君には世話になっているから、このぐらい構わないさ。

……しかし、確かめてどうする?

今彼は知っての通り世界的英雄、紛れもないVIPだ。

手を出せばタダでは済まないよ』

 

 

裏を理事長に取らせたが、俺の予想を裏切ることもなく。

辿り着いた仇は俺も良く知る科学者でSERNの人間だった。

スケープゴートの可能性は高いが情報を持っている可能性はある。

2000年クラッシュ、その真実。

 

 

『ほら、リンゴの皮が向けたよ』

 

『わぁ可愛いうさぎさんだー♪ ありがとー、岡部くんっ』

 

『どう致しまして』

 

『岡部さん上手ですね』

 

 

まゆりを訪れる度に思う。

何故、こんなことになってしまったのか。

彼女の原因不明な病は2000年クラッシュ後に流行っているモノと同じ。

それなら2000年クラッシュのことがわかれば、助かる可能性は上がるかもしれない。

 

 

『あーん』

 

『あ、あーん……』

 

『……ん、おいひー♪』

 

『ふふっ、まゆりちゃんったら』

 

『んー?』

 

『…………』

 

 

愛らしく、愛しい。

この穢れた世界の中でこんなにも純粋無垢な美しい命。

彼女のためなら俺は悪魔に魂を捧げよう。

 

 

『……本当に、行くのかい?』

 

『ああ』

 

『一個人じゃ厳しいんじゃないかな。人手を集めて――』

 

『単独ミッションは慣れている。逆に足手まといだ』

 

『そうか……わかった。せめて、往路は私が手配しよう。

今の欧州は危険すぎる』

 

『任せよう』

 

『必ず帰ってくるんだ。……いいね?』

 

『――――当然だ』

 

 

理事長の助けを得て、俺は欧州のSERN本部近郊へ向かった。

対象は厳重警備の中研究に勤しんでいる。

誰であろうと関係ない。

俺の意思を阻むようなら、排除するのみ。

 

 

『だ、誰だね君は!! ぐむ――』

 

『き、貴様――か、は』

 

『ごっ……』

 

 

警戒の薄い時間を虎視眈々と見計らい拐かす。

証拠など残してやるものか。

スグに彼が消えたことは伝わるが問題ない。

バレなければ全てなかったことになるのだから。

 

 

『――おおっ! 良く帰ってきた。……すでに話は聞いたよ。無茶をする』

 

『道理を通してなんとかなる相手ではなかったからな。それより――』

 

『バレてはいないみたいだね。

まるで霧にさらわれたようだ、なんて地元紙には書かれていたよ』

 

 

数週間後、無事に日本へ帰りつく。

2000年クラッシュの真相は知れた。

しかし、病気に関して奴は因果関係を掴んでいなかった。

あれだけの拷問で聴き出せなかったのだから、知らなかったと言って差し支えあるまい。

……虚しさだけが募る。

 

 

『望んだ情報は手に入らなかったのか。しかし無事で良かった。

もし君が帰らなければ彼女たちが悲しむ』

 

『関係、ないな』

 

『私は君を高く買っているんだ。君にいなくなってもらっては困るんだよ』

 

 

この男は俺をまるで息子のように扱う。

そのせいか、俺の欲しいモノを何でも揃えてくれる。

利害関係で釣り合っているか疑問な程だ。

 

心苦しい、などとは思わないが、何を要求されるかわかったものではない。

借りは早急に返そう。

彼の子供に危機があれば、金銭なしで動くとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は珍しく楽観視していた。

SERNを舐めていた、いや世界を舐めていたのだろう。

なんと言っても世界的英雄を拉致して殺したのだ。

 

忘れてはならない。

油断してはならない。

罪と罰が、四六時中付け狙っているということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『学校は楽しい? 岡部くん』

 

『聞かれるほど特別なものでもない』

 

『特別じゃないものこそ、大事なんだよー?』

 

『そういうものか?』

 

『うんっ』

 

 

まゆりが入院し始めて数ヶ月、俺は高校と病院を往き来していた。

それでも度々M4、桐生萌郁のボロアパートに通っていて、

仕事がなければ病院に帰るようにしている。

タバコや酒のようにM4の身体も手慰みだが、

いずれにしろ溺れるつもりはないのだ。

 

 

『……M3、最近のこと、なんだけど』

 

『どうした、動きがあったか?』

 

『ええ……』

 

 

ある日の睦言、裸のまま報告を受ける。

玄関からすぐに犯してしまうことがままあるため、こういうことはよくあって。

我ながら猿みたいだな。

 

報告によると、この頃秋葉原に外人を良く見かけるらしい。

観光客は珍しくもないが、連中のソレが同業者だという。

 

 

『M3の動向を探っている、と考えるのは穿ち過ぎかもしれないけど……、

キミの領域を、徘徊している風だった』

 

『そうか、わかった。警戒しておこう』

 

 

勘違い、と打ち捨てるほどM4の目を疑ってはいない。

大っぴらに追われているわけではないが、仮にも俺は国家的犯罪者なのだ。

証拠を隠滅したとはいえ絶対バレないなんて驕る気もなく。

用心に用心を重ねて行動する必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも、避けようもなくその日は訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『報告は以上だ』

 

『……ふむ、ご苦労様』

 

 

理事長室で定時報告を行い帰ろうとした時だ。

珍しく理事長に一服誘われ、屋上まで付いていく。

こういう時彼は、どちらかと言えば私事について相談がある。

前は子供についてノロケられたか。

逃げ方も考えておこう。

 

 

『…………フゥ』

 

 

理事長の口から吐き出された紫煙が、濁った大気に混じって消える。

病院の最上階からの景色は、一面灰色。

曇り空であるにしても色に乏しい。

活気というものが見当たらないからかもしれない。

威圧的に居座るビル群が、ドミノや段ボールのように無機質だった。

 

 

『今日呼び出したのは他でもない。――例の件が、露見したみたいだ』

 

『そうか』

 

 

予測していた事だったので驚きはしない。

しかし、随分早い

 

 

『と言っても、ユーロポールや日本警察にではないよ』

 

『?』

 

『300人委員会だ』

 

『!』

 

 

さすがに、俺も驚いた。

バレた相手が相手である。

彼らはもはや都市伝説ではなく、2000年クラッシュ以来世界の実質的支配者だ。

 

 

 

まさか、本当に……。

 

 

 

 

『君の思っている通り。先日君が暗殺した男は300人委員会の一人さ』

 

 

拷問していた時、奴が言ったのだ。

300人委員会に属する自分を殺せばタダでは済まないぞ、と。

無視していたわけではないが、放置したのは事実である。

 

普通思わないだろう?

目の前のちっぽけな男がそんな大物だなんて。

 

 

『彼はスケープゴートだったけど、

2000年クラッシュのワクチンを開発したことによって表向き力を得ていた。

300人委員会も混乱していたから、その程度の小物も受け入れたみたいだ』

 

『混乱? 奴らが仕掛けた事件じゃないのか?』

 

『確かにそうだが、彼らにも派閥争いがあってね。

2000年クラッシュが利用されて何人か死んだんだよ』

 

 

なるほど、良くある話だ。

300人委員会は神格化されているが、結局人の集まる組織。

纏まりなんて期待できないだろう。

 

 

『それで、そんな詳しいことを知っているということは――』

 

『…………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前も300人委員会の一人だったということか。秋葉原の大地主、――秋葉、幸高』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋葉留未穂の父親、まゆりの入院する病院の理事長も勤める男。

俺の監視対象であり、スポンサー。

やり手実業家の彼は、元好青年といった穏やかな風貌を崩さずに微笑んでいた。

 

 

『ならば300人委員会に俺の犯行が筒抜けなのも当然、か』

 

『……勘違いしては困る。別に私が教えたわけではないよ。

君が捕まるなんて私も避けたいところだ。前も言ったが、私は君を買っている』

 

 

いつもと変わらない顔で、いけしゃあしゃあと良く言う。

俺がこうも簡単に出し抜かれるとは迂闊以外の何物でもない。

 

 

『君の犯行は完璧だった。誰しも迷宮入りを確信していたさ。

しかし、300人委員会には完璧な暗殺者に心当たりがあった』

 

『つまり、完璧過ぎたと?』

 

『そういうことだ。君はとある界隈で有名だからね』

 

 

狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真は死神であるなんて誰が言ったのか。

俺が完全犯罪のスペシャリストとしてSERNに貢献していることは、

上層部なら知っている話だ。

 

 

『君が犯人だという証拠はない。

それでも300人委員会は疑わしきを罰する精神で動いてきたから』

 

『結構なことだ。それで、お前は一人でノコノコ何をしに来た?

俺を捕まえたくないが責務だから仕方がない、と?』

 

 

一瞬で制圧出来る自信はある。

 

だが、相手は300人委員会。

 

果たして、そう上手くいくのか……?

彼を人質にしたところで、無意味なのは言うまでもなかった。

 

 

『私は君を捕らえに来たわけではない。交渉しに来たのだよ』

 

『交渉?』

 

『どうだい、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――300人委員会に入らないか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『な、に?』

 

 

耳を疑う。

俺が暗殺したことを知った上で、勧誘だと?

器が広いのか、適当なのか……。

 

 

『別に私の独断という訳じゃない。

君の名前は元々候補に挙がっていたんだ。これが機会かと思ってね』

 

『断った場合――』

 

『特に制裁はない、と言いたいところだが、いずれ君の排除命令が下るだろう。

300人委員会にも面子というものがある』

 

 

 

俺が300人委員会に入れば、先の暗殺も粛清なり何なりと理由付け出来る。

 

 

 

無罪になるか、有罪になるか、自分で選べと言っているのだ。

俺だけの話なら逆らっても問題ない。

しかし相手に理事長がいるなら、まゆりの命を握られているも同然。

 

 

 

つまり、実質の脅迫。

 

 

 

 

『汚い、な』

 

『やり口は褒められたものではないがこれでも腐心したんだよ。

君にまで彼ら、いや我々の目が及ぶなんて予想外だった』

 

『何故、お前は300人委員会なんてものに属している?』

 

 

あまりにもキナ臭く、胡散臭い連中だ。

理事長とはイメージが合わない。

家庭を何よりも大事にしている姿は偽りだったのか。

 

彼は俺の問いに答えず携帯吸殻入れに荒々しくタバコを突っ込んだ。

金網に寄りかかり、泣き出しそうな空を見上げて口を開く。

いつもより乱暴に、いつもより投げやりに。

 

 

『……先程言った通り、SERNは2000年クラッシュの直後混乱していた。

彼らにとっても人員減は想定外だったらしい。

誰がいなくなろうとも基本的に気にしない連中だが、人数に拘りがあるようだ』

 

『300人ではありたい、と? ふん、下らん』

 

『下らない話だが、彼らにとっては切実だった。

早急にその問題を解決するため、元より誘っていた人間を強引に組み込むことにしたのさ』

 

『それが、お前か』

 

『あれは忘れもしない、2000年クラッシュ直後の娘の誕生日だった』

 

 

遠い目を隠すように瞑って。

目蓋の裏に映る記憶を、苦々しく吐き出すように彼は語った。

 

 

『私もその頃資金繰りに困っていてね。忙しくて、娘の相手をしてやれていなかった。

だからせめてあの娘の誕生日ぐらいは、と思って約束したんだ。

誕生日は留未穂の側にいる、と。だが急な仕事が入り、その約束も守れなかった。

罵られてしまったよ、パパなんて死んじゃえってね』

 

『――――』

 

『そして家出した留未穂をそのままに、私は仕事へと向かった。

その途中の飛行機だ、接触してきたのは。

彼らは言ったんだ、もし300人委員会に加われば資金の援助を厭わない。

しかし加わらなければ――』

 

『娘を、殺害する?』

 

『そうだ。すでに彼らは留未穂を拉致していたよ。

もとより力を見せつけて強引に加える気だったんだ。

結局私は屈した、何より留未穂が大事だったから。

その決断は今でも後悔していない。

本来、私はその時死ななければならなかった。

いや、死んだことにならなければならなかったんだ。

それが300人委員会における通例だからね。

しかし、2000年クラッシュ以降その掟はなくなって、

私は今秋葉原を任され彼らの末席に加わり、こうして生きている』

 

 

死人のみ列席を許される円卓、ヴァルハラ。

世界の頭脳、300人委員会はそのようにして隠匿されてきたというのか。

 

 

『確かに、300人委員会に加わることで娘を危険に晒す可能性もあるかもしれない。

しかし、300人委員会の力を借りれば、大概の危機は回避出来たのもまた事実だ』

 

 

ポケットから手を取り出し、見つめて。

何かを包み込むように、強く握る。

と思えば手を開き、俺の方へ大きく伸ばす。

 

その顔は、その目は、俺が知る彼のまま。

家族を想う父親の表情だった。

 

 

『手を取りなさい。

護る力を手に入れるんだ、岡部くん。いや、――鳳凰院、凶真』

 

 

大きな流れの中でまゆりを護るために。

濁流に逆らい彼女を導くために。

利用すべきは、奴等の力。

惹き寄せられるがまま、彼の手を握った。

自分の意思を表すように、しっかりと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうだな、――結ぶぞ、その契約ッッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を頑なに逸らさない。

契約に綻びを与えたくなかったから。

 

すると彼は、意思を汲み取ったのか満面の笑みを浮かべた。

 

 

『そうか……これで、君に任せることが出来るよ。宜しく、頼む』

 

 

後釜……と言っても彼が300人委員会を辞めるわけではあるまい。

ならば、どのような意図か。

 

 

『君はちゃんとした地位を得るべきだ。留未穂の婚約者として』

 

 

…………何?

聞き間違いか?

 

 

『これで私も安心だよ。300人委員会の一人なら体面も立つからね』

 

『何を、言っている?』

 

『ん? 何度も言っているだろう、私は君を買っていると。

君には是非とも義理の息子になって欲しいんだ。

……それともまさか、留未穂に不満が?』

 

 

いや、いやいや、ちょっと待て。

殺気を垂れ流す秋葉だが、それに屈してはならない。

でなければ両者が望まぬ婚姻を強いられてしまう。

 

 

『奴は、留未穂はそれを承知しているのか?』

 

『……まだ言ってはいない。しかし君が相手ならば否やはないはずだ。

何せ君はあの娘の王子様だからね』

 

『王子、様?』

 

『妬けることだが、あの娘と家で話すことはもっぱら君のことなんだ。

我が子ながら健気なことだよ、わざわざこの病院にまで通うなんて』

 

 

 

 

 

…………。

ああ、気づいてはいたさ。

過度なスキンシップ、露骨なアプローチ、愛らしいリアクション。

無視できるはずのない秋波だった。

相手にしていなかったのは嫌だったからではない。

スポンサーに気を使っただけである。

 

始まりは、そう、有りがちで。

彼女を俺が助けた時だったろう。

不良に絡まれた彼女を、スポンサーから頼まれていた通り庇ったのだ。

囲んでいた有象無象は一瞬で無力化。

しかしギャラリーもいて、ちょっと演出過剰だったかもしれない。

色気より血の気、あまりに乱暴で凶悪な光景。

それでも思春期である彼女には俺が王子様に見えたのか。

それ以来、病院へ行く度に顔を合わせていたような……。

 

焦らしに焦らした放置プレイ。

ふむ、我ながら女泣かせである。

父親が不憫に思って強硬手段に出たのも納得だった。

 

 

『君は責任を果たす男だ、それは良く知っている。

私もまゆりくんのことを理解していないわけではない。

答えは追々貰うとしよう』

 

『――――』

 

『色よい返事、期待しているよ』

 

 

肩に乗せた手の力が雄弁に語っていた。

娘を泣かせたら許さない、と。

 

 

 

 

 

どうしてこうなった……。

 

 

 

 

 

 

へたりこみたくなるものの、

未だにポーカーフェイスを維持する俺は何らかの欠陥があるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『とにかく、300人委員会へ入会おめでとう。

歓迎しよう、――同志、鳳凰院凶真』

 

『――ああ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして俺は、魑魅魍魎が跋扈する百鬼夜行、

地獄に蠢く亡者どもの中で権謀術数を競う世界へ身を投じた。

狸や狐と化かしあうなんて柄ではなかったが、全てを利用し力を手に入れてやる。

欠陥だらけの俺がまゆりを護り抜くために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今更ですがオリジナル設定入れてしまいました。
ご質問にご意見ご感想お待ちしております。

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