ネギま短編集   作:作者さん

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本編353話の明日菜のお話。性転換とかはない。


神楽坂明日菜 353話

 

「時間だよ、明日菜」

 

 膝を抱える少女に、落ち着いた一つの声が投げかけられた。その姿は蜃気楼のように虚ろであり、今にも消えてしまいそうに見える。

 少女――神楽坂明日菜はその声に意識を浮上させた。正確には自分が声を掛けられたと理解し、何も働くことをしなかった意識が久方ぶりに動き出したと言うべきだろう。

 

「……いいよ、なんか疲れたし、眠いし」

 

声を投げかけた少女――アスナは、膝を抱えたまま見向きもしない主人格の言葉に、思わず溜息を吐いた。

 

 魔法世界、という場所がこの世界には存在していた。明日菜がただの中学生として学校に通っていたとき、火星に造られた人造異界である魔法世界は消滅の危機を迎えていた。魔法力の枯渇によって世界を支えることができなくなっていたのだ。

 そのとき世界には二つの選択肢が在った。一つは魔法世界の創造者の系譜である明日菜の持つ特殊な力で、全てを夢として世界を閉ざすか。もう一つは彼女の教師であり、英雄の提示した全てを救うのか。

 

 選択されたのは後者であり、その英雄によって世界は救われた。たった一人、世界を差支えるために生贄になった明日菜を除いて。

 

「……そう、それなら別にいい。でも、いいの?」

 

 アスナは再度言葉を投げかける。

 100年、それが明日菜が人柱として封印されなければならない時間だった。その時間を明日菜はたった一人で意識を保ち、今ここに存在している。アスナはその封印の終わりを告げに来たのだった。世界を救うためにみんなと別れた、そして必ず再開すると自分の弟分に誓った。

 

「……ん」

 

 明日菜は顔を上げて空を見る。だんだんとひび割れていく世界に、自分が確立されていく気配を感じていた。

 

「そうだ、目、覚まさなきゃ」

 

 100年という年月は明日菜という存在を消滅させる、600年を生きる真祖の吸血鬼はそう彼女の友人たちに断定した。だが、それを否定して自分は再会を約束したはずだった。

 大丈夫、忘れていない。だから、目を覚まさないと。

 

「……明日菜」

 

 無表情で自分の過去の人格だったアスナは言う。ごめん、行ってくると手を空にかざすと、その世界はガラスを割ったように消えてなくなった。

 

――――

 

 封印が解かれた明日菜が居たのはかつて彼女が通っていた学園の屋上だった。石畳の上で倒れ伏せていたところを、小鳥の鳴き声によって目を覚ます。

 

「……あれ? テオドラさん? ラカンさん……って」

 

 居るわけないか。

 そう明日菜は呟いて、立ち上がる。体感では本の一瞬のようにも何千年のようにも感じ、明日菜という身体はほんの数秒前まで対面していた者達の姿を、無意識に探していた。

 屋上の端まで身体を寄せて、そこから見える光景に思わず感嘆の溜息を吐く。明日菜の記憶では人々は自転車や車を使って移動し、飛行機が時折飛んでいる程度の交通しかなかっただろう。

 だが明日菜の視界に入ってきたのは、箒を使って空を飛ぶ人たちと、戦艦のような大きさの飛行船だった。視界を少し下にずらせば、街と言う街の殆どが自分の記憶とは形を変え、発展した姿を見せている。

 

「はぁ、確かにこりゃ未来だわー」

 

 言葉の中にもいまいち実感と言う物がない。信じられない、と昔の自分ならいう事が分かる以上に、自分の立場は摩訶不思議で未来まで来てしまったのだ。実感をすぐに持てという方が酷だろう。

 

 視界の奥に嫌でも黒い塔が目に入る。自分が頭の中に浮かべるどんな建築物よりも大きなそれは、英雄が世界を保つためのメインプランだったはずだ。

 

「なんだ、やったじゃないの、ネギ」

 

 愛おしそうにその英雄の名を明日菜は呟いた。100年後に再開を約束した、恋人という存在ではないがとても大切な人の名前だった。

 思わず口元がにやつく。彼は確かに成し遂げたのだ。父を救えたのかどうかは分からない、それも本人の口からきけばいいだろう。

 なにしろ100年分の話だ。結局自分が所属していた3-Aのみんながどのような道に進んだのか、ネギ自身がどのような選択をしたのか、世界はどう変わっていったのか、いくらでも話すことはあるだろう。

 

「ぃよーしっ!! そうと分かったらさっさとあのガキンチョを探さないとね!」

 

 力いっぱい気伸びをして明日菜は誰に言う訳でもなく宣言する。そうして何かを発散しなければ、楽しみや期待で口元がにやけてしまいそうだったからだ。

 いったいどんな姿でいるだろうか。どんな風に成長したのだろうか。思わず緩む口元をそのままに、明日菜は学園の階段を下りたのだった。

 

 

『…………』

 

 

 そんな明日菜の姿を少女は、霞のように朧な少女はじっと黙って見つめていた。

 

 そこには表情が全く見えない、明日菜の精神世界で見送った視線のままアスナはただそこに居た。

 

 

――――――

 

 その異変を明日菜が感じたのは何時からだっただろうか。

 自分が目を覚ましたのに、その場所に誰も居なかったところか、段々と暗くなっていく空を見上げた時だっただろうか、廃墟になったエヴァンジェリンの家を見つけた時だっただろうか?

 空からは雨が降り注ぐ。春先の雨はまだ冷たく、凍える指先が赤くなっていた。傘を持たないその身で雨を防ぐことはできず、明日菜は思わず道先の電話ボックスに入り込んでいた。

 未来の電話ボックスではインターネットにつなげることができた。そして探すのは勿論ネギの事だ。フリー百科事典のウィキメディアを開くと、慣れない手つきで彼の名前を探していく。

 ようやくたどり着いた記事は、彼が行方不明であるという記述が書かれている。行方不明という事は、死んでしまったわけではない。魔法がらみの事で、行方不明者があとでひょっこり顔を出すなどという事はいくらでもあった。

 

「……何やってるのよ、ネギ」

 

 苛立ち交じりの声は、思わずネギを浮かべて攻めている。

 ああそうだ、嫌な予感をはっきりと明日菜が感じたのはこの時だったと言えるだろう。足元から何か黒い影の様な物が這い上がってくる悪寒に身体を震わせる。

次に検索したのは自分の親友である雪広あやかの事だった。もしかしたらネギがどこに居るのか、いいんちょの子供たちが知っているかもしれない。頭の中に一番最初に浮かんだことと、自分が今現実的に移動できる場所として、財産的な理由で住所を変えていないだろう人物が、雪広あやかだったからだ。

 現党首の名前をウィキメディアで調べ、電話ボックスを出る。こんな不安な気持ちでいたくない、自分は確かに地面を歩いているはずなのにどこかあやふやだ。

 

 怖い。

 

 何が怖いのか、認めてしまえば自分が一歩も動けなくなってしまう事を明日菜は感じていた。だから早くネギの顔を見たかった。そうすればきっと、この不安もなくなるだろう。

 自分の中で親友だったあやかの家はどこにあるのか頭の中に入っている。一刻も早く向かおうと、明日菜が地面を蹴ったときだった。

 

「え……明日菜、さん?」

 

 その声はどこか親友の声に似ていて、それにしては幼い物であると感じた。だが自分の知っている誰かかもしれないと、明日菜は踏み出した足を止めて振り向いた。

 

「いいん、ちょ?」

 

 そこにいたのは小さな傘を指し、唖然とした表情で此方を見るひとりの少女の姿だった。ブロンドの髪は長く、その質も色も雪広あやかの姿を思い出させる。なによりもその顔立ちがそっくりだった。

 

「えっと、違う。もしかしていいんちょ……じゃない、雪広あやかさんの子供、だったりするのかな?」

 

「確かにわたしは雪広あやか大御婆様の孫ですが……」

 

 近づく明日菜を目を見開いて見る少女は、明日菜の存在が信じられないと顔に表している。

 

「それじゃああなたのおばあ様から、その、神楽坂明日菜っていう人の事を聞いたりしていない?」

 

 自分の親友だった者の子孫に自分の事を伝えているだろうか。伝えていたからと言って何ができると言うのか。

 藁にもすがる思いで明日菜は少女に尋ねる。きっとこの少女は私の事を知っている。だからネギから何か言付けを受けているかもしれない。それでなくても、何処に居るのか知っているかもしれない。

 

「……はい、確かに大御婆様から明日菜さんのことはよくお聞きしました。ですけれど……」

 

 どこか少女の言葉は歯切れが悪い。迷う少女は暫く何かを考えると、意を決したように明日菜と視線を合わせて尋ねた。

 

 

 

 

 

「どうして貴女がここに居るのですか?」

 

 

「……え?」

 

 

――――――

 

NEGI SPRINGFIELD.

そう書かれたのは一つの墓石だった。彩も無く、多くを語らないその墓石は他の死者たちと一緒にそこに存在している。そして自分と再会を約束したはずの弟分の名前が、その墓石には刻まれていた。

 

 

「…………嘘」

 

 震える小さな声が辺りに響く。あやかの孫と共に墓地へと訪れそこで理解したのは、その墓石に書かれた人物とは永久に会うことができないという、ごく当たり前の事実だった。

 

「……明日菜さん、その」

 

 なんと声を掛ければいいのか、そう迷っているように明日菜には聞こえた。そして明日菜にはそんな少女の言葉は届いてはいなかった。ただ事実を実感するために、少しの時間が必要だった。

 風が吹き明日菜の髪を揺らす。固く握りしめられていた拳をほどくと、小さく呟いた。

 

「……バカ。うそつき」

 

 涙は零れない。余りにも自分の中に生まれた悲しみが大きすぎて、涙として溢れることすら許容してくれはくれなかった。

 

「そこに眠る人は、大御婆様の大切な人だったと聞いています。それともう一人……」

 

「もう、一人?」

 

 かすれた声で明日菜は問い返す。

 大切な人とは誰だったのだろう。ネギには好きな人にきちんと告白しなさいと、伝えてあったからきっと恋人だろう。それとも、あやかの夫となったひとだろうか。

 少女は視線をネギの墓標の隣に置いた。それにつられたように明日菜もそちらを向いて……

 

 

 

 

「目を瞑れぇ! 神楽坂ぁあ!!」

 

 

 

 どこか、懐かしい声が聞こえた。魔法世界に行くための修行で何度も聞いた少女の、真祖の吸血鬼である彼女の声だ。

 それがエヴァンジェリンのものであると頭の中で解答を導き出す。導き出したが、その声の方向を振り向きすらせずに、明日菜は呟いた。

 

 

「……え?」

 

 

 そこに入ってきたのは墓標だった。何の変哲もない、ネギと同じもの。唯一違うのは、そこに刻まれた名前だった。

 

 

 

ASUNA KAGURASAKA そう墓標には刻まれていた。

 

 

―――――

 

 

走る、走る、走る、走る。

 何かを振り切るように、道行く人々の視線も無視して明日菜は走っていた。肺が張り付いたように痛むのを無視して、がむしゃらに足を動かし続けた。

 

『……見て、しまったか』

 

 その墓地に訪れたエヴァンジェリンは、明日菜をみて苦い口調で呟いた。

 その墓標に刻まれた名前は、まぎれもなく自分のものだった。神楽坂明日菜の、ネギの大切な人であると言っていたその人の名前、自分以外が持たず、同姓同名であってもこの場所に死者としてネギの隣に居るはずがない者の名前だった。

 

『どういう、ことなの? どうして私の名前がここにあるの? は、ははは、エヴァちゃん、いくらなんでも悪趣味じゃない』

 

 向かう場所など決まっていた。『そこ』は自分と親友以外が訪れる必要もない、自分たちの中では聖域の様な場所であったはずだ。

 だからある、絶対にある。ほんの数分前に聞いた言葉を無視して、明日菜は走り続けた。

 

 

『……ああそうだ。これが冗談なら悪趣味で済ませられたな。だが……』

 

 

 エヴァンジェリンはこのことを今すぐ明日菜に伝えるつもりは無かった。元麻帆良学園屋上に彼女の存在を探知したが、向かってみれば明日菜はその場所を離れていたのだ。

 そして雪広の少女も悪意が在ったわけではない。ただ12にも満たない少女が心の機敏を察知することができなかったという事だけの話なのだから。

 

 

『そこに在る墓は確かに、神楽坂明日菜のものだ』

 

 

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!!!!

 頭の中に残るエヴァンジェリンの声を明日菜は振り切るように首を振った。

 到着したのはある樹の下だった。学園の一部で開発のために手を付けていなかったその場所は、自分が小さいころに親友と訪れた場所だった。

 

 

『キサマが眠りに着いてから数分後、神楽坂明日菜は現れた。未来から『私』と超が連れてきたソイツは、確かに皆が知っている『明日菜』という存在だった』

 

 何を言っているのか明日菜には理解ができなかった。自分は此処に居るのだ。じゃあこれから自分を過去に連れて行ってくれるのか? そうしたら……

 

『……そう、だな。世界を渡る渡界機と航時機によって彼女は訪れた。だからキサマもきっと……』

 

『まって、エヴァちゃん』

 

 明日菜は震える声で尋ねた。

 

 

 

『世界を渡るって、どういうこと?』

 

 

 

 固くなった地面を無理やり手で削っているためか、皮膚が擦り切れ血が流れる。それもどうでもいいと言うように、明日菜はただその樹の周りの地面を素手で掘っていた。

 そこには委員長、自分の親友である雪広あやかの友情の結晶が在るはずだった。

 

「……あ、った」

 

 明日菜は顔を綻ばせた。

 

 

『……理解、してしまうか』

 

『嘘だよねエヴァちゃん。此処に居る私は『私』なんだよね? そうだよね?』

 

 記憶を封印した影響で鈍かった頭は、既に解かれたことによって全て順調に動き出している。すぐさまエヴァンジェリンの言葉から解を導き出した明日菜は震える声で尋ねた。

 

『……キサマの考えている通りだ。其処に居る明日菜は……』

 

 

『よく似た世界から来た、別人だと言えるだろうな』

 

 

 

 

 とある世界が在った。

 同じように時間が流れたその世界が唯一違う事は、明日菜という少女の間に『ASUNA』の名を刻まれた墓標が無いことだろう。

 時と世界を渡る未来人は科学と魔法によってその少女をある世界に送った。明日菜が封印された直後の時間軸に。

 

 誰もが思ったのだ。その少女は神楽坂明日菜であり、『自分たちが封印した』明日菜が未来から帰ってきてくれたのだと。

 そうして世界は時間を刻んでいく。ネギという少年とその生徒達、そして最高のパートナーと共に、世界を回っていくのだ。

 

 

 封印された、『神楽坂明日菜』という存在を置いて。

 

 

 そうして封印から目覚めた明日菜は理解したのだ。

 自分が共に居た大切な人たちは、自分と全く同じ顔の誰かを自分だと思い込み、時を刻んだのだと。

 

 

『たとえ時を世界を渡って、神楽坂明日菜がまだ到着していない時間軸に行ったとしても、そこに居る人たちは自分が知らない別人である』

 なぜなら自分が共に居たいと願ったこの時間軸には、既に自分ではない神楽坂明日菜が居たのだから。

『自分が封印されてまで守った人たちの隣には、既に違う誰かが居て、自分という居場所はすでに塗りつぶされた後だった。』

 

 

 

 明日菜はさびだらけでくたびれたクッキーの缶を開けた。雪広あやかが、たとえ100年後に出会うことができなくても様々なことを伝えられるように、と。いろいろな思い出を詰めたタイムカプセルだった。

 その中身は確かに自分を実感させる。同じ顔をした別人が奪った居場所にではない、もともと明日菜が持っていた居場所のもの。

 だからその中身が在れば、きっとそれは明日菜がこの世界に塗りつぶされていないと証明できるはずだ。

 

そう、はずだった。

 

 

「…………」

 

 

中には、何もなかった。

 

 

「……神楽、坂」

 

 

いつの間にか追いついたのか、エヴァンジェリンは明日菜の背中に声をかける。

 どう声を掛ければいいのか分からない、静かな空間はやがて言葉によって斬られた。

 

 

「……神楽坂、私と共に来ないか?」

 

「…………」

 

 明日菜は答えない。ただ黙ったままだ。

 

「超から渡界機も航時機もほら、このとおり奪ってある。好きな場所に行けばいい。……私も大馬鹿息子を持っていたが、アイツは勝手にするだろうさ」

 

 不格好な笑みで二つの懐中時計を見せるが、明日菜の視線は朧なままだった。やがて視線はエヴァンジェリンの手にある二つの時空機に向けられていた。

 その二つに片手をゆっくり伸ばす。まるで珍しい物を見つけた子供のように、その二つを弄ぶ。

 

「はは」

 

「? 神楽……」

 

 

 

 

 

 

「あはははははは!あはははぁあはあははははははははははっはあははははははははははは!!!!!!!」

 

 

 

笑う、笑う、笑う。

 狂ったブリキの人形が同じ行動を無意味に繰り返す様に、明日菜はただ笑った。

 ピシ、と何かがひび割れる音が聞こえる。それは明日菜の手の中に在る二つの時空機が、形を崩す音だった。

 それとエヴァンジェリンが異変を感じたのは同時だった。重力魔法を受けたように辺りが歪み、世界から切り離されていくのを感じていた。

 

 

「全て全部何もかも意味なんてなかったんだ! アイツが言ってくれた言葉も! いいんちょの思いも! 全部全部全部全部全部全部全部!!!!」

 

 

居場所も思いも全て、『神楽坂明日菜』という存在に奪われた。自分の誰にも認識されず、誰からも見向きもされない。居なくなったと言う事実にすら気づかれない

 

 そんなもの、存在しないと何が違う。自分が抱いている思いも、自分がやった100年の封印と言う時間も存在しない事と、何が違うと言うのか。

 

 

「全部なければ良かった! 目覚めなければよかった! 滅びればよかったんだこんな世界! こんな場所、こんな思いも、こンな記オクもナにもカも全部!!!!!」

 

「落ち着け神楽坂っ! っく!?」

 

 

 

 魔法世界王家の魔力の暴走、精密機械の塊であるが強い耐久を持つはずだった二つの時空機を、大量の魔力が渦巻き暴走を促している。

 感情の解放によるリミッターの解除、確実に死に至るであろう魔力の放出を明日菜は感情の爆発によって発動させていたのだ。

 

 

「アアアアアァアアアアァァアァァアアアァアアア!!!!!!!!!!」

 

 世界が歪み、明日菜の視界を真っ白に染め上げた。

 その歪みは世界に裂け目を生み出し、二人の姿を飲み込んだ。

 

 

 

 静粛が辺りに訪れる。その樹の根元には、錆びてくたびれたクッキーの缶が転がっているだけだった。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

「もう、いいの? 明日菜」

 

 

 少女は尋ねる。膝を抱え、今にも消えてしまいそうな霞のような存在に。

 

 

「うん、なんかもう、疲れたし、凄くねむい」

 

 

「……分かった。おやすみなさい明日菜」

 

「うん、おやすみ」

 

 

 そう、少女は膝を抱えて目を瞑る。安らぎにも似た夢の中に戻るために。意志を失なった少女には、もうそこに在る意味を見出すことができなかった。

 

 霞のようなその存在は、その霞と同じように、風に吹かれてどこかにその存在を消していた。

 

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