「夕立、夕立っぽい!」
「こっち、早く!」
ようやく見えてきたバス停の隣の小さな屋根に2人で駆け込んだ。
簡素なベンチをトタン板で覆って小さな明かりを吊るしただけの、待合室と呼ぶには少しばかり寂しい場所。
提督に頼まれて2人で買い物に出かけて、帰りに突然と降り出した雨。
トートバッグの中から先ほど買ったばかりのタオルを取り出して、自分の髪を拭きながらこれからどうしようかと考えた。
「鎮守府までバス通ってたらいいのにね」
「そうね、」
残念なことにここが鎮守府から1番近いバス停。たしか鎮守府まで歩いて20分と少し。
鎮守府内の機密漏洩を防ぐためにそこまでバスは通っていない。らしい。
私達が簡単に買い物に行けるあたりうちの提督さんは馬鹿なのか、それとも私達を信用してくれているのか。
2人だけなら、このまま雨の中を歩いたって良かった。夕立は喜ぶだろう。
私も気にしないのだが、ベンチに置いた2つのトートバッグの中身が問題だった。
鎮守府を出るときに天気予報を見てこなかったのは失敗だ。
「夕立、いつ止むかわかる?」
「…えっとね、……もうちょっと。」
そっか。
私はトートバッグの隣に腰を下ろした。
夕立は迷っていたけどちょっとしたら戻ってくると言って雨の中へ。
私達につけられた名前は船のもの。でも船につけられた夕立は雨の名前。
蒸し暑い夏の夕方に降った雨は彼女の心を駆り立てる。何に、という訳ではないがどうしようもなく楽しくなってしまうらしい。
聞こえ出した夕立の歌声につられて、数小節分だけ重ねて口にした。
『雨が降り、私は笑う。冷たさの中で。君の名前の中で。』
曲の名前は知らない。夕立が歌っているのを聞いていつのまにか覚えてしまった。
『雨に覆い隠された雫。もう会えない君の中で。』
静かに目を閉じると、トタン板に打ち付ける雫の音とは別に、夕立の声は頭の中に入ってくる。
『ずっと好きだったよ。初めからずっと。』
ばらばらばら。がらんがらん。
『君のもとにも、私が降って、夕立が降って、』
悲しい歌。だけどどこかで同じ気持ちを感じたことがあるような。
『君にこの言葉を届けられるように』
夕立が生み出す音だけが私を支配する。
『君の隣にいれますように』
胸の奥で何かがじりじりと焦げる。今まで聞いててもこんなことはなかったのに。
『君の中で願えば叶うと思うの。君にしか叶えられない願いが。』
眠気とは違う、無気力さにも似た感覚と、それから溢れ出る焦燥感。
『死んでしまった君。ずっと、好きだったよ』
体を締め付けるような重み。
夕立の歌が終わっても、私は動くことができない。
雨に支配されてしまった。
ばらばらばら、がらんがらん。
ぱしゃん。
「好きだよ、村雨。ずっと、死ぬまで」
ざあ、ざあ、
じゃぶ、
「いつまでも隣にいるから。ずっと隣にいてね」
ぽちゃん。
さらさら
ガタン、と大きな音がして私の意識は現実に浮き上がる。
目を開くと目の前にいた夕立に手を掴まれて、ベンチから立ち上がる。
手を引かれるまま、雨の中に踏み出した。
肌に触れた雫は温かいような気がした。
夕立の香りが鼻をくすぐる。
今目の前にある笑顔は、開いた紫陽花のように可憐で。
数年前に言われた言葉は、昨日のことのように思い出せた。
その少し前から抱いている想いはずっと胸の中に。
「村雨、大好き!」
「夕立、大好きよ」
私の心はもうずっと、夕立に囚われている。
夕立の心は、きっと私の中に。
唇を重ね合わせた。
村立双子百合は尊い。ただあんまりうまくかけない。
根本は同じで、違うけどそっくりで、同じことで悩んで一緒に幸せになる2人が好きです。