Steins;Gate γAlternation ~ハイド氏は少女のために~ 作:泥源氏
『助かったよ、鳳凰院凶真』
『――ふん』
『でさ、きっと7年後に……会おうね』
あれから1ヶ月が過ぎた。
俺は特に怪我などしていなかったため、この1ヶ月忙しく活動していた。
海外での活動が主体であり、地盤固めにいくら時間があっても足りないぐらいで。
しかし別の世界で培った力と手に入れた情報を駆使して戦い続けた結果、1ヶ月ばかりで一段落つける事が出来たのだ。
大学生として生きるなら、ギリギリな期間だろう。
気づけば夏休みも終わって季節は秋になろうとしていた。
守るべき者を傍で守る。
それは存外難しい。
自分のポジション、領土と武力を確保しておかなければ安心しない、難儀な性質である。
1ヶ月も秋葉原を空けるのは我ながら危険な賭けだったが、これも世界安寧のため。
俺なりに気を配っていたし、連絡は絶やさず取り続けたので許してもらいたいところだ。
秋葉原に降り立ち、雑踏に紛れて歩く見慣れた、それでいて新鮮な街並み。
ゆるりと見物するのはこれが初めてかもしれない。
雑多で、世俗的。
前の世界でも電気街ではあったものの、こんなに萌え文化は栄えていなかった。
踊る広告、媚びる二次元娘、街頭に立つメイド。
騒がしく、きらびやかだ。
旅立つ前より増えているのは気のせいか……?
それらの中の一つ、『メイクイーン+ニャン2』という名のメイド喫茶が待ち合わせ場所である。
あまり入ったことのない類いの店だ。
サングラスをとって息を整え、扉を開き足を踏み入れた。
来客ベルが軽快な音をたてる。
するとすぐに猫耳メイドがとんできて、軽やかに一礼。
「お帰りニャさいませ。ご主人様♪」
ピンクのおさげが特徴的で、良く似合っている。
クリクリと輝く瞳に好奇心と愛嬌を湛えて。
この店の店長、フェイリス・ニャンニャンこと秋葉留実穂だった。
「あっ、凶真様……っ!」
「ふむ、盛況だな。悪くない、悪くないぞフェイリス!」
「は、はい……いつ、お戻りになられたのですか?」
すがるように、拗ねるように上目遣いで問うてきたフェイリス。
突然俺が訪問したからか、彼女の調子が狂ったようだ。
……そんなことでは困るな。
「今日、つい先程帰った。――俺は客だ、フェイリス」
「――っ! ご、ごめんなさいニャ! マユシィは――」
「まゆりが休みなのは知っている。それより、待ち人がいるんだ。ヤツはもう来ているはずだから、取り敢えず奥まで頼む」
「かしこまりましたニャ♪」
そこはそれ、さすがこの店のナンバーワンメイド。
切り替えも早く、満点の笑顔を浮かべて俺を案内してくれた。
店内は客も多く、歩き辛いはずだがストレスなく導かれて。
熟練ウェイトレスの妙技なのか、人の扱いが上手いのか。
おそらく両方なのだろう。
「そうそう、メイクイーンは2号店を出すことが決まったのニャ。しかも中央通り沿いなのニャン。すごいニャ? すごいニャ?」
「ああ、お前は凄いやつだよ。――良く頑張ったな、偉いぞフェイリス」
「っ! えへへ……」
この10年を聞いているから、純粋な気持ちで彼女を褒め称える。
すると彼女は、照れ臭そうに笑う。
可愛らしい笑顔で、橋田が夢中になるのもわかる気がした。
そんな風に彼女を愛でるよう観察し、視界の端に見えるものをシャットアウトする。
しかし当然そうもいかず、口の中で溜め息を噛み殺しながら顔を上げた。
そしてそこにいる、満面の笑みで手をふる一人の髭を生やしたグラサン着用で白人の翁。
明らかに周りから奇異の目で見られている。
毎度のごとく恥ずかしいヤツだった。
「おーい、凶真く~~ぶっ!」
「黙れ」
「いたた……いきなりなんだい。君は、故郷に帰ったばかりで不機嫌なのか?」
「大声を出す必要性を感じない。だから合理的に叩いただけだ」
「なるほど、まあ仕方がないかもしれないな。正直なところ、僕も酷く舞い上がっていると自覚しているよ」
「自己を省みる冷静さは持ち合わせているようだな。だったら自分の立場を理解しろ、プロフェッサー」
自分が目覚まし時計と同じ扱いであることも自覚しているのか。
向かいの席に座り、無駄とわかりつつも忠告をしておく。
翁は豊かな白髭を撫でて、全く意に介した風でもなく笑った。
「立場、なんて大層なものはとうの昔に捨ててしまった。今は探求心ばかり肥大化する憐れな老いぼれ研究者にすぎない。――彼にも僕と同じコーヒーを出してくれ」
「かしこまりましたニャ!」
「バカめ。お前のことを知っている人間がここにいてもなんら不思議ではないんだぞ?」
「まさか、この極東の地まで監視の目は及ぶまいよ。知られていたとしても、コレを着けていれば早々わからないだろう」
サングラスを指差して得意気な顔をする翁。
だったらその特徴的な髪型と髭をなんとかしろと言いたいが、これまた無駄なので言わない。
調べて出てくる写真そのまんまじゃないか……。
「それにしても、このメイド喫茶とやらは素晴らしい、素晴らしいねッ! ここに来てから僕のテンションは天井知らずさ!!」
「お前、まさか俺が来る前にセクハラ紛いなことをしてないだろうな?」
「いやいや、僕も紳士だから。丁寧に聴かせてもらったよ、『パンツの柄をお聞かせいただけませんか?』ってね」
「死ね、苦しみながら死んでくれ」
「ははっ、君は相変わらず厳しいなあ。と言っても、君と会ってから1ヶ月も経っていないのか。僕のような老いぼれには、十年に匹敵するほど濃密だった」
シミジミと遠い目で語る男は、確かに歳を取った老人然としていた。
しかしその意見には激しく同意である。
俺としては、最初の世界と合わせてコイツとの付き合いが長い。
1ヶ月前、海外に行く上で俺は先ずこの男に接触することにした。
力があり、利用しやすく好都合な人材だったからだ。
300人委員会で柔軟かつ自分の意思がある人間は稀有。
その稀有な一人が、目の前の変態だったのである。
300人委員会に属するだけあって戸籍上死人で、居場所は厳重に秘匿されている。
それでも最初の世界で大方目星はついていたため、すぐに見つけることが出来た。
既に齢100歳を越えている上に、教科書に載ってもおかしくない有名人だから動きづらい。
はずなのだが、別組織まで立ち上げて研究に勤しんでいた食わせものの爺である。
「しかし君も大したものだ。300人委員会を相手取り派手な大立ち回りを演じて、結局この短期間で君の要求を全て受け入れさせたのだから」
「奴らにとっては駄々をこねるクソガキに玩具を寄越すような感覚だろう。まだ油断出来ん」
「しかし彼らに妥協を引き出したのは有史以来君が初めてじゃないか? 君にとっては不満かもしれないが、1ヶ月では十分すぎる成果だよ」
「――ご注文お待たせしましたニャン♪」
俺にとっては絶妙のタイミングでコーヒーが運ばれてくる。
フェイリスは俺にウィンクをして、その有能ぶりを示していた。
「ああ、そうだった! 彼の娘がここの経営者だったんだね。――秋葉留実穂君、だったか」
「えっ?」
「フェイリス、コイツはこの間ベルリンにいた男だ」
「……あっ! し、失礼致しましたニャ!」
「何、仕方がないよ。君はあの時感動の再会でそれどころではなかっただろうから」
「コイツが彼を精力的に探し回ったのさ。そして俺が海外を回っていた時偶然報せを受けて、急遽お前を呼びだしたというわけだ」
「本っっ当に、パパの件有難う御座いましたっ! また改めて御礼させて欲しいのニャ。オジ様も、凶真様も」
俺のことは気にするなと言おうとしたが、この女は鋭いから全て見透かしているのかもしれない。
恩に思っているのなら、それはそれで今後動きやすくなるだろう。
そう、俺が探し出して日本へ連れ戻した――秋葉幸高、フェイリスの父のことである。
彼は戸籍上、10年前に死亡した事になっていた。
ニュースにもなり、家族には遺体の証明すら行われていたのだ。
しかしそれは仮初め、本当は300人委員会に選抜されて死亡したことにされただけだったのである。
自らの意思で300人委員会に加入したことは知っている。
しかし俺の勝手な判断で、彼を脱退させた。
彼も事後承諾という形だが賛同してくれたので、あとは300人委員会の説得のみ。
そしてつい先日、ようやく身柄の安全な脱退許可が正式に下りて、家族とともに日本へ帰国したという流れである。
マスコミが五月蝿かったものの、色々な口添えのお陰ですでに下火。
今は対応に忙しいだろうが、それも家族を置き去りにした痛みと思って甘受してもらおう。
前の世界と同じように、秋葉原の元大地主としてコキ使ってやる。
人材は常に欲しているのだ。
だから、別にフェイリスより感謝される謂れなどない。
全ては俺のため。
俺の中にいる“鳳凰院凶真”の欲望を満たすためでしかなかった。
その後いつかフェイリスの自宅でディナーをご馳走になるということで、秋葉幸高の件は決着した。
正直、前の世界のように婚約者へいつの間にか仕立てあげられそうで嫌ではある。
まあ、なんやかんや理由を付けて遠慮しておけばいいか。
「“凶真様”、か。慕われているね」
「チッ。――ところで、地球皇帝はどうしている?」
「あからさまな話題逸らしだなあ……まあ、いいだろう。彼女は今鎌倉に観光中さ。“緑龍会”の見解ではあの辺りも秋葉原と同様、鍵になる」
「鍵、か」
緑龍会――――
この男が、地球皇帝と呼ばれるふざけた小娘と支えている色物組織である。
コイツ曰く『パンツを先に履く足が利き足である事を証明する団体』らしいが……意味不明だった。
危ない新興宗教の一種であり、属する人間が金や地位を有している厄介な組織であると理解していれば十分だろう。
ちなみに、俺は度々その力を利用している。
忍者のバルトロメオも所属している組織なのだ。
「うんうん、彼女たちは熱心で実に結構! 僕はもう少し秋葉原を歩いてから合流するとしよう」
「お前、この地に骸を埋めたらどうだ?」
「おお、それもいいかもしれないね! 祭祀の方頼むよっ!!」
嫌味も解さない変態はその場に残し、俺は店から出ることにした。
奴はもう少しパンチラチャンスを待つらしい。
入店禁止になれ、このパンツ爺。
メイドたちに元気良く送り出されて、晩夏の空気に身を晒す。
活気溢れる秋葉原の中央通りを早足で歩き路地に入って。
太陽は秋晴れに相応しい装いで、中天近くより照りつけ昼時を訴えていた。
ランチ、か。
なんて迷っている風だが、元々何を食べるのか決まっている。
笑顔で杖を突いたカーネル・サンダースを無視して、車内販売をしている外人からケバブ三つ、適当な自販機でマウンテンデュー二本とダイエットコーラ一本を購入。
秋葉原と言えばやはりコレだろう。
世界が変わっても変わらないこの味は素晴らしい物で、望郷の念すら覚えてしまう。
そんな上機嫌で歩いて行けば、いつの間にやら我がラボが見えてきた。
下の階はいつも通り客などいないブラウン管工房。
そこにいたのは、親子に見えなくもない三人組だ。
「……っ」
「よお、岡部。おめえ、帰ってたのか」
坊主で髭面、筋肉質でエプロン姿の巨漢が気軽に挨拶してきた。
その背中に隠れる、一匹の小動物。
FBこと天王寺裕吾と、彼の娘である天王寺綯だった。
「…………」
そして隣にはバイトらしき風貌のM4――桐生萌郁。
FBとお揃いのエプロンがシュールで和やかだった。
彼女はこういう道をえらんだのか……。
「そうそう、紹介しとくぜ。今日からウチでバイトすることになった子だ」
「…………」
内気で人見知りということが揺れる視線と見える怯えでよくわかる。
しかし震えていても、その気丈さは確かに彼女の面影があった。
萌郁は萌郁、か。
ならば強引に押し切れる!
「じゃあ、俺と上で食事するぞ」
「……え?」
「……は?」
「ここに食料はある。俺の奢りだ」
「っ……!」
「ちょっ、ナンパが唐突すぎんだろ!? つーかうちの店は営業中なんだから――」
「客もいないのにバイト一人抜けたところで気にするな。――ふむ、仕方がない」
萌郁の手を取るついでに、天王寺へ封筒を渡す。
キョトン顔の天王寺が滑稽である。
「なんだよコレ……って、現金!?」
「家賃にイロをつけておいた、それで見逃せ。――では行くぞ、萌郁」
「えっと……あっ……」
何やら言っているタコ坊主を置いてきぼりに、萌郁の手を引きラボへと帰る。
抵抗が少なかったのは好都合だ。
俺の手元を見ていたから、ケバブに釣られたのかもしれない。
狭苦しい階段を登り、ノックもせずラボへ入る。
すると、パソコンを睨み付けていたピッツァが顔だけこちらに向けて出迎えた。
「あ、オカリン! いつの間に帰ったん?」
「今日、つい先程だ。留守番ご苦労」
「いや、別にいいけど。……つーか、そ、そのエロいお姉さんは……」
俺の右腕とはあまり呼びたくないが、頼りになるスーパーハッカーの橋田である。
プロフェッサーと同じくHENTAIなこの男は、絶賛エロゲ中だった。
鼻息荒くするなよ……。
そんな奴に、萌郁はいつもの無表情に怯えを一層大きくしている。
一般人では仕方があるまい。
「まあ、お前はよくやってくれたからな。差し入れだ、受け取れ」
「え? ……うおっ、ダイエットコーラにケバブとか、オカリン気が利きすぎだろぉ!」
「お前もそこのソファーで食え。昼飯まだなんだろう?」
「……そう、だけど。いいの……?」
「構わん。俺をこのむさ苦しい男と二人でランチさせる気か?」
「ちょ、オカリン酷くね? まあ正直僕としても、お姉さんがいてくれるなら嬉しいけどさ……」
ぶつくさ文句を垂れるものの、鼻の下を伸ばしているのだからどうしようもない。
所在無さげに突っ立っていた萌郁も、遠慮がちにソファーへ座りケバブを口にする。
それを確認して、俺もケバブにかぶり付いた。
うん、やっぱりケバブはオリジナルソースだな。
「で、オカリン。例の件は大丈夫なん? かなり無茶してたみたいだけど」
「ああ、奴らようやく妥協したよ。これでしばらくは日本で活動出来る。念のため偽情報をばら蒔いておけ。お前も捕まりたくはないんだろう?」
「当然、童貞のまま死ねないお! こっちは綱渡り成功したんだから、オカリンも気を付けろよ」
「誰にモノを言っている? 俺の辞書に不可能の文字はない」
「……今の確変オカリンなら、本当に何でも出来そうで困る」
橋田はそう言うが、実際のところ俺一人ではたった1ヶ月で日本に帰ってくることなど出来なかっただろう。
各国を渡り歩く中でも橋田へ高頻度で連絡し、度々ハッキングを依頼して国家レベルの情報を手に入れ、改竄させた。
戦果に見合う額の金は振り込んでいるものの、正しくコイツは俺の右腕だったのだ。
「……ていうか、そちらのお姉さんをいい加減紹介してほしいんだが……」
「…………」
濁しに濁した会話へついていけない、というかついていく気もなさそうな萌郁。
チビチビとケバブを摘まんでいたが、話を振られて顔を上げる。
お前はオコジョか。
取り敢えず、無難な紹介をしておく。
「こいつは桐生萌郁、ブラウン管工房の新しいバイトらしい。無理矢理連れてきた」
「げっ、マジで? ブラウン氏怒ってんじゃね?」
「金で解決済みだよ」
「さっすがブルジョワ。僕なんか、通帳の額見て小便チビりそうだったのに」
「成功報酬だ、あのぐらい簡単なバイトだと思えばいい。お前も――」
俺がケバブを食べる姿を、いつもの通り眺めていた萌郁。
怯えないよう、出来る限り柔らかく話しかけた。
「……?」
「お前も、金が欲しいならいつでも言え。あんな店よりもっと割に合うバイトを紹介してやる」
「…………」
「オカリンが紹介するバイトって危険なかほりしかしない件。それにしてもバイト紹介するとか、お姉さんのこと気に入ったん? ……まさか一目惚れってヤツ?」
「お前は何を言っている。コイツはすでにラボメンだ。な?」
「……?」
「って、了承してないじゃん!」
彼女には前の世界で日常生活を与えてやれなかった。
ケバブを共に食べる約束を果たし、ラウンダーでもない俺にはなんの繋がりもない。
だったらせめて、この世界ではラボメンとして迎えよう。
彼女が俺の道具ではなく、本当の意味で仲間になるために。
「お前は前世よりラボメン入りの権利が与えられている。だから、いつでもここにこい」
「…………」
「今日からお前は、俺たちの仲間だ」
困惑する萌郁へ手を差し出す。
光の道に歩き出した彼女を、俺が認める。
これは彼女への二度目のエスコートだった。
無言で差し出された手に視線を注ぐ萌郁。
躊躇いつつも、何か感じ入る事があるのか僅かながら笑みを見せ。
俺の手をとった。
俺たちの過去も現在も前途も、決して綺麗ではないけれど。
俺とお前なら、大丈夫だから。
「――改めて、宜しく頼む。萌郁」
「……うん。ありがとう、岡部くん」
またやり直そう、相棒。
今度は、日の当たるこの世界で。