「白露、食べ過ぎじゃないのか?」
「えーいいじゃん、せっかくの雛祭りなんだし!」
白い皿に山のように盛られた桜餅。白露はそれを素手で掴んで、葉っぱごと口に入れていく。
この細い体の、一体どこに入っているのだろうか。明らかに今まで減った山の量と白露のお腹のサイズは一致しない。
「ほら、提督ももっと食べなよ!」
机を挟んで正面に座っている白露が、お皿をずずっと俺の方に近づける。桜餅。嫌いではないんだけど。白露に勧められて片手の指の数以上に味わうと、作ってくれた方には申し訳ないが、飽きる。
戸惑っていると白露が、また山の上に手を伸ばした。
「太るぞ」
「う……き、今日だけだから!」
「そう言って、昨日もお菓子食べてたよな」
「あ…でもほら、もう作ってもらっちゃったし、捨てるのもったいないから!」
一度は止めた手は、ゆるゆると動き出して山の一角をまた崩した。
ピンク色の塊は彼女の前歯に挟まれて形を変える。
「んー♡美味しい!」
もっちゃもっちゃと咀嚼すると、残った半分を口に投げ込んだ。
桜餅のカロリーは1つでおよそ100だとか150だとからしい。
すでに10数個、体の中に入っているので1000kcalは超えているのだろう。
こいついっつもこんなに食ってるのになんで太らないんだよ。
机で隠れて見えないけど、肉がつきすぎていない太もも。しっかり括れた腰から上。
胸のサイズがそれほどでもないってことは脂肪がそこについてるってわけでもないんだろうけど。
「……何か変なこと考えてるでしょ……えい、」
不意に白露が手にしたピンク色を口の中に押し込んできた。
桜の香りが口の中に広がる。
「どう?美味しい?」
「……ああ。」
美味しい以外に答えようがないというのに。
彼女は笑顔の形に目を細めた。
「そういえばさ、雛人形しまうのが遅れると行き遅れる、っていうじゃん」
「なんだよ急に」
「提督が毎年3月の末までしまってないのって…もしかして私たちとの誰ともケッコンしたくないから?」
「…そんなわけないだろう」
「いひひー…ごめん。いじわるだったね。今の、」
白露の作っていた笑顔が少しだけ剥がれ落ちて、目の中に悲しみが浮かぶ。
「……。」
「……今すぐ決められることじゃないってわかっててもね、…待ってるのね、ちょっと辛いんだ」
数日前。
俺は白露から、好きです、と言われた。
1人の女として。貴方を愛しています。と。
返事は、つい先延ばしにしてしまった。
申し訳ないとは思ったが。準備ができていなかったのだ。
今、ポケットの中に忍ばせている小さな輪っかの準備が。
この程度で悲しませるのなら、早く答えた方が良かったのかと、今更ながらに後悔した。
「白露、」
「…なあに、提督」
「ごめんな」
ああしくじった。後悔したまま口を開いたからこれだ。
彼女の目の中の悲しみが、一気に密度を増した。
もう、これ以上悲しませないために。
言葉より先に白露の左手を、掴んだ。
おしぼりで軽く拭った後。ポケットの中身の四角い箱を取り出した。
中身の小さく輝く指輪を。彼女の指に嵌めた。
「待たせて、ごめんな」
「ーーもうっ、もうっ!すっごく怖かったんだから、バカっ!」
白露は左手の甲で涙を拭うと、右手で新しい桜餅を掴んで俺に押し付けてきた。
2、3と渡してから、次は自分の口の中に1つ丸ごと押し込む。胸に使えていた物がなくなったのか、乱雑に口を動かして飲み込んでから、すぐに次を口に運んだ。
「ほらっ、早く食べないと…お嫁さん太っちゃうよ!」
新しい幸せを目の端から零しながら、白露は笑った。
白露が美味しそうに食べるのにつられて、俺も1つ口の中に投げ込む。
せっかくの、最上級の花嫁が太るのは癪だ。うん。だからだ。
白露に負けじと桜餅に手を伸ばしたのは、彼女の笑顔を見ながら食べる餅が美味しいからでは、ない。