黒の衣に変幻自在の刃。
首から鉄の三日月を下げ
今日も彼は誰かを救う。
星渡りの神が微笑むかは運しだい。
どう救われるかも、賽子しだい。
◆ ◆ ◆
辺境都市。そこは、混沌の勢力と隣り合わせの地である。
そこに住まう秩序の民達が安寧に暮らしていけるよう、冒険者も多い。
が、冒険者がいくら多くとも収まりを知らないのが混沌の勢力だ。
だからこそそれは神官である彼にとって、混沌との戦いに参加する大きな理由となっていた。
「……あそこが、サイクロプスの住み処か」
どんよりと曇る空の下、目前の遺跡を見据えて異教神官は呟いた。
少し癖のある黒髪、整った顔、中肉中背というには少し背が高い。
鉄の三日月を首から下げ、漆黒の神官衣に身を包むのは
「……みたいです、ね」
返事をしたのは同じく
銀の髪と、幸は薄そうであるが可憐な顔。
すらりとした手足と豊かな胸元を包むのは身軽な服。
装備を見るに斥候……銀髪斥候であった。
「ふむ、では行こう」
異教神官が言うと、率先して銀髪斥候が遺跡へと入っていく。
探知、探索は斥候である彼女の仕事だ。
中は天井や壁がところどころ崩れているのもあって灯りの類いはいらない。
「……静か、ですね」
「ああ。敵味方の区別がつかない化け物の住み処。わからないこともないがね」
不安そうに呟く銀髪斥候に返事をしながら、今回の依頼を思い出す。
もとは秩序の聖域を守る守護巨人。
しかし混沌の神々に利用され堕ちた存在となったのが、今の姿。
凶暴で野蛮で知性は低く、暴食と呼べる食欲の持ち主。
これではいくら同じ混沌の手勢でも、巻き添えを避けるだろう。
「……!」
突然、銀髪斥候が進む足を止めた。
「どうした」と異教神官。それに彼女は地面を指差した。
「これ……」
少女斥候の指の先には、不思議な形に陥没した地面。
前を向き地面に視線を這わせれば、間隔を空けてそれが奥へと続いている。
十中八九、サイクロプスの足跡だ。
「……最近のだな。気を付けておいた方がいい」
言われて、銀髪斥候が何本かある内の一本の短剣を取り出した。
異教神官も、曲剣の鞘を結ぶ紐に緩みがないか縛り直す。
そうして再び歩き出す二人。
以前足跡は続いており、もはや怪物の
やがて、広い場所に出た。
「……いま……せんね……?」
きょろきょろと辺りを見渡し、首を傾げる銀髪斥候。
いささか拍子抜けなのか、首を傾げている。
それに異教神官が言った。
「いや、いる。……奥だ」
その言葉に、びくりと肩を震わせる銀髪斥候。
それと同調するかのように、ドスン、と。
「あっ……」
音の方向に目を向ければ、奥の暗がりから何かが歩いてくる。
いや、決まっている。
暗緑色の肌、黄土色の単眼、天を突くがごとき一本角。
その巨体は、この遺跡の広場が窮屈そうに思えてくるほど。
「WOAAAAAAAAAAAAAAA!!」
サイクロプス。
「くっ……!」
狙うは銀髪斥候。得物らしき石柱の残骸を振り上げる。
だが、銀髪斥候の方が僅かに速かった。
紙一重で攻撃を回避し、敵の足を短剣で斬りつける。
肌が切れ、赤い血を流した。だが、それだけだ。
致命傷はおろか、ダメージになっているかも怪しい。
その事実を確認すると、銀髪斥候は急いで距離を稼ぐ。
「WAA!」
尚も付け狙おうとするサイクロプスの前に、異教神官が立った。
曲剣は既に引き抜かれており、その刃は相当な鋭さを感じさせる。
しかし、あの巨体に如何ほどの成果を上げることができるだろうか。
「『星を巡りし救いの神よ、我は大いなる刃を欲す』」
紡ぐは、彼が信ずる神への嘆願。
途端、手に持つ曲剣が激しく軋みはじめる。
次に刀身が幅を広げ、伴って持ち手が太くなり。
彼の曲剣はたちまち大曲剣へと化した。
《
「フゥーッ」
大きさも重さも増した大曲剣を、奇妙な息づかいを持って構える。
迫る一ツ目の巨人。異教神官の心はまるで動じることはない。
「ROOOOOOOOOO!!」
「──ウンッ!」
サイクロプスの進む足に合わせて、一閃。
巨大な足の親指が宙を舞い、一ツ目の巨人ががくりと転ぶ。
「GOOOAAAAAA!?」
轟音ごとき悲鳴が広場に響き渡った。
それを近くで聴く異教神官は思わず顔をしかめる。
そんな彼の大曲剣は、歪みの一つ、傷の一つもない。
動く巨体の一部を損耗もなく断ち切ったとなれば、並外れた彼の剣技が伺える。
「UUUUU……」
ごぼりと鮮血を指の付け根から流しながら、ゆっくりと巨人が立ち上がった。
一つしかない瞳には憎悪と憤怒をたぎらせ、石柱を振りかぶる。
振り下ろされた大質量は、されど地面を抉るのみ。
異教神官は隙を突いて一太刀浴びせると、次いで距離を取った。
すぐさま追ってくるが、歩みは明らかに遅くなっている。
そんなのろまな敵に対して、
しかしながら、異教神官も体力が無限にある訳ではない。
必ず、底をつくときが来る。その点、サイクロプスの方が優れていた。
それを意識しだしたところで──
「あり、ました……!」
もはや一ツ目の巨人の意識外となっていた銀髪斥候の声が響く。
敵がそれに反応するよりも早く、声に向かって異教神官が駆け出した。
目指すは、銀髪斥候が指し示す石柱。
「WOOOOAAAAAAAA!」
当然、敵も追ってくる。
それを見て異教神官はにやりと笑った。
「離れた方がいい。『数多の星を知る偉大な神よ、我を枷から解き放て』」
銀髪斥候に離脱の指示を出した後、さらなる奇跡の嘆願をはじめる。
途端、ぐんと体が浮く感覚を味わった。
いや、感覚ではない。実際に浮いているのだ。
奇跡、《
たん、と石柱の側面に着地するように足をつけた異教神官は。
「来い、化け物よ」
迫る巨大な敵に向かって挑発して見せた。
「GOOOAAAAAAAAA!」
言葉の意味がわかった訳ではないだろうが、怪物が激怒し突進を開始する。
その勢いのまま、力任せに異教神官へと石柱を叩きつけた。
「ふっ」
異教神官は短く息を吐き、そこから飛び降りる。
途端彼を包む浮遊感がなくなり、重力が戻ってきた。
背には轟音と共に崩れさる石柱。
重い音を響かせ、着地し、一目散に離脱を図る。
それを許すまいとするサイクロプスだが。
「GA?」
鈍く、何かがひび割れ崩れかかる音に、天を見上げた。
視線の先にあるのは、相変わらず古びた天井だ。
音は調度サイクロプスの真上から聞こえてくる。
そもそも、サイクロプスの住み処は壊れかかっているのが常である。
空腹時には苛立ちを発散するように暴れまわり。
ねぐらに入り込んだ哀れな侵入者は周りごと破壊する。
実際この遺跡の広場も、支える石柱の何本かは折れ崩れていた。
そうでなくても、ただでさえこの遺跡は古代のものだ。
先程、石柱同士がぶつかり、崩れ折れたが。
当然それがおよぼす遺跡の損傷は、只ではすまない。
──すべては、計画の内だ。
「GURUOAAAAAAAAAA!?」
サイクロプスに降りかかる剥がれた天井の、一部。
一部と言っても一つあたりが厚く、大きく、重い。
それが幾つか、単眼の怪物を押し潰すべく落下してくるのだ。
サイクロプスの瞳には、それまでにない恐怖が浮かんでいた。
しかしもう遅い。避ける術は、とうに無くなっていた。
「GUUOUO─────」
サイクロプスの悲鳴は、轟音によって掻き消えた。
広場を支配する轟音の余韻と、土煙。
「ゲホッ、ゲホッ……?」
咳をしたのは、銀髪斥候であった。
もとより、彼女の役目は天井の脆い部分を探し当てることだった。
次に囮役を引き受ける異教神官が、天井部を支える石柱を壊させる。
そして最後には、一ツ目の巨人を瓦礫の下敷きに──。
「し……神官さ──」
やっと土煙が薄まった頃、彼女は瓦礫の上に立つ異教神官を見つけた。
彼の足下には、瓦礫に埋もれきれなかった怪物の躯。
しかし瞳には生の光はなく、心臓部には大曲剣が刺さっている。
異教神官が振り返って言った。
「お疲れ様。私達の勝利だ」
今回はとりあえずこれだけです。
プロローグ、となるのでしょうか。細かい設定は次回以降ですね。
それでは、よろしくお願いします。