ネギま短編集   作:作者さん

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かつて性転換ネギまという神スレがあってだな……。PCの肥やしになっていたものを改訂しました。
これって一応♂×♀だからGL要素ではないと思いますが、苦手な方はご注意ください。


刹那♂と木乃香

 その身は剣、自身の護衛する者の刃となり打ち払う。神鳴流は退魔の剣であり、人を護る剣。

 ただあの日、その少女を護ると決めた日から、害するものを全て断ち斬る剣へ成ろうとしていたはずだった。

 

 この身は……

 

 早朝、関西呪術協会本山のある部屋に、荷造りをした少年――刹那の姿が在った。朝の支度もあらかた終わらせ、日課でもあるの剣の手入れをし始める。夕凪、少年が麻帆良に行く時、長でもある近衛詠春から託された名剣。刹那が木乃香を護る為振るってきた、自分自身を投影してきた剣。

 今の自分とは違うな、とあらためて感じ取り、手入れを済ませ鞘に収めた。

外に出てみれば朝日が真っ直ぐに視界を照らし、灯りを照らしていたはずの部屋が薄暗く感じる。その日は修学旅行最終日、刹那の先生でもあるネギ、友人でもある神楽坂も、立て続けに戦闘があったから疲れて寝ているのだろう。

 それならそれでもいい、ここを去る自分にとってそれは好都合だ。

 

 昨晩、東西協会の命運を左右するほどの出来事が起きた。天ヶ崎千草の計画、近衛木乃香の魔力を使いリョウメンスクナを使役し、関東を襲撃するという策は、わずか10歳の魔法使いに破られることとなった。

 その戦場に刹那も立っていた。

 クラスメイトを助けるため、木乃香を救うため。だが、自分はそこで何ができたのだろう。そう自嘲せずにはいられなかった。

 わずか10歳の子供を、少し前まで一般人だったクラスメイトを、そして木乃香を戦場へと立たせてしまった。それだけでも失態だ。

 一人でそこまで出来るほどの存在ではない事を知っている。だが、娘には平和な世界で生きて欲しい、そう願った長の約束さえ護れなかった。

 

 この身は剣。だが、人を護れぬ剣になんの価値がある?

 もしこの身がその名の通り剣であるとするのなら、自分はただ―――

 

 

「で、こんな早朝から何処へ行くんだ? 刹那?」

 

 

 刹那が屋敷の縁側から地へと足を踏み出そうとした時、よく聞きなれた同室の住民の声が聞こえ振り向いた。

 中学生らしからぬ身長は高く、肌は黒い。柱へと凭れかかるように立っている女性――龍宮真名は、腕を組んでいた片手をはずして、ぶらぶらと手を振っている。

 誰かに見つかるように物音は立てていない。その上時間も朝の五時を半時ほど回ったばかりの早朝だ。少なくとも昨日戦闘に出た人物が、起きているとは思わなかったのだが。

 失態に頭を抱えたい気分ではあったが、ため息で下へと向けていた視線を相手に戻す。

 

「自分が何処へ行こうと勝手だ。言うつもりは無い」

 

「言うつもりは無い、ね。せめて要人に挨拶をしてから行っても遅くは無いだろう。それともなんだ? いけない理由でもあるのか?」

 

 ニヤニヤといやらしく言う真名に刹那は一瞬殺気を出しそうになるも、いつものことだ、と自分に言い聞かせ熱を冷やした。

 

「龍宮、お前理由ぐらいならわかってて言っているな?」

 

「いや、短い間だがパートナーを組んだ桜咲くんが挨拶に来ないから、わざわざ来たんだが? 一言ぐらいあってもいいだろう?」

 

 真名の言葉の中には既に刹那が、木乃香と距離を置こうとしていることは知っていると伝えている。

 じっとその目を見ても、微笑を作るその表情から何かを読み取ることはできない。

 

「……いままでありがとうございました。これでいいか?」

 

「ま、私にはそれでいいさ。ただ、近衛さんには会ってかなくていいのか? 刹那」

 

 

 ――――その言葉を聴いたとき、一瞬だが刹那の思考が停止した。

 

 

「……長にはもう挨拶を済ませた。問題は」

 

「それこそ理由ぐらいわかっていて言っている、だろ?」

 

 真名の言葉に体が硬直したのが分かった。

 確か刹那自身、一度別れを言うべき人物は理解している。

 真名の目は真っ直ぐに視線を向けており、刹那は思わず目をそらしていた。

 

……会えば、どうなるだろう。

 

 考えるまでもない。……いや、考えることなど出来ない。

 騒動の後、結果的には何事もなく無事、それでも長の約束も危機から護れなかったのは事実。そして、刹那自身あの姿を見られたことが一番の要因だった。

 今更、自分はどんな顔をして会えばいいのか分らない。ネギにも、神楽坂にも。

 

「はぁ、別にお前の本当の姿とやらを見ていない私が言えたことでもないが、後悔だけはしないほうがいい。

 お前が忌み嫌われるとか言っていた羽なら、切り落としてしまえばいい。それなのにお前がしなかった理由はなんだった?」

 

「お嬢様を護るため、その力を持ち続けるため。それ以外にありえない」

 

「だろうな。だけどお前は後悔しようとしているぞ。お前が取ろうとしている道は」

 

 そんなこと刹那は知っていることだった。

 その身は剣、木乃香を護る為に生きてきた。それを途中で投げ出したのなら、おそらく自分は生きる意味を失う。それを、後悔しない理由は無い。

 

それでも刹那はただ首を横に振る。

 

「だけど、お嬢様には友が居る、ネギ先生というお嬢様を護るに足りる人物が居る。今の自分に、価値は無い」

 

 だから刹那は、真名には現実(いま)の自分の姿をただ単直に伝えた。

 それを聞く真名の表情はやはり変わらず、しばらく視線を向けていると、真名もため息をついていた。

 もう言うこともなければ聞くことも無い。

 このままいれば悔恨が残るだけだ、と考え踵を返した。

 

 

 

 

「せっちゃん!」

 

 

 

 その声を聞いた。

 

 

 木の廊下を翔ける音が近くまで聞こえ、刹那は思わずその音のする方向へと目を向けていた。

 曲がり角を通り過ぎ、その姿が視界に入る。そしてその音のたてていた人物も、こちらの姿が見ると、ゆっくりだが足を止め、やがて刹那に向かって歩き出した。

 就寝時に身に着けていた桜色の着物を着ているところを見ても、寝ていたところをすぐに起きて走ってきたのがわかった。

 着崩れし、肩で息をしているその少女は、刹那より頭一つぶんほど背が低い。その姿を刹那は忘れるはずが無いのだ。

 近衛木乃香、小さい頃から刹那はずっと共にいて、そして麻帆良で護衛をしていたのだから。

 キッっと真名を、どういうことだ、という意味も込めて睨む。

 対する本人は口元を吊り上げて笑い、ひらひらと手を振ってその場を退散する、というように踵を返した。

 

「ああそうだ、刹那、同室の誼だから教えてやる。捨てられるならともかく、イイ女を捨てるなんて勿体無いぞ?」

 

 ちらりとこちらを見ながら笑う真名は、にやりと口元を吊り上げ笑っていた。

 対して視線をずらせば、木乃香は履物も履かず庭に下り、刹那の目の前まで近づいていた。

 いつの間にか自分は追い越していたのか、と刹那がどうでもいいことを考えたこともつかの間、刹那も木乃香も何を言えばいいのか分らないためか、目の前にいるというのに場は沈黙していた。

 やがて木乃香はおずおずと口を開く。じっと刹那を見上げ、視線をそらさずに尋ねた。

 

「せっちゃん、どこ行くん?」

 

「……さて、どこでしょうか。それに一応、もう十四ですから、その呼び方は控えて戴きたい」

 

 木乃香からの真っ直ぐな視線に刹那は思わず目を逸らして、そんな言葉を返した。

 刹那にとっては元より質問から間違っている。自分がここから去る、ということが決定している以上、それを答える意味は無い。

 だが、それでも木乃香はもう一度尋ねた。ごまかしてほしくない、そう伝えるように。

 

 

「せっちゃんは……、どこ行くん?」

 

 

 それを聞き刹那は答える。

 

 

「どこかへ、です。ただ自分が此処を去る。自分が言える事はそれだけです」

 

 

 自分はそれと同時に、これ以上は話さない、という拒絶の意味も込めて木乃香を見た。それが伝わったのだろう。木乃香はびくんと身体を硬直させ目を伏せる。

 

「どうして……?」

 

 その呟きが口から漏れたのが聞こえた。

 

「どうして、どうしてせっちゃんがここから居なくならなきゃならないんっ!? ウチが悪いならせっちゃんに謝る! だから……」 

 

「お嬢様にはなんの否もありません。一族の掟ですから。あの姿を見られた以上……」

 

「嘘や!」

 

 目尻に涙を溜めて、それでも言葉を失わぬような強い口調で刹那の言葉を遮って木乃香は叫ぶ。

 

「だって……真名さんも言ってたんや。せっちゃんは自由やから……そんな約束護らへんでもええって!」

 

 刹那は真名に自分の羽を見せたわけではないが、自分の過去や素性を知っている人間は師匠、長、学園長、真名ぐらいしか知らないのだから、木乃香に告げ口等をしたのも彼女であると想定できた。

 思わず舌打ちをしそうになったときに気が付く。なにを言えばいいか分からなかったと言うのに、ずいぶん思考は回るものだな、と。

 

「ええ、ですが理由は他にあります」

 

 そう考えてみるとその言葉は案外すんなりと口からこぼれた。

 それは何処までも当たり前で、どこまでも優しいその世界が、ただその事実を忘れさせていただけの話だった。

 

 

「自分は化け物ですから」

 

 

 木乃香の表情が一瞬呆けた表情に変わる。刹那はそれに構わず言葉を重ねる。

 

「え……」

 

「この身は化け物。異形の者達からも、人から見たとしても、です。それは昔から、そしてこれからも変わることはありません。自分の務めが終わった以上、そのような存在が有ればそれは妨げになります」

 

 なにを言われているのか分からない、といった様子だったがそれも無理はない。

 木乃香が裏の世界を見てから時間で言うなら一日も経っていない。全て夢だった、その一言で済んだのなら、長にとっても刹那にとってもどれだけ楽だっただろうか。

 ふと考えそうになったことを頭を振って停止した。

世界はそんなに優しくない。それに、木乃香は将来裏に触れてしまうのは血筋から考えてみるとみても適当だ。今一度記憶を消しても、また今のような気持ちになるのなら、ここではっきりとさせよう。

 それが、木乃香のためであると刹那は考える。

 

「ウチは……」

 

 朝風が身体に吹きついた。

 そのせいだろう、耳に微かにしか聞こえなかったはずの呟きは刹那の耳にまで届いていた。

 

 

「ウチは、せっちゃんが好きや」

 

 

 ハッとして顔を上げてその視線が重なった。

 吸い込まれるように視界に入ったその顔と、少しだけ前に差し出された手が見える。

 

 

「だから、ウチはせっちゃんと一緒に居たい」

 

 

 刹那がその言葉の意味を理解するまで、数秒かかった。

差し出された手は揺らぎの無い表情とは逆に震えていた。如何なることを考えて木乃香がそのような行動をとったか、刹那には理解できなかった。

 自分はもしかしたらその手を取ったのなら、この居場所に残れるのかもしれない。暖かい世界で、自分を忘れて生きられるのかもしれない。

 だが、それでも、

 

 

 オレはその手を取らなかった。

 

 

「それは勘違いです、木乃香お嬢様」

 

 

「………え?」

 

 

「身近に男手が居なかったから、そう勘違いしているのですよ。それに、この身体を流れている血は人を喰らってきた妖の血です。そのような者がお嬢様の護衛という立場にある事すら身分不相応です。故に返答はできません」

 

 

 ひたすら、感情が滲み出そうなのを押さえて淡泊に答えた。

 嬉しかったのは事実だ。しかしそれは単なる勘違い、身近には自分ぐらいしか多く接する男性は居なかった。

 それ故に妹が兄に憧れるような感性、その感情を履き違えているだけに過ぎないだろう。刹那はそう結論付ける。どこまでも『ここから去る』自分にとって都合のいい言葉を、選んで決めつけた。

 失礼します、と表情を見ずに頭を下げて身体を後ろに向けた。

 

 もう十分だ。

 

 そう考え足を進めようとしたところで、

 

 差し出されていた手はオレの手をとった。

 

 

「……ない」

 

 

 小さく呟いたその声はくぐもっていてよく聞こえなかった。

 肩越しに見えた木乃香の表情は前髪に隠れて見えず、それでも手は強く握られている。

 

 

「血とか、妖とか、化け物とか、そんなのウチに関係ない。近衛木乃香は、せっちゃんに、桜咲刹那に居て欲しい。……それじゃだめなん?」

 

 

 ……なぜだろう。

木乃香が、刹那が嘗て守ると言った人が、どうして自分のような者のために泣く必要があるのか。

 強く握られた手から汗が滲んでいるのを感じ、瞳から流れた涙は地面に染みを作っている。

 その景色が、刹那に自分の心臓を殴られたように痛みを錯覚させた。

 

 

「手を」

 

 

 やめてくれ、と叫びそうになった。

 

 

「手を離してください」

 

「……嫌や」

 

 

 刹那の声に木乃香は応えた。

 

 

「離したらせっちゃん、どこか行っちゃうやん」

 

 

 どこか気遣うように、それでも芯の篭った声が耳に届いた。

 

 

「自分は化け物です」

 

 それは絶対に変わらない。

 人にもなれず、妖にもなれない混ざりモノ。それだけならいい。だけど自分は、違う。

 

「自分が居れば必ず貴方に不幸を招く」

 

 元より化け物、刹那とはそういう存在だと、自分自身で認識している。

 忌み子と呼ばれ嫌われた。気味が悪いと同年代の子供に石を投げつけられた。

 暗い洞穴に籠り、自分の白い羽を毟った。そうすれば、自分は化け物ではなくなると思って。

 墨汁を頭からかぶった。髪の色も翼の色も、他者と何も違わなければ、もう一度受け入れてくれると信じていたのに。

 帰ってみれば、其処に在ったのは冷遇されている両親と、ただ忌まわしい物を見る様な視線をぶつける他者だけだ。

 ただ、逃げ出した。どこに行けばいいのかもわからず、時代外れの浮浪児のように彷徨った。

 桜咲刹那と言う存在と、とあるまじき筈の白い翼は、不幸をもたらす象徴でしかない。神鳴流の剣士にこの身を拾われても、ただ刹那は人には成れず、誰かを文字通り傷つける剣のようなものであると理解していた。

 

 

 

 だけどーー

 

 

「それはお嬢様も例外ではありません」

 

 

 神鳴流師範が会わせてくれた近衛木乃香という存在は、自分にとって初めての友達だった。

 何もない自分に笑いかけ、引っ張ってくれたその手が、自分にとってどれだけの救いだったのだろう。だからこそ、初めて護りたいと、自分が護るための剣で在りたいと思わせてくれた。

 だがそれも思いだけ。木乃香が川で溺れた時にはなにも出来ず、守ろうと誓いそのための力を付けてみても、今回の件で危険をもたらした。

 ほら、結局できたのは自分の周りに不幸を招いただけだ。

 この身のことなど知ったことではない。自分にとっての優先すべき絶対は、近衛木乃香が不幸ではないこと、に他ならないのだから。

 だからこそ、自分がその側で立つことを自分は許さない。

 この白い翼は、不幸の象徴だ。そして自分が不幸を招くと理解したからこそ、刹那は―――

 

 

 

 

 

 

「なら、不幸でええよ」

 

「……え?」

 

「幸せになってもせっちゃんが居ないんなら、せっちゃんがここに居られるんやったら、ウチは不幸でええ」

 

 

 やっとみつけた。

 

 そんな言葉が聞こえそうに木乃香は微笑んだ。

 

 

「それは……困ります」

 

 

 木乃香とは対象に刹那の表情は苦々しく歪んでいる。今度こそ、なにを言えば良いのかわからなくなった。

 

 

「オレは、木乃香様に不幸になって欲しくありません」

 

「ウチはせっちゃんに居なくなって欲しくない」

 

 

 ギリッと、歯を噛み締め刹那は木乃香の視線を真っ直ぐに捕らえた。

 それでは話は平行線のままだ。このままで交わるはずがない。

 

「自分は…っ、オレという存在が貴方を不幸にするのなら、オレに生きる価値はありません!」

 

 裏一つない刹那の言葉は、叫びとなって口から漏れた。

 ……子供の頃から自分の願いは、昔からたった一つだった。長から齎された、誓が在った。

木乃香お嬢様に幸せであって欲しい。ただそれだけなのに。

 

「不幸も幸せも、私が決める! せっちゃんが私を不幸と思うてもええ! だけど、せっちゃんが居なくなることが幸せなことなわけない!」

 

 そんな事を言われたら、どうしていいか分からない。刹那は、固く拳を握りしめた。

 共に居ることが刹那は不幸にすると考えている。木乃香は共に居られないことが不幸だと考えている。矛盾だ、どちらの意志も両立して貫き通すことは出来ない。

 どちらの意志が強いか、ただそれだけが二人の結論への道だった。

 

 

「自分は強くありません。自分は……貴女を守れる程強くないのです」

 

 

 ならば最初に目を伏せたのは、刹那であったのは当然だったのだろう。

 護れるのならば、自分という存在がそれに価するのなら、この身は喜んで差し出そう。だけど、危険な目に合わせてしまうのは事実なのだ。

 刹那自身の不甲斐無さから握り締めた拳からは、爪に食い込んだ血が流れている。そんな拳を、まるで包むように両手で握られた。

 

 

「ううん、せっちゃんは強いよ。だって、来てくれたやん」

 

 

 木乃香は覗き込むように刹那の視線を見る。自分の温もりを伝えようと、優しくその両手を握り、言う。

 

「ウチには何が起きてたなんて、全部分からへんよ。それでも、せっちゃんは助けに来てくれた。ちょっとだけお姫さんみたいで恥ずかしかったんやえ?」

 

 

 照れるように言うその言葉は、刹那の中に在る何かを溶かしていく。

 

 

「また、やけど。守ってくれてありがとな、せっちゃん」

 

 

 そうか、自分は、護れたんだ。

 刹那の中に居た、自分を責める声が小さくなってく。自分では守れないと、そう言い続けたその声は、ただ木乃香の言葉で消えていくような気がした。自分が忌んでいたこの翼が、この色が、ただ不幸にするかもしれないと、恐れて言い訳していた。

 ただ、自分は怖かったのだ。自分のせいで自分の友達を失うことが。

 幼い頃川で何もできず、自分の目の前で本当に自分が無力だと感じることが、ただ怖かった。約束も守れず、だからこそ木乃香も守れないと考えて、ただ逃げようとしていた。

 

 

 

「自分は……化け物です」

 

「うん」

 

「自分は、強くありません」

 

「そっかぁ」

 

「自分は、お嬢様を不幸にするかもしれません」

 

 

 

 

「だけど……だけどオレは……オレはこのちゃんの側にいてええんかなぁ?」

 

 

 両膝をつき、刹那は項垂れながら涙を流す。大粒の涙が頬から零れ、地面に染みを作る。

 

 

 

「また守れないかもしれない、傷つけるかもしれない、そやけどオレは……」

 

 

 このちゃんの隣に居たい。

 

 ぎゅっと、暖かい手に体を包まれる。

 胸に頬を預けるようにも垂れかかった身体を、木乃香は抱きしめた。

 

 

「せっちゃん、あったかいんやなぁ」

 

 体と同じように、暖かい声が耳元でささやいた。

 

 

「今度こそ、捕まえたえ?」

 

「……ええ」

 

 

 

「もう、逃げません」

 

 

 

 そう、二度と逃げるわけには行かない。

 暖かいから寒さを恐れ、それなら最初から暖かいという事を知らなければよかった。

 

 だけど、そんな冷たくも優しい場所に逃げるわけにはいかないから。

 

 じっと、二人の視線が交差する。

 どちらも大きな意志を持ち、それでいて身体から伝わる暖かさがその思いを包んだ。

 

 そうして二人はおもむろに互いの顔を寄せ--

 

 

 

 

 

「だ、ダメですよ刹那さーーーん!!」

 

 

 

 

 

 思いっ切り身体を引き離した。

 

 

「ね、ネギちゃん!?」

 

「一族の掟だからって居なくなっちゃうだなんてだめで………あれ?」

 

 

 乱れた衣装で叫ぶネギ先生。女性なのだからそれはダメだろう、と言うより先に刹那の頭の中は真っ白になった。

 なにを勘違いしたのだろう、目を思いっ切りつぶって呼び止め辺りを見れば、物凄く場違いな空気にネギは直面していた。

 目を白黒させるネギ、恐らくは自分を呼び止めるためだろうと判断した刹那は、嬉しくもあったが心の中では安堵していた。

 よくよく思い出してみたら、先程の光景は少し恥ずかしかった。今こうして落ち着いてはいるが、もしも誰かに見られていたら赤面していただろ――

 

 

 

『あーもう何でそんないい所で出るんだよネギ先生! せっかくの大スクープが!?』

 

『ラブ臭が! ラブ臭が蔓延してる! もう無理お腹いっぱい換気しないと無理だって!』

 

『こいつはくせー、ラブの臭いがプンプンするぜー、ですね。馬鹿ばっかです』

 

『あ、あわわわ、みんなそんなに押したら……あぁ!!』

 

 

 まるで押し入れからの雪崩のように、3-Aの生徒達はふすまを倒してなだれ込んできた。

 全員起きたばかりで、面白い物を見つけたと言うように朝倉辺りが見ていたのだろう、刹那はそう冷静に判断することはできたにもかかわらず、感情面では完全にフリーズしていた。

 

「いやーお二人さんいい雰囲気だから出にくくってなー。あ、続きをどうぞ木乃香ちゃん」

 

「で、できるわけあらへんやん! もう!」

 

 顔を赤くして怒った木乃香は、部屋へと逃げ込んだみんなを追いかける。頭の中がフリーズしたままの刹那を、ネギが心配そうな視線で見ていた。

 そうして声を掛けられたとき、素っ頓狂な声を上げて顔を赤くしている姿は、どこかのコントのようにも見えていた。

 

 

「まぁ、3-Aにはこんなノリが一番だろうなぁ」

 

 相変わらず柱に背を凭れたままの真名は、いつの間にか隣に来ていた二人へと話しかける。

 一人は長い金の髪で、頬杖をついたままつまらなそうに見ているエヴァンジェリンと、煙草片手に微笑ましそうに見ている近衛詠春の姿であった。

 

「ふん、つまらんな。抜身のままの名刀が、鞘に収まった凡刀に変わったような気分だよ」

 

 どこにでもあるような人間の姿よりも、どこか歪んだその姿の方が面白いと、そう思えるのは、エヴァンジェリンが長く生きているからだろうか。

 そんな言葉に詠春は肩をすくめる。ほんの少し言い方を変えれば、元の鞘に収まったとも聞こえるその言葉のなかに、安堵も少しだけ含まれていることが分かったからだ。

 

「剣は、必要な時だけ名刀で在ればいい。何も傷つけるだけが、剣の在り方で在るとは私も思いませんよ」

 

 刹那はまるで剣だ。自分が誰かを傷つけると知っていて、傷つけられると知っている。それでも、鞘が在れば傷つく事も無い。鞘という在り方を知ったことが分かったのは、詠春にとって心配の種が一つ減ったことでもある。

 

「それにしても、いいのかい長さん?」

 

 真名は口元の微笑は崩さず、可笑しそうに尋ねた。何がですか、と返した長に、悪戯をした子供のように答える。

 

「刹那が剣なら、木乃香は鞘。少し見方を変えてしまえばまるで番いのようにも見えるんじゃないかな?」

 

「おっと、そうだったな詠春。だけどどうする気だ? 実際に刹那は混血で、魔の一種でもある。そんな者が果たして、婚約するに値すると、他のバカどもから見られるのか?」

 

 にやにやと意地の悪い笑みを見せて、エヴァンジェリンは口を開く。

 見れば、あれが将来的にどうなるのかは、余程鈍感で馬鹿に鈍感を賭けたような神楽坂でなければ誰にでもわかることだろう。

 なんとかして婚約を進めようと、骨を折る詠春の姿が直ぐにでも想定できるからこその、エヴァンジェリンの笑みであった。

 だが、そんな言葉に詠春は微笑んで返す。

 

「知っていますかエヴァ? 坂田金時も、安倍晴明も、英雄と呼ばれた者は殆どが混血だということを。私のような武人でもこうして在るのだから、何も問題は在りませんよ」

 

 

 おもわずきょとんとしたエヴァンジェリンであったが、またつまらなそうな顔をして頬杖をついた。

 結局、想定内だという事だ。刹那がネギ(英雄の娘)たちと共に居ることも、そして未来をどのように歩むのかということも。何しろ西と東の長が共謀して行っているのだ、親ばかもここまで至ったか、と。

 遠くでフリーズしたままの刹那を、木乃香が手を引いて走り出す。はっとして気が付いた刹那が、木乃香の微笑みをみて苦笑し、同級生たちを追いかけた。

どこまでも微笑ましくあるその光景に、不幸と呼べるものは何もない。

 

 

 やっぱりつまらん。そう口を尖らせ呟くエヴァンジェリンに、真名が思わず噴き出した。そんな二人を、詠春は微笑ましく見ていた。

 

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