異教神官の幸福な日常   作:rocar

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悪魔を滅せ ①

 「おお……! 来てくださいましたか……!」

 

 そう感嘆の声を上げるのは、西の丘に位置する村の村長だった。

 彼の目の前には二人の冒険者、異教神官と銀髪斥候である。

 聞けば、この村のそう遠くないところにある古城に悪魔が住み着いたらしい。

 それも一体ではない。群れである。

 敵は下級悪魔(レッサーデーモン)とは言え、村人ではどうしようもないのは明白。ならば冒険者に頼ろうと言うには自然の流れであった。

 そうして到着したのが二人の冒険者。銀等級と、紅玉等級だ。

 村長はやはりこの選択が間違っていなかったと確信する。

 等級と社会信用度はイコールだ。

 紅玉等級であればそれなりの場数は踏んでいるだろうし、銀等級ともあれば言わずもかな。

 あえて言うなら異教神官の黒い神官衣が気にはなるが。

 

 「……良い村ですね」

 「え? ああ……、はい。ありがとうございます」

 

 異教神官の言葉に、村長が曖昧に頷く。

 村の様子はと言えば、なるほど豊かな方であろう。

 金色に輝く小麦畑に、その脇を通る小川。家々が建ち並んで、村を囲む柵もしっかりとしている。近くに悪魔が巣くっているとは信じられない光景であった。

 

 「ここの周辺が記された地図はありますか?」

 「はい、あります。……おい、地図を持ってきてくれ!」

 

 村長が近くにいた猟師に向かって叫ぶ。

 しばらくして村の猟師が戻ってくると、羊皮紙に描かれた地図を異教神官へと渡した。

 それを広げるなり彼は「ふむ」と一言。「しばらくお借りしても?」

 

 「ああ、結構ですよ」

 

 村長の返事を聞いて、続いて彼は空を見上げた。

 晴れ渡り、太陽は既に中天を過ぎてしまっている。

 夜は悪魔や怪物、祈らぬ者(ノンプレイヤー)どもの時間だ。

 地図から考えて古城へたどり着けたとしても、その時には夕暮れ。

 食糧などの準備はしっかりしているが、今からの出発は避けるべきだ。

 

 「明日の早朝、出発したいと思います。宿をお貸し頂きたいのですが」

 「そういうことならお任せ下さい。すぐに手配します」

 

 そう言うと、村長がどこかに駆けていく。

 それを見計らって、銀髪斥候が異教神官の隣に立った。

 

 「……親切な方、ですね」

 「ん? ああ、そうだな。村の存続とかを抜きにしても……」

 

 「良い人だ」異教神官が呟く。

 ならば悪魔も必ず倒さなければな、そう言って彼は触媒袋に手を突っ込んだ。

 取り出したのは、なにやら不思議な紋様が入った石である。

 それを地面に置くと、異教神官が星渡りの神への祈祷をはじめた。

 

 「『嗚呼、流星よ。願わくばその力の破片をこの地に降らせ給へ』」

 

 異教神官の祈祷は確かに神へと届いた。だが変わったことは起こらない。

 しかしこれで、どの方角からの村への悪魔の接近も探知できる。

 《結界(エリア)》の奇跡であった。

 地面に置いた石を再び持つと、ほんの僅かにさらさらと削れている。

 この石が完全に無くなるまで奇跡の効果は続くのだ。

 細かい情報がわからないのが難点だが、籠城にはよく使う手であった。

 こういう村を守る状況でも有用と言えよう。

 

 「……良いのですか? 有限の奇跡を……使ってしまって……」

 「戦うのは明日だ。問題はないよ」

 

 日に五回、六回の奇跡も、休息を取れば明日までに一回二回は充分に回復するだろう。

 

 「さて、向こうも準備ができたようだ」

 

 宿の手配ができたようで、村長がこちらに歩いてくる。

 異教神官と銀髪斥候は互いに頷きあい、足を進めた。

 二人は村長に連れられ、村の広場を後にするのだった。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 日が完全に暮れ落ち、闇が幅を効かせる深夜。

 宵闇が四方世界を覆い、二つの月と数多の星が輝く時間。

 そんな中、彼はばちりと瞼を開けた。

 布団を除け、ベットから跳ね起きる。

 別のベットで寝ている銀髪斥候の肩を揺すり、「起きろ」と一声。

 びくりと体を強ばらせて銀髪斥候が慌てて上体を起こした。

 

 「ひぇっ!? な、なにっ……?」

 

 まだ眠気が残っているようで、半眼になって彼を見る。

 それから不思議そうに首を傾げた。

 

 「……夜這い、ですか……?」

 「何を馬鹿なことを言っているんだ」

 

 ぱん、と異教神官が銀髪斥候の目の前で猫だましを叩けば、「きゃ」と小さな悲鳴と共に彼女の眠気が完全に消え失せた。

 異教神官は部屋の隅まで歩くと置いてあった鎖帷子を着こみ、上からばさりと神官衣を羽織る。

 それを整えながら、「君も早く装備を整えろ」と言った。

 

 「なにか……あったんですか」

 

 銀髪斥候も手早く装備を纏いながら、異教神官に事態を聞く。

 「悪魔だ」と異教神官。「《結界(エリア)》に反応があった」

 彼の手には既に鞘に納められた曲剣が握られている。

 

 「短弓は持っているね?」

 「はい」

 

 銀髪斥候がこくりと頷く。

 確認を取ったということは、それが必要だということだ。素早く短弓と矢筒を担ぐ。

 銀髪斥候の準備が完了したのを確認すると、異教神官は部屋の扉を開けた。

 

 「さぁ、向かおう」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 月明かりと星明かりの下、二人の冒険者は駆ける。

 《結界(エリア)》の奇跡は敵の居場所の大まかな方向はわかっても、細かいことはわからない。

 そこで銀髪斥候の出番である。

 彼女は只人(ヒューム)だ。鉱人(ドワーフ)でも、森人(エルフ)でもない。

 しかし、例え夜目が効かずとも、聴覚が優れていなくても、そこは斥候。

 暗闇で敵を探るなど、日常茶飯事。雑作もない。

 

 「──いました……!」

 

 反射的に家の影に身を隠す。

 銀髪斥候の指の指す方向には、月光を背にぐるりと空を滑空している異形の者の姿が一つ。

 当然ながら、村人ではない。

 混沌の手勢、祈らぬ者(ノンプレイヤー)、異形の怪物。

 呼び名はさまざまあるが。

 

 「悪魔(デーモン)……!」

 

 まさしくそれであった。

 異教神官が鞘から曲剣を引き抜き、銀髪斥候が弓矢を構える。

 彼が感知したのは一体だけ。ならばあれは敵方の斥候の類いだろう。

 向こうはまだこちらに気づいていない。できることなら奇襲を仕掛けたいが……。

 

 「申し訳ないのですが……、当てられるか、どうか……」

 「仕方がない。私達は昼の種族なのだから」

 

 だとすれば、工夫が必要である。

 何か手はないかと考える彼の目に、家に立て掛けられた梯子が移った。

 

 「……君は構わず矢を撃て。外しても構わない。ただし、見えるように。重要なのは、奴にこちらを気づかせることだ」

 「は……はい」

 

 銀髪斥候が意を決して頷いた。

 危険な役回りだ。しかし疑問や不満は言わない。

 往々にして彼らはそのような関係だった。

 しばらくして、銀髪斥候が家の影から飛び出した。が、敵は別の方向を向いている。つまりは、好機(チャンス)だ。

 それを確認すると共に、矢をつがえて引き絞る──

 

 「……ふっ」

 

 放った。

 矢はまっすぐと上空の悪魔へと迫り、敵の肩の肉を抉る。

 しかしそれは掠っただけだ。完璧な命中クリーンヒットではない。

 

 「KYEEEEEAAAAAAAA!!」

 「ぐっ……!?」

 

 悪魔が怒りの金切り声を上げながら振り返り、急降下。銀髪斥候に迫る。

 奇襲失敗(ファンブル)。いや──

 

 「甘い」

 

 悪魔の禍々しい爪が銀髪斥候を今まさに斬り裂こうとした瞬間。

 家の屋根から飛び降りた異教神官が、落下の勢いを以てして曲剣を突き刺した。

 

 「GYAA!!?」

 

 悪魔が悲痛な叫び声を上げる。

 二段構えの奇襲。

 彼の策は成功した。

 異教神官に乗られたまま地面を滑る悪魔。

 しかしその背に曲剣を深々と突き刺されようとも、尚も起き上がろうとしていた。

 恐るべき生命力。下級でもやはり悪魔は侮れない。

 だが。

 

 「GYU……A……」

 

 その悪魔の濁った瞳には、目の前で弓を引き絞る銀髪斥候の姿が映っていた。

 ばしりと、脳天に矢が突き刺さる。

 命乞いも許されないまま、悪魔は絶命した。

 

 「……よくやったね。お疲れさま」

 「は……はい」

 

 曲剣を悪魔の亡骸から引き抜きながら、彼は言った。

 奇跡も使わず、村に被害を負わせることもない勝利。戦果としては上々だろう。

 それもこれも、銀髪斥候の存在があってこそ。異教神官は彼女を労った。

 いつもは何かに怯えているような弱気な銀髪斥候の表情も、この時ばかりは少し誇らしげ。

 村人も今の騒ぎで起きた、なんてことはない。

 二人を包むのは夜の静寂だけ。

 静かなる勝利。その余韻に銀髪斥候はたっぷりと浸っていた。

  

 




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