Steins;Gate γAlternation ~ハイド氏は少女のために~   作:泥源氏

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裏切り

 

 

 

 

 

 

俺の名前は岡部倫太郎、東京電機大学に通う一学生である。

しかしそれは仮の姿、真名は鳳凰院凶真、フェニックスの鳳凰に、院、

そして凶悪なる真実、と書く。

世界の支配構造を変革し、人類を混沌へと導く狂気のマッドサイエンティストなのだ。

 

思えば2000年クラッシュが起きてからというもの、がむしゃらに走り続けてきた。

人殺しに躊躇いはなく、裏切りに罪悪感はなく、嘘をつくことに否やはなく。

甘っちょろいことの言える世界でもなかったのだ。

2000年クラッシュは世界を逆行させたと言ってもいい。

弱肉強食、強ければ生き弱ければ死ぬ、原始的な世界。

そこは俺のような身寄りのない子供が生きていくには過酷すぎる場所で。

慣れるには、腐りきった場所だった。

 

居心地がいいはずもない汚泥の中、もがき苦しんでいた時一人の少女と出会う。

椎名まゆり。俺と同じく2000年クラッシュで両親を失い、不治の病に侵された少女。

同情なのか、郷愁なのか、同族意識だったのか。

彼女の世話をするようになってから、俺には何か今までと違う感情を手に入れ始めたと思う。

SERNのラウンダーに所属することになり、秋葉原に潜伏する際学生に扮し、

未来ガジェット研究所なるものを作ったことも拍車をかける。

俺は確かに、普通の人間の生活を送ることに成功していた。

 

 

 

そして、今。

未来人が現れ俺の正体が露見したことで、その生活は終わりを告げることになる。

存外、あっけない幕引きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           

 

 

 

 

 

 

       

 

 

 

ラボから少し離れた場所でM4に目配せ。

彼女は頷き、物陰に隠れた。

それを見届けずラボへと歩き出す。

 

ラボの前にいたのは、先ほどユーロポール捜査官殺害を目撃した紅莉栖だった。

落ち着かない素振りだった彼女は、俺の姿を認めると遠くからでもわかるほど動揺し。

その顔に見える感情は、――――恐怖。

 

 

「お、岡部っ……!」

 

「ここで何をしているんだ?」

 

「そ、それは……っ」

 

「――――噂をすれば、ってやつか」

 

 

紅莉栖の近くまで足を運ぶと、潜んでいた女が姿を現す。

 

 

「お前まで、どうしてここに?」

 

「いたら不都合なの?」

 

「そんなわけないだろう、お前もラボメンなんだから。

ただ外で何をしているのかと思ってな」

 

 

「……アンタを待っていたんだよ、岡部倫太郎。

目撃者を追ってくるであろう、アンタをね」

 

 

 

そう言って敵意むき出しで俺を睨むのは、ラボメンナンバー005であり

自称2036年からやってきたタイムトラベラー、阿万音鈴羽だった。

拾ってやった俺に刃向うとは、全く恩知らずな奴。

 

 

「ほう?」

「それで、一緒に居た桐生萌郁っていう女は何者なの?」

 

「同僚だ。仕事のパートナーだな」

 

 

何故M4のことを知っているのか問うことはやめる。

タイムトラベラーに常識は通じない。

虚言は首を絞めるだけなので、正直に答えた。

 

 

「なるほど、ラウンダーか」

 

「――――そんなことよりっ……何か言うことはないの!?」

 

 

鈴羽との牽制のような予定調和の会話は紅莉栖の叫びに遮られて。

気丈な彼女、その目には涙が浮かんでいた。

 

 

「何のことだ」

 

「何も……言わないつもり?」

 

 

明らかに捜査官を殺害した件について言及していることがわかる。

しかし、弁解もなければ釈明の余地など皆無。

そもそも俺としてはどうでもいい話なので、わざわざ話題にする気などなかったのだが……。

 

 

「なんで……なんであんなことしたの?」

 

「アレはラウンダーとしての仕事だ。いわゆる正当防衛でもある、かな」

 

「っ! ……全部、全部嘘だったの? 私たちを、騙していたのっ!?」

 

「騙していた、というより黙っていた、と言う方が正しい。

別に知りたくなかろう? 俺の副業なんて」

 

 

俺に特定の思想など存在しない。

『SERNと戦うマッドサイエンティスト』と『SERN治安部隊の構成員』は

俺の中で共存し得るのだ。

だから、特に問題はない。

知られてしまえば地位を維持することが難しくなるが、それだけである。

 

 

 

価値観が完全に隔絶していて話にならない。

温度差は、既に埋められるモノでもなかったのだ。

 

 

 

 

「……そう、人を殺すこともなんとも思っていないのね……人を、裏切ることも」

 

「何を言っても無駄だよ、牧瀬紅莉栖。

コイツは嘘と裏切りだけで生きている男なんだからさ」

 

「酷い言い様だな。お前の方がよっぽど胡散臭い女だろうに」

 

「……何?」

 

「阿万音鈴羽、調べさせてもらった。

お前の生きている痕跡は俺の前に現れたついこの前までどこにも存在しない。

それでいて俺のことをよく知っている口ぶり、――まるで未来から来たみたいじゃないか」

 

「!?」

 

 

当然だが、俺はわざわざ在りもしない痕跡を調べたりしない。

単なる鎌掛けである。

他愛ないものだが、彼女はまんまと引っかかった。

リアクションが雄弁に物語っている。

 

 

そうだろう?

間抜けな未来人、さん。

 

 

 

「豪く正直な女だな」

 

「……ちっ。最悪な男だね、岡部倫太郎」

 

「お互い様だ、阿万音鈴羽」

 

 

この女さえいなければ、仮初めの生活をもう少しだけ過ごすことが出来たのだ。

そして未来人なんて不確定要素が俺の未来を『確定』させ、

さらにその未来を都合のいいように捻じ曲げようとしている。

苛立たない筈がなかった。

 

 

間違いなく、この女は俺の天敵。

 

 

 

「……ねぇ、あの子、まゆりはもう長くないんだから、

悲しませるようなマネは、止めてよっ……」

 

 

膠着状態になった俺と鈴羽に割って入るように、今まで黙って俯いていた紅莉栖が

声を上げる。

途切れ途切れで掠れた声は、必死で痛々しい。

だが俺からすれば、その言葉はまゆりを盾に、人質にして

俺を止めようとしているようで心底不愉快だった。

 

 

「牧瀬紅莉栖、この男を放っておくのはまずい。証拠はあるんだ、警察に連絡を」

「……っ」

 

 

早いが、潮時か。

 

どうやらすっかり信じて、と言うより理解してもらえなかったらしい。

ちょっと前に現れた未来人程度に覆されるほど俺は弱い地盤に立っていたのか。

これは、どちらにしても滑稽な結果に行きつくわけだ。

 

マッドサイエンティストとして紅莉栖には少し期待していたのだが……

所詮、世間知らずの培養エリート。

もともと理解し合うことが不可能だったのかもしれない。

遅かれ早かれ、といったところだった。

 

 

「それではさらばだお前たち。――それなりに、楽しかったぞ」

「……えっ?」

 

 

携帯で警察に連絡しようとしていた紅莉栖は声を上げたが、視界に俺はいない。

目の前にあるのは破裂するスタングレネードのみ。

 

 

「ぐっ、……くそぅ、やられたッ!」

 

「ぅう……おかっ、岡部っ!」

 

 

苦しそうに声を上げる二人を背に、俺は低姿勢で走り抜けていた。

 

 

 

 

 

あっという間に、全てを置き去りにして。

何も見ないように、何も聞かないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

その姿は、自分でも笑い出したくなるほど惨めで無様で、哀れだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仲間たちと決別したその足で、まゆりの病室を訪れた。

そんな俺を彼女は屈託ない笑顔で迎える。

傍らには漆原るか、通称ルカ子がいた。

彼女も足繁く病室に通いまゆりの世話を焼いてくれる。

親友、というやつなのだろう。

 

 

「あっ、岡部くんだー。ようこそいらっしゃいましたー」

 

「岡部さん、今日は来ないかと思いましたよ。椅子、どうぞ」

 

「少し用事が長引いていな。遅くなった」

 

 

ルカ子の差し出した椅子に座り、一心地つく。

今現在、俺の落ち着ける場所は世界中探してもここだけと言っていい。

深い安堵の息を漏らす。

 

まゆりの顔を見ると、目が合い笑いかけてきた。

少しだけ笑い返すと、自分の中にあった凝りのようなものが解れたような感覚。

知らず知らずの内に疲労していたようだ。

特に、今日は。

 

 

「どうだ、身体の調子は」

 

「ばっちりだよー。岡部くんも来てくれたし、

今ならバック転も出来ちゃうかもね、えへへー」

 

「無茶はするなよ」

 

「はーい。それでねそれでね、今日ね」

 

 

他愛ない、下らない話を幾つかする。

それは何でもない時間のようで、俺にとっては何よりも大切な時間。

 

 

「まゆりちゃんてば、岡部さんが来ないなーってそればかりで……」

 

「わわわ、ルカちゃんっ」

 

「そう言ってもらえると来た甲斐があったよ。――実は、土産があるんだ」

 

「えっ……わぁ、ケーキだー♪」

 

「食事に関して制限はなかっただろう?」

 

「うんうんっ! 本当にありがとー、岡部くんだーい好き♪」

 

「ふふっ」

 

 

彼女の笑顔を見るだけで心が洗われる。

地上に降りた天使、は言い過ぎだと思うが、荒みきった俺にはそれぐらい輝いて見えた。

まるで手の届かない星のように眩しく、汚しがたい。

 

 

「あ、ぼく飲み物買ってきます。まゆりちゃんは何がいい?」

 

「んー……じゃあね、オレンジジュースっ!」

 

「岡部さんはいつものマウンテンデューですね」

 

「ああ、頼む」

 

 

そう言って、ルカ子は席を外した。

彼女の気遣いかもしれない。

気が利く少女だから俺の意図を良く汲んでくれる。

しかし、俺が人殺しだと知れば彼女も離れていくだろう。

少しだけ惜しい気持ちが湧く。

 

 

「――――」

 

「…………」

 

 

俺とまゆり、二人だけの病室。

沈黙するが、そんな時間も嫌いじゃなかった。

 

時計の針が奏でる音はこんなに大きかったのか。

 

 

「……岡部くん、何かあったの?」

 

 

静かな時間を終わらせたのは、恐る恐ると出たまゆりの問いかけだった。

 

 

「……何かあったように見えたか?」

 

「うん。病室入ってきた岡部くん、顔が強ばっててちょっと怖かったのです」

 

「ああ、悪い。知り合いと喧嘩してな、気が立っていたんだ」

 

「……そう、なんだ。喧嘩はダメだよー?」

 

「そうだな、反省している」

 

 

嘘、というつもりもない。

彼女にだけは誠実でありたいと思う。

本当はラボの連中にも誠実に接してきたつもりなのだが、

そんなことを言えば鼻で笑われるだろう。

 

 

「ごめんね、岡部くん」

 

「……え?」

 

 

下らない自虐的思考に手を伸ばしていると、不意にまゆりが申し訳なさそうに謝った。

予想外の謝罪に変な声が出てしまう。

 

 

「いつもいつも、岡部くんだって自分のことで忙しいはずなのに、

わざわざ足を運んでもらっちゃって」

 

「いや……」

 

「……まゆりはね、岡部くんの重荷にはなりたくないのです」

 

 

まゆりは、寂しそうな顔を浮かべて言った。

唐突、ではない。

俺の態度が彼女に誤解を与えてしまっていたのだ。

いつも慌ただしく現れて、急かされるように去っていく。

無理をして来ている、そう思われても仕方がなかった。

 

 

「……重荷なら、来るはずがないじゃないか」

 

「そ、そうだよね。ごめん、変なこと言って……」

 

「ああ……」

 

 

上手い言葉が口から出ずに、喉はその役割を忘れてしまう。

まゆりも押し黙る。

一転、微妙な空気になってしまった。

彼女のナーバスな心に、俺のささくれだった雰囲気は煩わしさを与えてしまうのか。

目が泳ぎ空中を漂っていると、一つ見覚えのある物が映る。

 

 

「……その髪飾り」

 

「えっ?」

 

「着けていて、くれたんだな」

 

「あ、うん……まゆりの宝物なのです。えへへー」

 

「そうか……気に入ってくれてよかった」

 

 

彼女の髪は、既に薬の副作用でほとんど抜けてしまって。

今は医療用のウィッグを着けて生活している。

女にとってそれがいかに辛いことか、俺に推し量ることは出来ない。

だから少しでも彼女の心が休まるようにいつだったかプレゼントした物。

大切にしてくれている、その事実は素直に嬉しい。

 

 

「本当にありがとー、岡部くん。これのおかげで、ウィッグするの嫌いじゃなくなったの」

 

「そうか、良かった」

 

「それに、薬のおかげでクリスマスまで生きられるかもって、希望が出てきたんだー。

サンタさんには、もっと時間がもらえるようにお願いしようかなっ」

 

「…………」

 

 

医者と話した記憶が蘇る。

クリスマスまでもつことはないだろう、と医者は言っていた。

彼女にその事は言わないで欲しい、好きなものを食べさせてやって欲しい、と俺が言ったことも思い出す。

本来、長く生きられるように尽力すべきだったのかもしれない。

しかし俺が彼女の笑顔を見たいがため、自分勝手な願いを押し付けた。

残り少ない命なら幸せに過ごせるようにだなんて、俺は何様だろうか。

 

誠実……なんて、虚しい。

 

 

「……ああ、頑張れよ」

「うんっ、頑張るー!」

 

 

掠れた声で、彼女を励ます。

無責任で、空々しい言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後帰ってきたルカ子を交えてケーキを食べ、

皆でアルバムを眺めて消灯の時間になり解散となった。

まゆりの病室には多くの写真が飾ってある。

俺と遊んだ、想い出も。

 

 

『またいつか行った遊園地、岡部くんと一緒に行けるといいねっ』

 

 

俺はその願いに対して、曖昧に答えを濁す。

行けるはずがなくとも頷けば良かったのに。

自分の卑劣さに吐きそうになる。

 

今はルカ子を柳林神社へ送っているところだった。

彼女は遠慮していたが、飲み物を買って戻ってきてからのぎこちなさから

俺と話があることは明白である。

どのような話かも、想像がつく。

 

 

「何か、聞きたいことがあるんじゃないか?」

 

「……!」

 

 

二人無言で歩き、既に神社の境内。

敢えて俺から切り出したのは、ルカ子の躊躇いに付き合って

先延ばしにすることを嫌ったからだ。

自ら断頭台に上るのもオツだな。

 

そして――――

 

 

「あの……ついさっき紅莉栖さんから、で、電話が、あって……」

 

 

ああ、やっぱり……

 

 

「嘘、ですよね? 岡部さん、そんなことする人じゃ、ないですよね?」

 

 

わかっていた筈のリアクションで、たくさん用意していた言葉はあったはずなのに、

全て吹き飛び、

 

 

「嘘って言ってくださいっ!」

 

 

出た言葉は何の言い訳でもなく、

 

 

「岡部さん……っ!」

 

 

ただ一言。

 

 

 

「事実だ」

 

 

 

自分の声なのか疑いたくなるような、弱々しい肯定だけ。

 

 

こうして、岡部倫太郎の学生ごっこの幕は下りた。

静謐なる神社の中で、巫女の手によって。

そこに運命すら感じる。

そう――――

 

 

「これが“運命石の扉(シュタインズ・ゲート)”の選択、か」

 

 

特に意味のない言葉を一人呟く。

歪んだ笑みを、その顔に張り付けながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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