星の距離さえ動かせたなら   作:歌うたい

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Re:Play 5『Vega』

「最近。何か楽しい事でもあった?」

 

 

「へ?どうしたの姫神さん、藪から棒に」

 

 

唐突な問い掛けという物は字面通りに不意討ちなもので、口へと運ぼうとしていた低脂肪の油で調理した特製唐揚げを挟んだ箸が、見えない糸にでも止められたのかな、ピタリと静止する。

窺うというよりも、若干愉快そうなニュアンスで弾んだ声は文面でこそ疑問を呈してはいるが、言葉に釣られて視線を移した対面で吹寄制理を眺めている黒真珠に似た奥深い瞳は、どこかある種の確信を抱いている様に細められていて。

 

不意をついて突拍子もない事をよく呟いたりするけれど、直感が優れているというか、妙に鋭いというか、そんな不思議さをこの大和撫子然とした友人は纏っている。

そんな場にそぐわない他人事を頭の隅っこに思い浮かべながら、どういう事なんだろうと、思った事を素直にそのまま言葉として吹寄は紡いだ。

 

 

「何というか……最近の吹寄さん。ふとした時の表情が柔らかかったりするから」

 

 

「そ、そう? 自分ではそんな事はないと思うんだけど……」

 

 

「例えば。朝の挨拶がいつもよりも元気だなって思ったり。授業の時に何かを思い出しながら微笑んでたり」

 

 

「そ、そんな所見てたの……?って、私、そんなに授業中にニヤニヤしてたの!?」

 

 

「ううん。ニヤニヤじゃなくてフフフッて感じ。だから楽しい事でもあったのかなって」

 

 

ドラマのワンシーンとかなら、今にも鳥達が優雅に青空を飛び回ってそうな暢気で平穏な昼下がりの食事時。

向かい合わせで対面に座している、吹寄にとっては不思議で掴み所はないけれど真面目で大人しくて気の置ける友人、姫神秋沙のやけに下地と云うか根拠と云うか、疑問を持った経緯を理路整然に並べられてしまえば否定も出来ない。

 

誤魔化すつもりも後ろめたい事もないのだけれど、授業中に笑みを浮かべていたという一幕を他人から指摘されれば、色気がないだのと言われてる吹寄といえど花の女子高生なのだから、当然頬に羞恥の朱色が混ざる。

だが次第に落ち着いて、授業にしっかりと集中出来ていないという不真面目さにがっくりと落ち込みたくなる辺り、色気と云うよりは可愛げが足りないのだろう。

 

 

「楽しいこと……うーん、別にそこまで特別嬉しいとかそういうのとは違うんだけど、まぁ確かに遣り甲斐がある事が出来たのよね」

 

 

「遣り甲斐……習い事とか? それとも。何か良い出会いでもあったの?」

 

 

新たな習慣になったといえば習い事に近いのかも知れないし、何だか改まって良い出会いと形容するのは気恥ずかしいけれど、ある意味貴重で奇遇な出会いだと言えば否定出来ないから、両方の意味で的を得ている秋沙の直感はやはり鋭い。

はぐらかしてしまうつもりは無いのだけれど、何だか遠回しな口振りが秋沙の興味を惹いたのか、もっと深く窺いたいと、普段は眠たそうにぼんやりとした瞳が珍しく爛々と輝いていて、何だか擽ったい気持ちになりながらも、吹寄はそっと唐揚げを咀嚼した。

 

真っ白な巫女服が似合いそうな濡れ烏羽の深い黒髪が艶やかな友人の聞きたい内容とは、あの無愛想な白髪の少年との出会い、という事になるのだろう。

別に運命だとか仰々しく大袈裟に捉えるつもりは無いけれど、数奇な出会いとやり取りを経て、他人から見れば中々に変な関係に着地してしまったのかも知れない。

それも、後から判明したとはいえあの有名校、長点上機に席を置いている生徒であり、自分にとって尊敬出来る教師という立場にある黄泉川愛穂の同居人であるというプロフィールが、偶数の数奇さをより一層拍車を掛けて演出してしまう。

 

白髪赤目の派手さに、贔屓目無しに眉目秀麗な外見を加えた上、一方通行という実に変わった能力名を名乗っているという、まるでどこかの小説にでも出てきそうな異彩を放っている不思議な少年。

余り能力や自分の事を話したがらない性格なので、深くは尋ねないし、自ずから調べようともするのも気が引けるし、流石に失礼かな、と

 

けれど、話の種にするぐらいは、協力してる分の報酬とさせて貰っても良いだろう。

 

 

 

「えーと、前に私が早朝にランニングしてるって話はしたわよね。その時に偶々知り合った人が、怪我の影響で休学してるらしいのよ」

 

 

「……休学。大変そう」

 

 

「まぁ、確かに大変そうね、杖も付いてたし。でも、そのままじゃいけないからってリハビリしようと考えてたらしくて、ウォーキングなんてどうかって提案したら、ソイツも乗り気になってくれたのよ。だから、どうせなら手伝ってあげようって事になってね」

 

 

「なんだか。恋愛小説の冒頭みたい」

 

 

「れ、恋愛小説って……というか、姫神さんそう言うの好きよね」

 

 

「……うん。これでも女の子だから」

 

 

恋する、という部分が抜けているが、敢えて言葉にはしなかったのかと勘繰るのも今更ナンセンスだが、美しい黒髪と、吹寄ですら憧れを抱いているミス大和撫子と評するに値する淑々とした容姿はどこからどう見ても女の子だろうと。

裂いてほんの少し塩を振り掛けただけのレタスを咀嚼しながら、彼女が恋愛小説に造詣が深い理由を思い巡らせて、嘆息を付きたくなる。

恋もした事もない自分が言うのも何だが、碌でもない男に引っ掛かってしまった友人の涙ぐましい努力に、つくづく勿体無いなと失礼な感想を抱くのは、吹寄にとって秋沙の想い人は情けないと両断するに等しい人物であるからだ。

 

 

しかし、恋愛小説など精々数えるくらいしか読んだ事もないし、恋などまともにした事ない彼女は物語のヒロインに素直に感情移入する事も出来なくて、切ないとか会いたいとか、そんなフレーズに安っぽささえ感じる始末。

当然、一方通行との出会いがそんな色気の感じるモノとは思っていない。

綺麗な人だな、という印象を最初こそ抱いたけれど、寧ろ今では世話の焼ける素直じゃない弟の様な、そんな恋だとか色を感じるモノでもない。

今朝だって気合いを入れてリハビリに励めと吹寄なりのエールを送れば、暑苦しい女だという苦言を戴いたくらいである。

恋とかそういう風に結び付けるには、甘い雰囲気とかドキリとする空気とか、そういうのが欠けてしまっている関係だと彼女は思っていた。

タオルで汗を拭う際に、やたら艶かしい白い首元に少しドキリとしたのだけれど、それは何だか違うような気がすると、吹寄は自己完結しているのだけれど。

 

 

「男の人なの?」

 

 

「えぇ、まぁ……私達より歳は一つ下だけど」

 

 

「一つ下の男の子……休学って言ってたけど。学校はどこなの?」

 

 

「えっと……長点上機」

 

 

「……長点上機。確かかなりのエリート学校だった筈。充分ラブロマンスの可能性は有る」

 

 

「いや、本当、そんなんじゃない、と思うんだけど……」

 

 

珍しくやたらとグイグイ質問をぶつけてくる秋沙に、何だか彼女の言葉を鵜呑みにしてしまいそうな、静かながらにも確かに這い寄る勢いを感じて、苦笑で頬を引き攣らせる。

普段は騒がしいお調子者ばかりで手を焼く事も多いクラスメイト達のざわめきに、何故だか今回ばかりはその騒がしさ加減に救われた気分になってしまうのだから不思議だ、と。

 

別に後ろめたい訳でもないのに、思わず抵抗感を覚えてしまう奇妙な感覚に惑わされてしまいそうになるのは、如何にもなガールズトークを吹寄はあまり経験してないからだろうか、それとも他の何かが作用してか。

けれど、水を得た魚の如く勢いを付ける秋沙は、その気質からして滅多に無いであろう吹寄の、年頃らしい花のある話題を逸らすまいと、若干狼狽している彼女を逃がしはしない。

まだそういう恋だとかに発展しなくとも、この先はどうなるかも分からないのだから。

 

 

「その人の外見は?」

 

 

「えーと……雪みたいに真っ白な髪と、真っ赤な目をしてるわね。あと、物凄く華奢で……多分、ウエストは私以上に細いわよあんにゃろう」

 

 

それは華奢というレベルではないのではとも思いながらも、中々に特徴的な外見だな、と感想を抱く。

ウエストについては秋沙とて吹寄同様、他人事ではなく含む所はあるけれど、一先ず保留としておいて。

 

 

「…………えっと。好きなモノとかは?」

 

 

「んー……ブラックコーヒーがばかり飲んでるらしいわね。後やたら肉ばかり食べてるみたいだから、黄泉川先生に頼んでメニューにも手を加えて貰ったわ」

 

 

「……え。どうして黄泉川先生がそこで出てくるの」

 

 

「あぁ、黄泉川先生と同居してるのよ、ソイツ。何か昔の縁とか何とかで先生が面倒見ることになったらしくて」

 

 

「偶然とは思えないくらい。少し。運命めいた何かを感じるんだけれど」

 

 

偶然知り合った人が知人の同居人であるというのは、とんでもなくレアなケースだとも思うけれど、運命だと断ずるにはまだ弱い。

しかし、占いでもすれば中々に面白い結果が出そうな話でもあり、興味本位で聞いた内容は本当に小説みたく面白い数奇さで繋がっていて、秋沙の黒曜石の瞳が更に爛々と輝きを増していた。

 

そんな大袈裟なと否定してはいるけれど、吹寄とて一方通行が愛穂の同居人だと知った当初は、その偶然に確かな高陽感を抱かざるを得なかったのは事実である。

 

 

「……じゃあ。趣味とか」

 

 

「趣味……」

 

 

「音楽。読書。映画。とかにも好みはあると思うけど」

 

 

「……そういえば、知らないわね。聞いた事もなかった」

 

 

何気ない質問だが、言われてみれば彼自身から趣味趣向を聞いた事はなかったな、と。

周囲の環境や能力などを尋ねた事はあっても、そういったフランクな問い掛けは不思議と聞こうと思わなかったのは何故だろうか、と。

それはきっと、友好的な関係になろうと近寄る度に一方通行から感じる、他人との見えない壁、近付けば近付くだけ遠くへと逃げる敏感な距離感。

無理矢理にでも掬い上げなければ、近付こうと気軽に足音を立てれば逃げてしまう様な臆病な猫を相手に、フランクな問い掛けを心の何処かで抑えでもしていたのか。

 

ブラックコーヒーが好きというのも、肉ばかり食べている不健康な側面も、一方通行の同居人である愛穂が自ずから教えてくれた情報だ。

たまに顔を合わせては近況報告を仕合う、教師と生徒と云うよりは子供の育児で話に花を咲かしている近所の主婦染みた関係になってしまっているが、それはそれで悪くはないけれど。

 

 

「……もう少し。聞いてみても良いと思う。リハビリとかの話ばかりより。そっちの方がその人も気楽になれる筈」

 

 

「……確かに、それもそうね。今度それとなく聞いてみるわ」

 

 

自分から、分かり辛いながらも、照れたり拗ねたり安堵してたりと、中々に反応が面白かったりする一方通行について、もう少し踏み込んでみるのも良いかも知れない。

決して吹寄とて多趣味とは言い難いのだが、秋沙の言う通り、いつまでも健康とリハビリについて話してばかりでは彼とて息が詰まるだろう。

あまりそういう事に興味がなさそうな淡白な性格をしている男ではあるが、案外こういうところに思わぬ発見があったりするのだ。

 

 

「……そういえば。その人の能力は?」

 

 

「えーと、それは聞いてみたけど、内容については答えてくれなかったのよね。能力名で名乗ってるらしいから、多分変わった能力なのかも知れないけれど」

 

 

「能力名が名前。変わってる…………どういう名前?」

 

 

「一方通行。アクセラレータとも読めるらしいわね」

 

 

「……一方通行……? 変わった。名前。でもどこかで聞いた事あるような」

 

 

「……姫神さんも? 私も実は聞き覚えが無い訳じゃないのよ。けど、あまり自分の能力については話したがらないのよね、アイツ」

 

 

「……」

 

 

能力名を名乗る稀有な存在。

自分の能力について語りたがらない。

大星覇祭の優勝校である長点上機の生徒。

教師でありアンチスキルでもある黄泉川愛穂が世話を焼いている対象。

 

何とも如何にもな、訳アリな雰囲気を醸し出すワードの羅列に、秋沙の胸中に仄かな懸念がそっと忍び寄る。

彼女とて実は吸血殺しの能力を持つ原石という稀有な存在であり、魔術という側面にも多少関わってしまった、所謂訳アリの存在だからこそ、何やら色々と不穏な札をぶら下げたその人物に只ならぬ物を感じざるを得ない。

しかし、愛穂の同居人という事は特別危険人物ではないのは間違いないので、流石に警戒とまではいかないが。

 

と、そんな折。

秋沙の僅かな懸念さえも一気に隅へと追いやってしまう人物が現れた。

 

 

「珍しいな、姫神は兎も角、吹寄がまだ弁当を食べ切ってないなんて」

 

 

「……上条くん」

 

 

「貴様こそ珍しいじゃないの、他のデルタフォースの馬鹿二人を連れてないなんて」

 

 

「あぁ、アイツらは食い足りないって購買に行ってる。もう売れ残りしかないってのにねぇ」

 

 

「例え売れ残りでもキチンと作られた食品でしょ。貴様みたいな男がおいそれと馬鹿に出来る代物じゃないわよ、バ上条」

 

 

「相変わらず上条さんには辛辣でございますね……」

 

 

やたらツンツンと奇抜な髪型をしているけれど、それすら好意的に映ってしまうのは惚れた弱味というヤツなのだろう。

少し前まで、時たまボーッとしている事も多くて心配ではあったけれど、週が明けてからはすっかりと元気で陽気な彼に戻ったらしいと、思わず安堵してしまったのは今朝の事。

 

恋する相手を前にして頬を綻ばせる秋沙とは打って変わって、吹寄は平穏な調子だった筈の柔らかい表情をキリリと顰めて形の良い眉を思いきり潜める。

上条当麻に対しては特別辛辣になる彼女を当初は好意の裏返しなのかと危ぶんだモノだが、どうにもそうではないらしい。

吹寄曰く、事あるごとに不幸だと嘆いて改善しないそのだらしなさが腹立たしいらしくて、如何にも堅物な彼女とは反りが合わないようで、妙に納得したものだ。

 

 

「何の話してたんだ?」

 

 

「女同士の会話に首を突っ込むなんて、相変わらず無粋な男ね、貴様は」

 

 

「まぁまぁ。えっとね。つい最近出会ったらしい。吹寄さんの気になってる男の子の話」

 

 

「なっ、ちょ、姫神さん!?」

 

 

「ほほぉ……ついに吹寄にも春が来たか。上条さんもあやかりたいものですなぁ」

 

 

「ぶっ飛ばすぞ、バカミジョウ!ていうか貴様が言うな、この唐変木が!アンタ達も変に興味抱くんじゃない!そういうんじゃないわよ!!」

 

 

姫神の故意にすら思える、明からさまな言葉足らずの言葉に乗っかる当麻の、よりにもよって姫神秋沙の前で抜かすなど言語道断な鈍感な発言は少々ボリュームが大き過ぎたのか、途端にクラス中がざわめく。

何せ鉄壁の女とすら称えられる吹寄制理に春の到来など、お調子者かつ青春真っ只中な生徒達が食い付くには話題性が充分過ぎるというモノ。

 

しかし、当人にそのつもりもないのに騒ぎ立てられるのは堪ったものではないと、当麻には若干本気で殺意を向けながらも否定する吹寄に、なんだ誤解かと素直に肩透かしを食らう者達が半々と、彼女に与えられる制裁が恐くてすごすごと引き下がるしかない者達で半々だった。

 

因みに当麻は前者であり、騒ぎを広げた分の制裁として思いっきり足を踏まれて悲鳴を上げる結末を迎える。

誤解を招く言い方をした秋沙も秋沙だが、春だなんだと大袈裟に捉えてしまった当麻にも致し方ないとはいえ原因があるので、不幸でもあり自業自得でもあるのだが。

しかし、打たれ強くリカバリーも早いこの男は、気を取り直して再び疑問を投げ掛けるのだから、大した者である。

 

 

「……で、その男の子って?」

 

 

「懲りてないのかこの馬鹿は……ったく。最近、色々あってリハビリを手伝う事になった人の事よ」

 

 

「吹寄さん曰く。一つ歳下の白髪紅眼の。とても華奢な男の子なんだって。長点上機に通ってたらしく。今は休学中」

 

 

「……白髪、紅……眼…………華、奢?」

 

 

「……ん? 何、その反応。まぁ確かに変わってるとは思うけれど」

 

 

気軽に問い掛けていた垂れ目が、外見をツラツラと述べていく秋沙のソプラノに釣られてドンドンと見開かれていき、次第には思いきり冷や汗を垂らしながらその瞳を忙しなく泳がせる。

尋ねておいて聞き返す無礼よりも、まるで何かに気付いてしまったかの様な不審な反応は余りにも予想外で、どうしたのかと窺う最中、ふとした既視感を覚える吹寄。

 

そういえば、この空気、このリアクションを、わりと最近……それも、一週間前に体験したような、そんな錯覚。

果たして、それは錯覚などではなく、列記としたデジャヴをなぞらっているのだが。

 

 

「なぁ……もしかして、ソイツ……杖ついてたりしないか?」

 

 

「何で知って……って、まさか貴様もなの!?」

 

 

「え。え……?」

 

 

霧掛かった靄で覆われていた不確かな輪郭が澄み渡って、予感は確信へと綺麗に繋がる。

世間は狭いという格言をここまで身に染みて体感するとは思わなくて驚愕に息を弾ませる吹寄とは対照的に、交友関係だけでいえばある意味世界を股に架けるレベルの有名人である上条当麻としては、意外ではあったが、彼女達ほどの驚きはなかった。

寧ろ当麻にとっての驚くべきポイントは、実はこっそりリハビリをしているという点と、実は歳下だったという点であった。

 

 

「俺もってのは良く分からんが……それにしても意外だな、まさか吹寄があの一方通行のリハビリとはなぁ……というか、アイツ、俺よりも歳下だったのか」

 

 

「……貴様が知り合いというのは確かに意外だったけど、やけに含む言い方ね。どういう事よ」

 

 

「……上条君も。その一方通行君と仲が良いの?」

 

 

驚きは少なかったものの、一方通行と吹寄制理という接点の今一つ見つからない二人の取り合わせはやはり意外である事には間違いない。

ついこの間の休日に、色々と気を遣って貰ったり食糧面での施しを受けたりと、当麻個人としては脚を向けて寝られない大恩がある相手が歳下はどうかは兎も角、陰でリハビリを行っているという事実は、どうにも水臭いなと思えて。

 

けれど、そんな当麻の思考を余所に、彼が無意識ながらも呟いた『あの』一方通行、という言い回しが、吹寄と秋沙には引っ掛かった。

そして、当麻の知らない一方通行の事情に通じてる彼女達が怪訝そうな視線を向ける意味も、彼自身今一つ分からない。

だからこそ、当麻は噛み合わない疑問の歯車を噛み合わせるべく、言葉を尽くした、のだが。

 

 

「仲が良い……って言えたらいいなって思うな、うん。アイツには色々と世話になったし。というか、別に含む言い方なんてしたか、俺?」

 

 

「いや、だって『あの』一方通行って……」

 

 

「……? いや、そりゃあさ――」

 

 

尽くした結果、当人の伏せていた事情まで明らかにしてしまうのだから、流石は不幸の代名詞と言える。

尤も、この場合不幸なのは、他でもない一方通行ということになるのだろうが。

 

 

「あの、学園都市第一位のリハビリを手伝うって、中々に凄い事だと思うだろ、普通」

 

 

「――――え?」

 

 

 

 

――――――

―――――――――――

 

 

 

漢方薬品を主にした独特な匂いは薬品を主に置いている薬局ならではなのだろうが、薬というワードに結び付いた記憶はどれもこれも苦々しいのは、良薬口に苦しとでも皮肉られているのだろうか。

肌に合わないと云うよりも、科学が何かと纏わり付くこの身体が微かな拒否反応を示しているのか、普段以上に厳しい顰めっ面を貼り付けては手に取った風邪薬のパッケージを眺める一方通行の心境は少し穏やかではない。

 

 

「……」

 

 

第七学区に存在するから第七薬局と、何の捻りもない名前の薬局の片隅で、何をつまらない事を考えているのか、と。

音にも成らない嘆息が、カサリと赤、青、黄色の大小異なる球体をプリントされたパッケージの表面をそっと撫で付ける。

先日、あれだけの口を上条当麻に叩いておきながら、こんな些細な事で下らないセンチに浸ってしまう女々しさが怨めしい。

 

学園都市第一位などと大仰なレッテルを掲げておいて、このナイーブさはどうなのだと、自分で自分を嘲笑いたくなるほどで。

しかし、詰まらない感傷の痕をなぞった所で目的はいつまでも果たせないだろうし、余り時間を掛けるのは好ましくない。

 

 

(風邪薬ぐれェストックしとけよ、黄泉川ァ)

 

 

脳裏に浮かぶのは、高熱で頬を真っ赤に上気させた芳川桔梗のぐったりと横たわった姿。

元とは言え妹達の研究に携わっていた者ならば人体の調子は勿論、最低限の体調管理など把握出来そうなモノだが、他人にも自分にも甘いと豪語する彼女は、どうやら病原菌にも甘いらしい。

恒例となったウォーキングを終えて帰宅し、遅めの朝食を手軽に済ませた時にも彼女が起床して来なかったのを不思議に思えれば良かったのだが、彼含む他二人の大小のミサカからすれば常日頃だらけてばかりのニートまっしぐらの同居人が昼まで寝てる事などザラだったので、特に意に介さなかったし、わざわざ起こそうとも思わなかった。

 

 

その上、昼食を外で済ませると決めて、彼女を番外個体が呼びに行った際にも、眠気眼でボーッとしながらも置いて行っていいと答えたらしく、呆れながらも置いて行ってしまったのも、発覚を遅らせてしまって。

帰宅して、午後二時を迎えた頃、流石に妙だと思った打ち止めがもう一度桔梗を起こしに行った事で、漸く桔梗が体調を崩していると気付けたのだ。

 

 

「……」

 

 

無気力はいつもの芳川桔梗と言えるのだが、頬を染めて汗を流しながら咳き込んでいる様子に直ぐ様、能力を使用して変調を解析してみれば、風邪を引いて熱に晒されているだけと理解して、無意識の内に零れた安堵の溜め息を目敏く見付ける辺り、病人といえど彼女は油断出来ない。

熱を纏ったほっそりとした掌を一方通行の頬へ寄せて、心配してくれるの、と宣う辺りやはり優しくはない女だ、と。

 

らしくもなく慌てふためく打ち止めと、柄にもなく責任を感じてショボくれている番外個体に、着替えと氷枕の用意と、多めの発汗に対して渇いたタオルと濡れたタオルを準備させ、簡単に対処の仕方を指示。

メディカルボックスを探っても咳止め薬ぐらいしか残ってなかったので、桔梗の容態を逐一メールで報せるようにとだけ告げて、一方通行は一人薬局まで高熱に効能のある薬を求めて来たのが経緯である。

 

 

(……嘔吐、下痢の症状は無し、か)

 

 

パッケージの効能と製品の配合元を眺める傍らで、打ち止めから送られるメールに記された桔梗の容態を確認して、嘔吐等の症状が無いことから、やはりただの高熱であると再確認して、安堵の息をつく。

一方通行のベクトル変換を応用すれば簡単に治療は出来るのだろうが、只の人間である桔梗に能力を用いるのは少し憚られたし、桔梗自身もそこまでしなくても良いんだと微笑みながらそっと拒んでいた。

 

となれば、さっさと薬を購入して、帰り際にスーパーによって熱に効く食材でも買い込むか、と。

手に持っていた薬品を籠へと放って、高い棚の上段にある漢方の葛根湯へと手を伸ばした際に、ふとやたらぷるぷると震えた小さな手が此方へと伸びて。

意識を削がれて隣を見やれば、身長が低い為か高棚の上段に届かないのか、耳を真っ赤にしながら爪先立ちで手を伸ばしているちんまりとしたツインテールの少女が居た。

 

 

「っくぅ、あっ、と、少しで……す……の……」

 

 

「……」

 

 

顔を俯かせながら限界までゴムを引っ張る如く身体を伸ばしている為に、小刻みに揺れる二房に括った朱混じりの明るい茶髪が、買い物籠を握る一方通行の右手に当たって鬱陶しい。

脚立を使えば良いだろうに、余程急いでいるのか、それとも必死なのかはさておいて、ここまで一杯いっぱいな形相なので恐らくは一方通行の事など意識の外なのだろう、と。

頭の隅でぼんやりと他人事みたく考えているのが宜しく無かったのか、どうやら限界を迎えた少女は足を滑らせて、雪崩のように一方通行へと倒れかかって来た。

 

 

「……ぁ、っ!?」

 

 

「――」

 

 

しかし、そのまま買い物籠の中へと顔から突っ込んで来そうな彼女へ向けて身体を反転させ、棚へと伸ばしていた掌で少女の腕を掴んで転ばせる事は何とか防げたが、慣性までは殺しきれず、少女の顔はそのまま一方通行の薄い胸元で受け止める他無かった。

 

 

「……へ?」

 

 

どうにか籠の中身を飛ばしてしまう惨事は免れたのだが、当の少女は必死さの余り細まっていた視界がグラリと傾いたかと思えば、ポスンとした緩い衝撃と共に少しゴツゴツとした堅い感触、そして視界は黒一色に染まってしまえば、何が起きたのか分からず彼女の中の時が止まる。

 

理解出来ない状況に呆気に取られて暫しそのままの態勢で入れば、額越しに伝わる微かな鼓動と、値の張りそうな柔らかい布の感触と、薬品独特の匂いに混ざってほんのりと香る洗剤の匂い。

徐々に冷静さを取り戻した少女の脳裏に霞む、嫌な予感。

例えば、彼女が敬愛する電撃姫に制裁を食らう直前に味わう様な、寒気。

 

 

「……いつまでそォしてンだ、ツインテール」

 

 

 

鼓膜を撫で付ける低いテノールに含まれた微かな怒気にびくりと背筋を震えながら、ギギギと機械仕掛けの錻人形染みた鈍い動作で、恐る恐る少女が顔を上げれば。

いつまでも貼り付いたままの自分に向けられる細やかな怒りと、多大な呆れがブレンドされた奥深い紅の瞳と視線がぶつかって、漸く異性の胸に顔を預けた状態である事を知覚して。

 

 

「――――!?!?」

 

 

声にもならない声を出しながら少女は錯乱した様子で一方通行から身体を離した拍子に尻餅を着きながら、成熟した林檎もかくやと言わんばかりに顔色を面白い程真っ赤に染め上げながら、小刻みに震えている。

 

対して一方通行からしてみれば横槍を挟まれた挙げ句倒れ込まれそうになった所を助けてやっただけで、熊にでも遭遇したのこと思える程の狼狽っぷりを見せる少女の反応を怪訝そうに思っては居たものの、見覚えの有り過ぎる少女の制服と、右腕に巻き付かれた深緑の腕章にふと気付くと、厄介な事になったと額に手を添えながら深い溜め息を付いた。

 

 

(コイツ、常盤台の……しかも風紀委員か)

 

 

常盤台女子中学校といえば、学園都市でも非常に有名な名門校でありシンプルな色合いの制服を見れば、一方通行にとっては深い因縁と過去の罪悪を意識せざるを得ない。

右腕に通した腕章は風紀委員と云う警備員とは別態勢の警察的組織の一員である証であり、その敷居の高い試験をクリアしたという証でもあるので、未だに尻餅を着いたまま此方を見上げている少女は相当に優秀と言えるのだろうが。

本音を言えば色々と関わり合いに成りたくは無い理由が山積みな相手だが、原因が分からずとも尻餅を付くほどに狼狽させた儘と云うのも拙い気がするので、仕方なしに買い物籠一旦置いて杖をついたまま、もう一方の手を風紀委員の少女の目下へと差し伸べた。

 

 

――

―――

 

 

 

「ぁ、ありがとうございますですの……」

 

 

「……ン」

 

 

白井黒子、常盤台中学一年生、風紀委員所属のレベル4の空間移動能力者。

好きなモノは敬愛するお姉様こと御坂美琴と着心地の良い下着という中々に業の深いプロフィールを持つ彼女とはいえ、異性に対しての恥じらいが無い訳ではない。

部下や先輩、当のお姉様本人にすら変態だの百合だのと罵られても否定出来ない所業の数々があったとはいえ、それは一概に同姓趣味であるのではなく、お姉様という人格に惚れ込んでいる故の情愛なので、白井黒子は別に女を捨てている訳ではないのである。

 

同年代と比べて異性に対する興味が薄いのは事実ではあるのだが、性的興味が一切無いと云う訳ではない。

挙げ句異性に対しての免疫等、精々が他の男性風紀委員との会話ぐらいしか無いので、男の胸元に顔面から突っ込んでしまった事に未だに動揺をしていても致し方ないと言えた。

 

無言の儘に差し伸べられた骨張った細長い白い男の手を掴んで立ち上がり、埃の着いたスカートを払う事も忘れて何とか御礼の言葉を繋ぎ合わせている黒子の殊勝な姿など、そう御目に掛かれる機会などなく、彼女の奇怪な行動に常々頭を抱えている同じ風紀委員の同僚ならば、そのまま迷わず眼科医に駆け込んでいただろう。

 

 

「あの、先程は失礼致しましたの……急いでいたとはいえ、とんだご迷惑を……」

 

 

「……オイ」

 

 

黒子にとって敬愛するお姉様が風に倒れてしまった為に冷静さを欠かせながらも、薬局へを薬品を求めにテレポートしてやって来たとはいえ、見ず知らずの、それも杖付いている点から障害を抱えている男性に迷惑を掛けてしまった事を自覚すれば、流石に彼女とて頭が冷える。

世界有数の御嬢様学校に通うだけはあり、御姉様の前でも無ければ存外に淑女として振る舞おうとして務めている黒子としては、反省の意味も込めて粛々と頭を下げるしかない。

 

 

「これであってンのか」

 

 

 

しかし、謝罪の意を紡いでいる黒子の言葉を遮った低いテノールに頭を上げれば、白髪紅眼の特徴的な男性に、目前にひょいと薬品が差し出されて。

その薬品は、冷静さを失っていた黒子が精一杯腕を伸ばして手にしようとしていた葛根湯で、以前彼女の後輩である初春飾利が熱に魘されてる際に、飾利の友人である佐天涙子が購入していた薬品で、効能はお墨付きであった為に黒子が求めていた訳なのだが。

 

 

「――ぁ……はい。その、ありがとう、ございますですの……」

 

 

恥ずかしいやら、申し訳ないやら、薬局に来た当初とは異なる意味で切羽つまってしまい、つい目を逸らしながら御礼を紡ぐので精一杯である。

礼を尽くす時は相手の目を見るのは対人関係に置いて基本とはいえ、故意では無いとはいえ流石に胸に飛び込んでしまった異性を意識するなというのは幾ら黒子と云えど難しい。

 

ましてや、先程の密着状態から彼の顔を間近で見上げてしまったのも相当に拙かった。

雪を映した様な白髪と、深い真紅の瞳を持つ少年の白貌は贔屓目に見ても非常に整っていて、柄にもなくポカンと見惚れてしまうのは、年頃の少女であるのならば致し方ないだろう。

 

 

 

(し、しっかりなさい白井黒子!こんな失態を重ねたままでは、御姉様に顔向け出来ませんの!)

 

 

 

けれど、幾ら羞恥を誤魔化し切れないとはいえ、流石に迷惑を掛けた上にお目当ての商品を取って貰った相手に、いつまでも無礼な態度を取ることなど、淑女足らんとする黒子自身の矜持に関わるだろう。

それならば常に淑女っぽくしなさいと当の御姉様に指摘されそうなものだが、取り敢えずは気を取り直してと、深く深呼吸。

せめてもう一度だけでもしっかりと目を見て謝罪を、と決意を固めて乱れた佇まいを直し、意気込みのままに対面の男に視線を定めて――

 

 

「……へ?」

 

 

ほんの一瞬、気を落ち着かせている間に居なくなってしまったのか、慌てて店内を見回してみれば、彼は既にレジで会計をしている途中であり、黒子の事など既に意識の範疇に外しているらしい細い背中に、黒子は呆気に取られてしまう。

別に彼に非がないのは当然であるし、迷惑を一方的に掛けておいて何を言える立場ではない事も承知してはいるのだが、肩透かしというか、せめて何かもう一言ぐらい声を掛けてくれてもと思ってしまうのは間違いだろうか、と。

 

 

呆然とする黒子を一瞥する事もなく会計を済ませ、そのままゆっくりと店外へと出て行ってしまった白貌の背中を見送ってしまった彼女は、ハッと我を取り戻して急いで手に持ったままの葛根湯をレジへと持って行き、早々に会計を済ませて店の外へと彼を追い掛ける。

ほんのりと果ての方は徐々に微かな橙が差し込んでいる空の下、キョロキョロと彼方此方へと忙しなくあの細い背中を探して。

 

 

(――居ない。そんな……)

 

 

殆ど時間を掛けてない筈なのに、既に何処にも見当たらない背中に、何故だか凄く落胆してしまう。

せめてもう一言だけでも良いから、確りと御礼が言いたかったと、先程に呆気に取られてしまったが故の無情さに小さく溜め息を付いて。

 

 

「…………」

 

 

仕方ない、と割り切って。

風邪で魘されているだろう御坂美琴の元へと急ごうとテレポートの演算を行おうとする意識の片隅で。

 

 

差し出された葛根湯を受け取る際に見えてしまった、幽かに和らいでいた細い目尻と、ふっと綻んだ薄い唇を乗せた、小さな苦笑を浮かべた白貌の優し気な表情。

脳裏に焼き付いたあの表情が陽炎の様に、浮かんでは、沈んでいって。

差し出された腕を掴んだ時の、自分の手とは違う、ゴツゴツと骨張った指の感触がやけに鮮明に思い出せて。

 

 

――顔が、熱い。

 

 

テレポートの演算に集中出来ない。

一刻も早く美琴の元へと向かわないといけないのに、鼓動が忙しない。

 

 

――いつまでそォしてンだ、ツインテール。

 

 

耳の鼓膜に反響し続けるテノールの呆れ声。

顔を預けた際の、固い感触と微かな鼓動が意識すまいと務めても勝手にリフレインされる感覚に、顔が熱くなって仕方がない。

まだ肌寒い冬だと言うのに、汗すら浮かべてしまっている自分の変調に戸惑いを覚えながら、白井黒子は暫く御坂美琴の待つ寮へと戻れないまま佇んでいるしかなかった。

 

 

 

脳裏に繰り返される光景に、何だかやきもきとしながら。

 

 

 

 

 

 

『Vega』________『落ちた鷲』






Vega:ベガ

こと座α星 (α Lyr)

スペクトル型:A0Ⅴa

距離:25光年

輝き:0.03等星 全天第五位

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