Steins;Gate γAlternation ~ハイド氏は少女のために~   作:泥源氏

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鳳凰院凶真

 

 

世界は安定を求める。

たとえ、何を犠牲にしようとも――――。

 

 

 

 

 

ラジ館の一室にて行われた、誰にも知られる事のない私闘。

一人は自分を手に入れて役割を奪還し、一人は暗い血の海に沈んでただ消滅を待つのみ。

岡部倫太郎同士の生存競争は決着し、シュタインズゲートへ世界が再構築されれば本当の終幕だった。

 

そんな中、牧瀬紅莉栖殺害事件の現場には二つの人影がある。

一つは勿論被害者の牧瀬紅莉栖、もう一つは――空っぽの岡部倫太郎に似たナニか。

既に岡部倫太郎としての意識を喪失してはいるが、確かに未だ物質として存在していた。

 

 

(なぜ、俺は消えない……?)

 

 

パラドックスは岡部倫太郎が二人存在することを認めなかった。

正確には、シュタインズゲートに辿り着く岡部倫太郎を一人に統一しただけ。

だから、その脱け殻に在る者は岡部倫太郎ではない。

 

 

(俺は――)

 

 

自分でも何者かはわからない。

頭の中は冴えている、しかし五感を失っているためそれこそ亡霊としか思えない。

それでも自分が確かに存在している、考えることだけはできる。

 

内から浮かび上がる名前は、自分の考えた偽名だけ。

しかしそれは安直に過ぎる。

厨二病とはアレが付与したキャラであり、椎名まゆりを救うための偽病でしかないのだから。

 

 

(……いや――)

 

 

果たしてそうだっただろうか。

彼の世界に於いては違うのではないか。

2000年ショックが起きて椎名まゆりとは離ればなれになったのだ。

時系列としてあり得ない。

 

ならば、ココに残されたモノは一体何なのか。

彼の抱えた因子を垣間見れば、答えがわかる。

 

 

2000年ショックで荒廃した大地、助けを求める声を無視して歩く。

学校へ編入し、同じ境遇の仲間達と出会い。

仲良くなった同級生を初めて殺した道徳の授業。

信頼する教師に騙され、汚い男たちに乱暴されて食べさせられた汚物。

餓死しそうになり、已むに已まれず食べた他人。

虐げた人間を殺し、今度は虐げる強者になった。

ただ一方的に虐げ続け、踏みにじった弱者は数知れず。

列挙することも憚れる悪逆非道の記憶。

 

 

そう、全て覚えていたのだ。

他の日常は思い出せないのに。

 

 

(――嗚呼、なるほど)

 

 

そこで彼は、ようやく理解した。

 

残された自分は、岡部倫太郎がシュタインズゲートへ持っていくことを拒否した負の軌跡である、と。

 

犯した罪で、負うべき責。

置き去りにされたモノは、岡部倫太郎が防衛本能で投げ出した凶悪な真実だったのだ。

 

理解すると同時に、彼の意識は急速に落ちていく。

 

何処へ導かれるのか――――

だがきっと、ロクでもない場所。

 

もしシュタインズゲートが現世なら、対極へ逝くのが道理。

天国へ旅立てる筈もなく、ただただ墜ちていく。

それでも目は見えないから、視界に映るモノは彼の記憶から引き出した風景。

 

ソレは岡部倫太郎が直視出来なかった醜悪な景色しかない。

特に鮮明なソレこそ、彼が糧にした犠牲者たちだった。

 

殺し、奪い、犯し、汚し、乱し、壊した人々の顔、声に満たされる。

怨嗟が耳に溢れた時、彼は初めて死にたいと思った。

 

 

(そう、彼らの望み通り――――、?)

 

 

憎悪の罵声、怒号が既にないはずの聴覚に爆撃の如く襲いかかる。

最初彼は、その形にならない叫び声が自分を地獄へ引き摺りこむものかと思っていた。

ひたすら、ただひたすらに彼の死を望んでいるのだと、そう思いたくて。

 

しかしそれは、都合の良い願望。

 

死ぬな、と。

生きろ、と。

苦しみ悶え自分を貫け、と。

一様に彼の生を望んでいる。

 

死んで楽になどさせない。

無価値、無意味、無駄な痛みを、お前が背負え。

私たちの、無限なる憎悪の捌け口になるのだ。

そう、そのためにお前は創られたのだから――――。

 

 

 

2000年ショックの時、無垢で真っ白な男の子は独りずっと泣いていた。

何も持たず、しかしその心に強靭な精神を宿して。

 

故に彼は心鉄に選ばれた。

億万人の血や涙や体液、脂を使って打たれた一刃の刀。

その銘こそ、――――

 

 

 

 

“鳳凰院凶真”

 

 

 

 

牧瀬紅莉栖の傍に横たわっていた岡部倫太郎らしき物体は、岡部倫太郎なわけがない。

岡部倫太郎ではないのに形在る鳳凰院凶真は、つまり岡部倫太郎がなくとも存在出来るということ。

パラドックスで消えないのは当たり前だ。

彼はもはや、彼一人の肉体ではなかったのだから。

 

 

 

 

地獄の業火に、鳳凰院凶真たる欲望で指向性を与え。

狂気のマッドサイエンティストは輝きを取り戻す――――。

 

 

 

 

鳳の如く、大仰な仕草で立ち上がるソレ。

おぞましく、恐ろしく、禍々しい。

見ているものがいたら怪奇現象、オカルトとしか思えないだろう。

先程まで消えかかり呼吸もしていなかった死人が、まるでフェニックスのように蘇ったのだから。

 

 

「ガアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!」

 

 

罪深い魂が産声を上げる。

存在を望まれぬ命は、世界を滅ぼす魔王だった。

狂いに狂ったソレはまさに野獣、理性などない。

ただ暴れるだけである。

 

四肢で体を支え、涎を垂らし、凶悪な表情を浮かべて。

フェニックスなんてとても言い表せない濁りきった瞳が、コンクリートの箱部屋を見渡す。

“牧瀬紅莉栖殺害事件”の様相は変わらず、第一発見者であるところの岡部倫太郎が出現するのも時間の問題だった。

 

そして、ソレは目を止める。

視線の先には、赤いベッドの上に眠るお姫様。

穏やかな顔で、どのような夢を見ているのか。

助けてくれた王子様でも夢想しているのかもしれない。

 

 

 

スグニ悪夢ヲ見セテヤル――――

 

 

 

ソレが、大きく歪んだ笑みを浮かべ、羅刹の如く嗤った。

これから行うカーニバル、その悦びが既に口から漏れ出ている。

 

 

 

モウ、我慢出来ナイ――――

 

 

 

ソレの跳躍は電光石火。

翔ぶが如く消え去り、無人の廊下を抜けて。

 

屋上に出る防火扉、その手前。

壊れた鍵に手間取る影を見つけて、ソレは吼える。

 

 

その哀れな影の名は岡部倫太郎。

15年後より不退転、決死の覚悟で現れた獲物は。

断末魔をあげて、文字通りソレの餌食となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛も、友情も、正義もない。

弱き救世主は強き巨悪に呑み込まれた。

空想の英雄譚ではなく、ソコにあるのは単なる現実だけ。

 

岡部倫太郎はその瞬間に存在しなくなり。

世界が安定を求めて、シュタインズゲートへ辿り着く岡部倫太郎の代替品を探す。

妥協した結果、再び鳳凰院凶真に役割を与えたのだ。

 

 

シュタインズゲートに罪も責も持ち込むなら、その罪悪感に押し潰されない岡部倫太郎でなければならない。

 

 

こうしてジキルは死に、ハイドが残る。

タイムマシンに導かれて、今、未来へと旅立つ。

 

バッドエンドなのか、ハッピーエンドなのか。

それは誰にもわからない。

敢えて言うなら、そう。

 

 

 

 

もう一つのSteins;Gate――――――――

 

 

 

 

 


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