星の距離さえ動かせたなら   作:歌うたい

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Re:Play 9『Betelgeuse』

壊れかけのカンテラの火種が未熟な蕾の光暈の頼りなさは、荒廃気味に埃が舞うバーカウンターのカウンターチェアが軋ませる音の鈍さを助長する。

後ろめたさを浮き彫りにし、お似合いだとせせら嗤う一面と、微睡みを誘う優雅で健気な一面が酷く矛盾して、その不様が鏡みたいに照らすから、気に入らない。

 

蝋燭の灯火を囲む硝子の檻をつまらなそうに爪先で弾けば、銀猫の心の表面上、浅い所だけを適当に掬うにはお似合いな軽薄な笑みを『文字通り』貼り付けた道化が背凭れに片手を添えながら言葉を選んだ。

 

「時代遅れの代物と笑いますか?」

 

「ンな拘りねェよ。まァ、古臭ェと云うよりオマエの胡散臭さを助長してンなァとは思うがよ」

 

「それはそも、魔術師なんてのは総じてそういうものですよ。まぁ、我々から見ればスイッチ1つで摩訶不思議を行える貴方の方がよっぽどそう見えるんですが」

 

「与太話をしに来た訳じゃねェってのは分かってンだろォな」

 

「それは勿論。ただ、解せませんね。グループ全員なら兎も角、何故僕だけなんです?」

 

「クカカ、分かってンだろ。オマエなら」

 

「えぇ、僕だけをご指名であるなら魔術か、御坂さん関連。そこに貴方が関わる話となれば、妹達の事でしょうね」

 

ある程度憶測はついていたと語る割には、間延びした言葉尻にいつもの飄々とした余裕が見受けられないのが少しばかり引っ掛かるが、直ぐに霧散する。

海原光貴、もといエツァリと一度だけ彼を慕う少女に呼ばれていた男が、どこまで掴んでいるのかなんて駆け引きをする必要性も浮かばない。

どちらにせよ、こと御坂美琴に関わる事であるならば、彼は妥協もしなければ協力も惜しまない、そういう男なのだ。

 

「話が早いな。用件は1つ──妹達を普通の人間に戻す為にオマエの力を借りる」

 

「────普通の、ですか。それは、また……しかし、借りたいではなく、借りるというのも貴方らしいですね」

 

「ハッ……惚れた女の為になるンなら、断らねェだろ、オマエ」

 

「……良く言いますよ、全く。一万弱の普通の妹がいきなり増える事のどこが御坂さんの為になるというのやら──ですが、まぁ確かに、それが可能ならば御坂さんはきっと喜んでしまうんでしょうね。困った御人です」

 

グラスを傾けながらであれば、如何にも実る兆しの欠片も見えない恋慕を酒に溶かす風情が出来上がるのであろうが、生憎埃の積もるウィスキーケースには1つとして瓶も並んでいない。

仮に在ったとしても、同伴として席を並べる目の前の、欠陥だらけ科学の頂点とは気兼ねなく臆病さをさらけ出せる間柄でもないけれど。

 

やれやれと気障を装うエツァリを然も聞き流す様にカンテラの灯火へと逸らされた白色の薄い唇が、やがて彼の脳裏に広げられた主目的に至るアプローチを紐解いていく。

淡々と紡ぐテノールの響きに紛れて、硝子の四方に囲まれた火種石が優しく弾ける金音(かなおと)がやけに鼓膜の裏側まで残っていた。

 

 

──

 

 

「話の大筋は見えて来ましたが、いまいちピンと来ないのはやはり魔術側の限界なのでしょうかね。弄ったものを元に戻すくらい、この科学の街ならば容易い事だとも思えますが」

 

「結んだ糸をほどくのとは訳が違ェンだ。オマエら風に表現するなら、元に戻すンじゃなく、新しく生まれ変わらせる方が近ェよ」

 

「……成る程、新しく生まれ変わらせる、ですか。科学によって狂わされた無垢な存在を正道へ戻すとは聞こえが良いですが、それはそれで実に背神的ですね」

 

「正しいか悪いかなンてどォでも良い。神サマとやらがお怒りってンなら、腹立てンのが遅すぎンだってその目出度ェ頭ふン掴まえて泥塗れにしてやるまでだ」

 

「イカれた科学の権化である貴方ならば図になりますね、実に畏れ多い事だ。サタンにでもなるつもりですか?」

 

「今更過ぎンだよ。宗教裁判なら他所でやれ。俺が今オマエから聞きてェ判決は、協力するか、しねェか、だ」

 

「それこそ今更です。自分は断らないだろうと言い切ったのは一方通行でしょう」

 

カンテラの中の蝋燭がその短命さに裏付いた仄かさで我が身の質量を削る仕草は、線香花火に重ねるものに酷く似ている。

儘ならない命、その不条理を覆す為にと動き出した少年の、差し出されない右手が幽かに悴む理由が、単なる肌寒さなんかじゃない事くらい、エツァリには理解出来ていた。

 

 

「それで、貴方は僕にどう動いて欲しいんです?」

 

「……妹達に関わる副次実験が今も行われているかの調査。俺が持ってる情報の範囲じゃァ今ンとこ無ェ筈なンだが、イカれたこの街だ……こそこそと企ンでるヤツが居ねェとも限らねェ」

 

「……虱み潰しに探せと? あるかどうかも分からないものを? はは、こき使ってくれますね」

 

「グループの活動も無ェ今なら、どォせ暇だろォが」

 

「御坂さんを見守るという重大な使命があるので暇ではありませんが」

 

「キメェンだよストーカーが。で、だ。もう1つ……『五行機関』について、探ってくれ」

 

「……虚数学区、と言われている例の曰く付きですか。また随分な難題を吹っ掛けてくれましたね、都市伝説の様なモノでしょう、それ。正直、僕一人で追うには荷が重すぎますよ」

 

「さして成果が出なくとも問題ねェよ。オマエの立ち位置は有事の際、身軽に動ける人員ってのが主だ」

 

「……保険、という事ですか。貴方にしては慎重な事だ。まぁ、良いでしょう。のんびりとやらして貰いますよ──皆で」

 

「……あァ?」

 

聞き捨てをみすみす逃す様に含ませたエツァリの言葉に、感情を抑え込んだ淡白さを帯びた紅い瞳が、怪訝そうに鋭く尖る。

揶揄かいを押し混ぜた口元が分かり易く弧を上げれば、ヒュッとした風切り音と共に、彼にとっては懐かしい顔が、二つ並んで。

 

「久しぶりだな、一方通行」

 

「全く、秘密の談合にしてももう少し場所を選びなさいよね。辛気臭いったらないわ、此処」

 

「……ンだ、オマエら。『同窓会』を開いた覚えはねェぞ」

 

「開いたとして、素直に集まる面子でもないでしょう。特に固辞しそうな貴方に言われては、形無しです」

 

土御門元春、結標淡希。

かつて一方通行が所属していた暗部組織の面々とこうして顔を合わせるのは、第三次世界大戦終結後の一度以降となり、有に三ヶ月以上の期間の末となる。

懐かしいと感じるよりも、どうして此処にと眉を潜める辺り、暗部らしいドライな関係性が浮き彫りとなるが、そんな事は今更どうでも良い。

 

問題は、元春と淡希が如何にもなタイミングでこの場に座標移動で現れたという点。

示し合わせた様な間の良さから、どう考えてもエツァリに打ち明けた内容の大半を聞かれてしまったのだと伺えて。

僅かに抱いた警戒から、細い首に巻かれたチョーカーにひっそりと伸ばした一方通行の動きを静止したのは、胡散臭いアロハシャツとサングラスの男、元春だった。

 

「そう逸るな、一方通行。今回は素直に、お前を手伝うつもりで来ただけだ」

 

「……素直ねェ? 馴れ合いなンざ御免だってのがオマエの口癖だったろォが、土御門クゥン?」

 

「確かに。だが、それはあくまで暗部での頃の話だ。何処かの誰かがあっさりと暗部を解体してくれた今、そのルールを押し付けるのも不躾だろう」

 

「……ハッ、胡散臭ェ」

 

「ま、別に信用はしてくれなくても良いけど。心配しなくても私の場合、ちゃんと打算があっての参加だから」

 

「ほォ。わざわざ守りてェもン放っぽってまでか。クソガキども囲ってハーレム楽しンでなくて良いのかよ、ショタコン」

 

「誰がショタコンよ。ほんっと、憎たらしいわねこの貧弱モヤシが」

 

「ん、打算? それは初耳だな、結標。確か、借りっぱなしが性に合わないからって理由じゃなかったか」

 

「っ、性に合わない、じゃなくて。気持ち悪いだけよ! コイツに一方的に助けられるなんて、なんだか屈辱極まりないじゃない」

 

「知るかよ、こちとら助けたつもりすらねェっての。勝手に救われた気分に浸られる方が気持ち悪ィンですけどォ?」

 

「おい、俺は別に馴れ合っても構わないなんて言ったつもりはないぞ。二人とも、無駄話はそこまでにしておけ」

 

 

顔を見合わせるなりやたら喧嘩腰な二人に、ある意味相変わらずで何よりと皮肉めいた笑みを浮かべるが、喧嘩しようが和気藹々としようが、どちらにせよ迷惑極まりない。

これもコミュニケーションでは、と耳打つエツァリの口元にはニンマリとした軽薄な笑みが貼り付いていて、彼もまた変わりないようでと、肩を竦める元春の背中の何と侘しいことか。

 

各々、内に秘めるものに微かな違いはあれど、やるべき事はそう変わらない。

暗部としての枠組みに囚われていた頃も、黒鉄の檻から開放された後でも、そこは変わりようがないという事実が、どこかほろ苦い。

まるでウィスキーの後味みたくジワリと広がる癖に、熱だけが忘れ去られた様な現実が、如何にも彼らグループらしいとも言えた。

 

 

──

 

 

「取り敢えず、各々でやるべき事は纏まったな」

 

「えぇ。しかし──五行機関ですか……さてはて。一体どんな闇が待っているんですかね」

 

「さぁ、知らないわよ。まぁ、きっとろくでもない様な事でしょ、この学園都市に関わる機関であるのなら、ね」

 

五行機関……または、虚数学区。

闇より暗い漆黒のベールに包まれた、学園都市の深淵とも思わしき存在について調査する根拠は、かつて一方通行の黒翼すら通用しなかった、妹達に関わるあの超常的な存在へと着想を繋げたからだ。

妹達をただの普通の人間に戻すのならば、ミサカネットワークを切除する必要性も生まれ、であるのなら……エイワスについても懸念しておかなければならない。

 

だからこそ、研究と平行して、エイワスに繋がりそうな要項である五行機関というブラックボックスについて、ある程度は把握しておきたい。

 

 

──エツァリは、ショチトルという存在と、彼にとってはあらゆるモノの中での第一優先である御坂美琴の為に。

 

──結標淡希は、口振りこそ素っ気ないながらも、暗部という鎖から人質である子供達を開放してくれた事への、つまりは恩返しの為に。

 

そして──土御門元春は、土御門舞夏の為に。

義理の妹である彼女を、あらゆる障害から守る為に。

第一位である一方通行に恩を売っておくという、打算と、彼にしては珍しい──ちょっとした好奇心を胸に。

 

 

だからこそ、各学区の調査と経過報告についての段取りまで細部を詰めて、今日の所はこれで解散という空気の中で。

土御門元春は、気怠そうにカウンターのマットチェストから立ち上がる白貌の少年を呼び止めた。

 

 

「……一方通行、お前に話がある」

 

 

 

───

 

 

───

 

 

 

液晶画面一杯に広がった、淡白ながらも了承と書かれた返信を手持ち無沙汰に眺めれば、不思議と自然と、頬が吊り上がってしまう事を吹寄制理は自覚していた。

 

多分、断られはしないだろう。

そんな不明瞭に尽きた奇妙な自信が何処から沸いたのか。

 

けれども、シンプルに用件だけを綴った文面を見流して、メッセージの送信ボタンを押した親指は、透明な手応えを感じさせて。

 

多分、アイツは断らない。

 

 

「……大丈夫、よね?」

 

 

日中たっぷりと日乾ししたやわらかな枕に顔を埋めながら呟いた台詞は、文脈だけ見れば実に不安に駆られていそうなものだけれど。

最近少しずつ独り言が多くなった主人の口元が、不安など微塵も感じでいやしない証明代わりに、緩やかな弧を描いている事を、吹寄に前触れもなくキスを落とされた青縞模様の枕カバーだけが知っている。

 

パタリパタリ。

透明なキャンバスに90度の放物線を爪の先で描くのは、浮かれ調子の少女の程好く肉付いた、けれどほっそりとして、健康的な色香を魅せる両足。

 

彼女自身自覚もなく、弾む心に合わせて何かしらの未来予想図を描く足は、まるで機嫌良さ気にゆれる猫の尻尾みたいにユラユラと。

 

 

「……恋愛映画なんて、見てる感じしないけど」

 

 

愛用している通販サイトのキャンペーンに参加した特典として抽選で入手出来たのは、最近公開したばかりのラブロマンス映画のチケット二枚。

彼女にとっては上位三枠の健康グッズとは比べものにならない残念賞が郵送された当初は、友人である姫神秋沙にこれでも使って上条当麻を誘ってしまえと押し付けたのだが。

 

寧ろ逆に一方通行と二人で行ってみればと、普段は大人しい彼女にしては少し興奮した面持ちで切り返されて。

何故かどぎまぎとしながらも、それでもあっさり引き下がって、秋沙の言った通りにメールで一方通行を誘ってみれば。

 

 

──しつこくされそうなのも嫌だし、しょうがないから付き合ってやる。

 

 

不思議と勝算はあったけども、確信に近い自信はあったけれども。

それでも、彼女の想定通りの返事に口元がむず痒くなって、身体を巡る血液の流れがやたら早くなったような気さえした。

 

別に驚いた訳でもないのに携帯電話を軽くベッドの上に放り投げて、何故か無性に叫びたくなる情感を圧し殺す様に枕へと顔を押し付けた。

 

あれは何だったのだろうか。

 

小学生の頃、ついうっかり教師の事をお母さんと呼んでしまって、クラスの皆に笑われてしまった事を不意に思い出す時も似たような行動を取ったこともあった。

 

でも、何か違う。

決定的な要素が違う気がする。

方程式を解くのに、どこからともなく√を持って来てしまったような、根本的な相違。

 

そう、違う。

 

違う、という気持ち。

一方通行だから、違うんだと思うんだろうか。

 

吹寄にとって──『違う』と形容するならば、まず一番に浮かぶ人物といえば、彼だからか。

 

 

「第一位、か……」

 

宙に投げ掛けた呟きが、目に見えないシャボン玉のように浮いて浮いて、立ち上って、(カラ)に溶ける。

 

あの日、休憩地点と定めた公園で彼自身の桜唇で語られた、彼の肩書き。

学園都市第一位、科学の街の頂点に座る絶対的存在。

そして、その名に纏わる不評悪評のエトセトラ。

その一つや二つくらい吹寄とて聞いた事は勿論あったけども、実際に彼と接してみれば、全然違うように思えて。

 

 

傍若無人、確かにそういう印象は少しはあるかも知れない。

口振りや不遜な態度。

時折浮かべるドライアイスの氷点を敷き詰めた冷たい眼差しを、ウインドウミラーやアスファルトに出来た水溜まりに向けている横顔は、確かに常人には持ち合わせれない様な鋭利を携えているけども。

 

 

でも──そうじゃない、と思うのだ、いつも。

 

 

浮かんでは、アクリルの香りだけを残して消える、幾つもの泡沫。

ほんの少しの衝撃で割れてしまう程度の脆い虹色のベールに包まれた、思い浮かべた彼の顔。

 

呆れ顔、つまらそうな顔、疲れた顔、沈んだ顔、照れた顔。

何かに染まることを恐れるような白い彼方は、けれど単一色では描ききれない、色んな絵を描いている。

 

 

自分よりも一つ下の癖に、気取ったような仕草ばかりで大人ぶって、それが彼の取り回し慣れた処世術の様に思えた事を、悲しいと感じた理由を彼女は知らない。

自分とそう変わらない年齢の癖に、まるで痕跡すら遺さず消えて無くなりたいと、そんな老衰した思考を灯した様なワインレッドが気に入らなかった。

 

 

「……どうせなら、アクション映画の方が好みなんだけれど」

 

 

きびきびと動く彼女にしては珍しく悠漫とした動作で起き上がり、規則正しく教材を並べた勉強机に置かれたチケットを手繰り寄せた。

『私メリーさん、47日後に逢いに行きます』と流動的な筆記体で綴られた表面を、白基調の彩色部屋のシーリングライトに翳せば、ペラペラと波打つ硬い紙が揺れる。

 

夜空を模した紙舞台に、ポツポツと小さな小さなビーズみたいな星が雨音のように散らばったイラストが、モノラルな光の反射に晒されて、ポケットサイズのプラネタリウムを浮かばせて。

色気のない女と揶揄かわれる事も少なくない自分が、最近評判のラブロマンスを、アイツと一緒に。

 

ポツリと呟いた本音の筈の言葉がやけに軽くて、嘘っぽい。

何だか、笑えた。

 

 

 

 

『Betelgeuse』__『オリオンの脇の下』

 





Betelgeuse:ベテルギウス

オリオン座α星 (α Ori)

スペクトル型:M1-2Ⅰa-Ⅰab

距離:500光年

輝き:0.40等星 全天第九位


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