Steins;Gate γAlternation ~ハイド氏は少女のために~   作:泥源氏

13 / 18
双日

 

 

 

 

 

 

 

 

『えっ!?』

 

『どうしたの? 鈴さん』

 

『設定した座標に着いたはずなのに、なにコレ!??』

 

『パラメーターが滅茶苦茶に……!?』

 

『どういうことなの!!? 燃料の残りまで分からないよっ!!』

 

『…………』

 

『……ごめん、まゆ姉さん。ちょっと待ってて』

 

『鈴さん、外に出ることは出来る?』

 

『不可能ではないけど……現在地も分かんないからあまりに危険だよ!』

 

『大丈夫、外にオカリンがいるから』

 

『何でそんなこと――』

 

『まゆしぃはね、アークライトを見失うことはないんだー』

 

『…………』

 

『だから、大丈夫。ハッチを開けて?』

 

『――――分かった。気を付けてね』

 

『うんっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悔しげにこちらを見る阿万音鈴羽へ伸ばしていた手が、やり場を失って懐へ戻り。

横目で昏倒している椎名まゆりを確認し、抱きつく影へと意識を集中。

 

 

「…………なんかバトルが始まったと思ったらまゆ氏が二人に増えてた。

オカリンの覚醒といい視聴者置き去り、ブリかプリかどっちだってばよ!?」

 

 

シリアスに付いていけていなかった橋田が今頃ながら突っ込む。

黙殺が残念でもなく当然。

 

 

「…………」

 

 

突然現れた彼女は、未だに俺を離さず無言で。

心音だけが俺に語りかけてきた。

 

彼女がまゆりなのは疑うべくもない。

ならばどのような存在だろうか。

 

次元の狭間というイレギュラーな場所に起きた超常現象か、実体化した俺の夢か。

何でもアリに近いこの世界においてその問いは無意味かもしれない。

 

 

 

ならば、受け入れた上での冷静な答えを。

 

 

 

 

「――離せ、まゆり。俺は奴を殺さなければならんのだ」

 

「……やめよう、オカリン。他に選択肢を探そう?」

 

「他の選択肢などない」

 

「諦めちゃダメだよっ!

……まゆしぃは知ってるもん。オカリンは絶対に最後まで諦めたりしない」

 

「俺はオカリンではない!!」

 

 

思わず、苛立ち紛れに激昂する。

まゆりへこんなにも強く当たるなんて初めてだった。

手の震えが止まらない。

 

 

「……違うよ」

 

「何が違う!?

お前の知る岡部倫太郎は“運命改竄(ハッキング・シュタイナー)”で殺したッ!!

今の俺は鳳凰院凶真、単なる殺人鬼で――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――まゆりの、命の恩人だよね。岡部君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

なん……だって……?

 

 

 

 

 

 

 

『岡部君』

 

 

 

 

 

 

 

そんな呼び方をするまゆりなんて、一人しか知らない。

まさか――――

 

 

「まゆりね、知ってたよ。

まゆりが殺されるところを拾ってくれたの岡部君だって。

それから毎日、毎日毎日病室へお見舞いに来てくれたよね。

ずっと、いつだって、まゆりを励ましてくれた」

 

「そ、れは……」

 

「だからまゆり、頑張れたんだよ?

薬の副作用で髪の毛が抜け落ちて死んじゃいたくなった時も、

ウィッグ可愛いねって笑ってくれる岡部君がいたから、生きたいって思えたんだー」

 

「……っ……」

 

 

 

 

俺が最初に生きていた世界の、まゆり。

彼女の姿を感じるだけで涙が出そうになった。

 

 

 

 

何故、ここにいる?

 

 

 

 

 

 

 

「このまゆりはね、一年後の七夕からタイムマシンで来たはずなんだけど、

色々なまゆりの記憶があるの。

このままの世界に住むまゆりの記憶も、なんとなくあるんだー」

 

「!」

 

「岡部君は、ある日突然私たちの前からいなくなっちゃった。

手紙とかメールは返してくれるんだけど、電話に出ないし直接会ってもくれない。

でね、いつの日か気づくの。……もう、岡部君はいないんだって」

 

 

俺は狡猾だから、何者かへ代筆を頼み先に逝ったのだろう。

死んだと悟らせないために。

 

 

 

 

気づかれているとも知らず、自分だけ満足して。

 

 

 

 

 

「その後も、まゆりはずっとお空の星に手を伸ばしてる。

届くはずもないのにおかしいね、えへへー」

 

「……お前、は……」

 

「まゆりは、病気だって、死ぬのだって恐くない。

でも、独りぼっちは嫌だよ……だから、岡部君」

 

「だがっ……だが俺は、お前を喪うことにもう耐えられないッ!!」

 

「……岡部君、自分勝手」

 

「…………」

 

「でも、まゆりも言えた口じゃないね。二人とも同じ、自分勝手だ」

 

 

えへへー、と無邪気に笑う声。

自分の独善に嫌気がさしていた。

独善の塊である、この俺が。

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしようもなく弱い二人。

光を見失えば、歩む意味すらわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まゆりはね、岡部君のことあまり知らない。

病室の中で、岡部君のお話を聴いていただけだったから。

……でもね、まゆりの知る岡部君なら、確定した未来なんて大っ嫌い」

 

「っ!」

 

「未来が怖いなら俺がクールに演出してやるって、

自信満々にまゆりを導いてくれるはずだよ?」

 

 

……そうか、そうだった。

世界を変える時に思っていたじゃないか、

――――押し付けられる未来なんて、糞食らえだって。

 

弱さで目も頭も曇るとは、なんたる不覚。

俺もまだまだ未熟だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、岡部君。世界が真っ暗闇になって無限の影に怯えても、目を閉じないで。

諦めないで。鳳凰院凶真を、殺さないで。そうすれば想いはきっと届くよ。

何百年、何千年の時を旅してきたあの星の光みたいに」

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、そうだな」

 

「未来を恐れないで。

岡部君ならどんな逆境でも跳ね返せるって、まゆりは信じてるから」

 

 

この娘がいる限り、諦めない。

諦める必要なんてこれっぽっちもなかった。

未来はこの俺なら切り拓けるから。

可能性を狭めるなんて間違っている。

 

そう、まゆりの信じる俺を信じるだけで良かったのだ。

やはり最大の敵は、常に臆病な自分自身――――

 

 

「ありがとう、まゆり。俺は危うく重大な間違いを犯すところだった」

 

「えへへー、まゆりは岡部君の役に立てて嬉しいのですっ!」

 

「お前はいつも俺を助けてくれているよ。だから、――重荷なんかじゃない」

 

「っ! ……そっか」

 

「ああ、そうだ」

 

 

力強く笑ってやる、俺は大丈夫だと伝えるかのように。

すると背後でも笑う気配があり。

 

 

 

 

そして。

 

 

 

 

 

 

「……ごめん、岡部君。もう行かなきゃいけないみたい」

 

「そうか、時間か」

 

「うん。もっと、ずっと一緒にいたいよ……」

 

「いられるさ、絶対に。俺がクールに演出した未来で、な」

 

「――えへへ、そっか。うん、そうだね」

 

 

 

 

 

背中の体温が下がり。

腰に回された手が無くなり。

 

 

 

 

 

霧のように現れて、霧のように去って行く。

もう会うこともない、か。

いや、――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『岡部君。次は、シュタインズゲートで逢おうねっ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まゆり。

シュタインズゲートへ、必ず逢いに行くよ。

もはや何もない虚空に誓う。

 

 

 

 

 

そのために、この不安定な世界を確定させなければならない。

 

 

 

 

 

携帯電話を取り出して。

保存メールを呼び出し、送信ボタンに指を置く。

 

 

『明日は携帯の電源を切ってまゆりを救え』

 

 

このメールを2010年8月14日に送れば、全てが始まる。

次元の狭間だからこそ成せる現象だ。

だが未来人を殺していたらこのメールは消えていただろう。

 

 

 

未来を見つめ直し、向き合おうとする俺だからこそ、ここまで来れたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

送信――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

顔を上げる。

 

 

空は突き抜ける朱を取り戻し。

世界は既に彩りが定められて。

どこまでも、どこまでも美しい夕焼けだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平穏を取り戻したラジ館の屋上には、思い出したかのように秋葉原の喧騒が響き始める。

異常な世界から日常へと帰還し。

会話を見守っていた阿万音鈴羽と橋田至の時間も動き出す。

 

 

「まゆ姉さんはさ、空に手を伸ばしてぼーっとすることが多かったんだ。

――寂しそうに、まるで誰かを求めるみたいに」

 

「まゆ氏はいつまでも変わらんね」

 

「そう言えば、まゆ姉さんの漏らした言葉を聞いたことがあるよ。

『あの日、私の彦星が復活していたら、全ては変わっていたかもしれない』」

 

「……どゆ意味?」

 

「さあ?」

 

「――――」

 

 

二人の話を聞きながら、白衣の上に横たわるまゆりの頬を緩やかに撫でる。

それでも彼女の安眠は終わらず。

無邪気に笑う寝顔に、自然と俺も頬が弛んでいた。

 

 

「……お前も、そんな顔が出来るんだね。てっきり感情のない悪魔かと思っていたよ」

 

「ふん。ところで、貴様はいつまで寝ている? さっさとタイムマシンを動かせ」

 

「手と足と肋の骨を誰かさんにへし折られたんだけど……」

 

「チッ、軟弱者が」

 

「えー……」

 

 

とは言え、折れた骨が根性で治れば苦労しない。

簡易な治療を施し屋上の柵へ座らせる。

 

 

「いてて……ふぅ、まあ安くはなかったけど、お前がやる気になったんならいいや。

でもこんな身体じゃ、ちょっとサポートは難しいかな」

 

「構わん。貴様はタイムマシンの操作だけすればいい。牧瀬紅莉栖は俺が何とかする」

 

「オカリンが頼もし過ぎて違和感」

 

「そっか……わかった。取り敢えず色々なことはタイムマシンに乗ってから説明するよ」

 

「――――いいだろう。橋田、こいつを運び込め」

 

「オーキードーキー」

 

 

ここで躊躇っていても仕方がない。

最後にまゆりを見て、巨体に身体を預ける。

 

四肢に迷いなく、心に淀みはない。

岡部倫太郎と鳳凰院凶真の意思が統一されているのだろう。

 

ならば、敗北などあるはずがなく。

俺は今神すらも凌駕する――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2010:08:21:18:07

    ↓

2010:07:28:11:51

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――状況を開始する。

 

 

これこそ、過去の色。

一面赤だった上空が、真っ青に染め上がり。

容赦なく太陽光が降り注いで、夕焼けではなく日焼けを危惧する。

コンクリートから湯気が立ち上ぼり、蜃気楼すら薄く見えた。

 

それでもタイムトラベルの不快感よりは断然マシだ。

脳味噌シェイクの後、ウェルダン。

最低のレシピである。

 

 

『改めてこのミッションについて説明するね。目的は、牧瀬紅莉栖の死の回避』

 

 

不満を言っている暇はない。

階下より騒ぎ声が聴こえた。

タイムトラベルが気づかれているようだ。

 

素早く無音で屋内に忍び込む。

その後防火扉に振り返って『工事中につき立ち入り禁止』という紙を貼り、

鍵を壊して屋上を封鎖。

ことなかれ日本人なら強硬突入まではしないだろう。

 

これでタイムマシンの隠匿は完了。

些細な相違は世界の修整に任せるしかない。

 

 

『その日こそ分岐点だから、牧瀬紅莉栖の死の可能性はおおざっぱに計算して50%』

 

『収束は起きない、と?』

 

『起きるかもしれない。ううん、たぶん起きる。でもきっと、抜け道があるはず。

その抜け道こそが「シュタインズゲート」の入り口なの』

 

 

その入り口とやらを見つけ出すことが俺の役割らしい。

未来人でも出来そうなものだが……考えてみると、

岡部倫太郎こそが“運命探知(リーディング・シュタイナー)”を持つ観測者。

だったらそもそも俺が牧瀬紅莉栖の生存を観測しなければ意味がないのでは……?

 

 

 

 

 

 

 

 

道筋が見えてきた。

まず俺のやるべきことは牧瀬紅莉栖の探索。

 

 

 

 

 

 

 

ラジ館の4階まで降りて、踊り場で一息つく。

そこで一旦、俺の調べた牧瀬紅莉栖殺害事件の状況を確認する。

 

牧瀬紅莉栖の殺害現場はラジ館8階の一室。

腹部を鋭利な刃物で刺され、血溜まりの中うつ伏せで倒れていたらしい。

その後まもなく出血多量で死亡。

凶器と犯人の目撃情報はない。

 

この世界では、事件として“確定”しているのだ。

しかし変えられないこともない。

 

ちょっとした根拠としては、あの未来人が挙げられる。

橋田が頼りになる男であることは俺も認めていて。

その橋田が大事な娘を、何の勝機もなく過去に送り出すはずはない。

俺はあの男の想定通り動いてやればそれでいいのだ。

だから、速やかに8階へ行かなければならない――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

のだが、早速躓く。

おかしい、俺が気づかなかった?

まるで今世界に出現したかの如く、一人の少女がそこにいた。

 

……タイムトラベルの影響で感覚が麻痺していた、と納得しよう。

いやもしかしたら、これは強制イベント――――?

 

 

「さっき、このビルの屋上から下りてきましたよね?」

 

 

生意気で耳に障る声。

世間知らずの無謀な好奇心に満ちた目。

 

 

 

 

 

 

間違いなく、あの牧瀬紅莉栖だった。

 

 

 

 

 

 

 

「屋上で妙な音がしたし、ビルが揺れたように感じたけど、それとなにか関係が?」

 

「っ!?」

 

「いったい、なにがあったんですか?

ドクター中鉢の仕込み……とか言わないですよね?」

 

「――――」

 

 

な……に……?

 

訳のわからない感情が、俺の中に溢れ出す。

前に見た夢のように、俺が経験していない彼女との記憶。

 

こみ上げる涙。

今すぐ彼女を抱き締めたい……っ!

 

 

「聞いてますか?」

 

 

沸き上がるナニかを力ずくで抑え込む。

流されるつもりはない。

意味不明な動揺はミッションに悪影響を及ぼす。

 

早急に退散が無難――――。

彼女から視線をきり、逃げ出すように背を向ける。

 

 

「質問に答えて下さいっ」

 

 

追いすがる彼女を置き去りにして、その場から立ち去った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ように見せかけて、物陰に潜み彼女を観察している俺だった。

牧瀬紅莉栖の行動を追うことが助けるために最善だろうという判断である。

 

岡部倫太郎の因子に引き摺られぬようこの身を律し、ただひたすらに息を殺してストーキング。

触れた石の壁で火照った身体を冷ます。

 

 

「――本日は、ドクター中鉢によるタイムマシン発明成功記念会見にお集まりいただき、

まことにありがとうございます」

 

 

間は一瞬。

彼女は俺を追うのを諦め、上の階に向かう。

俺は黙々とその後を付いていく。

 

すると、ちょっとした寄り道の末着いた先は8階の会見場であり、激論の真っ最中。

彼女はその中へ勇敢にも突っ込んでいった。

 

 

「それより、今貴方が語ったタイムマシン理論はいったいなんだ!?」

 

「――っ!」

 

 

『ここには7月28日現在のオカリンおじさんがいる。

今、世界に岡部倫太郎は2人いることになるの。

いい? 自分自身との接触は絶対避けて。

深刻なタイムパラドックスの発生する可能性があるから』

 

 

「――――チッ」

 

 

未来人の忠告が頭の中に響いた。

俺と同じ声が室内より聴こえている。

そう、ドクター中鉢会見にアレも出席していたのだ。

この世界の、岡部倫太郎である。

 

……俺と同じ声で、そんな小物臭漂うしゃべり方するな。

中に入ってぶん殴りたくなった。

 

しかしそれには及ばない。

なんと突貫した彼女が強引に馬鹿を摘まみ出してきたのである。

 

話を聞くに、彼女はどうやら俺の先程見せた素振りが気になっているらしい。

それをこれまた頭のおかしい人間が答えるから会話にならず。

馬鹿は去り、彼女だけが廊下に取り残されて。

 

 

 

 

 

俺は目の前で自分の黒歴史を見させられたような恥ずかしさを覚え、

隅で頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。