護衛艦『はるか』、抜錨せよ   作:FRHDF

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第1章後編です。ジパング、ハイスクール・フリート、どちらのキャラもまだ出て来ません。ご注意ください。


第1章 出港(後編)

1-2.

 

「報告します。一九三八を持って訓練を終了しました」

「予定より、八分の遅れか」

「はっ」

 副長兼航海長の白川二等海佐の報告を聞き、艦長の大町正治一佐は独りごちた。

「先月の一〇分に比べればマシだが、まだ十分とは言えないな。本艦が艦隊の足を引っ張るわけにもいかん。各員に緊張感を持って訓練にあたるよう、よろしく頼む」

「はっ」

 失礼しました、と言って白川が下がると、大町は気づかれないように息をついた。

  イージス護衛艦「はるか」。海上自衛隊最新鋭のミサイル護衛艦。そして、自衛艦初の海外派遣。難しい任務だ。

  大町自身、艦長職を拝命するのははじめてではない。『はるか』と同じミサイル護衛艦を指揮した経験もある。だが、旧式のターター艦とイージス艦では格が違う。しかも初代艦長という栄誉だ。これで何かしら思わない人間はむしろいないだろう。

  唯一の救いは、先任伍長には恵まれたことだろう。先任伍長の白馬一等海曹とは以前にも顔を合わせたことがある。自分達のような艦隊勤務と陸上勤務を交互に繰り返す幹部自衛官とは異なり、彼ら先任伍長は現場一筋。操艦のクセからクルーに至るまでその艦を知り尽くした存在。それが先任伍長だ。味方についてくれるならこれほど頼もしい存在はなく、実際の艦運用も彼らのリコメンドで成り立っているようなものだ。

 しかし、ここで新鋭艦という肩書きが不利になる。新鋭艦である以上、先任伍長も艦については素人も同然。操艦のクセもなにもかも、自分達で探していくしかない。

 現在は個艦訓練中だからいいが、数日後には僚艦と合流する。

『はるか』には、それまでになんとしてでも練度をあげる必要があった。

 大町はあらためて、合流までに練度をあげることを心に刻んだ。

 

 *

 

 出港から四日目。南鳥島沖の海域で、艦隊は再度集結した。

 集結したあとは艦隊での戦術訓練を繰り返しつつ、ハワイの真珠湾米海軍基地を目指す。真珠湾で米海軍と合流し、最終目的地のエクアドル沖を目指す形だ。

 月例予報では航路上の気象も良好。このまま何事もなく、真珠湾に入港できる。

 ……はずだった。

 

 *

 

 ミッドウェー諸島沖東方。『はるか』艦橋。

「艦長、気象士より報告です。ミッドウェー島北西に低気圧あり、気圧965ヘクトパスカル、風速40。なおも勢いを増しつつあると」

 副長からの報告を、大町は艦長席で受けた。

「月例予報にはなかったはずだがな。司令部からはなにもないんだな?」

「はっ、針路は変えないようです」

 旧海軍時代から台風下での公試(海上公試運転の略。艦艇が全ての性能を発揮できるかどうかを確認するための航海のこと)は伝統だ。だが、就役した時期が悪かったせいか『はるか』はいまだにそれを経験していない。となれば、これもいい経験になるだろう。

「よし……時化にそなえる。非直の者も艦内配置につかせろ」

「はっ、全員配置につきます」

「私はこのまま艦橋に残る。副長は戦闘指揮所(CIC)で指揮をとれ。配置の発令は戦闘指揮所(CIC)でかまわない。僚艦との距離を4キロに設定、交信を密にせよ」

「はっ!」

「副長、降りられます!」

 当直の海士が声を張り上げる。白川が艦橋を降りたところで、大町は航海長の木崎三等海佐に声をかけて改めて状況を確認した。

「航海長、現在の速度は?」

「原速(12ノット)で航行中です」

「現在の速度を維持しろ。引き続き、舵は任せる」

「はっ!」

 速度の確認を終えたところで、スピーカーからブザーとともに白川の声が流れ始めた。

『荒天準備部署発動。総員、第1種哨戒配備につけ』

 大町はあらためて前を見た。窓からは前続艦の『ゆきなみ』とともに、積乱雲が視界に入る。

 それは人生の半分近くを護衛艦で過ごしてきて、初めて見た雲だった。

 

 *

 

 船体内部、『はるか』戦闘指揮所(CIC)

「荒天準備部署発動。総員、第1種哨戒配備につけ」

 インカムに言い終えたところで、白川は視界に広がるあまたのディスプレイに視線をやった。

 イージス艦をイージス艦たらしめる対空レーダー(SPY-1)やソナーをはじめとする各種のセンサーから送られてくる情報が、そこにはある。その様相は一般的な船のイメージからはかけはなれており、今日みたいな揺れがなければ船の中にいることを忘れそうになるほどだった。

 護衛艦の中枢が艦橋にあったのは、すでにかなり昔のことだ。戦闘の指揮もなにもかも、ここ戦闘指揮所(CIC)で事足りる。

 艦長によってはいまだに戦闘指揮所(CIC)ではなく艦橋に上がることを尊ぶ者もいるが、白川はそういった人種とは正反対だった

 白川は潮の香りもしない、ともすればオフィスのような空気の漂う戦闘指揮所(CIC)の方が好きだった。今ごろ、艦橋からはうねる波しぶきの合間から前続艦『ゆきなみ』の航海灯が見えるだろう。だが、この戦闘指揮所(CIC)ではそれを画面上の光点として認識する。

 アナログな世界をすべてデジタル化することによって認識する。その何とも言えない感覚を、白川は好んでいた。

 突然、対水上レーダー(OPS-28)を監視していた豊科(とよしな)(あずさ)三等海曹の雰囲気が変わった。改ゆきなみ型と言うべき『はるか』では、護衛艦としては始めて女性居住区が設けられており、数十名ほどの女性自衛官が乗艦している。豊科三等海曹もそうした女性自衛官の1人だった。

 後ろに控えていたベテランの海曹長が問いただす前に、戸惑ったような声が耳に届いた。

対水上レーダー(OPS-28)、後続艦『はるか』を失探(ロスト)

「なに?」

「反射波をとらえられません!」

「どういうことだ!?」

 海曹長が機器に目を走らせ、一拍置いて報告をしてきた。

「間違いありません! 『みらい』の反射波を捉えていません!」

「故障か!?」

「いえ、全て正常に作動中です! 『ゆきなみ』、『あまぎ』ともに探知しています!」

 白川は少し迷い、インカムを手に取った。

戦闘指揮所(CIC)より艦橋へ。対水上レーダーが『みらい』の反射波を捉えられません。『みらい』を失探(ロスト)しました!」

 

 *

 

戦闘指揮所(CIC)より艦橋へ。対水上レーダー(OPS-28)が『みらい』の反射波を捉えられません。『みらい』を失探(ロスト)しました!』

 大町はその報告を聞いた瞬間、なかば反射的にインカムへと言い返した。

「そんな筈は無い。出力最大で探せ。無線はどうだ?」

 一拍おいて、通信士の声がスピーカーから流れ出した。

『ダメです! 応答ありません! 『ゆきなみ』からも呼びかけているようですが、いずれも返信ありません!』

衛星通信(フリーサット)で呼びかけろ」

『……『みらい』からの返信無し! 交信途絶!』

 なぜだ。なぜ交信できない。大町は少し悩んだ末にひとつの策を思いついた。

「『あまぎ』との交信は出来るか?」

『『あまぎ』との交信は可能です』

「『あまぎ』から『みらい』が視認できないか聞いてみろ。急げ!」

  これで『みらい』を視認していると返信があれば、単なる故障ですむ。しかし、事態は最悪をいった。

『『あまぎ』より返信! 『みらい』視認できず。繰り返す、『みらい』視認できず!』

「浮遊物はどうか!?」

 わずか数分前までは《みらい》を確認している。この短時間で基準排水量(軍艦の大きさを表す単位のひとつ。国と年代によってその定義は異なるが、満載状態から燃料と予備水を抜いた状態とされる)7700トン、満載排水量(軍艦の大きさを表す単位の一つ。すべての物品を定数積み込んだ場合の重量)に至っては1万トン近い護衛艦が沈むなどあり得ない。しかし、レーダーの故障でないとすればこれしか可能性はないだろう。

 浮遊物の有無は、『みらい』が沈んだことに基づく確認だった。浮遊物があれば、それは最悪なことに『みらい』が沈没したことを示す証拠になる。そうなれば郡司令から捜索命令が下るだろう。この悪天候での捜索は過酷なものになるが仕方ない。いざそうなった時には1人でも多くの生存者を収容するだけだ。

 生存者収容のための算段をすでに頭の中で組み立て始めたその瞬間、『あまぎ』からの返信が届いた。

『『あまぎ』より返信! 海面上に浮遊物は確認できず!』

「なに!?」

 あり得ない。レーダーからこつぜんと消え、そのうえ痕跡すらないなど、そんなことある筈が無い。

「先行艦『ゆきなみ』へ連絡! 我『みらい』を失探(ロスト)せり、指示をあおぐ!」

 ここまで来ると、これはもはや艦長の職域を越えた。郡司令の判断をあおぎ、艦隊全体で対処に当たるべきだろう。それに、滅多にないことではあるが『はるか』と『あまぎ』の両方のレーダーが故障を起こした可能性もある。『ゆきなみ』だけは『みらい』を探知しているかもしれなかった。だが、

『『ゆきなみ』の反射波を捉えられません! 『ゆきなみ』を失探(ロスト)しました!』

『先行艦『ゆきなみ』との交信不能! 『みらい』依然として応答なし!』

 返ってきたのは悲鳴じみた報告だけだった。

「バカな!?」

 大町は首から下げた双眼鏡を目に当てた。荒れ狂う波頭の向こう、波しぶきの彼方に前続艦『ゆきなみ』の航海灯と、その後ろ姿が見える……はずだった。

「バカな……」

 見えなかった。視界に広がるのは果ての無い大海原のみ。数千億円をかけて作られた鋼鉄の城塞は影も形も無い。一瞬頭が真っ白になりかける。だが、白くなるのは後だ。今は『あまぎ』とだけでも連絡を取り合うしかない。

「『あまぎ』との連絡を密にしろ! 『あまぎ』を見失うな! 航海長、半速(9ノット)へ減速! 『あまぎ』との距離をつめろ!」

「ハッ! 両舷前進はんそーく!」

「『あまぎ』に減速して距離を詰めることを連絡しろ! 急げ!」

「アイサー!」

 艦の速度が落ち、ガスタービンエンジンの吸気音がわずかに弱まる。

 これで『あまぎ』まで見失えば取り返しがつかなくなる。すでに失探(ロスト)した『ゆきなみ』と『みらい』はともかく、所在の確認できる『あまぎ』を失探(ロスト)することはなにがなんでも避けねばならない。

 しかし、現実は非情だった。

『『あまぎ』との交信途絶! 全交信可能域、完全に沈黙!』

『対水上レーダー、全目標を失探(ロスト)! 反射波を確認できません!』

 悲鳴じみた報告が矢継ぎ早に入る。

 落ち着け、艦長の自分が浮ついてどうする。大町は軽く息を吸い、冷静さを取り戻してから指示を出した。

衛星通信(フリーサット)を再度確認せよ」

衛星通信(フリーサット)、軌道上に確認できません!』

衛星通信(フリーサット)アンテナをチェックせよ」

故障(エラー)ではありません! 全艦からの応答がありません!』

「いったいなにが……」

 木崎航海長がつぶやいた瞬間、音と閃光、そして振動が艦をおそった。おそらく落雷だろう。間髪を入れずに戦闘指揮所(CIC)につめた白川副長の声が響く。

『ダメージコントロール! 艦内各部の損傷を報告せよ!』

 ダメージコントロールとは、物理的な攻撃や衝撃を受けた際にその被害を最小限にとどめるための処置のことだ。旧海軍ではこれがおろそかにされていたために多数の艦船を失っており、これが教訓(トラウマ)となって海上自衛隊では非常に重要視されていた。

『電気、油圧、電算機能正常。システムオールグリーン! 艦内各部稼働しています』

 幸いなことに艦に異常はない。

失探(ロスト)した僚艦を全力で探せ」

「か、艦長! 外が……」

 木崎航海長に言われるままに外を見た。そこで大町はようやく気付いた。

 これまであれほど荒れていた海が、すっかり静かになっていることに。

 波も低く、雨風も止んでいる。しかし、視界はあまり良くない。数十メートル先にある艦首すら見えにくい海霧だった。

 まるで舞台装置を切り替えたかのような唐突な変化。いくら何でもおかしすぎる。

「霧中航海部署発動! 対水上見張りを厳となせ!」

 我に返った木崎航海長が指示を下した。発令とともに乗員が慌ただしく動き出す。しかし、その動きは未だどこか浮ついたままだ。

「まったく……なんだと言うんだ……」

 大町は人知れず呟き、僚艦の姿を探して双眼鏡に目を押し当てた。

 

 *

 

 僚艦を見失ってから数時間。手がかりのある浮遊物かと思えば単なる流木、というケースがあるくらいで、未だに僚艦は影も形もない。

「艦長、意見具申します」

 そう言ったのは木崎航海長だった。

「何だ?」

「天候も安定しています。総員配置につかせてから時間もたっていますし、第二種哨戒配備へと引き下げてもよろしいかと」

「具申を許可する」

「はっ」

 木崎はマイクを取り、艦内への伝達を開始した。

「総員、第二種哨戒配備」

 伝達を確認したところで、大町は航海長に指示と連絡をした。

「進路はこのまま、とりあえず真珠湾を目指せ。私は一度艦長室に戻る。艦の指揮は副長に従え。操艦は航海長に任せる」

「はっ」

「状況の変化があればすぐに報告しろ」

「はっ」

 敬礼をして艦橋を降りる。

 海士の「艦長、降りられます!」という声が背中越しに響いた。

 




お待たせしました。いや、待っている人がいるのかははなはだ疑問ですがそこはツッコまないことにしておくとして。
ようやく第1章が終わりました。今更ですが、この分量なら一度に投稿してもよかったかもしれませんね。
ようやく物語も入り口に入ってきた……はずです。第2章以降は肩書きだけ登場のあの方とか、はいふり世界の住民も登場するはずです。ですが、やはり原作のキャラは出てきそうにないんだなこれが。
いつになるか分かりませんが、次回の投稿もお待ちいただければ幸いです。

『2017年7月19日追記』
専門用語に関しての解説の追加、誤字の修正を行いました。
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