Steins;Gate γAlternation ~ハイド氏は少女のために~   作:泥源氏

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相棒

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コーヒーは片付けた。

靴は回収した。

車の隠匿も成功。……設置に手間取ったが。

銃声は聞かれても、目撃者は存在しない。

これで警察から追われることもあるまい。

 

 

「お姫様抱っこで窓から飛び出すとか、どこの乙女漫画?

あんたはどこかの王子様ですか??」

 

「ふん、スイーツ(笑)め。まさかお前もして欲しいのか?」

 

「そ、そんなわけあるかそんなわけあるかっ! 大事なことなので二回言いました!

……ほ、本当に羨ましいとか思ってないからなっ!!」

 

 

訳がわからん奴だ。

付き合っていられないので、後部座席を視界から除く。

 

緩やかに踏んでいたアクセルを改めて大きく踏み込んだ。

それでもAT新型のEVは、慎ましやかに加速する。

……物足りない。

 

 

「で、これからどこに行くワケ? もう東京を出たみたいだけど」

 

「――――」

 

「というか、あんた免許持ってないでしょ。捕まっても知らないから」

 

 

証拠隠滅後に遠方へ逃避行。

まるっきり犯罪者である。

しかしここまでしなければ逃げ切れない。

あの小さな殺人鬼から。

部下の命を、歪んだ復讐に捧げるつもりはないのだ。

 

助手席を見る。

生気を無くし項垂れた萌郁。

その目は光を宿していない。

彼女の死ぬ正確な時刻について俺は知らないが、確かに死相が出ていた。

 

 

「吐き気はまだあるのか?」

 

「……もう、平気……」

 

「平気そうに見えないが、水分補給は絶やすなよ」

 

 

FBの家から持ってきた水を差し出す。

吐いて窒息死などされてはどうしようもない。

 

彼女は覚束ない手つきで受け取り。

蓋を外してあるので、そのまま飲む。

見届けて前方に向き直った。

 

 

「あんたの運転激しく不安なんだけど……せめて、ちゃんと前を見てくれない?」

 

「お前は今日死なないから心配するな」

 

 

そういう問題じゃないっ、なんて声は聞こえない。

これでもドライビングテクニックに関してはFBからお墨付きだ。

 

 

『……ヒュー、M3の運転はエキサイティングでファンタスティックで

ドラスティックでアバンギャルドでデンジャラスだな。

ジェットコースター並の安定感にミサイル並の着実さ、

F1レーサーも裸足で逃げ出すぜコンチクショウッ!』

 

 

……褒めて貰っていたと解釈しておこう。

そう、お墨付きなのだ。

大事なことなので(ry

 

 

「それで、店長はどうなったの?

銃声が聞こえてあんたが逃げ込んできて……まさか、本気で逃避行してるワケ?」

 

「――――」

 

「……とうとうやらかしたのね。私は何、人質?」

 

「じゃあ降りるか? 俺は一向に構わんが」

 

「説明ぐらいしなさいよ。……私だって、知る権利あるでしょ」

 

 

紅莉栖の、心なしか震えた声での要求。

面倒臭い女だな……。

だが、ここで通報されてもかなわん。

少し説明してやるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう。店長が」

 

 

簡潔かつ明快。

俺の説明に嘘はなく、選別された真実のみ語る。

心は入れず、まるで歴史家のように。

 

 

「あんたは早くDメールを送るべきよ。

じゃないと色々面倒なことに巻き込まれるかもしれないから」

 

 

紅莉栖は疑問を呈するわけでもなく、これからの方針について意見を出す。

冷静で、純粋。

頭のいい女は嫌いじゃないが、俺を信用しすぎだ。

 

 

「あんたの目的は、まゆりを救うことであって、SERNへの復讐じゃないでしょ。

……私たちが作ったタイムリープマシンのせいで犠牲が出るのは、

気持ちのいいことじゃない」

 

 

それに、少し的外れ。

まゆりを救う、それが至上命題であることは間違いない。

しかし犠牲が出る、などという下らない理由で拙速にDメールを送るべきではないのだ。

世界を変えることは神に逆らうも同然。

情報もなく挑めば、瞬く間に次元の狭間へ飲み込まれてしまう。

 

 

「って言っても無駄か。あんた退きそうにないもんね。

五月蝿いことは言わないから、これからのことを聞かせてくれない?」

 

「付いてくればわかる」

 

「……そう」

 

 

別に勿体振っているわけではない。

ただ俺の芸術を完成させるために、然るべき場所へ向かっているだけだった。

話しても彼女には理解出来ないことである。

 

 

「ねえ。さっき、店長の家でのことだけど」

 

 

前置き一つ。

躊躇いつつ口を開く。

よく話す女だ。

 

 

「私、外で見張ってて、銃声が聞こえて。その直後ぐらいに、あの子の姿……見た」

 

 

あの子……。

 

 

「綯ちゃん。……家の裏口から、走り去っていった。

呼び止めようとしたら……目が合ったわ。

何か、説明はしづらいけど……様子がおかしかった」

 

 

天王寺、綯。

この世界でもタイムリーパーなのか。

そして結局FBは死んだ、奴の主観では俺たちのせいで。

 

復讐の亡者はどこへ向かった……?

今も獲物を虎視眈々と狙っているのだろうか。

しかし、子供の足では限界がある。

この車に乗り込ませるほど俺は甘くない。

ならば、――――

 

ウィンカーをつけずに田舎道へと曲がる。

思えば随分遠くへと来たものだ。

市街地から離れ、山々が連なり辺り一面田園と民家。

狭い道をアクセル全開で走り続ける。

見通しはいい。

 

 

 

 

 

 

 

だから、わかりやすかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの車、こんな田舎までずっと後ろにいる……?」

 

「黒のレクサス。……不自然、ね」

 

 

明らかに怪しい。

俺が気づいたのは東京を出る前だが、ずっと付かず離れずあの車は存在する。

時機を待っているのか。

俺たちが孤立する時を。

 

だったら、乗ってやるよ。

 

 

「掴まっていろ」

 

「……え?」

 

 

返事は聞かない。

ハンドルを強引に切り、細い山道へ。

タイヤが悲鳴を上げた。

 

 

「キャッ!!」

 

「っ!」

 

 

このEVは小回りが利くものの、高速機動には向いていない。

バッテリー残量も厳しいが、こうなったら仕方がなかった。

コイツと共にチキンレースだ。

 

 

「耐えろ――――アイミーブ」

 

「車なんていいからっ!!」

 

「来てる……!」

 

 

レクサスは迷わずに山道まで付いてきた。

車幅を考えれば無茶もいいところだが、気にする様子もない。

動きに運転手の腕が伺える。

 

 

「チッ」

 

「なんなのよもうっ!!」

 

 

凸凹で、跳び跳ねる。

曲がりくねった獣道にコンクリートを張っただけのような道、優勢であるのはどちらか。

勿論、――――

 

 

「っ!!」

 

「ぐっ!?」

 

 

敏捷性は優るとはいえ、最高時速が2倍違うのでは流石に追い放せない。

プレッシャーは直接的になり、車体後部へ擦られる。

一瞬浮くがハンドルを取られずに済んだ。

衝撃を利用してコーナーで引き離す。

 

しかし、これだけで終わらせる気はないらしい。

 

 

「舌を噛まないようにしておけ」

 

「今更っ……え」

 

「来るぞ」

 

「……!」

 

「ちょちょ、あの人何!?」

 

 

レクサスの助手席の窓が開き、黒服が乗り出した。

その手に握られる――――拳銃。

 

瞬間、世界を揺らす。

連続する爆音。

 

 

「ふッ!!」

 

 

狙いは推測可能。

十中八九、タイヤだ。

割らせない。

蛇行を繰り返し、的を動かし続ける。

 

コーナーですかさず視界から逃げ。

また現れて、狙われる。

攻守交代の隙がない。

銃の腕も一流。

 

 

(アレはプロだな)

 

 

果たして綯がプロを喚べるのか?

素人を喚ぶにも手間取っていた子供が。

復讐風情にあんなモノが釣られてくるだろうか。

 

 

「代われ」

 

「……! は、はいっ!!」

 

 

萌郁にハンドルを渡し一呼吸で入れ替わる。

足元からアタッシュケースを取り出して。

開けば、二丁の銃。

 

 

「そんなものどこで――」

 

「FBの家だ」

 

「完全に盗人じゃない……」

 

「アイツのモノは俺のモノ」

 

「ジャイアンかっ!」

 

 

この女結構余裕あるな……。

話しているうちに組み立てた銃を持ち、窓から乗り出す。

口径は小さいがタイヤを割るには十分。

 

 

「危険過ぎ自重しろっ!」

 

「岡部くん……!」

 

 

風の中に身を放り出す。

緑の景色を置き去りに、樹木との距離を調整。

 

心配されるほど落ちぶれた覚えはない。

腕は衰えず、身体から力が満ち溢れていた。

 

 

「! ――ふん」

 

 

肩を銃弾が走り描かれる赤い線。

痛みなど感じず、意識より早々に消える。

片手で車に張り付き不完全ながら銃を構えて。

射撃に必要なものは、糸を針の穴に通すような一点集中力――――

 

 

(っ……何?)

 

 

牽制、示威、傷害、擦過。

打ち出された力の塊が黒き野獣に吸い込まれ。

当たりはしないものの、役割は果たした筈。

再び撃って片を付ける。

だが、――――

 

 

「なん、だと?」

 

 

一旦助手席に戻り、息を整えて。

また一呼吸で運転席に戻った。

すると耳のそばに荒い呼吸。

 

 

「どうしたのっ?」

 

「ランフラットタイヤだ」

 

「……えっ?」

 

 

通常、タイヤは傷つけば空気漏れしパンクを起こす。

ソレを防ぐために開発されたのがランフラットタイヤだが――――、

 

 

(有り得ない)

 

 

破裂には対応不可だ。

銃に耐えられるレベルのモノは聞いたことがない。

もし実現しても、乗り心地と操作性は最悪だろう。

あんな乱暴な動作をすればただではすまない筈。

 

 

(本当に、何者だ……?)

 

 

おかしい。

訳がわからない。

奴等の正体は――――

 

 

「岡部くんっ……」

 

 

気づけば、腕に細い指と冷たい手のひらの感触。

呼び掛けせずとも入れ替えに応じた萌郁だった。

掠れ声ですがり付く。

 

 

「私を……私を降ろしてっ!」

 

 

……理解していたのか。

奴らの目的、その矛先を。

そう、彼らはおそらく運命の遂行者。

正体、それは。

 

 

(300人委員会――――)

 

 

時を支配しているつもりか。

萌郁がどうせ死ぬ、なんて考えないのか。

……なるほど、理解できる。

俺の思考と、良く似ている。

 

 

「そうか、――――死神、か」

 

 

勝手に請け負った死神代行者。

運命の歯車、神の使者。

逃れられない収束の呪縛。

 

 

「岡部くん……」

 

「降ろすかよ」

 

「え」

 

 

 

 

 

 

 

「お前は俺のモノだッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「!!!」

 

「っ!??」

 

 

だからこそ知っている。

奴らに対抗するのに必要なものは理屈じゃない。

ただの子供っぽい感情の発露。

自分勝手な、寵愛。

 

 

「お前は俺が手に入れたんだ、絶対に手放さないッ!」

 

「…………」

 

「待っていろ萌郁。お前を、必ず導いてやる」

 

「……うん」

 

 

顔は見ずに。

それでも表情が想像出来る。

それだけで十分だった。

 

レクサスの助手席から、再度黒服が顔を出す。

俺も助手席と再び入れ替わった。

アタッシュケースにあったもう一つの銃をグリップ。

弾を装填、一瞬瞑目。

 

 

「何よその狂暴な銃は……」

 

「M500、コレが直撃すれば終わりだ」

 

「チート乙」

 

 

反則、確かにそうだ。

一般流通品では威力世界一を誇るブツ、使いこなせればかなり心強い。

俺の、もう一人の相棒。

 

足だけでドアに掴まり両手を銃に添える。

安定しないが、片手で撃てるものではない。

この姿勢だと運転技術も重要になるが……。

 

 

(……チッ)

 

 

一向に定まらず。

流石にペーパードライバーに求められる領域じゃないか。

手元がブレて、当たらない。

出来るのは牽制のみ。

どうする――

 

 

(って、言っている場合じゃないな)

 

 

進行方向へ振り返り。

しきりに靡く髪が邪魔だ。

押さえて見れば、遠く先に大きな直角カーブ――――。

 

 

「曲がりきれなければ、アウトか」

 

 

声は風に爆ぜて消え。

希望が不安に侵食される。

連中はカーブで決める気だろう。

間違いなく、追い詰められている。

 

 

(入れ替わるか? ……いや、ダメだ。ココで決めなければ終わる)

 

 

実はこの車、バッテリーが危機的状況だった。

無茶のし過ぎでさすがの三菱も限界である。

よくもったと思う。

しかし、カーブを抜ければもう厳しい予感があった。

 

 

(一か八か、なんて愚かだが……)

 

 

頼るしかない。

行くしかない。

萌郁と共に。

相棒と、共に。

 

 

「速度は下げるなッッ!!」

 

 

前の世界の萌郁なら、ブレがミリ単位に抑えられた。

前の世界の萌郁なら、車を自分の手足に出来た。

M4なら、M4なら、M4なら、M4なら――。

 

下らないIF。

阿呆臭い妄想。

どうしようもない未練。

……本当に馬鹿だな、俺は。

 

カーブが現れ、前に青空と大海が広がっている。

飛び立てたら、いっそ飛び立てたなら、世界から逃れられるだろうか。

 

逃げるな、戦え。

意地でも、手に入れろ。

 

 

 

 

 

 

 

「いけM4ぉぉぉぉおおおお!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その先は理想郷。

誰も知らない領域。

 

タイヤの断末魔を聞きながら。

全身に衝撃を受け止めて、放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光が、音が、満ち。

風と一つになり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

輝く翼が、見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眺望果てしなくどこまでも続く地平線。

まだ中天は遠く、昇る途上の太陽が在り。

風になぶられ白衣が羽ばたく。

崖に打ち付ける波しぶきが舞い、湿気を帯びた突風に目を伏せて。

 

時計を見る。

現在、9時半を回っていた。

車を降りてから未だに一言も喋らず、後ろの二人も無言で付いてくる。

レクサスが落ちた場所から大分離れただろう。

 

そろそろいいか。

 

 

「……いい加減、話してくれない?」

 

 

不機嫌な声に振り返れば、腕を組んで仁王立ちの紅莉栖。

その表情は苛立ちを隠そうともしない。

 

視線を外して萌郁を見る。

いつも通り無表情だが、俺を見つめて目を離さない。

そこには何かを受け入れた強い意思があった。

 

 

「記憶が流入したのか」

 

「――はい、M3」

 

 

チキンレースの最後、大きな急カーブでの死闘。

ペーパードライバーが曲がりきれるような甘い場所ではなかったのだ。

安定した、まるで俺の手足のように動くアイミーブを感じて確信する。

彼女はM4として俺と過ごした日々を思い出したのだと。

 

 

「……え? ちょっと待って。

よく理解できないんだけど、とりあえずM3って何?」

 

「俺のコードネームだ」

 

「あんたコードネームって、……はいはい厨二病厨二病」

 

「まだ受け入れられないか、紅莉栖」

 

 

頭のいい彼女が気づいていない筈はない。

きっと認めたくないのだろう。

証拠に、ずっと前から俺を岡部と呼んでいない。

 

 

「お前の知る岡部倫太郎は、もういない」

 

「っ……!」

 

「今の俺はラウンダーの一員。さっき俺たちを追ってきた連中と同類だ」

 

「…………」

 

 

紅莉栖の喉が鳴り、変な音が聞こえた。

目を見開き、震えている。

 

また彼女を無用に傷つけたのか……。

心の奥に針が刺さったような感覚。

痛みを感じぬように、心を凍結させる。

 

 

「M3は……彼らのこと、知っているの?」

 

「知らないさ。ただ目的はわかる」

 

 

ゆっくりとM4の元に歩み寄った。

耳朶に潮風が響いて鬱陶しい。

背中を忙しく押し、無邪気にも運命を促す。

 

 

「お前だってわかっていただろう、M4」

 

「ええ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして、俺が今からすることも」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

「…………え?」

 

 

自然すぎる動作だった。

懐に手を入れグリップを握り、セーフティーを解除しながら滑らかに銃を取り出す。

その間、刹那。

 

 

 

 

 

銃の先が、萌郁のこめかみに口づけている。

 

 

 

 

 

 

「正しく、俺と奴等は同類。お前の命を奪う者だ」

 

「…………」

 

「命乞いなら違う世界でするがいい。ここでお前は、俺が殺す」

 

「……ちょちょっと、本気なの!?」

 

「邪魔するならお前にも撃ち込むぞ」

 

 

数瞬固まっていた紅莉栖が、俺を止めるように手を伸ばす。

がしかし、その手は届かない。

俺の恫喝が本気だとわかったからだ。

 

 

「死なないと言っても傷つかないわけじゃない。

身体に穴を空けたくなかったら大人しくしていろ」

 

「何で、あんたが殺す必要あるのよ……この人は――」

 

「今日にも死ぬだろうな、自殺という形で。もしかしたら病死かもしれない。

それは百も承知」

 

 

 

 

 

 

「――だから、俺の手で死なせる。M4の命は俺のモノだ」

 

 

 

 

 

 

運命に使役され死神を代行しようとしたあの刺客のように。

自分の手で復讐するためにタイムリープした天王寺綯のように。

俺は俺の手で俺のモノである桐生萌郁を殺害したいのだ。

これは稚拙な独占欲、単なる我が儘である。

 

死に意味を求めるなんて現実主義の彼女には理解できないだろう。

俺も比較的現実主義者だが、芸術として儀式的な趣向も好んでいた。

殺し方を議論するのも悪くない。

十字を切る手を左からか右からか争うような、なんとも人間らしい知的活動である。

 

 

「本気、みたいね……。桐生さんはいいの?

まあ選択肢はなさそうだけど」

 

「……私は、構わない。M3のためなら何でもすると、決めていたから。

むしろ感謝している」

 

 

キッパリと、萌郁は言い切った。

意思は変わらず俺に向かう。

彼女は俺という人間を誰よりも信頼し信用していて。

純粋な信仰だった。

 

 

「M3は、私を助けてくれた。孤独な私を、拾ってくれた。

私の罪を、赦してくれたから。どうせ死ぬのなら、――私は彼に、殺して欲しい」

 

「そうですか……。なら私に言えることは何もありません」

 

「だったら背を向けておけ」

 

「……そう、ね」

 

 

聞こえるため息一つ。

紅莉栖が森の方へ向き直るのを確認すると、引き金に指をかける。

萌郁は俺の顔を焼き付けるように数秒見つめて、目を閉じた。

 

 

「言っておくが、お前がどう思っていようと変わらない。

俺はお前を永遠に奪うのだ」

 

「……M3は、いつもそう。私に責任を負わせてくれない。

私はM3の、岡部くんの永遠になりたいの」

 

 

勘違いするな、と言える否定の要素はない。

常に俺は責任を負うことを心がけて来たから。

彼女の意思を蔑ろに、全て押し進めてきたのだから。

 

 

 

 

しかし、最期ぐらい良いのかもしれない。

 

 

 

 

 

「わかった。お前を相棒として、パートナーとして共犯者に認める。

その上で問おう、――俺に、殺されてくれないか?」

 

 

まるでダンスに誘うように、軽く問う。

最初で最後のエスコート。

銃身が差し出す手の代わりで。

柄にもなく、緊張していた。

 

 

「……はい」

 

 

口を小さく結び目を強く閉じる。

頬が紅潮し、羞恥と喜悦の入り交じった顔。

反応がまるで嫁入り前の処女だった。

 

その姿を眩しいものを見るように目を細め眺める。

今の彼女は酷く魅力的だ。

背徳的な程に。

 

もう言葉は要らない。

抱き締める代わりにキスをしよう。

冷たくて硬い、ミネベアの銃口で。

 

 

 

 

 

 

これは断罪ではない。

抱擁よりも優しく、口づけよりも甘く、夜伽よりも蕩ける行為。

 

 

 

 

 

 

だから、穏やかに。

柔らかく撫でるように、トリガーを引いて。

空まで海まで揺らすように、長く長く、高く高く、嬌声は上がった。

音の乾きが、喉を焦がす。

湿った地面へ、衣擦れとともに彼女は倒れていき。

それを余韻に浸るように見送り、構えを解かず立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

嗚呼。

俺は確かに、彼女を――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かなラボで二つの携帯電話を弄り倒す。

凌辱の限りを尽くし、全て曝け出して犯した。

咎める者は誰もいない。

持ち主が既に他界しているのだから。

謂わば、情報的死姦。

罪深く穢れ多い響きである。

それにしても、――――

 

 

(桁違いの量だ……)

 

 

特に萌郁は送信ボックスが半端ない。

短文もあるが、キャラの崩壊した言葉の列挙。

 

 

(俺と仕事をするとき、メールなんて業務的なものばかりだったからな)

 

 

新たな一面を見た思いである。

今更、今更。

 

 

(そんなこと、どうでもいいはずなのに……)

 

 

彼女の安らかな死相が目に浮かぶ。

それだけで、俺の行動は間違いじゃなかったと、思えたんだ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、俺は萌郁に銃を握らせ速やかに立ち去った。

自殺に見せかけなければ要らぬ面倒を引き受けることになる。

携帯電話は回収したものの、処理を施したので足はつかないだろう。

 

 

『もしかして、歩いて帰る気?』

 

『レンタカーは放置する必要がある。タクシーを呼ぶ金はない。

だったら歩くしかあるまい?』

 

『私が払うわよ。ついでにあんたも乗せるだけだから』

 

『ご苦労』

 

『ほんっと、偉そうね……』

 

 

紅莉栖がタクシーに乗るというので相乗りする。

さすがの俺も車より早く帰ることは出来ない。

予想外に楽々とラボにつくことが出来た。

そこで紅莉栖と、昼食ついでにタイムリープについて話をすることになる。

ちなみに俺の奢りだ。

 

 

『つまり、あんたは違う未来からタイムリープしてきたってこと?』

 

『そういうことだ。俺がいた世界とタイムリープ後の世界が合致していない』

 

 

ソコは気になっていたところだった。

前の世界で紅莉栖に聞いた限り、

FBの自宅を訪れてなどいないし萌郁とレンタカーを借りに行ってもいない。

タイムリープは過去に戻るだけのはずなのに。

単純に同じ世界線を移動したわけではなかったのだ。

 

 

『……近似値、じゃない?

あんたはDメールで違う世界から渡ってきた。

だから、タイムリープするにもこの世界にあんたの過去なんて存在しない。

移動する過去を検索して、近い世界線の過去を割り出しそこへタイムリープした。

……仮説だけどね』

 

 

わかったような、よくわからない説。

俺が違う世界から来たことがタイムリープに関係あるのか?

即興であることを考慮して及第点だな。

俺なりの仮説も構成しつつある。

その糧にしてやろう。

 

 

(……それで、コイツは一体何をしているんだ?)

 

 

サンボで意見を聴いた後、俺たちは会話もなくラボへと帰った。

Dメールを送る前に、萌郁とFBの携帯電話を蹂躙することは伝えてあるのだ。

ただパソコンと携帯電話を往復しているだけの午後。

 

その姿を、紅莉栖はずっと眺めている。

変なキャラモノクッションを抱えながら。

 

 

(被験者の観察か)

 

 

実験大好きっ娘としては、俺から目を離せなくなるのも当然かもしれない。

コイツが造り出したタイムリープマシンを使ったのは俺だけなのだから。

それとも、先程提示した穴だらけの仮説を再構成しているのか。

 

 

(くくっ、目を背けてどうする……)

 

 

なんて、それは俺が考える紅莉栖の科学者としての顔で。

彼女が想像以上に感情に流されやすいことを既に知っていた。

おそらく昼間のことを気にしているのだろう。

俺はこの手で人を殺し、悪の機関に従属していたことを告白している。

 

 

「……正直」

 

 

俺の手が止まり時計を見上げた時、

ずっと見ているだけだった紅莉栖がクッションに顎を乗せて呟いた。

 

現在、18:00を回っている。

窓からの赤い射光が部屋を侵食し、積み上がったガタクタに生命の色を与えていた。

 

 

「言いたいことは山程あるんだけど……止めとく。

他の世界線は気にしてもしょうがないし」

 

 

裏切り者。

今までの経緯を知っている彼女すれば、俺はそんなレッテルを貼られても仕方がない。

 

 

「あんたはまゆりを助けるために戦っているんでしょ?」

 

「ああ、それだけは揺るぎない。何を犠牲にしようとも、俺はアイツの命を救う」

 

「なら、別にいい。あんたがどんなヤツでも協力する。まゆりは大切な友達だしね」

 

 

自分で口に出してみて、驚いていた。

我ながら素直過ぎる。

相手が単純で扱いやすい紅莉栖だからか、

 

それとも彼女に罪悪感を抱いている――――?

 

 

「――ふぅっ、お腹減っちゃった。何か買ってくるけど、要望ある?」

 

「ケバブとマウンテンデュー」

 

「……そう」

 

 

一瞬、紅莉栖は悲しげな顔をして、白衣を翻しラボから出ていった。

走り去るように、まるで何かから目を逸らすように。

見間違いでなければ、去り際に彼女は、――――

 

 

(チッ)

 

 

調子を狂わせてくれる。

女の涙なんて、卑怯で陳腐な下らない手で。

理なんて存在しない、単なる頭の悪い感情的な暴力に近いものなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭を掻き毟りながら立ち上がり、冷蔵庫へと足を運ぶ。

中を漁り、ドクターペッパーを取り出し口に含んで。

思ったほど不味くない、だからこそ不快。

爽快な後味に、吐きそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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