艦これ短編   作:天城修慧/雨晴恋歌

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ツイッターにあげたのをちゃんと文章に書き直ししたやーつ

白露型家族シリーズの時雨父さんと海風母さんには何の関係もありません。
時雨棒シリーズとも関係ないです


時雨くんと海風ちゃん

僕は、生まれた時からほかの『時雨』と違った。

 

艦娘のことは、僕達がどういうものであって、どういう風に造られているのかすらよくわかっていない。

 

システムにバグがあったのか、はたまた妖精さんのきまぐれなのかはわからない。

 

どちらにしろ、この姿で生まれてしまった以上、治すことはできない。これで生まれてしまった以上、このまま生きて行くしかない。

 

幸い、艦娘としての機能である艤装も十全に扱えたし、生きていくのに致命的な問題でもなかった。むしろ生き物としてならおかしくはない事なんだんだろう。

 

僕は、女じゃなかった。…付いてる。

 

 

 

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「はじめまして、ですね。時雨ねえ…兄さん」

 

「うん。…よろしく、海風」

 

僕はちょうど同時に鎮守府に配属された海風と同室になった。提督は僕の体のことを配慮して部屋割りを弄ろうとしてくれていたらしいけど、部屋数の関係でどうしても誰かと同じ部屋になってしまうらしい。

 

海風の了承は一応取ってあると言っていた。

 

「…できれば、姉さんで頼めるかな。……あんまり広めないようにって提督に言われてるし、人格は今のところ普通の女の子なんだ」

 

「はい…姉さん」

 

それから2人の私物の整理をした。……といっても生まれてすぐにここに来ているから、支給されたスマートフォンに似た端末だったり、指定されている制服、下着以外にはほとんど物がないんだけれど。

 

提督は、数日間は仕事はないので街に行っていろいろ、海風と一緒に気に入ったものを買ってくると良いと言っていた。そのためのお金…お札を束でぽんと渡してくれたりも。

 

「海風、明日は」

 

「はい。…多分姉さんと同じです。…提督から、ですよね」

 

「うん…一緒に行ってくれるかい?」

 

「はい。…喜んで」

 

 

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鎮守府から歩いて10分のバス停からバスに乗って、揺られながらもう10分。それで街の中心にある大型のショッピングモールに着く。

 

そこで色々と買い物をすることになった。

 

2人で行っているとはいえ、公共の交通機関を利用するし、持てる量にも限りがあるので、あらかじめ部屋で相談していた物、部屋の窓に吊るす水色のカーテンと、水さし、急須と、小さめの本棚と、面白そうな本をいくつか。あとは、その場で見て欲しいものがあったら考えようということになった。

 

石鹸だとか文房具とか、コップやお茶の葉っぱやコーヒーだとか、明石さんの所で買えた物が多かったし、家具は備え付けの物があるので、意外と外で買わなければいけないというものは少なかった。

 

予定通りに買い物を進めていって、途中で枕カバーやハンカチをいくつか買って、本棚は思ったより高かったので代わりに100円ショップで本が入るサイズのプラスチックケースをいくつか買って、最後に、ショッピングモールの一角にある大きめの書店に入る。

 

「先にここにくればよかったね」

 

「そうですね。…ちょっぴり荷物が邪魔で…」

 

「…大きいのは僕が持つよ」

 

「良いんですか?」

 

海風はありがとうございます、と嬉しそうに呟いて、手に持っていた紙袋を僕に渡す。

 

見たい本も違うだろうし、別行動しようか、と呟いて、海風に空いている手を振ってから、それぞれ本棚の間に消えていく。

 

 

 

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レジで会計をしてから外で海風を待つこと約15分。

 

同じくお金を払って出てきた海風はきょろきょろと辺りを見回して僕を見つけるとパタパタと駆け寄って来る。

 

「ごめんなさい、待たせちゃいましたか?」

 

「ううん。大丈夫だよ…それより、もうちょっとでバスの時間なんだけど」

 

「はい。じゃあ行きましょうか」

 

「海風、大丈夫かい?…疲れてるならその辺りで何か飲んでからでもいいよ。今すぐ帰らないといけないわけでもないから」

 

「ありがとうございます。……でも、いま何かお腹に入れちゃうと緊張が切れちゃいそうなので。…姉さんは大丈夫ですか?」

 

「僕は大丈夫。…体も、海風よりはちょっと丈夫だしね」

 

ちょっとふざけて、書店の袋を持った手を力こぶを作るように持ち上げると、海風は口元を押さえてクスリと笑った。

 

「いこうか、海風」

 

「はい。」

 

 

 

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部屋に帰ってきて、とりあえずと二段ベッドの下、昨日僕が寝たところに買ってきたものを置く。

 

「海風もお茶飲むかい?」

 

「はい…お願いします」

 

テーブルの上にある湯沸かしポットにペットボトルの水を注いで、スイッチを入れてからから昨日買った緑茶の葉っぱと急須とコップを並べる。並んでベッドの下段に腰掛けてお湯が沸くのを待った。

 

「そう言えば、海風はどんな本を買ったんだい?」

 

「私、ですか?……あ、そうだ、」

 

海風はいくつもある袋の中から、最後に買った書店の袋を探し出す。

 

「これを」

 

その中から、ラッピングされた小さな包みを取り出す。

 

あの書店で用意されている三種のプレゼント用の包装紙のうちの1つの水色のシンプルな包装紙で包まれて、赤色のリボンのシールが貼られた包み。

 

おそらく、きっと中身は

 

「これからよろしくお願いします、って、姉さんにプレゼントしようかと思って。万年筆なんて今時使わないかもしれませんが、机の引き出しの中に仕舞ってときどき眺めてくれれば私は………姉さん?」

 

「ああいや………これ」

 

僕の表情に何かをかんじとったのか、言葉の途中で海風が問いかけて来た。

 

僕も、自分の本屋の袋を手繰り寄せる。

 

「え、…あ、」

 

「被っちゃったね」

 

袋の中から同じ包みを取り出した。

 

「中身はどうだろ。…箱のサイズが一緒だし、たしかこのシリーズって」

 

「………デザインはほとんどおんなじで、配色だけ違うやつでしたよね」

 

「で、きっと海風のことだから、」

「姉さんのことですし」

 

「「昨日私(僕)が好きって言った青色ですよね(だよね)」」

 

どうしようか、とお互いの顔をじっと見つめあった。

 

くすりと笑みが溢れる。

 

「…お揃い、だね」

 

「ですね」

 

手に持った箱を交換してから、それぞれ包みを開く。

 

出てきたのは、やはりというか見覚えのある青色をベースに雫が入った万年筆だった。

 

キャップができて、インクのカートリッジを差し込むタイプで、昨日それが明石さんの所で売っているのを見たから、簡単に長く使って貰えそうだったからその種類にしたのだ。

 

「あーその…嫌じゃない?その、…あー」

 

「お揃いが、ですか?…姉さんとなら、大歓迎です」

 

まだ会って2日目で、繋がりもまだ同室で姉妹ぐらいしかなく、趣味が少し合いそうなだけで時間を重ねてはいないから、そんなのは嫌かと思ったけれど。

 

「なら、よかったよ」

 

仲良くやっていけそうな気がした。

 

 

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海風と1番最初に買い物に出かけた日からちょうど1ヶ月。

 

今日も、同じく2人ともオフの日だった。

 

明日と合わせて二日間休みだ。

 

「ごはん、今日何食べます?」

「あー……今日はお蕎麦にしようかな」

 

仲良く、なれたんだとは思う。同じ白露型で同日に配属されたので任務でも一緒に扱われることが多かったせいもあって、同室になってすぐの、常識で包んだ当たり障りのない会話ではなく思ったことを話せるようになってるんだと思う。

 

親愛の意味でのスキンシップまではいかなくても、肩を揉んでくれないかと頼まれたり、2人の部屋で本を読んでいると、後からきた海風が僕の隣に座ってそっと体を寄せてきたりするから、嫌われてはいないはず。

 

最初はこの体のせいもあって仲良くできるのか心配だったけど、なんとかうまく付き合えてるんだと思う。

 

ただ、1つだけ問題があって、その、

 

「あの…一口もらってもいいですか?」

「ああうん…いいよ」

 

隣に座っている海風が、顔を寄せてきて器の中の蕎麦を数本啜る。喉がうねる。

 

「ありがとうございます。…姉さんも、良かったらどうですか?」

 

手元のスプーンで、自分のお皿に乗っているオムライスをすくって僕のほうに差し出して来る。

 

これが普通の女の子の距離感なのかわからないけど、近い。もしかしたら海風は普段しっかりした姿を見せている分誰かに甘えたかったりするのだろうか。

 

そして、…いつも、大抵側に海風がいるので、溜まったモノを吐き出す暇がない。

 

いつも使わせてもらっている提督の所の内風呂なら1人になれるけど、借りた場所でそんなことはできない。自室のトイレなら1人になれるけど、こもった匂いに気づかれてしまうかもしれない。

 

人格は普通の時雨と大差ないのが幸いしたのか心から側にいる彼女を求めてしまったことはないしこれからもなんとかはしていけそうなんだけれども、肉体の生理に少しづつ引きずられてしまっているような気がしてしまう。

 

「美味しいですか?」

 

彼女の笑顔が眩しい。

 

眩しすぎる。

 

 

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「何読んでるんですか?」

 

 

ご飯を食べ終わってから自室に戻って本を読んでいると、背後から顔を出した海風が、僕の手元のハードカバーを覗き込む。

 

僕が読んでいたのは先日買った、恋愛学園もののお話だ。が、

 

「……海風、ちょっとだけ、離れてくれるかい?」

 

「……ごめんなさい…っ」

 

僕を刺激しないようにだろうか、ゆっくりと体を話した海風。

 

その顔は見えないけど、その声からどのような表情をしているのかは想像がついた。

 

出来るだけ明るい声を意識しながら取り繕う。

 

「違うんだ、邪魔だったとかじゃなくて……ほら、」

 

「…ごめんなさい」

 

少しでも、罪悪感を抱いて欲しくなくて言葉を続ける。

 

「ほら。……海風の体って、同性の視点で見てもちょっとドキドキしちゃうくらいに魅力的だから」

 

「……………。」

 

海風の重みが消えた肩に、もう一度手が置かれた。

 

きっと、もうすでになにかを間違えていたんだろう。

 

「姉さん」

 

 

海風でよければ、お相手しましょうか?

 

 

お相手…?

 

何の、と聞く前に、あの日見た彼女の肌が脳裏に浮かんだ。昨日見てしまった、薄い布越しの膨らみを脳裏から消そうと頭をふる。

 

きっと、いつも通りを繰り返した海風なりの気遣いだ。少し誇張した好意の現れで、そんな意味はない。

 

すぐに、なにか言葉を返そうとした。なのに、

 

「………ぁ…」

 

言うべき言葉が見つからない。

 

「な、なんて、…冗談です」

 

海風が慌てて言葉を継ぎ足す。今まで彼女の口からは聞いたことのない言葉だった。

 

海風の手が引っ込められると、彼女から逃げるように立ち上がった。

 

「ちょっとお散歩して来るよ」

 

いつもの、海風も来るかいという語句を飲み込む。

 

「い、いってらっしゃい」

 

 

 

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「…今日は、何食べよっか?」

 

「私は…カレーにします」

 

次の日のご飯の時。

 

昨日、夜遅くに散歩から帰ってきた時には海風はもうベッドにいたので何も話していない。

 

昨夜はなかなか寝付けずうとうとしては苦しい胸に起こされてを繰り返し、しっかりと眠れたのはもう朝日が登ったあとだった。次に目を開いた時には日はてっぺんを少し過ぎていた。

 

私服でもいいのだけれど、なんとなく制服に着替えて海風と昼食を食べに食堂へ行く。

 

食券を買って係りの人に渡して、トレーを受け取ってから空席しかない机に向かう。

 

味噌味のラーメンを啜っていると、隣の海風が話しかけてくる。

 

「姉さん、…一口もらってもいいですか?」

 

「…海風、」

 

「いいじゃないですか。…私達、『お友達』なんですから」

 

お友達。

 

寄せられた信頼と距離を強調する言葉。

 

ただ、それは親密な距離を表した言葉ではなく、一定の距離があることを示す意味で使われた。

 

歪んでしまいそうになった顔を見られたくなくて、無理に笑顔の形を作って手元のトレーを海風の方に少し押す。

 

海風はトレーを手繰り寄せて器を自分の正面まで持っていき、麺を数本すすった。

 

堪えきれなかった。

 

わかっている。昨日僕がそういう反応をしてしまったのがいけないんだって知っている。自分の所為だと。

 

それでも、見せつけられた距離に心が痛んだ。

 

「…姉さん?」

 

顔を押さえている僕に不信感を抱いた海風が、僕を注視する。

 

すぐに、僕が泣いていることに気づいたようだった。

 

「姉さん…あ……私が…」

 

「ちがう、違う。…海風は、なにも悪くないんだ」

 

混み合う時間からずれていてよかった。

 

きっと他の人たちを心配させてしまうから。

 

「ごめんなさい、私…」

 

「ちがう……僕が悪いんだ」

 

戸惑う、震える声が少し嬉しい。昨日から一度も聞いていなかった、常識で塗り固められていない言葉だったから。

 

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海風は、僕が落ち着いたのを見届けると鞄を掴んで出掛けてしまった。

 

買いたいものがあると言っていた。

 

彼女の言葉が嘘かどうかは、今の僕にはわからない。

 

1人きりの部屋で、彼女から貰った万年筆を握り締めてベッドに寝転ぶ。

 

短時間なら1人になることはいくらでもあったのに、今は何故か寂しい。

 

昨日上手く寝付けなかったからだろうか。すぐに眠たくなってきた。

 

少し眠れば気持ちが落ち着くだろうか。

 

握っていた万年筆をベッドの頭上の、物が置けるようになっているところに置いた文庫本の上に置いた。

 

スカートのポケットに突っ込んでいたスマートフォンを取り出して、だいたい1時間と30分後にアラームを設定した。

 

デフォルトの3分の自動ロックで画面が暗くなる前に、僕の意識は落ちる。

 

 

 

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マナーモードになっていたスマートフォンのバイブで目が覚めても、気分は良くなっていなかった。

 

僕は一体なにを間違えてしまったのだろうか。

 

どうすれば、海風と仲のいいままでいられたのだろうか。

 

仰向けに寝たまま、枕元に置いた万年筆を取り上げる。

 

理由もなく、軽い金属で出来たボディをひねって、インクのカートリッジを露出させる。

 

交換したばかりの、五本まとめて200円の黒いインクが詰まったプラスチックを撫でていると、力の入れ方を間違えてしまったのだろうか、パキッと軽い音がして垂れたインクが僕の頬を伝った。

 

失敗したからだと思いたい。

 

海風との関係も、初めからこうなることが決まっていたなんて思いたくない。

 

初めから、不良品のような………

 

 

不良品?

 

 

僕みたいな?

 

 

…ああ、そっか。きっと、僕が不良品だったのがいけなかったんだ。こんな歪な体で生まれて、意識との誤差もあって、生きていくのに何か不具合がある不良品。

 

インクのパッケージには確か、不良品を着払いで送ればおかしくないものと取り替えてくれると書いてあったっけ。

 

僕の場合はどうしたらいいんだろう。

 

提督にかな。それとも、生まれてから数日間だけお世話してくれたあの整備士さんかな。

 

それか、リセットするのがいいのかもしれない。

 

この想いを感じたくないだけなら、僕自身を終わらせてしまえばとりあえずは解決する。

 

キャップを取った万年筆の筆先で喉を数回撫でた。

 

僕達艦娘には生まれた時から知識があった。それには人型をした生物の命を終わらせる方法も含まれていた。

 

その知識に従って筆先を移動させる。

 

あとは押し込むだけ。それで命は終わらせられる。

 

それで僕は………。

 

扉が開く音がした。

 

「何を……なにをしてるんですか!」

 

ちょうど帰ってきたのだろう。初めて会った次の日に一緒に行った書店の袋と鞄を手から落とした海風はベッドに駆け寄ってきて僕の手から筆先を奪い取る。

 

「私は、姉さんにこんなことして欲しかったんじゃないのに!」

 

筆先に残っていたインクでついた喉の黒い線で察したのだろう。彼女の顔は、悲しそうに歪んでいて。

 

 

「いやです、私がしたことなら謝りますから、勝手にいなくならないで下さい!」

 

 

ああよかった。やっぱり僕が間違えただけみたいで。僕が生まれてきたことが間違いじゃなくて。

 

降って来た透明な液体が僕の頬を伝う。

 

 

 

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「もう、こんなことしないって約束してくれますか…?」

 

「…ごめんね海風。約束するよ」

 

幸運と言っていいのかはわからないが、死のうとして初めてまた、海風とちゃんと向き合えた気がする。

 

今落ち着いて考えると僕は一体なにをしていたんだろうと思えてくる。

 

海風から貰った大切なものを、僕は何に使おうとしていたんだろうか。とか、ある日突然ちゃんとした女の子の僕が来たとして、彼女を悲しませることにならないのか、とか。

 

僕がどこかに行かないように繋ぎ止めているのだろうか。僕を抱き締めてくれている彼女の体温に何故か懐かしさを覚えた。

 

離れたくはないと思いながらもやんわりと海風の抱擁を解いて、空のベッドに転がったままの万年筆の筆先とボディを拾う。バラバラになって落ちていたそれに新しいインクのカートリッジを刺してから、もう一度繋ぎ合わせた。

 

黒いインクが染みたシーツは剥ぎ取った。

 

申し訳ないがもう使えないかもしれない。

 

 

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海風は買ってきた書店の袋をベッドの上段に上げると、ちょっと行ってきますと言ってまた出かけて行った。

 

今度は十数分で帰ってきたので、明石さんのお店で何か買ってきたのだろう。

 

白い袋の中身を見せてもらうとサンドイッチがいくつかとペットボトルのお茶が二本入っていた。

 

何のためか聞くと、今日の晩御飯だと行っていた。事後承諾になるが、姉さんもそれでいいかと。

 

もちろんいい。それで海風が喜ぶならいい。

 

その旨を伝えると海風にお誘いを受けた。今までは一度も無かったもの。

 

「姉さん。もし良ければ…私のベッドでお話ししませんか?」

 

 

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ベッドの足が来る方に架けられたハシゴを登る。

 

思えば今まで一度も上に登ったことはなかった。下段はソファーがわりに海風と使うこともあったので完全に僕の場所ということもなかったけれど、ここに僕が立ち入ったことはなかった。

 

言わば、女の子の個室ということになるんじゃないだろうか。その言葉を聞くと、ちょっぴりドキドキするのは何でだろうか。

 

海風に続いてハシゴを登りきる。

 

別段、特に変わったものはない。違いといえば海風の匂いが濃い気がすることと、僕の所では文庫本を置いている場所にハードカバーと花の鉢植えの目覚まし時計があることぐらいだろうか。

 

上座、下座などの概念が果たしてベッドの上に存在するのか知らないが、ベッドの、寝た時に足が来る方に座らされた。

 

もしかすると、頭側にすると閉じ込めてしまっているように感じるのを心配したのかもしれない。

 

海風は先程買った食料を枕の上に置くと、その隣の本屋の袋を自分の膝の上に乗せた。

 

 

「……姉さん、大事な話があります」

 

「…何かな」

 

きっと、これからの関係に関わる話なんだと理解した。

 

「…半分は、私のお願いなんですけどね」

 

そこで一度区切った。

 

「私と、お付き合いして下さい」

 

 

 

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「……意味、海風を否定したいわけじゃないからね。…どうして、そう考えたんだい?」

 

「私も、姉さんを悪く言うつもりはないですから、聞いて下さいね。……きっと、私たちは、姉さんと私は、女の子のお友達として関係を築くことはできなかったんです。………だから、別の…その、ですね」

 

そこで海風は書店の袋から、普段は読まない派手な女の子向けの雑誌をいくつかと物語ではないシンプルな本を取り出す。

 

雑誌には大体、彼氏を喜ばせるテクニック、だとか初めての夜、貴女はどうする?のような言い方は悪いけど浮ついた文字が。もう一冊は『男女間の人間関係』と言う本だった。

 

「お付き合いして、そういう関係なら、今までと違うこともできると思ったんです。…大好きな姉さんが体のことで悩んでいるのは薄々気づいていました。私にできる1つは、無視です。姉さんには一人で吐き出してもらって、私はそれに触れないように関係を築いていく。……でも、きっとそれじゃ同じことになってしまうと思ったから。…姉さんと、もうちょっと親密になることも、私は嫌じゃなかったから……。だから」

 

「……関係を作り直すのは、いいよ。僕も賛成する。でもね後悔は、しない?その関係で…彼氏彼女で関係を作って納得するなら、きっと海風が別の人とそうなりたいって思った時に、また関係のことで、こうなるかもしれないよ」

 

「……だから、はんぶんは私のお願いなんです。後悔はしません。大好きな姉さん、」

 

 

貴女の人生を、私に分けて下さい。

 

 

「…女の子に言わせちゃうなんて、ちょっとカッコ悪いね」

 

「いえ。…大好きな姉さんですから。恋は盲目らしいですよ」

 

「僕は、海風はそういう関係になりたいんじゃないと思ってた。…友達って強調された時そう感じた。……でも、違ったんだね」

 

「はい。……もっとちゃんと、お話しすればよかったですね。…達、ちょっと間違えちゃいましたけど……やり直せるのかな」

 

「きっと。……海風」

 

「はい」

 

 

喜んで。…こちらこそよろしくお願いします。

 

はいっ…!

 

 

 

 

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海風と並んでかじったサンドイッチはとても美味しかった。

 

何気なく回し飲みしたペットボトルにも、関係が変わると新たな嬉しさを少し感じた。

 

どのような距離で接していいのか分からず、少しぎこちなかったかもしれない。でも、1ヶ月かけて詰めた距離よりは確実に近づいている。

 

僕達が望んだのはそういう関係だから。

 

自分の体の形を意識させるようにすり寄ってきた海風を、少し迷ったのちに抱きしめる。

 

「いいん、だね」

「優しくしてください」

 

どちらからということもなく顔を寄せ合う。

 

初めて僕は、彼女の味を知った。

 

 

 

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いちゃらぶ処女航海中。

 

 

 

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昨日とは違い、すっきりと目覚めることができた。

 

海風と愛し合って、溜まったものがなくなったのもあるんだろうけどそれ以上に嬉しさが僕の心を支配している。

 

カーテンの隙間からは日の光が差していた。

 

いつもの朝より明るいそれに包まれながら体を起こす。

 

昨日二人で読んだほとんどR指定がつきそうな内容だった雑誌を持ち上げる。

 

僕か海風が踏んでいたのだろうか。ぐちゃっと曲がって湿った雑誌を複数冊まとめて積んだ。

 

どちらかが叩き落としたのか、頭上の小さな棚から落ちている花の目覚まし時計を拾い上げる。

 

針は1と2の間と、9の近くを指していて…

 

9?

 

今日から、またお仕事じゃなかったっけ?

 

 

「海風、起きて、朝だから!」

 

幸せそうな笑顔で寝ている海風の、むき出しの肩を揺する。

 

「もう9時だよ、遅刻してる!」

 

目をこすりながら体を起こした海風を見てからハシゴを伝って下に降りる。

 

ベッドの下段ではむき出しのマットレスの上で充電が10%を切ったスマートフォンがバイブ設定されたアラームを5回繰り返し終えたことを告げている。

 

「ね、姉さん、どうしましょう!」

 

「とりあえずお風呂に…時間ない、一緒に入ろう!」

 

タンスを漁って綺麗な下着と制服を取り出す。

 

内風呂のシャワーを浴びるときまた彼女の素肌を見たが、その時におっきくしかけたのは内緒だ。

 

 




しぐうみはいいぞ

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