星の距離さえ動かせたなら   作:歌うたい

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Track1________影絵
一節『十人十色、星もまた』


 

陽射しの強さを憂うのは、夏だけで良い。

肌を切りつける様な寒さは、冬だけで充分だ。

兎に角、季節にはそれぞれ伴った気温があり、そういう認識を持って生きている人間にとっては、予想外の気温というモノは厄介に感じるモノだ。

 

機嫌をもたげた晴天の空が急に降らせる狐雨や、温暖化に伴って異常気温を叩き出す都会の夏もまた然り。

そんな真夏日の雨は、清少納言といえどいとおかし等と暢気に詠える訳がない。

川神学園、新学年の新学期 。

その初日は例年に比べて幾分か冷えており、暑さよりも寒さに弱い一方通行としては心持ちの下がる1日のスタートと云えた。

 

「ンで、良く風邪ひかねェよなオマエ。あれか、寺籠りの成果って奴なンですかァ?」

 

「ツルツルだもんねー! ハーゲハーゲ!」

 

「ユキは黙ってなさい。てか一方通行、俺は寺籠りなんてしてないの分かってて言ってるよな? そんなに頭ジロジロ見ながら敢えて避けるくらいなら、いっそ一思いに言えよ」

 

「うるせェよ。ただでさえクソ寒ィのに、見るだけで寒くなる頭しやがって。さっさと生やせ、一年中冬景色なモン見せられて、こっちは迷惑してンだよ」

 

「相変わらず、寒さには弱いようですね。こうなるのを見越してカイロを用意しているのですが、どうです? 宜しければ、ひとつ」

 

「くれ」

 

時刻は8時を差し掛かる頃、会社務めのサラリーマンは電車に揺られ、学生服を纏った少年少女達がそれぞれに通う学園へと向かう頃。

少しばかりの喧騒を背に、花を散らして尚、趣きのある桜木を横切る四つの影。

その1つである白い影は、少し気障な、しかしそれが良く似合う整った顔立ちをした少年――葵冬馬から手渡された使い捨てカイロを受け取ると、無言で加熱作業を敢行する。

白い影、一方通行に謂れのない罵倒を受けていた背高なスキンヘッドの少年――井上準は、あっさりと流されてしまった状況に、こういった役回りに馴れているのか、やれやれと溜め息を落とした。

一方通行と一緒になって準をからかっていた少女――榊原小雪は、気分屋なのかぼんやりと空を見上げていた。

 

吐息ほど白く染まることはないが、細長い指先でカイロを揺する一方通行と、その隣で変わらず視点を空へと定めたままの小雪の姿は、端から見れば兄妹なのかと思えてしまうほどに類似している。

互いに白の長髪に、紅い瞳。

小雪に関しては女性らしいプロポーションがハッキリと性別を判断させるが、一方通行の身体付きや顔立ちは、どちらかと言えば中性的。

服装を変えた二人の後ろ姿で違いを見分けるなら、背丈の違いか黒いヘアゴムで括っている一方通行の髪型、程度しかない。

 

「ボクにも貸して、いっつー」

 

「……」

 

薄曇掛かり気味な空から視点を隣へと移した小雪は、ホクホクとした面持ちで暖を取っていた一方通行に満面の笑みを浮かべながら、決め細やかな肌をした両手を差し出した。

いっつーと、愛称にしては杜撰な呼称で喚ばれていながらも、まるで妹の我が儘を仕方無く聞く兄のような面持ちで、小雪の顔めがけてそっとカイロを投げた。

 

「わぷっ」

 

「5分経ったら返せよ…………寒ィ」

 

ぽさっと乾いた音を鳴らして鼻で受け止めることとなった小雪は、手渡さずわざわざ投げて寄越した一方通行に無言の抗議を送るが、白い横顔はどこ吹く風で此方を見ない。

しっかりと時間設定まで設けてながらも、学生服のポケットに手を突っ込む事で寒さを凌ぐ辺り、なんだか変な処で律儀なのも変わらないと、準と冬馬は後を振り返ることなく笑った。

 

――こうなると思って、実はもう1つ用意しているんですけど、ね。

 

 

一年ともなれば、其れなりに付き合いも長くなる。

なればこそ、葵冬馬にとってはこの程度のことを予測するのは容易い。

けれど、用意もしており且つ必要となる場面であっても、敢えて黙っておこう、と。

振り返らなくとも、律儀に寒さを我慢している一方通行に珍しく気を遣った小雪が、うぇーいという奇妙な掛け声と共に、充分に暖かくなったカイロを一方通行に押し付ける光景まで浮かんで。

また一つ、葵冬馬の目尻が柔らかくなる。

 

 

「全く、若も人が悪い」

 

 

無論、井上準にかけては四人組のなかで一際、理解が深い。

となれば、冬馬が笑みを抑えている理由にもとっくに見当が付いており、微笑ましいからというのも分かるけれど、一方通行にちゃんと隠して欲しいものだと苦笑を一つ。

それでもやはり一方通行に余分にあるカイロの存在を教えないのは、微笑ましいと思っているのは彼もまた、なのだからだろう。

 

 

「準、貴方もですよ」

 

 

まだ5分経ってねェだろ、いーからいーから、そんなやり取りが後ろから聞こえてきて。

冬馬と準は顔を見合せて、笑みをより深く彩った。

薄曇りな淡い空の下、学園まで後20分。

久々の登校時間、もう少しのんびりと行こう。

 

心持ち緩くなった歩速に答えるように、冬馬のポケットのなかで乾いた音がカラカラと響いた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

築何年経っているのかは分からないが、新築同様と往かないまでも小綺麗で清潔な教室というのは気分が良い。

新学期毎に清掃業者を雇い行き届いた清掃を行っているのは、キャンパス事業の宣伝効果にも繋がる為に、力を入れているというのも頷ける。

そもそも一方通行達の通う川神学園では、意欲活発な生徒が多くイベント行事も普遍的な学校と比べて頻繁に用意されており規模も多い。

学園全体で総掛かりなイベントもざるなので、必然的に清掃活動には気を遣っているのだと、食事の席で『だから苦労も多い』と半ば愚痴っぽく小島梅子より聴かされてはいたが。

 

仄かに香るワックスの匂いを少し懐かしいと思えるぐらいには、自分も『学生らしい学園生活』を送ることに『違和感』を感じなくなっているらしい。

それはそれで皮肉な事だが、と瞬きを一つ置き去りにして、一方通行は前学期の際に使用していた窓際の席へと歩み寄り、机の上へと学生鞄を置いた。

次いで、白いチョークの粉塵一切も見当たらない黒板の上に立て掛けられた丸時計を見て、時か分、始業式が始まるまで随分と余裕がある。

登校の道中、なんだか普段より輪にかけてゆったりとしたペースになっていた男子両名を怪訝に思ったものだったが、結局時間が余ってしまったことには変わらない。

 

 

登校組の面々と駄弁って時間を潰すのも考えたが、葵冬馬はクラス内の女子とトークと洒落混んでおり、井上準は目当ての人物と感動の再会をと隣の教室に突撃していったので割合、榊原小雪は今更冬眠の準備でもする気なのか、彼の後ろの席でマシュマロを栗鼠のように頬張っていた。

時折、おはようと声を掛けてくるクラスメイトに気の抜けた挨拶を返しながら、ぼんやりと教室を見渡してみれば、流石は成績優秀な生徒の集まるSクラス、既に大半の生徒が登校している。

一方通行としては利発的に早目の登校をしている訳ではないので、ご苦労なコトだと若干呆れながらもこういうブレない処は評価していた。

 

 

「って、何時までも無視するのは止めるのじゃ! さっきから意図的に視界から外しよって、南坂や小田原には挨拶返すのに、何故此方をスルーする!? そんなに此方との再会は取るに足らぬと!?」

 

「あァ、割と」

 

「むっきゃぁぁぁぁぁ! 雑な上にそこだけ返事するでない!」

 

ブレないといえば、コイツもそォなンだが、と。

ヒステリック気味に腕をブンブンと振り回しながら涙目で抗議する目の前の着物を纏った少女を見て、ハッキリと面倒臭いといった表情に顔をしかめる一方通行は、なかなかに容赦がない。

あまりに上下に腕を振るものだから、桜柄の刺繍が鮮やかな着物の袖は捲れて、線の細いながらに白く柔らかな二の腕まで見えてしまい、然り気無く彼女を盗み見る男子生徒もチラホラと。

けれど思春期特有の邪な視線などまるで気付かない着物姿の彼女は、相変わらずさも適当に自分を扱う目下の少年に対する抗議で一杯一杯だった。

 

「えぇい、いい加減此方を丁重に扱うという事をせぬか!この不死川 心に対しての狼藉、昨年にも増して度し難いのじゃ!」

 

「昨年から替わらず季節感のねェ、振り袖をファッションと勘違いしてやがるオマエに敬意なンざ無いに決まってンだろ。折角の上物も台無しなンだよ」

 

最早こういったやり取りをするのも何度目になるのか、一方通行の凄まじい記憶力をもってしても分からない。というか、真面目に思い返すのも馬鹿馬鹿しい。

不死川 心、余程振り袖に愛着でも沸いているのか、入学以来、彼女が学生服を着て登校してきた事は今までに一度もなかった。

ファッションセンスどころか季節感もなく、学生服ばかりの生徒達の中で唯一着物となれば、それは非常に浮くものだ。

 

別段、他人のファッションにまで口を出すような一方通行ではなかったが、これは幾らなんでも限度があるだろうという事で、かつて心と口論にまで発展した。

といっても目付きは鋭く真っ赤な瞳といった、客観的に見れば多少は怖じ気づく形相をした彼に見据えられて全く反論出来なかった彼女としては、口論というには余りに一方的なダメ出しであったが。

それに加え、不死川 心という人間は生まれ育った環境の所為もあって、家柄で人間としての価値を定めてしまう高飛車な面が強く、一方通行の容赦の無さに拍車を掛けた一因にもなっていたりする。

 

「えと、お、おはよう不死川さん……と、い、一方通行くん……」

 

 

「ン……あァ、十河か」

 

 

そんな折、彼女と彼の不毛なやり取りに割って入るクラスメイトの姿を見て、心は思わず目を丸くする。

どこか過剰なほど緊張気味に声を震わせる大人し目な少女の名前を、一方通行の口から聞いて、あぁそういえば、とやっと一致するほどに心は彼女のことを知らなかったが、どうやら目下の少年はそうではないらしい。

とある企業の社長の娘だとか、精々がその程度の認識しか残ってなかったので、彼女にとってはピンと来なかったのだろう。

 

それに、どうやら十河と呼ばれたクラスメイトにとって用があるのは、一方通行の方らしい。

控えめな彼女にはどこか似合うクリーム色のミニバッグをなかなか膨らみのある胸元に抱えながら、顔を赤くしながらも椅子に腰掛ける一方通行の隣へと歩み寄った。

 

 

「あ、あの……一方通行くん、CD有り難う。私クラシックしか聴いたこと、なかったから、その……とっても、良かった。また、何かオススメのあったら、かっ、貸してね」

 

 

「ン……探しとく」

 

 

「あ、ありがと……これ、中にCD入ってるから。え、えぇと……こ、これもそのまま使ってくれて良いからっ!」

 

 

「……そォか、有り難く受け取っとく」

 

 

それじゃ、とミニバッグごと一方通行に手渡してから、十河は半分ダッシュする勢いでそそくさと教室の入口側にある席へと着いた。

不死川 心にとってはあまりに急な展開だったので、つい惚けながらも視線は耳まで真っ赤にしたまま席へと戻ったクラスメイトに固定されたまま。

少し間を開けて、彼女の前の席であり恐らくは十河の友人であろう女生徒にニヤニヤとした面持ちで声を掛けられ、十河が分かり易いくらいに顔を赤らめながらも可愛らしくはにかんだ処で、耳に届いたガサガサとした不協和音に漸く心は我に返った。

 

 

「……わざわざ包装し直さなくても良いだろォに、律儀なヤツ」

 

 

何故だか居たたまれなくなって慌てた様子で視点を元の位置に戻せば、新品同様、ショップの店頭にそのまま並んでても違和感ないほどに開封前の状態になっているCDケースを片手に、少し困惑した様子の一方通行がわざとらしく溜め息を落とした。

『Nickel back』というアーティスト名が記されたCDジャケットを見ても、不死川 心にはそれが一方通行が気にいっている海外アーティストのアルバムということも、そもそもそれがアーティスト名だという事すら分からない。

パカリと口の開いた学生鞄に彼女から受け取ったクリーム色のミニバッグを丁寧に積み込みながら、案外丈夫なもンだな、買い物の時にでも使うかァと宣う白い顔が僅かに綻んだのを見て、少女は内心穏やかではいられなくなった。

 

不死川 心には、気の置ける友人が居ない。

過剰な傲慢、高飛車な性格が主な原因ではあるけれど、それを多少ながら自覚していても自分というモノを曲げることが出来ないのが、彼女の抱える重いジレンマであるし、密かな悩みでもある。

 

 

「ぐぬぬぬぬ……」

 

 

「目の前で唸るな、うざってェ」

 

 

思わず年頃の乙女には凡そ相応しくない呻き声が小粒な唇からこぼれ落ちる。

彼の机に顎をついては苦渋に満ちた表情で声にならない嫉妬を送る心を、口では冷たく罵る癖に面白いモノを見るような、細まる視線と伸ばされる白い手。

幼子をあやす大人のように、ポンポンと柔らかく叩かれる感触が、気恥ずかしいながらもどうしてか抵抗出来ない。

言葉を取れば突き放すように、けれど行動には見え隠れする優しさがちらついて。

 

だから、気に要らないけど、不死川 心はいつも期待してしまう。

言葉の冷たさと不明瞭な優しさ、そのどちらを信じれば良いのか。

もし、その不明瞭な優しさを信じていれば、いつか。

この男は、自分の友達になってくれるのではないかと期待して。

 

 

「子供扱いはやめるのじゃ!」

 

 

「心配しなくとも子供扱いはしてねェよ、馬鹿として扱ってる」

 

 

「むきぃぃぃぃぃ!」

 

 

彼方此方、形のない水のように。

定まることの出来ないでいる自分を、両手で掬いとって、上唇で弄ぶ。

いつか飲み干してくれるのか、そんな淡い期待を抱いたのはいつからだったか。

 

 

「フハハハハハハァ!!待たせたな、庶民共。 遅れながらも我、降臨であるッ!」

 

 

「流石です、英雄様!」

 

 

途端に喧騒に包まれる教室の空気に、やれやれと一方通行は辟易とした面持ちで肩を竦める。

目下でいつもの様に拗ね始めた我が儘な少女の慰め役の方が、いっそ楽かと思えるような台風の目の登場に、例の如く溜め息。

緩衝材を望むべくSクラスでは九鬼英雄のストッパー役を公認されている葵冬馬の助力を請おうにも、どうやら先程のCDのやり取りの一部始終をちゃっかりと盗み見ていたらしく、実にイイ笑顔で十河の方を見てはしきりに頷いているので、期待は出来ない。

新学期といっても、結局パターンは変わらないという事らしいと、一方通行は思わず額を抑えるのだった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「あ、ども」

 

 

「……直江か」

 

 

例年の如く行われる始業式と担任である宇佐美巨人の気だるげなホームルームを終えた一方通行は、珍しく誰も隣に居ない直江大和と遭遇した。

遭遇したというよりは、大和の方が彼を待っていたという方が正しいのかも知れない。

どこか年下然とした甘い顔立ちの少年に、交渉の場とは名ばかりの愚痴会場である屋上で鉢合わせることは、三学期の頃では珍しくなかったのだから。

無論、一方通行とのリベンジマッチのセッティングを命じられた彼が自ら此処に呼び出す事もあったが、どちらかといえば、今回のように鉢合わせる方が多い。

大和の方としては、もしかしたら来るかも、程度の心持ちではあったが。

 

 

「どうやら、今日は姉さんの来襲はなかったみたいだな」

 

 

「はン、顔を見れば分かるってか。そンだけの苦労を負って来た事の証明にもなりそォで、嬉しくて涙が出てくンよ」

 

 

「……ほんと、苦労人だな」

 

 

「オマエに言われる度、実感が余計に乗っかって来る」

 

 

ほんと、御愁傷様。

風の良く通る屋上のフェンスに肘を立てながら苦笑する大和に、それは此方の台詞でもあると言いたげに肩を竦めた一方通行の仕草は、成る程、確かに絵になるものだ。

美人顔はこれだから得だよ、と内心でプチ嫉妬を軽く抱きながらも、当人にはさほど自覚というものがないのだろうと、大和はこれまでの一方通行との会話で得た情報を基に分析した彼の人物像からして、そう当たりを付けた。

 

川神学園の生徒達の間で良く使われる、『エレガントチンク』という単語がある。

簡単に説明するなら、川神学園を代表する五人の美男子、つまりはイケメンということらしい。

年に一度、川神学園に所属する全女生徒が集結し、選挙投票と全く同じ手順で、各自一枚だけの白紙にこれぞ美男子、イケメンと思われる人物のネームを記して投票するというシステムである。

そして集計結果より上位五名が川神学園全女生徒公認イケメンのポジションを得られるという、川神学園らしい無駄にスケールを拡げた、且つ大半の男子生徒を敵に回すようなイベントの全容を知った時の何ともいえない一方通行の顔は、今でも忘れられない。

 

そう、直江大和の目下の少年もまた、そのエレガントチンクに堂々参列を果たしている。

そして恐らく彼は知らないだろうが、誰に似たのか何だかんだで面倒見が良い節がある彼のことを慕う年下然とした女生徒の間から、『兄にしたい男ランキング、ナンバー1』などという彼が聞いたら羞恥のあまり首を吊りかねない不名誉な称号を受け取っていた。

大和のクラスメイトであり同じくエレガントチンクの一員である源忠勝と並べては、川神学園の二大ツンデレと揶揄されているのも、最初にそれを言い始めたのが大和だという事も、当然一方通行には伝わっていない。

前者はともかく後者の事が彼の耳に入れば、武神を倒した唯一の男、まず大和は無事ではすまないのは分かりきっているので、それだけは全身全霊で隠し通す所存である。

 

 

「いきなりなんだけどさ、一つお願いしても良いか?」

 

 

身から出た錆の鋭さを思い出し、問い質された訳でもないのに肝が冷えたのを誤魔化すように、大和は早速と云わんばかりに本題を切り出す。

本来、こういった単刀直入な姿勢を得意とする彼ではなかったが、一方通行という相手に対し変に遠回りした所で、煮え切らなさに怪訝さを抱かれて不必要な警戒をされる事は身を以て知っていた。

そういった大和の心情を知ってか知らずか、一方通行は面白そうに口角を吊り上げながら腕を

組み、軽く頷くだけで次を促す。

どうやら、少なくとも川神百代の件では無いらしい。

となれば、Sクラスの誰かか、自分の同居人である小島梅子に関してか。

 

 

「実は明日、ウチのクラスに転校生が来るらしいんだよ」

 

 

「ほォ……」

 

 

少し白々しく笑う大和の口から出た言葉は、一方通行も聞き覚えがない。

教師は思っている以上に大変なモノだと半ば愚痴関連の話は梅子と良くするのだが、公私混同のラインを明確にしているのか、自分の受け持つクラスの事は彼女はあまり話そうとはしないのだ

ならばこそ、小島梅子が受け持つ2-Fに転校生が来るという情報を伏せていたのもいつもの事なのだろう。

さて、であれば彼の言う本題がおおよそ掴めてきた一方通行は、直江大和のお願いとやらを実行出来るかどうかを判断し、まぁ可能ではあると当たりを決めた。

相変わらず祭囃しの好きな連中だ、ウチのクラスの奴らが蔑視しながら愚痴を溢すところまで容易に想像出来て、溜め息。

 

 

「で、なんだけど。その転校生について小島先生にそれとなく聞いて貰えないか? 報酬も用意するぞ」

 

 

「まァ、ンな事だと思ったぜ。報酬は食券か?」

 

 

恐らく、その転校生とやらで何かやるのだろうが、大方トトカルチョといった辺りか。

詳しい内容や目的も話してないのに、大体の全体図を把握したであろう一方通行の頭の回転の速さに、仲間内から軍師と呼ばれている大和でさえ、思わず肩を竦める。

彼が何も聞かないというコトは、最初から興味が無いか、聞くまでもなくなったということ。

 

 

当初こそ転校生と聞いて、大和が見た中ではなかなかに食い付きの良い反応を見せていた一方通行が、最初から興味がなかったというのは考え難い。

となれば、後者。僅かな時間の中で仮説を組み立て、それを基に把握さえも終えてしまっているのだ。

本当に、死ぬほど相手にしたくないな、と。

細くなるルビーの瞳に言い知れぬ畏怖を振り払うように、大和は頭を振った。

 

 

「あぁ、十五枚でどうだろう?」

 

 

「奮発するじゃねェか、盛況って訳かい」

 

 

「まぁ、な。 それじゃあ分かり次第、連絡頼むよ」

 

 

「あィよ」

 

 

一方通行の協力を得られた事に確かな手応えを感じた大和は、笑みを浮かべながら一つ頷く。

一方通行の予想通り、転校生を利用して一儲けをする腹積もりなのである。

内容は、転校生は男か、女か。

二者択一なだけに分かり易いし、金も絡んでいるとなれば、ちょっとした情報に投資側は食い付き易い。

だからこそ、自分達はより正確な結果を知っておかねばならない。

今回のトトカルチョ発案者である風間翔一からは転校生は女であるという情報を得ていたが、如何せん情報源がハッキリとしないので、あと一押しが欲しいところだった。

 

 

そこで今回、一方通行に小島梅子から確かな情報を確保して貰う様に依頼したのである。

一応、大和自身でも聞き出してみたのだが、秘密だ、と可愛らしいウインクまで戴いて誤魔化された。

微妙にぎこちなく似合っていないながらも、ついときめいてしまったのはご愛嬌。

一方通行の協力も得られた訳なので、後は細かなレート配分の計算でもしながら連絡を待つだけ。

最後に軽く一礼して、直江大和は屋上を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

茜はまだ遠く、昼下がり。

バタンと閉じた扉の音に目を細め、フェンス越しにまだ蒼い空を見据える。

女性と見間違えるような長い睫毛が柔らかく震えて、瞬きと共に紅が咲いた。

 

 

「転校生、ねェ……」

 

 

はっきりとしたテノールは、少し眠気が混ざったように心無しか、甘い。

悪い姿勢をとっていたからか、硬くなった身体を解すように、首骨を鳴らす。

ゆらりゆらりと、踊る白く長い髪。

光沢放つほど色抜けたポニーテールがひょこひょこ揺れて、どこか気紛れな猫を彷彿とさせた。

 

猫にも虫の知らせがあるのだろうか、ふとそんな事を思い付く。

地震の前触れや災厄には殊更敏感な生き物だという逸話もある、あながち無いとも言い切れないだろう。

寧ろ気儘に生きてる猫だ、直感は強いのかも知れない。

 

 

――あまり、良い予感がしない。

 

 

転校生、そう直江大和の口から聞いてからというもの、どうにも落ち着かない。

悪い予感を知らせる様に理由もなくざわつく心、猫になった訳でもあるまいし。

ならば、ただの気の所為なのだろうか。

そうであれば杞憂で済むが、そうでなければ面倒だな、と。

 

悪い予感、どちらかといえばそうなのだと思うのに。

何故だか、それほど悪い気がしないのは、どうしてか。

 

 

顎を上向きに、白い影が蒼穹を睨む。

 

何もないところを見詰める猫のように。

 

挑戦的に光る紅の瞳は、閉じられない。

 

 

 

 

 

 

 

まだ遠く離れた空の下から

 

届いた、懐かしい硝煙の匂いに

 

白い猫の瞳が、細まる

 

 

 

 

 

 

 

『十人十色、星もまた』--end.


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