私に、悲しみの責任は取れません。
白露ちゃんのベッドに妹たちが潜り込む話。
2
目覚まし時計の音より早く、雨の音で目を覚ました。
すぐ隣にある窓から外を見てみると、空は濃い灰色に覆われている。
肌寒さを感じて布団をかけ直す。
引っ張った時に抵抗を感じた。
そういえば、いつもより布団の中があったかい。
めくってみると、黒い髪のあの子がいた。
顔を覗き込んでみると…幸せそうな寝息を立てている。
耳たぶをつまんでみると、眉毛がぴくんと歪んだ。
鼻の頭を指先で擽ぐると、「くちゅん」と小さくくしゃみをした。
頭を撫でようと手を伸ばすと、何かを感じ取ったのか、笑顔になる。
「…ねえさん」
意識は夢の中を泳いだまま、時雨が言った。
「だいすきだよ」
少し恥ずかしい。
でも
「ありがとう。私もだよ」
嬉しいな。
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3
目覚まし時計の音より早く、少しの息苦しさと、慣れない顔への圧迫感で目を覚ました。
目を開こうとしても視界は暗いままだった。
いい匂いがする。
柔らかくて、温かい。
誰かに抱きしめられているようだった。頭の後ろに腕の感触がある。
抜け出せないかもぞもぞしていると、私を抱きしめていたこの子も目を覚ましたようだった。
「………おはよ、村雨」
「…ねえさん」
拘束が少し緩んだ。
顔を出して目線を上に上げると、ふわふわした髪の顔が目に映る。
「ごめんね。いつも夕立抱いて寝てたから、姉さんも」
「ううん、いいよ」
もぞもぞ動いて村雨と顔の高さを合わせる。
「今日は村雨が来たんだね」
「…今日は?」
「昨日は時雨が来たんだ。…村雨は、どうして来たの?」
「私は…」
村雨は少し恥ずかしそうに言った。
「少しだけ、姉さんに甘えたかったの」
「いつでも大歓迎だよ」
どれだけ成長したって。可愛い私の妹なんだから。
「いっぱい、甘えていいからね」
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4
目覚まし時計の音より早く、ーーー重い。
布団をめくってみると、私の上で夕立がねむっている。
私の胸に顔を埋めて。
パジャマの布越しにあつさを感じた。
夕立にどいてもらわないと何もできないので、目を覚ますまで静かに、髪の向きに沿って頭を撫でる。
しばらくすると、夕立は目を覚ました。
「おはよ」
「んー…おはよっぽい」
夕立は私の顔まで這い上がってくると、私の唇をちゅうっと吸った。
「んふふーん♡」
「…どうしたのよ」
今度はわしゃわしゃ〜っと、両手を使って頭を撫でた。
「白露も、あったかくてよかったっぽい♡………村雨より小さかったけど」
「なっ……」
私の上の夕立を、ぽーんとベッドに放った。
「ちょっと気にしてるのに!この!」
「んひひっ、あっ、だめ、そこ、だめっぽいぃっ‼︎」
私のくすぐりテクニックを味わうがいい!
私たちの笑い声は、みんなが起きる少し前まで続いた。
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5
目覚まし時計の音より早く、いい匂いがして目を覚ました。
隣には、ピンク色の会をした子が寝ている。
……すっごくいい匂いがする。
フローラルとか、性欲がとかじゃなくて、おいしそう…
こらえきれずに春雨に顔を近づけた。
カレーのような料理を連想させる匂いではない。
くうっとお腹が鳴った。
人間は、『生命の欲求』から完全に離れることはできない。
それは、私たちも同じで…
春雨の顔に口を寄せた。
鼻先を舐めようとして、もっと近づいた。
ぱちり、と春雨の目が開く。
「し、白露姉さん?」
「動かないで」
「は、はいっ…」
春雨がぎゅっと目を閉じた。
小さく出した舌でちろっと舐める。
……それほど、美味しくはなかった。
「え…」
「………春雨は、こっちの方がよかったかな?」
戸惑っている春雨にもう一度。今度は唇に。
春雨の顔が赤く染まった。
「ーありがとう、ございました」
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6
目覚まし時計の音より早く、ごいんと何かが頭に当たって目を覚ました。
目を開いてみると、隣にはおでこを押さえている、五月雨がいた。
「ね、姉さん、ごめんなさ…」
「おはよ。……怪我してない?」
「は、はい…」
五月雨のおでこに手を伸ばした。少しコブになっちゃってる。
「衝突って聞くとさ、私も五月雨もいい気はしないと思うけど」
「…はい」
船の白露と五月雨では近づけなかった距離にまで近づいた。
五月雨の体を両腕で捕まえる。
「こうやって抱きしめられるのは、嬉しいよ、私。ーーこれなら、この距離も悪くないよね」
「はい…あったかくて、」
こつんとおでこをくっつけ合う。
「えへへ…」
五月雨の淡い青の髪に指を通す。
少し指に引っかかって、解けた。
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7
目覚まし時計の音より早く、右腕を引かれて、圧迫感を感じて目を覚ました。
隣には、私の腕を抱きかかえて体を丸めて眠っている海風がいた。
頑張っていた海風がこういう風に眠っているのを見ると心がぽかぽかした。
銀色の結われていない髪を空いている手でさらさらとなで、そのまま下に向かって下ろしていく。
胸のあたりまで行って、私のより大きい、水色の生地を歪ませている膨らみを突いた。
大人っぽいけど、まだ甘えたいんだろうな。
整った顔に手を伸ばして、泣きぼくろを人差し指で突く。
何かが気に障ったのだろう。困った顔になった。
それからしばらく何もせずに海風の顔を眺めていると、私の視線はとある一点に吸い寄せられていく。
唇だ。
ぷるんと柔らかそうで、綺麗なピンク色をしていて、
その唇に指先を持っていく。すると。
ちゅう、と咥えられた。
私達は、母を知らない。もうなることもない。
指先を引き抜くと海風の顔が悲しげに歪んだ。
もっと甘やかしてあげれば良かったと今更思った。
せめて、起きるまでは。
パジャマの前を開いて、自分の乳房を取り出した。
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8
目覚まし時計の音より早く、網戸から吹き抜けた冷たい風で目を覚ました。
隣には、緑色のモコモコしたものが寝ていた。
山風って、髪の量が多いんだよね。
1番長いのは海風だけど、もっさりしてるのは山風。
暑くないのかな。
手櫛で、緑色の髪を集めていく。
のぞいた首筋にはうっすらと汗が浮かんでいる。
あついなら、私の隣で布団なんか被らなければいいのに。
と、思ったけれど。こういう風に来てくれるのは嬉しい。
山風は、今でこそ少し明るくはなったが、出会ってばかりの頃は暗かった。でも、私はあまり多くのことをしてあげられなかった。
忙しかったというのは言い訳だ。たとえ時間がなくてももっとやりようはあったはず。
代わりに海風が頑張ってくれたけど、私は、山風には…
「…白露ねえ」
「ーおはよ」
いつのまにか起きていた山風が私の頬に手を伸ばした。
「…私を、私達を見ててくれて、あ…ありがと」
私の頬が、笑顔の形に引っ張られる。
自然と笑みがこぼれた。
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9
目覚まし時計の音よりずっと早く、雷の轟音で目を覚ました。
カーテンを少し開けて外を見てみると、夜空がぴかっと光って数秒後に、どおんと重たい音がする。
しゃっとカーテンを閉めてから、いつもより深く布団に潜ろうとして、その時にドアが開いた。
「あ、姉貴…」
「江風…おいで」
江風はドアを閉めると暗い明かりの中を枕を抱えて走ってくる。
そっと布団の端を持ち上げた。
「今日は、海風いないんだったね」
「…山風の姉貴は、ぐっすり寝てて行けないから」
「私は、起こせるからって?」
「……ごめん」
「いいのいいの、頼ってくれるのは嬉しいから」
私の枕の隣に自分の枕を並べて置いて寝そべった江風を、自分の体で包み込むように抱きしめる。
また、どおんと音がした。江風が小さく首をすくめる。
「大丈夫。貴女は強い子なんだから…って、海風なら言うかな?」
「ーうん」
「そっか…じゃあ、私は別のこと言おうかな」
「?」
小さく首を傾げた江風の顔を、自分の胸に押し付けた。
「怖くても大丈夫。…私が、いるからね」
「ーーありがとう、姉貴」
じんわりと目が熱くなった。
胸元にも、同じ熱を感じた。
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10
目覚まし時計の音より早く、歌声で目を覚ました。
目を開くと、私の上で青い髪のあの子が目を閉じて小さな声で歌っている。
『焦がれるほどに強く、魅せつけられ』
枕の感触がいつもと違うことに気づいた。
『憧れるほどに遠く、手は届かずに』
触れてみると、涼風の太ももであることがわかった。
『この………おはよう」
「おはよ、涼風」
目を開いた涼風は、自分の髪をわさっと搔き上げる。先が、私の頬をくすぐった。
「いくつか、言伝があるんだ」
「ーうん」
大きく息を吸ってから、私の妹は話し出す。
「まず……ありがとう。いくら重ねても足りないよ。ありがとう。僕達の姉さん」
寝たまま聞くのは失礼かと思い、彼女の膝から起き上がった。
「姉さんの改二はついに見れなかったけれど、姉さんのカッコいい姿はいっぱい見せてもらえたわ。あたたかかったの。ありがとう」
「夕立ね。最後まで笑ってようと思ったの。眩しい、って言ってくれたから。でも、もう泣いちゃいそう。…さいごまで泣かなかったら、褒めてくれる?」
「姉さんにキスしてもらった時から、体に火が入ったような気がしたんです。これなら、さいごまで頑張れそうです。はい。」
「白露と抱き合って、すっごく嬉しかったです。また、会いたいです。また、ああやってくっつきたいです。ありがとう、ございました。」
「少し恥ずかしかったんですよ。あれ。…でも、ーーあったかかったです。…もう少し時間があれば。もう1日あれば。私も、姉さんにああしてあげたかったです。さようなら」
「ずっとね。白露姉みたいに明るくなりたかったの。…どうかな。ちょっとは近づけた?……そうだったら、うれしい」
「怖いよ。姉貴。ー怖いけど。頑張るから。姉貴がいるから、私はがンばるから」
「今日は、あたいだね。1番下だったから、今まで結構気にかけてくれて。」
涼風が、私の手を取った。
「何か、返せたかな。白露にも、みんなにも」
私の体を引き寄せて、抱きしめた。
『私達の、お姉ちゃん。今までありがとう。白露型に生まれてよかったよ。明日はお姉ちゃんだね。頑張ってね。応援してるから。』
みんなの声が、聞こえた。
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1
目覚まし時計の音で目を覚ました。
上部のスイッチを押して音を止めて、裏側のアラームのスイッチを切った。
いつもより広いベッドから起きあがる。
黒い制服に着替えた。
髪を整えて、カチューシャをつける。
机の上の封筒を掴んで、部屋を出た。
駆逐寮の廊下をゆっくり歩いた。
階段の踊り場の手すりにある、よくわからない像を撫でた。
ローファーの硬い音を鳴らしながら歩いていくと、駆逐寮の入り口に提督がいた。
「おはよ、提督」
「ああ、おはよう」
「ごめんね。無理言って順番変えてもらって。ほんとは私が1番だったんでしょ?」
「ああ。ーーといっても書類の上でごまかしただけだけどな」
「ありがと。…私は、ちゃんとみんなを送り出せたよ。」
「ああ。」
提督は、ポケットの中から9枚の折りたたまれた便箋を取り出した。
「あいつらからだ」
「ーだと思った」
私は持ってきた封筒の中に9通を入れて、口を閉じた。
「読まないのか?」
「うん。今読むとちょっと。……これ、持っててもいい?」
「…ああ。そのくらいなら大丈夫だ」
「私がそれを持ってれば、多分みんな集まってこれると思うんだ」
提督と一緒に工廠に歩き出す。
「すまんな。俺たちは…」
「いいの。私達は兵器だから。平和になったらいないほうがいいの。……あのさ」
「何だ?」
「妖精さんは残るんだよね」
「あいつらを怒らせたら、それこそ世界が滅ぶだろうからな」
「何かあったら。……いつでも呼んで。私達、いつでも行くから。提督の子でも、孫でも、その先でも。力になれるならきっと行くから。」
「子供か…残せればいいな」
「え〜、提督好きな人とかいないの?」
提督は突然立ち止まった。
「お前が、好きだった」
「それ、私達以外にもいってるでしょ」
「ばれたか」
再び歩き出した提督に並んだ。
「あれだけ、一緒に戦ったんだからな。そりゃ好きにもなるさ。」
「私も提督のこと好きだよ」
「じゃ、結婚してくれ」
「いいよ」
冗談で言ったのに、提督はポケットから四角い箱を取り出した。
「艦娘全員分は高かったが…世界を救ったんだ。余裕だったわ。」
受け取った指輪は右手の薬指に嵌めた。
みんなもそうしたらしい。
「正妻、誰なの?」
「順位は決めたくないなぁ」
「それ、いつか刺されるよ」
話しているうちに工廠についた。
隅の小さな部屋に1人で入る。
初めて入る部屋の内部の観察はできなかった。
泣いてしまいそうだったから。
じゃあね。
ああ。
扉が閉まる。
内側に鍵は無かった。
…潰してから溶鉱炉だったっけ。
お姉ちゃんも頑張るから。…見てて。
がチリ、と、なにかが作動する音がする。
まだ少しの時間は残されていた。
最後になにをするかはもう決めてある。
指先を、まっすぐ天に向ける。
大きく声を張り上げた。
『白露型が、いっちば〜ん!』
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封筒の中の9通の手紙には、同じ文字が刻まれていた。
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戦後に1人ずつ解体される妹達が、最期の晩に白露姉さんのベッドに潜り込む話。
最初は何の設定もなく寝て起きてじゃれてる話だったんですけどね。
そういう風に設定変えたら心揺れましてね。そっちの解体エンドで書きました。
次は幸せなな話書きたい。
なんでうちの涼風ちゃんイタコみたいになってまうんやろ。家族シリーズもそうなりかけたし。