ネコと女の子のお話   作:しましま猫

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2作目の投稿です。舞台設定等は1作目と同じで、話も繋がっていますが、単独で読んで頂いても問題はありません。
ちょっと悲しいというか、やるせない? お話です。


転校生と桜の木

 あなたは信じるだろうか? 春の妖精がいて、そのおかげで春がめぐってくるのだと聞かされたなら。たいていの人はそんなものは御伽噺(おとぎばなし)の中だけだと笑って済ませるかもしれない。しかし、世の中は学問で割り切れることばかりではないと、私は思う。

 

     ***

 

 季節は春。といっても暦の上での話ではある。北海道ではようやく雪がなくなってきたとは言っても、常に日陰になっている建物の間や、冬の間に雪捨て場になっていた公園などにはまだ白い塊が、半分泥を被りながら残っている。気温もまだかなり低く、暖かい上着なしでは外を歩けないほどである。しかし、それはあくまで建物の外の話であって、屋内にいれば適温に調節された空調システムの恩恵にあずかり、非常に快適な生活が送れるのである。季節は4月、別れと旅立ちの季節から、新しい出会いと始まりの季節へと移り変わっていた。

 

「今日から中学校の勉強かあ。」

「ねえねえ、私セーラー服似合ってる?」

「うん、春菜ちゃん、とってもかわいいよ。」

「でも、明日香ちゃんには負けるかなあ?」

「え、そんなことないってば。」

 

 地元の中学校の校舎内、その廊下で、真新しい制服を身につけた2人の少女が、楽しそうに会話をしている。2人とも元気で活発な印象を受ける。互いの制服姿を誉めながらキャッキャと楽しそうにしている。どちらも他人から見れば標準以上の美少女と言って差し支えなかったが、当人達は少なくとも、その定義に当てはまるのは相手だけだと思っているようだ。

 

「そういえばさあ、うちのクラスに外国帰りの女の子がいるんだって。」

「へー、すごいね、ひょっとして英語ぺらぺら?」

「そうらしいよ。」

「うらやましい話。」

 

 どこのクラスでも、人と経歴が違うものは目立つのであるが、帰国子女などはその最たるものである。言葉だけ拾い上げてみれば耳障りは良いが、全く環境の異なるところへやってくるというのはなかなかに難しいものだ。価値観や文化の違いなどで、すれ違うことも少なくないのだから。

 

     ***

 

「ジョン、具合はどう?」

「クゥーン。」

「待っててね、もう少しで元気になれるから、もう少しで……。」

 

 とある集合住宅の一室で、少女がペットであろう犬に話しかけている。犬は病気なのか、毛布の上に横たわり、目だけは開いているが体をほとんど動かさない。少女は犬の体を優しく撫でながら、何かをこらえるような、苦しそうな表情をするのだった。

 

     ***

 

「局長、お茶が入りましたよ。」

「お、ありがとう。」

 

 町で一番大きな郵便局のオフィスで、局長と呼ばれた男は女性職員がいれてくれた熱い緑茶をすすりながら、まだ寒さが残るであろう外の様子を、大きな窓から眺めていた。寒いとは言っても、さすがに4月にもなって、この気温は少し異常だ。雪こそ降らないが、冬の間に積もり積もったそれは、なかなか姿を消そうとはしない。それは、この時期に至っても一定以上の暖かさに達していないという証拠であった。

 

「今年は暖かくなるのが遅いですね。」

「そうだな、春の妖精はちゃんと見たんだが。」

「え? 妖精?」

「いや、なんでもないよ。」

「また局長ったら、へんなの。」

「コホン、いいからさっさと仕事に戻りなさい、堀江くん。」

「は~い。」

 

 局長のつぶやきに相づちをてきとうに打ち、続く言葉に、女性、堀江ちさとは一瞬呆けた表情をしてしまう。普段からぼんやりした不思議な人物ではあるが、時折よく分からないことを口走ることがある。そういう、常人では理解できないうわごとをくっさばく奴を妖精っていうんだろと突っ込みたくなるのを、部下である彼女は必死に押さえ込んだ。しかしこれで、局長自身が「妖精さん」とか「ムーミンパパ」などと揶揄されるネタがまた一つ増えることになるのである。

 

読み切り小説 "転校生と桜の木"

作:しましま猫

Copyright(c) 2001,2017

All Right Reserved.

 

 やあみなさん、ミイくんです。まだまだ北海道は寒いけれど、家にばかり引きこもっていないだろうね? ……あれ図星か。まったくパソコンやスマホの画面とにらめっこして、こんなネット小説あさってる場合じゃないよ? 適度に体を動かさないと大変なことになるんだからね。

 ……、そうそう、話は変わるけど、皆さんは春ってどうしてやってくると思う?

え? 季節風? 低気圧と高気圧の勢力関係? ……そういう科学的な問題じゃないんだなあ。それは単なる結果。春はね、妖精が運んでくるんだ。……何その疑いの目は、あ、信じてないな? 本当なんだってば。

 

「ただいまあっ!」

 

 うわっと、びっくりした。お帰り明日香。今日は早かったね。中学生最初の授業はどうだったかな? その様子だと学校生活そのものはエンジョイしてるみたいで何よりだけど。学校と言えば第一に勉強、だからね。

 

「あのね、うちのクラスにアメリカ帰りの女の子がいるんだよ。」

 

 へえ、さすがに国際化が進んできてるな。って、あれ、勉強のことを聞いてるんだけど、……まあいいか。それでどんな子だったんだい?

 

「英語の時間に発音利いたんだけど、すっごいの。」

 

 ふーん。人間は国によって言葉が違って大変だよねえ。ぼくら動物には日本語も外国語もぜんぶ同じに分かるから関係ないけどね。

 

「さてと、じゃちょっと出かけてくるね。」

 

 あれ? 何か用事かい? 大事そうに抱えてるそれは……はは~ん。そういうことか。熱心に手紙書いてるし、向こうからも頻繁に来るみたいだし、アツいねえ~~。

 

「ちょっと郵便局に行って来るから……って、そんなんじゃないもん、たまには札幌(こっち)のものがなつかしくなるかなって、それだけだもん。深い意味なんて……ないんだからねっ!」

 

 あ~はいはい、何テンプレ回答してんのまったく。わかりやすく顔真っ赤にして、もうお腹いっぱいですごちそうさまでした。……そういえば郵便局も人事移動で職員変わったんだったな。どれぼくもちょいとのぞいてみるか。

 

     ***

 

 う~さむ。なんか今年はいつまでたっても暖かくならないよな。4月の10日だっていうのに、最高気温は+になるかならないかだもんな。今年も春の妖精、ちゃんと見たんだけどなあ。え? まだそんなこと言ってるのかって? だから本当にいるんだよ。ただ、そう普通人間には見えないはずだから、信じられないのも無理はないかもしれないけど。世の中科学的に割り切れることばっかりじゃないんだ。ほら、さっきの僕と明日香の様子を見ただろう?明日香にはね、人間以外の動物の気持ちがわかるっていうちょっと不思議な能力(ちから)があるんだ。だから僕らはああやって心を通わせることができるって訳さ。ま、明日香本人は気付いていないみたいだけどね。

 話を戻すけど、春の妖精っていうやつは、日本では南の方から順番にやってきて、気温を上げて雪を溶かし、動物や植物を冬の眠りからさますんだ。でもそのままだと夏が来なくなっちゃうから、妖精達の力の源である「春の風」を「眠らせる」っていう作業をしなきゃいけない。「風眠(ふうみん)の術使い」っていう役目の奴がいるらしいんだけど、その辺は実際見たことないからよくわからないな。神様がこの世の中に生きる動物、もちろん人間も含むすべての中から術使いを選ぶんだって、死んだ僕のじいさんが言ってたけどね。

 話している間に着いたね。あそこがこの町で一番大きい郵便局だよ。え~と、中に入るわけに行かないから、別の方法を使うとするか。……実を言うと僕は離れた場所からでも好きなところがのぞけるんだ。いいだろ~。あ、今、なんか変なこと考えたろ。お風呂場とか、更衣室とか。まったく昼間からろくなこと考えないんだから。

 ほら、あそこ、明日香が小包を出してる。結構大きい荷物だな。って、なんで顔を真っ赤にしながら手続きしてるかなあ。誰も彼氏に送るなんて知らないんだから普通にやれば良いのに。こっちが恥ずかしくなってくるよ。

 ま、それはいいとして、う~ん、顔ぶれはあんまり変わってないな。ふーみん局長に、ちさとさん、三浦さんに山口さん、伊東さん……と。あれ?あそこは確か柴崎さんの席だったよな。知らない人が座ってる。なんか暗そうな奴だな。こりゃ業務に支障が出そうだ。特に大幅に変更はされてないな。まああの柴崎さんの変わりに入った奴が気になるといえば、なるけど……ああいう根が暗そうな人間とは関わらないほうがよさそうだ。

 え? そういうのは偏見って言うんじゃないかって? う~ん、まあそうだね、第一印象がすべてじゃないのは認めるよ。だけどね、僕ら動物は人間と違って感覚が鋭いんだ。人間の表情なんかで、そいつの本質をほぼ把握することができる。だからあいつの正確も、全部ではないにしてもかなりの部分、当たっていると思うよ?

 ん? それはそれとして、千里眼使えるなら部屋から使えば寒い思いしなくてよかったんじゃないかって? あのねえ、殺気も行ったけど、運動不足は体に良くないの。ただひたすらにゴロゴロして、豚と間違えられるようなデブネコになるのはごめんだよ僕は。

 

     ***

 

 今日は木曜日。明日香はいつも通り学校へ行っているけど、なんかいやな感じがするんだよなあ。今朝の「鰹節(かつおぶし)占い」、注意運が出てたから、何か悪いことが起こらなけりゃいいんだけど。……占いなんて迷信だって? そう馬鹿にしたものでもないよ? 現に僕のこの占いは、90%近い確率で当たるんだ。特に明日香は少し普通の女の子とは違うから、他の人では絶対に巻き込まれないトラブルに巻き込まれることだってある。お節介だと知りつつも、やっぱり確かめないと心配だ、えいっ、千里眼!

 あ、やっぱり明日香の奴、道草してる。まっすぐ帰ってきた方がいいって、朝ちゃんと言っておいたのにな。まったく手間がかかるんだから……。

 ん?明日香が見ているあれって松葉中学校の桜だ。でも今年はなんだかいつもと違って元気がないな。もうかなりの老木だからな、この寒さにまいってるんだろうか。

 

「やあ、明日香ちゃん。」

「あ、ふーみ……じゃなかった、島田さん。」

 

 あ、郵便局長まで仕事さぼって桜見物か? 花が咲くのなんて早くても4月末だろうに、まだまだ早いでしょ。まったくどうしようもないな。

 

「ははは、別に『ふーみん』でもいいよ。私はこのあだ名がけっこう気に入ってるんだ。」

 

 おいおい、いったいどういう理由でつけられたのか知ってるのか? いつものほほんとしててムーミンパパみたいだからっていう理由だって聞いたぞ。どう考えてもほめ言葉じゃないと思うけど。

 

「この桜さん、げんきないなあ。」

「今年は寒いからね。老木には堪えるんだろう。」

「ここ数年は、異常気象だって話もあまり聞かなかったけど。」

 

  やっぱりか。それにしてもこの気温は少しおかしいよな。この桜の木だって毎年、ちゃんと花を咲かせていたみたいだし、今年に限ってこういうことになるのは、気候のせいとしか説明できないもんなあ。

 

「じゃあ、私はそろそろ行くよ。」

 

 そうそう、あまり仕事さぼってるとリストラされちゃうよ?それでなくても民営化してから郵便局の経営も結構やばいんだから。

 

 「あれ? 舞子ちゃん。」

 

 あ、誰か来た。女の子だ。うーん、見るからにおとなしそうな()だな。……?! なんだよこの感じは、今一瞬寒気みたいなものを感じたけど? あの娘から……? まさかね。邪悪な存在……悪魔とか堕天使が擬態してるわけじゃなさそうだし、僕の気のせいだったかな?

 

「日々野さん、だったよね。」

「うん、掃除当番でもないのに、学校に残ってたの?」

「ちょっと読みたい本があったから、図書室から借りてきたの。日々野さんは?」

「ここで、桜を眺めてたんだけど、今年はなんだか元気がないの。」

 

 そうそう、まるで舞子ちゃん、君みたいにね。しっかし、なんかこう、対称的な人間を並べて見てみると、おかしいよね。人間でもネコでも同じだけどさ、こういう性格の奴同士は、案外気の合う友達になれたりもする。この2人はどうかな?

 

「……本当に、今にも枯れそう、元気ないね。」

「うん、あたしいつもここの桜、楽しみにしてるんだ。」

「……そう。それは残念だったね。」

「え?」

「あ、ううん、なんでもないの。あたしこれからちょっと買い物して帰らなきゃ、また明日ね、日々野さん。」

「明日香でいいよ、舞子ちゃん。また明日ね。」

「……バイバイ、明日香ちゃん。」

 

 ……やっぱり、あの娘、なにかおかしい、まるで花なんて咲かないって言っているように聞こえる。それに、さっきのあの感覚……。

 

     ***

 

 今日は土曜日。明日香は春菜といっしょに商店街のペットショップへ遊びに行っている。僕はといえば、いつものように気ままに散歩。ちょっとあの桜のことも気になるから、中学校にもよっていこうか。

 

「ジョン、まっててね。」

 

 あれ? あれは……舞子ちゃんだ。何か手に持って怪しげな動き……。木に水晶みたいなものをくっつけて、いったい何を……。

 

「ミイくん、こんなところで何してるの?」

 

 わっ、明日香。いきなり後ろから声かけるなよ。

 

「脅かしちゃった? ごめんね。」

 

 い、いや、別にいいけど、……って、それどころじゃないんだ、舞子ちゃんが。

 

「あ、舞子ちゃん。」

「……! 明日香ちゃん?!」

 

 あの驚きかた、普通じゃないぞ。それにさっきの水晶みたいなやつ、なんだかいやな感覚を醸し出しているような……?

 

「なに? それ? 何かのおまじない?」

「う……うん、うちの犬が病気になっちゃったから、治るように、おまじない。」

 

 ……まさか、あの老木が急に枯れそうになったのと関係があるのか?

 

「また、元気がなくなったみたい。」

 

 また……? 明日香のやつ、まさか生き物の生命力(エナジー)が感じられるのか? そうだ、水晶玉と言えば、確か、じいさんが昔、水晶玉をもった怪しい占い師に気を吸い取られそうになったことがあるって……! まさかあの子が、水晶を使ってあの桜から生命力を吸い取っているのか?

 

「……じゃあ、私は帰ってイヌの世話をしないと行けないから。」

「あ、うん、また学校でね。」

 

 ……いずれにしてもこれは、このまま黙ってみているわけにはいかないぞ……!

 

     ***

 

「クウウン。」

「ジョン、ただいま。」

 

 イヌ? 確かにだいぶ弱っているな。この様子だと、どうやら老衰みたいだ。どうやら舞子ちゃんの家で飼われているみたいだけど、こりゃあもう長くないな。

 

シャアアッ

 

 カーテンを閉められた。昼真っ赤ら、これはいよいよあぶないぞ。きっと中で何か見られたら困ることでもしてるんだ。よーし……、精神をあの窓に集中……。

 

バチィッ!

 

 つっ……! なんだ? 今の……。千里眼がはじき返された? ……! 結界? 何でこんなものが……! 舞子ちゃん、じゃないな。そんな力はあの子からは感じなかった。だとすれば、やっぱりあの水晶、単なるアクセサリーじゃあないってことなのか?

 

     ***

 

 う~ん、どうしよう、あの舞子ちゃんって娘がやろうとしていることはだいたいわかったけど、……まさか桜の木から生命力を吸い取ってイヌの老衰をくい止めるために使っていたなんて。

 

「ねえミイくん。」

 

 明日香? もうお風呂、あがったの?

「うん、ミイくんも一緒に入ればよかったのに。」

 

 じょ、冗談じゃない。人間はイヌやネコを風呂で洗いたがるけど、僕らにとっちゃ大迷惑だ。特に僕はあのむわっとしたとこにいると、頭がくらくらしてくるんだ。

 

「ミイくん、こっち来ない?」

 

 ん? どしたの? 明日香。……なにか考え事かい? まあ遠くにいる彼氏に会えなくて寂しいのはわかるけどさ、小包、あれなにか贈り物だろ? だいじょうぶ、きっと相手は手紙読んだだけで、真っ赤になってぶっ倒れてるさ。 ……あれ? そのことじゃないのか? じゃあ、いったいどうしたんだ?

 

「舞子ちゃんのこと、どう思う?」

 

 え?

 

「……なんだか、舞子ちゃん、あの木にはもう花が咲かないような感じのこと、言ってたよね? それにあの水晶みたいなアクセサリー、なんだか見つめてたら自分の力を吸い取られそうな気分になっちゃったんだけど、……ほらよく漫画とかで、ああいうものを使ってあやしいおまじないとかするでしょ? 舞子ちゃん、まさかとは思うけど、あの桜に何か……呪いみたいなことをしているんじゃ……ないかなって。それになんだかあの桜さんが、助けてって言っているような、そんな気がするの。」

 

 ……やっぱり、明日香、桜の気持ちもわかるんだ。きっとあの桜の木が、明日香に助けを求めているんだ。いつも、毎年花が咲くのを誰よりも楽しみにしている、明日香に。

 

「ミイくんも、そう思う?」

 

     ***

 

 今日は日曜日だ。でも明日香が見あたらない。何処行ったかな~。お昼ご飯まだなんだけど。やっぱり桜の木が心配で今日も見に行ってるのかなあ。どれっ、昼飯の催促がてら迎えに行ってくるかな。

 ふぁ~ねむ。夕べは明日香の夜更かしにつきあわされて、もうくったくた。一緒に寝たのはいいけど、寝相が悪いったらありゃしない。今日からは押入の奥に隠れて寝ることにしよう。毎日ボディアタックや肘打ちくらうんじゃ、そのうち本当に死んでしまうかもしれない。

 さ~て着いたぞ。やっぱりここにいた。

 

「舞子ちゃん、やっぱり今日も来てたんだ。」

 

 あれ?舞子ちゃんも来てるぞ。……! やっぱりあの変なアクセサリーも一緒だ。

 

「う……また、桜の様子を見に来たの?」

「うん、この桜の木が、苦しんでいるみたいだから。」

「え? 苦しんでる?」

「……舞子ちゃん、この木に何をしたの?」

「明日香ちゃん、あなた……。」

「舞子ちゃんが来るたびに、この木から元気がなくなってく。その水晶、本当は何なの? どうしてこんなかわいそうなこと、するの?」

「……こうするしかないの、ジョンを、ジョンを助けなきゃ!」

 

 やっぱり、あのイヌの老衰を止めるために、木のエネルギーを吸い取っていたんだ。じいさんの言っていた話は本当だったのか!

 

「ダメだよこんなことしちゃあ、木だって生きているんだよ。イヌやネコや、あたしたちとおんなじに、生きてるんだから!」

「……邪魔、しないで!」

 

バチィッ!

 

「きゃあ!」

 

 何だと? 衝撃波?! やめろ! 明日香に何するんだ!

 

「ミイ……くん?」

 

「あなたも邪魔すると、同じ目にあうわよ!」

 

 ジョンはもう寿命なんだぞ! 病気や怪我ならいざ知らず、老衰はそんな石ころの力じゃどうにもならないんだ、時間には勝てないんだぞ!

 

「舞子ちゃん、病気のイヌ、助けるために、こんなコトしているの?」

「そうよ、ジョンはあたしの……たった1人の友達だもん!」

「そんなことしたって、ジョンは喜ばない、絶対に喜ばない!」

「あなたに何がわかるのよ!」

 

バチィッ!

 

「きゃああっ!」

 

 明日香! そっちがそのつもりなら……! 風の精霊たち、邪悪なる意志を持つ者を縛る鎖を、金縛り!

 

「な、何? 体が……動かない!」

「フーーーーッ!」

「ネコちゃん、まさか、あなたが……?」

 

 あいにくだったね、そんな石ころの力じゃ、僕の術は解けないよ。もうやめるんだ。老衰を無理矢理くい止めるなんて、それじゃあただジョンを苦しめているだけだぞ、動物は何もしゃべらないと思って、自分の都合でそんなかわいそうなことするなんて、いらなくなったからその辺にペットを捨てる飼い主と、根本的には何も変わらない! ああくそっ、言ってやりたいことが山ほど会っても、僕の言葉じゃ彼女には届かない!

 

<……そのくらいにしてやっていただけませんか、ネコ殿。>

 

 え……?なんだ今の?

 

「ジョン!」

 

 あ……! 舞子ちゃんの部屋にいたイヌ、ってことは、あいつがジョンか。それにしても、もうふらふらで、立っているのがやっとのような状況だ。いったいどうやって、あのマンションからここまで自力で来たんだ? 途中で力尽きて倒れてもおかしくない状態だぞ。

 

ペロペロ

 

<明日香殿、と申されたな。私の主人がご無礼、なにとぞご容赦を。>

「あなたが、ジョンなの?」

<はい、どうやらあなたには私の心を理解する特別な能力(ちから)がおありのようだ。>

 

 やっぱり舞子ちゃんは、あんたの老衰をくい止めるために、この桜の木の生命力を……?

 

「やっぱりそうなの? ジョン。」

<お察しの通り、あの水晶は触れたあらゆるものから生命力を……気を吸い取ることのできる不思議な代物。私もまさかそんなものが本当に存在するとは思ってもいなかった。>

「何? 何を言っているの? まるでジョンと話しているみたいに……。」

<しかし、どんなに常識離れした……力であっても、寿命というものは変えることはできませぬ。現に、外からどんなに生命力をつぎ込んでも、私の先天の気……つまり元々持っている生命力が尽きれば、その時点で延命は出来なくなると言うことです。>

 

 そうか、外から注ぎ込まれる「後天の気」と、生まれつき持っている「先天の気」の両方がないと、人間でもほかの動物でも、正しく生命を維持することはできないんだったね。

「何なのよ! 明日香ちゃん、あなた、一体何なの?!」

「ジョンが悲しんでるよ、私には聞こえる、ジョンはもう寿命だって言ってる。……そんな石野力邪、なにも変える事なんてできないって。」

「うそよそんなの! でたらめよ!」

 

バチィッ!

 

「キュウン。」

 

 ジョン?! 明日香をかばって、盾になったのか? まずい、あの体に気の衝撃波なんて食らったら、それだけで致命的なダメージになりかねない!

 

「ジョン!」

 

 大丈夫か、しっかりしろ! あの水晶、吸い取った生命力をこんなあぶないことに使えるのか?!

 

<その……とおり。この水晶は吸い取った生命力を様々な形で放出できる代物。……許して……やってくだされ、主人は寂しかったのです。いつもひとりぼっちで、……明日香殿、あなたとそのネコ殿のように、私も主人と心を通わせることができたなら、あなたたちを、この桜の木をこんな目にあわせることなど、なかったのかもしれない。私に力が、主人を守る力がないばかりに……。>

「そんなことないよ、ジョン! あなたの声はきっと聞こえる、舞子ちゃんにもきっと聞こえる!」

「ジョン、しっかりして、ジョン! ……わかってた、わかってたけど、どうしよう、私はまたひとりぼっちになっちゃう、また1人ぼっちに……。」

「そんなことないよ! あたしは舞子ちゃんのこと、好きだもん、ジョンのことを一生懸命に考えてあげられる、優しい舞子ちゃん、好きだから……。」

「明日香……ちゃん?」

「……だから、だからひとりぼっちなんて、そんな悲しいこと言わないで!」

 

 ……そうだよ。ジョンの肉体がなくなったって、ジョンが舞子ちゃん、君と過ごしてきた時間まで、なくなる訳じゃないだろ? 生きていたら必ず死ななきゃいけない、だけどジョンの事を舞子ちゃんがずっと忘れなければ、ジョンは君の前からいなくなったりするもんか!

 

<……もう、時間のようだ。……ご主人、あなたと過ごした13年という月日、決してお忘れくださるな。肉体が滅んでも、魂は決して消えない。私はここから、ずっとあなたを見守っております。>

 

 だいぶ息が荒くなってきた、ジョン、しっかりしろ!

 

「ジョン、……ごめん、ごめんね。私、何もできない、最後だって、こうやって抱いてあげることしか、ジョン……!」

<もう苦しまれることはありません。……あなたの悲しみ、寂しさ、……いずれ時が来ればすべて消え、また笑顔になれるはず。私は……ずっとあなたのそばにいます。いつも……ずっと。>

 

パリィン!

 

 水晶が、割れた……?

 

「ジョン!」

<それは、……最早あなたには不要なものだ。私がその力を、冥府まで持って行きましょう……。あなたと……過ごせて、……本当に、楽しかった……。どうぞお元気で、そして、どうか、幸せ……に。>

「……さよなら、ジョン……。」

 

 ……それから昏睡状態に陥ったジョンは、動物病院に運ばれた。翌日早朝、その命は静かな最後を迎えた。

……最後のジョンの言葉は、きっと舞子ちゃんに届いていたと、そう思う。

 

     ***

 

 職場の郵便局からほど近い、中学校の桜の木を、男は静かに見つめていた。季節は5月の半ばも過ぎ、桜の季節にはかなり遅いが、その木には満開の花が咲き誇っていた。通常は葉桜になりがちなものだが、葉はひとつもついて折らず、美しい薄桃色の花びらが、ちらほらと舞い落ちはじめている。まだ数日は、この光景を楽しむことができそうだった。

 

「ふうっ、やっとこの木にも花が咲いたか。一時はどうなることかと思ったが、……まさかこの木が春の妖精の力の源になっているとは、世の中の人は誰も思わないだろうな。」

 

 

 この木がただの桜の木ではないと言うことを、この町の人間は愚か、日本中、世界中の人々も、ほとんど知らないだろう。いや、人間以外の動物を含めても、そんな作り話のような真実を知る者はごくわずかだ。

 

「我と(なんじ)の契約のもとに、春呼ぶ風を眠らせ給え……。」

 

ヒュウッ

 

 男が呪文のような言葉をつぶやくと、桜の木の周辺を一輪の風が吹き抜けた。ただ風が吹いたくらいにしか思われないその意味を、男のほかには誰も知らなかった。

 

「局長~。」

「堀江くん、どうしたんだ? 今日は休みじゃ?」

「咲いたんですね、桜。」

「……ああ、今年ももうすぐ、夏が来る。」

 

~Fin~




※解説
北海道の桜:桜と言えば3月後半から4月のイメージがあると思うが、寒い北海道では札幌基準で、だいたい4月末~5月初めが見頃となる。あまりに寒いと、5月中旬に開花する場合さえある。
葉桜:道央以北で咲く桜は、花と一緒に葉が出てきてしまい色合いが悪い。筆者は毎年桜の写真を撮りに行くのだが、葉の色が混じらないきれいなピンク色に色づいた写真が撮れるのは数年に一度くらいである。
気:東洋医学的思想に基づく概念。人の体だけでなく、天地自然を巡る見えないエネルギーのようなもの。ただし、作中の衝撃波やか○は○波のようなことは通常できず、ファンタジーにおける空想の産物である。赤ん坊として生まれ落ちたときから持ち合わせている根源的な力を「先天の原気」生きていく上で外界から取り入れるエネルギーの総称を「後天の原気」という。
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