Steins;Gate γAlternation ~ハイド氏は少女のために~ 作:泥源氏
魔女たちは嘲笑う。
神の領域へ手を延ばそうとする愚かな人間を。
『……おかべ、死……った……ああ、こんなの……なん……』
この仕打ち、正に裁きの雷だ。
俺に代償で残ったのは罪と罰のみだった。
『死ん……じゃった……私の目の前で……ねえっ、まゆりが、死んだの……!
まゆりが、死んじゃったよ……! こんな……こんなの……』
無力……。
驕っていた。
俺ならば守れると、運命の荒波で手を引いて歩いていけると、本気で信じていた。
『急にっ、急に倒れたの……っ、なんで!?
なんでこんな急に……息してなくて……全然、返事もしないし……ねえ、まゆりっ』
滑稽だ。
この俺が、こんなにも見苦しく狼狽している。
奴らに見られたらさぞ笑われるだろう。
……そう、落ち着くべきなのは、俺だ。
『岡部、私、どう、どうしたら……どうしたらいいのか……まゆりが死んじゃった……』
「また、改めて連絡しろ」
『……うん……っ』
携帯電話を切る。
ソファに沈み、頭を抱えた。
『岡部くんだーい好き♪』
『まゆりはね、岡部くんの重荷にはなりたくないのです』
『薬のおかげでクリスマスまで生きられるかもって、希望が出てきたんだー』
前の世界では受け入れていた現実。
まゆりは、遠からず死ぬ。
遅くとも来年を迎えることはなく。
抗えぬ運命であると諦めていたのだ。
それでも。
それでも、……夏は、秋は、友達と最期の時を楽しむことが出来たのではないか?
たとえ薬で苦しんだとしても、短い期間だとしても、楽しませてやることは出来たはずだ。
『岡部くんの笑顔を見ると、まゆりも楽しくなっちゃうのです。えへへー』
それを、その大切な時間を、俺が勝手に奪った。
彼女の意思を全く無視し、好奇心に身を任せた末に彼女を殺害したのだ。
そう、俺が――――
冷める心。
褪める夢。
俺は何のために…………
何のために、だと?
何を、言っている?
「くくっ」
瞑った目は暗く、闇で前が見えない。
それでも、遠く先に見える光。
「クククッ、フゥーハハハ!!」
希望などではなく。
燃え盛る創めの炎。
死者を焼く地獄の業火。
その中から聞こえてくる――――
「忘れない、忘れられるものかッ!!」
岡部倫太郎という男は、元来臆病者。
自虐的思考に囚われる時が稀にある。
越えてきた屍に涙を流してしまうような、どうしようもない偽善者。
ダメだ。
それでは生きていけない。
醒める心。
覚める夢。
その全身に火を通しエンジンを入れる。
また、野望が動き出す。
「そう。この俺鳳凰院凶真は、神を超え時を統べる狂気のマッドサイエンティストッ!」
何者も俺の邪魔立てなどさせはしない。
たとえそれが自分だとしても。
泣き言は不要。
まだ道を失ったわけではないのだ。
ラボの奥を見る。
パソコンとゲーム機と電子レンジが合体した反則マシンが堂々と鎮座していた。
――――タイムリープマシン。
これを使えば、まゆりが死ぬ前の時間に戻ることが出来る。
しかし先程の紅莉栖が言っていた様子では、まゆりの死因は突然死であるように思われた。
それならば、いくら俺がタイムリープして何をしようとも避けられない。
タイムリープは過去に戻るだけだ。
“まゆりが突然死する”という事象は揺るがないだろう。
ならば、その事象ごと世界を変えてしまえばいい。
(Dメールは使えるようだな。しかし――)
果たして、どのような過去に介入する?
下手を打てば大惨事を引き起こす。
今回の件で痛いほど良くわかった。
他人がいくら死のうとどうでもいいが、保護対象まで死んでしまっては意味がないのだ。
慎重を期す必要がある。
……何分情報が足りない 。
ならば、情報を持つ何者かに聞けばいい。
接触は危険かとも思っていたが、どうせ世界を変えるなら連絡を取るとしよう。
思えば、あの男は裏で動くには甘い男だった。
最終的に裏切ったものの、状況を鑑みれば仕方がない。
俺は裏切られて然るべき存在だったから、あの行動は理解しておく。
この世界でも、徹底的に利用してやる。
蘇った俺の猛火が宿る瞳。
その中に映し出される哀れなる羊は。
ブラウン管工房の主にして、ラウンダーでは俺の元上司。
天王寺祐吾。
通称、FB。
結論から言えば、FBは死んでいた。
自ら銃で脳天を撃ち抜き脳漿をぶちまけていたらしい。
感想はない。
思い入れも、同情も。
結局情報は得られなかった、それだけだ。
ちなみに奴の携帯電話にコールすると幼女が出た。
娘の天王寺綯だと察する。
『こんにちは、岡部倫太郎』
前の世界でも何度か会ったことがある。
俺に怯えている風であまり話すようなこともなく。
それでも、明白に電話口の彼女は様子がおかしい。
「天王寺は――」
『父さんは死んだよ。お前のせいでね』
「何?」
この幼女、実に唐突である。
しかし俺には事実か判別がつかない。
この世界の岡部倫太郎がFBを……?
『お前に関わらなければ父さんは死ななくてすんだ。
お前はすぐには殺さない。殺せないからな。
お前を殺すのは15年後。それまでせいぜい怯え続けるんだ』
関わらなければ、ね。
逆恨みの線が濃厚だな。
つまりコイツは――――
「タイムリーパー、か」
『良くわかったな。私は15年先の記憶まで“思い出している”』
嘲るように肯定する天王寺綯。
物騒な未来人だ。
15年後に殺すのは確定事項だと言いたいらしい。
「で、お前は現代へ何しに来たんだ?」
『私はこの復讐のためだけに生きてきた。誰も邪魔させない。
桐生萌郁同様お前も殺してやる。“この手で”だ』
「――萌郁も殺害したのか」
『自殺なんてさせるもんか。そんな生ぬるい死に方で逃したりはしない』
コイツが萌郁を自殺に見せかけて殺害したのか。
……良くやるものだ。
しかし良い説を聞いた。
人間の死期は決まっていて、手段はどうでもいい。
もし俺がタイムリープしまゆりを助けようとしても何らかの形で彼女は死ぬ。
そういう理屈で、この殺人鬼は今俺を殺せない。
タイムリープしても運命を変えることは出来ない、ということか。
不安定ながら、Dメールこそ神への有効な対抗手段なのだ。
『お前を殺したときのこと、教えてあげよっか?』
語りたいらしいので聞くことにした。
実際のところ興味ないが、別に今忙しいわけでもない。
暇潰しである。
『なんかレジスタンスの創始者とか言って、
SERNに歯向かってたみたいだけど私が拉致して監禁してやって、
考えつく限りのありとあらゆる拷問をくわえてやったよ。
お前は痛みに泣き、喚き、クソとションベンをまき散らしながら私に命乞いをした……!
――実に醜かったよ、岡部倫太郎』
思い出すのはとある有名なSERNの科学者。
最期は見苦しく汚かった。
一方俺は、淡々としたもので。
コイツのような怨恨は既に遠く、義務的にこなすだけ。
終わった後に残ったのは空虚のみ。
『しょうがないから、最後に私自身の手で喉を掻き切ってやった後、
気が済むまでめった刺しにしたのよ。
いったい何回刺したか、私でも分からないぐらいにね……!
それが、15年後のお前が迎える最期だ。父さんを殺したお前を待っている運命だ……!』
天王寺綯にとって、ソレは輝かしい誉れなのだろう。
目標であり、夢。
本懐を遂げた彼女は栄光にすがり。
過去の歴史にすら手を伸ばす。
『SERNはお前の作ったタイムリープマシンを回収して、
15年もの間、いっさい手をつけずに保管したままだったんだ。
私はそれに目を付けたの。15年後、「ラウンダー」になった私はお前を殺してから、
それを使ってここまで戻ってきた。
一度にたった48時間ずつしか遡れない欠陥品だから、ずいぶん苦労したけど』
単純計算で2738回、それ以上タイムリープしたことになる。
妄執、尋常ではない。
『お前は今は何もしなくていい。ただ怯え、後悔し続けろ、岡部倫太郎。
15年後に、私が迎えに行くときまで』
……話が終わった。
天王寺綯の説が事実なら、この世界で俺は15年後に死ぬ。
問答無用で、避けようもなく。
つい先ほどまで元気だったまゆりが、突発的な原因不明の死に曝されるように。
運命、か。
そんなモノ、要らない。
「フフッ、くくくっ」
俺の前途に立ち塞がる壁。
押し付けられる未来。
糞食らえ。
「フゥーハハハ、フゥーハッハッハ!!」
気づけば俺は、誰もいないラボで哄笑していた。
『っ……何が可笑しい?』
電話の向こうでは、不快そうな舌打ちが漏れる。
それすらも心地好い。
「フフフ、そりゃ可笑しいさ、天王寺綯。下らない妄想アリガトウ」
『何……?』
「真面目に語るから聞いてみれば、阿呆らしい。俺を殺した?
ああ、勝手に何回でも殺すがいい」
『……っ! ふん、お前の空っぽな頭では理解できなかったか。それとも現実逃避か?』
奴の苛立ちが手にとるようにわかる。
歯を砕かんばかりの歯噛みが聞こえた。
それでも、俺は嘲笑を止めない。
「的が外れているなぁ天王寺綯。
お前の知る未来で、岡部倫太郎を達磨にしようが羹(スープ)にしようが、
全くもって構わないんだよ」
『未来のことはどうだっていいと?』
「違うな、間違っているぞ。
そもそも、そんな話を俺にすることが無意味なんだ。
この俺にな」
『……何を、言っている?』
彼女にしてみれば脅迫として話をしたんだろうが、見当違いも甚だしい。
そのままの意味で、俺には他人事だった。
「解らないか? Dメールを知らないわけじゃないだろう」
『お前の作った玩具か』
「アレを楽しめるのは俺だけだが、かなり便利だ。
何せ平行世界を渡ることが出来るのだから」
『! まさか……』
「ククッ、そのまさかだよ」
引き込むように。
叩き落とすように。
もったいぶって、言ってやる。
「俺は、お前の知る岡部倫太郎ではない」
『な……』
「お前が殺すはずの岡部倫太郎は、俺が喰らった」
『……あり、得ない』
「つまり――――」
「この世界で、お前の復讐が果たされることはないんだ。永遠にな」
否定する、何もかも。
事実を鋭利に研いで、耳から脳を貫かんばかりに突き立てた。
まさに、言葉の暴力。
『あ……、あ……』
「岡部倫太郎はお前に捕まるような軟弱者だが、俺は違う。
小娘が、俺に敵うと思うな」
『っ!』
「ラウンダー? 関係ないな。
俺の視界に写ってみろ、死ぬより苦しい思いをさせてやる。
――――岡部倫太郎のように」
そして、俺の部下である桐生萌郁のように。
退路を絶ち、追い詰めて、トドメだ。
電話越しに、ありったけの殺意を込めて脅す。
「ただ怯え、後悔し続けろ、天王寺綯。15年後に、俺が去り逝くときまで」
さらばだ、哀れなる未来人。
業火に焼かれて失せるがいい。