ネギま短編集   作:作者さん

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テルティウム プロット通り327話

 その人は、自分にとってどんな存在だったのだろう。

 白い髪の少年――テルティウムは、消え去った自分の同族である存在を見つめながら、ぼんやりとそう考えた。

 

 調整不良でテルティウムが倒れていたところを、その女性は介抱してくれた。質素な白い服を身に纏い、頭の上で結んだリボンがゆらゆらと揺れている。

優しい人であったことは確かだろう。見ず知らずの男を倒れていたとはいえ、無償で介抱してくれたのだから。迷惑そうな顔一つせずに数日間家へと泊めてくれたことに、テルティウムは感謝と自分の中に生まれた何かが引っかかった。

 

『おいしいコーヒーを煎れてお待ちしますね』

 

 そう言って笑う彼女の笑顔に、自分は何を考えたのだろう。

 

 テルティウムが嗜好品の一つとして惰性で飲んでいたはずのコーヒーは、何時も飲んでいるものよりも美味しかった。豆の種類は同じにしてみても、自分の方がずっと上手く煎れられる自身が在ったにもかかわらず、それは不味かった。いったい何が違ったのだろうと、ただ首を傾げるばかりだ。彼女という存在が居なかっただけで、物理的に味が変わることなんて有りえないと言うのに。

 彼女が居たことで自分の中で何かが変わっていたような気がした。創造主(マスター)によって調整されずそのままであったテルティウムは、創造主からそれでよいとされていた。任務に支障が出ると忠言しても、それを理解した上での言葉だった。

 

 ならばその思いもバグだったのだ。

 彼女が居た村が何者かによって襲撃されており、草原の中に倒れ伏す彼女ら姉妹を見て、テルティウムが動きを止めたのは。

 どこにでもある悲劇の一つだった。小さな村が脱走した兵によって襲われる、竜種の逆鱗に触れその巻き添えになる、内乱に巻き込まれて市民まで巻き込まれる。人一人殺す出来事など吐いて捨てるほどあった。彼女たちが巻き込まれたのはそんな悲劇の一つにすぎないのだ。

 

 彼女の傍に寄り傷の具合などを簡単に診る。息はまだあり治療すれば十分に助かるだろう。それは近くに倒れている彼女の妹も同様だった。

 

『……あな、た……は』

 

『……喋らない方がいい。傷に障る』

 

 感情のない口調で淡々と答えるも、その頭のなかでは様々な考えが浮かんでいた。

 このありふれた悲劇であったとしても、彼女たちにとっては大きな障害であり、これから歩む世界は暗く厳しいものだろう。特別裕福な生まれなわけでもなく、家も失い蓄えも多くない彼女たちが、この世界で生きていく方法などたかが知れている。

 ならば、此処で終わらせることが慈悲ではないのだろうか。

 殺すのではない。自分たちが魔法世界の者達に行っているのは救済だ。ならば歩まねばならない暗い闇のある道ではなく、創造主によって造られた明るい道へと導くことこそが正しいはずだ。

 

『…………治療をする。動かないで欲しい』

 

 ならば、今自分が行っていることは何のためか。そうテルティウムは自問する。

 彼女たちを生かす意味は無い。救済しなければならない。だけど確かに自分は、彼女たちに生きて欲しいと思っている。

 

『ごめん、なさい。今日は、こーひー、煎れら、れそうに、ない、ですね』

 

『……君は』

 

 苦痛から額に脂汗を流しながらも、途切れ途切れに彼女は呟く。口元に少しだけ笑みを浮かべて、大丈夫だとテルティウムへ言うように。

 どうしてそこまで此方の気を使うのか理解ができない。

 ならば聞いてみようと、そう頭の中に微かに浮かびすぐに消した。行き当たりばったりな行動を自分はしているという自覚はあり、まずは治療を進めようとした時だった。

 

 

創造主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)

 

 

 彼女の身体が光の粒子になって消えていた。

 

 

『なんだ、ようやく来たのかテルティウム。随分と遅かったじゃないか』

 

 

 それから――テルティウムは自分が何を考えているのか分からなくなった。

 彼女たちの村は読心術の持ち主が生まれることが多く、その存在を消すために今回この村が襲撃されたのだと。どう足掻いたとしても彼女たちに安息など無く、消えていく運命であったのだと、セクンドゥムは語る。

 だとしたら彼女を治療していた自分の行った行為など、何の意味も持たない無駄でしかない。彼が行っている救済は襲撃者たちにも行われ、村人に至っては彼女たち以外は全て救済したのだと言う。

 セクンドゥムの行動は正しい。魂狩りは魔法世界維持のために必ず行わなければならない事であり、創造主の命令を忠実に行っているのだ。

 

 人形にとって、道具にとってそれは何処までも正しいのだ。

 

『何だまだ一匹居るな。全員片づけたつもりだったが、成程姉妹の内の片割れか』

 

 セクンドゥムの言葉に釣られ視線を傾ける。

 そこには怯えた表情で此方を見る彼女の妹が居た。少女がいつも見せていた照れなどの反応は無く、純粋な恐怖のみが浮かんだ表情だった。

 セクンドゥムはゆっくりと歩みを寄せる。それから逃げるように少女は背中を見せて駆け出した。

 

 それをただ、テルティウムは見ているだけだ。

 

『ハハハハ! 逃げるな逃げるな! 苦しませずに姉の元に送ってやろうと言うのだから!』

 

 なぜならセクンドゥムの行動は何処までも正しい。創造主の人形として間違いなく正しい。ならば自分は此処で動かず、ただ見ているだけで十分であるのだから。

 小さなことだ。魔法世界全体で見ても、たかが村一つが消えただけの事だ。魔法世界の維持という大義のための僅かな犠牲だったと言えるだろう。

 

 人形がそう思わなくてどうする。テルティウムがそう思わなくてどうする。それが正しいと思わなくてどうする。自分の行動がバグだったと考えずにどuする。セク■ドゥムが正しsいtも思わgabval。創s造cajsの命kdにcbてvn正しjkdlcnhfscjnjd――――――――

 

 

 草に躓き転んだ少女は、近づいて杖を向けるセクンドゥムを見上げた。

 彼女にとってセクンドゥムは正しく死神に見えたのだろう。怯えた表情の彼女を見てセクンドゥムは笑い、創造主の掟を発動させようとした時だった。

 

 

 雷が二人の間を遮った。

 

 

『がっはぁ!!』

 

 突然割り込まれた雷がセクンドゥムを強打する。少女にとっては目の前の光景は間違いなくそう見えて、テルティウムとセクンドゥムにはまた違った光景が見えた。雷は確かに形を持っており、人間の形となってそこに存在している。

 テルティウムの立つ場所まで吹き飛ばされたセクンドゥムは、手足を着いて姿勢を立て直すと、現れた雷に向かって忌々しい視線を向けた。

 

 その雷は人間だった。

 

 赤と茶の髪。黒い服の上へと白いローブを纏い、手には樹でできた杖。

8年前の大戦と呼ばれた魔法世界での戦いで、自分の前任者が何度も戦い敗れ去った相手だった。

 世界からその男は千の呪文の男と呼ばれた存在だった。紅き翼のリーダーで、魔法世界では誰もが知っている英雄の姿だ。

 

 

『さうざんど、ますたー?』

 

 

 少女は男を――ナギ・スプリングフィールドを見上げて呟く。そんな少女にナギは、ぽんと頭の上に手を置いて口を開く。

 

『ごめんな、少し遅かった』 

 

 テルティウムからはナギの表情を窺う事は出来ない。しかし耳に届いたのは、確かに悔やんでいる様子だった。そしてぐしゃぐしゃと乱暴に少女の頭を撫でて、セクンドゥムと対峙する。

 静かに杖を向けるナギの表情は怒りで染まっており、そんな様子のナギに対して思わずセクンドゥムは頬を吊り上げた。

 

『く、は、ハハハハハハハ!! 貴様が来たかナギ・スプリングフィールド!!』

 

 言葉は無くただ構えたナギに、セクンドゥムは堪えきれないといった様子で高笑いする。セクンドゥムにとってナギは因縁の相手だった。前任者のブリームムがやられているという点もそうだが、初めて辛酸を舐めた相手である。

 

『……黙れ。俺は今滅茶苦茶頭に来てんだ』

 

『ああ、こんな村一つ救えなかったことがそんなにも気に悔むのか? 英雄ともあろう者が随分と小さいことを』

 

『ごちゃごちゃと煩ぇんだよ!!』

 

 雷の如くナギはセクンドゥムに肉薄すると、先ほどの焼き増しのように拳をつくり放つ。

 しかしセクンドゥムも速度に優れた雷の属性を持つアールウェンクスである。人間らしからぬ威力と速度を持つナギの体術だったが、ある程度の余裕を持っていなしていた。前回相手した時には一方的にやられていたが、創造主の調整のおかげか、余裕を持てていることにセクンドゥムは笑みを見せて、ナギの拳を掴んで止めた。

 

『この有様が小さいだぁ? 人間にとっちゃあ世界なんざ目の前の物だけしかねぇんだ! 悲しみ一つを悔やんで何が悪い!』

 

 空中から何かが二人の間に飛来し、セクンドゥムは思わずナギの拳を離した。杖よ来たれ、ナギが唱えたのは魔法使いの基本呪文であったが、魔力を帯びて雷の槍へと変化した杖は十分な威力を持っていた。そして間髪入れずに戒めの矢を放つ。

 

『ふん、だからこそ私が苦しまずに救ってやろうと言うのに。全く残念だ』

 

 戒めの矢はセクンドゥムに命中し、両足と片腕を捕縛された。

 ナギが魔法の始動キーを口ずさむ。無詠唱の初級呪文からの上位古代呪文への組み合わせは、ナギにとっては最も好んで使っている連携の一つである。

 

『だからこそこうして苦しんで死ぬ羽目になる。……良いのかサウザンドマスター?』

 

 セクンドゥムは笑う。雷の斧を唱えようとしたナギは、セクンドゥムの手に造られた魔法、雷の投擲を見て言葉の意味を理解した。

 セクンドゥムの視線はナギに向けられてはいない。その言葉はナギに向けられた物であっても、視線が向けられていたのは――ナギが先ほど庇った少女だった。

 

『っ!』

 

『くっくっく、顔が青ざめたではないか! さぁ悲しみとやらから守って見せろサウザンドマスター!』

 

 放たれる雷の投擲を見るより先にナギの身体は動いていた。唖然としている少女に自力でそれを回避する術はない。

 少女の前に出て庇ったナギの肩に、雷の投擲が直撃する。魔法障壁によって余波が少女を巻き込むことは無かったが、雷の槍はナギの肩に突き刺さったままだった。

 体の中から焼き尽くす熱にナギは思わず肩を抑えた。そしてその一呼吸の隙は、セクンドゥムが呪文を唱えるためには十分な時間だった。

 

『ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト! イグドラシルの恩寵を以て来たれ貫くもの! 轟き渡る雷の神槍! ハハハハハ! 無様だなサウザンドマスター!』

 

 雷系統最大の突貫力を持つ魔装兵具。その威力は同系統のアールウェンクスさえ止めることの難しい。当然その余波もすさまじく、何の力も持たない子供を塵に返すことすら容易いだろう。

 すなわち、ナギが少女を庇った事など何の意味も無く、セクンドゥムはただナギに痛手を負わせられることに勝利の笑みを見せた。

 

 

『そこの娘を一人助けたところで、生きる道など残されてはいないと言うのに。随分と無意味な真似をするものだ! ハハハッハハハハ! なぁ貴様もそう思うだろう? テルティウ――――』

 

 

 

 ごとん、と。何かが落ちて転がった。どさり、と。何かが倒れる音が響き渡った。

 

―――――――

 

 

 ナギの言葉がテルティウムの中で何度も響き渡る。

 人間にとっては世界は目の前に広がる物だけしかない。だからこそ無くなった1がとてつもなく大きなものに見えて、此方側(テルティウム)が見る世界の中で1は小さなものに見える。

 ならば魔法世界、という世界ではない。テルティウム、という存在の世界にとって、彼女の存在は。

 読心術者、という重荷を世界から与えられた、彼女の『不運な宿命』は。

 

 収縮されていた魔力の渦が、何も無かったかのように霧となって消えていた。

 

 テルティウムは転がって落ちた何かを見下ろす。テルティウムが狩り落としたセクンドゥムの首は、何が起きたのか分からないといった様子で唖然としていた。

 それはとっさに杖を向けていたナギも同じだった。対峙していたはずの敵が同じ仲間によって首を刎ねられた。テルティウムの表情からは感情の一つも見ることができない。混乱から元に戻るまで少しの時間が必要だった。

 

「新入り、お前」

「貴様何をしているテルティウムっ!!!!!」

 

 一番初めに我に返ったのがセクンドゥムであり、怒声が辺りに響き渡る。それをテルティウムは涼しい顔どころか、なんの感情も浮かべず聞き流す。

 

「自分がいったい何をしたのか、分かっているのか貴様はっ! これは我らが主への反逆だぞ!」

 

「……」

 

 セクンドゥムに言われずともテルティウムは自分の行動の意味を理解している。同型のアールウェンクスの破壊、膨大なエネルギーで造られたその存在を破壊することは、計画自体を大きく遅らせることにも繋がりかねない。

 つまりは主の計画の妨害である。だがテルティウムはそれでも問題は無いと結論を出している。

 

 所詮自分は人形以外の何者でもない。ならば、セクンドゥムという存在一つが無くなったところで、計画自体を達成できれば人形としての意義は保つことができる。その過程でどうなろうと関係ない。人形の意義は命令を達成することなのだから。

 

「彼女たちか!? 聞いただろう、これは運命だ! 彼女たちに生きる道など無いのだぞ! 救済する方法など、我等の法以外で―――」

 

「そうだね、これ以外に『もう』救済する術はない」

 

 彼女たちは初めから悲惨な運命を持っていた。世界から疎まれ消えていく彼女たちに、それに抗う力は無かっただろう。だからこそ、セクンドゥムは魔法世界に広がる一つの悲劇を、消滅と言う方法で以て救済しようとしたのだろう。

 テルティウムはセクンドゥムの近くに転がった黒い杖を手に取った。それを何を意味をするのか理解したセクンドゥムは、顔を青ざめて口を開いた。

 

「や、やめろ貴―――」

 

創造主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)

 

 テルティウムは同族を消滅させることに、何の戸惑いすら抱かずにその消滅の呪文を放った。一瞬の轟音の後、セクンドゥムの身体は粒子となって消えていった。

 

「それに、『もう』あのコーヒーも飲めないね」

 

 消えていくセクンドゥムを見下ろしながら、テルティウムは呟いた。

 

――――

 

 

 意識はしていなくともテルティウムと言う存在の見る世界にとって、彼女たち姉妹は大きな存在だった。そしてその一人を失ったという喪失感は大きく、その妹までもが消えるというセクンドゥムの行動に、テルティウムの身体は拒絶反応のように動いていた。

 静謐が辺りに訪れる。ナギにとっては敵が同士討ちしたという事実から復帰することが遅れ、少女は未だに何が起きているのかも分からないといった様子だった。それでも数日前に訪れたテルティウムが、人を殺したと思って少なからず衝撃を得ていた。

 テルティウムはゆっくり顔を上げると、感情を映さぬ無表情でナギと対峙する。両手に拳を造り構えたナギは、テルティウムの出方を待った。

 

「貴方は前に僕に言った。諦めてしまえばどうすることもできないと」

 

「……ああ、言ったな」

 

 イスタンブールでナギ達と対峙した時、テルティウムはわずかな時間ではあったがナギと会話をした。

 武の英雄が世界を救う事などできない。何も変えられない。そう言ったテルティウムの言葉に対して、ナギは笑ってそう返したのだ。

 

「だから重ねて言うよ。貴方では何も変えられない。どこにでもあるような悲惨な運命の一つすら、変えられない貴方では」

 

 何を以てテルティウムはそんなことを言ったのか、自分自身でも理解していなかった。悲惨な運命とはいったい誰を指しているのか、ナギには理解することはできない。唯一少女だけが、テルティウムの言葉を聞いてその運命を持った誰かの事を思い浮かべることができた。そして少女の思い浮かべた人物の事を言っているのなら、それはテルティウムの八つ当たりに過ぎないだろう。

 

 そしてテルティウムは理解したこともあった。

 人形は目的のために指示通り動けばいい。それがどんな殺戮の果てであろうとも、自覚のない自分にとっては何一つ響かない。

 3番目の人形にとってそれは当たり前の事だ。今まで自分たちが行ってきたことは正しいことだった。

 だが創造主の、自分自身の使命のために誰かを踏みにじり事を成す、『悪』を行う事から逃れられることはできないのだと。創造主の人形の中で一人、ようやくその事実にたどり着いた。

 

「そうだな。何も変えられなくて、俺のやってることなんざ大局から見れば無駄ばっかかもな」

 

 ナギ自身が命を懸けて戦っても、この村が滅ぶことを止めることはできなかった。

 

「だけど何もしなかったら何も変わらなかった。俺達には変えられる可能性がある。だったら諦めてたまるか」

 

 しかし変えられたことは確かにあったのだ。魔法世界の住人の総数から見れば1人は小さなものだ。だけど確かにナギは、消滅の運命から少女を一人助け出したのだ。

 テルティウムは静かにナギの言葉を聞いていた。ナギからしてみれば、テルティウムは諦めていると言う。それがなにから諦めているのかは分からない。だが、自分がもしも『諦めなかった』のなら、『何か』を変えられたのだろうか。

 その『何か』をテルティウムは認めない。それが彼女の、どこにでもあるような『不運な宿命』であるということを。

 そして彼女が居なくなった、消えたと言う事実はもう覆すことができない不変のものに変わってしまった。だからこそ、テルティウムは答える。

 

「僕は成すために『諦める』よ。そうでなければ、『不運な宿命』に巻き込まれた魂全てに、意味など無くなってしまうのだから」

 

 ナギは魔法世界を救える『かも』しれないから諦めないと言った。

 テルティウムは次善解のために諦めると言った。

 魔法世界を救うために、誰かを犠牲にすると言う悪を成した。そして運命に巻き込まれて、彼女も同じく消えていった。ならば、何も変えられずそれらの行為全ての意味が無かったことになるなど、認められるはずがないのだ。

 

 

 ナギは何も答えない。押し黙ってから少したってから一言、そうか、と。ただそう呟いた。

 テルティウムはその場を後にしようと背を向ける。そんなテルティウムの後ろを駆け寄る音が聞こえた。

 

 

「…………」

 

「……君は」

 

 柔らかい小さな手がテルティウムの手を掴む。そこには目にいっぱいの涙を溜めた少女が、テルティウムを見上げていた。

 

 

 

――――――

 

 懐かしい夢を見た。

 フェイト・アールウェンクスは目覚めたばかりの思考にその言葉を浮かべ目を開けると、ひゃう、という可愛らしい悲鳴が耳に届いた。

 

「ご、ごめんなさいフェイト様。起こしてしまいましたか?」

 

「……いや。どうしたんだい、栞?」

 

 顔を赤くして尻もちをつく少女――栞はわたわたと手を振ってなんでもないと答える。

 フェイトの寝顔を見ていたのだが、目が覚めたのが分かって驚いてしまったのだと、恋を患う少女に言う事は出来なかった。

 

「ちょ、朝食の準備をしてきますね! フェイト様は着替えたら来てください!」

 

 顔を赤くしたまま部屋から出ていく栞に、フェイトは首を傾げつつも本日の予定を頭に浮かべる。出張で魔法世界まで来ており、ネギと合流して打ち合わせをすることになっていたが、今しばらく時間はあるだろう。

 栞の家に居るのは、宿をどうするかという段階になって、ぜひ私の所へ、と栞が名乗りを上げたため、好意に甘えて泊まったのだ。実際には彼の従者全員の水面下の争いが在ったのだが、知らぬのは本人だけだった。

 

 着替えてリビングに出てみれば、キッチンで鼻歌交じりに朝食を作る栞の姿が在った。テーブルに着くフェイトだったが、栞はまだフェイトが座ったことに気がついてはいないようだった。

 栞の頭の上で揺れるリボンや白い服とエプロンを纏った姿に、フェイトはぼんやりと『彼女』の姿を重ねていた。

 ジャック・ラカン曰く、フェイトが彼女に抱いていたのは恋慕だったらしい。らしいというのは、人形(テルティウム)だった自分のことなど、もうあまり覚えていないからこその言葉だった。

 結局自分たちの計画を成就することは叶わず、ネギが推した計画を進めることとなった。だがそれは自分が行ってきたこと全ての意味を無くしたことではなかったのだろう。

 あれらの出来事全てがフェイト・アールウェンクスを構成し、ネギの前に立ったからこそ、ネギは魔法世界を救う解を得ることができたのだから。そして―――

 

「栞」

 

「あ、フェイト様。なんですか?」

 

 鼻歌を中断して振り向いた彼女に、彼女の面影を浮かべながらフェイトは言う。

 

「コーヒー、煎れて貰えるかい?」

 

「! はい! おいしいコーヒーを煎れてきますね!」

 

 ぱぁ、と花の咲いたような笑みを見せ、栞は戸棚からコーヒー豆を取りにキッチンへと戻る。そんな彼女の姿を見て、フェイトは口元に微笑を浮かべていた。

 

 

 少なくとも、今彼の目の前に広がる世界に不運な宿命(FATE)など存在しない。それを見ることができただけでも、全ての出来事はフェイトにとっては意味が在ったのだろう。

 

 

 栞が煎れてくれたコーヒーにフェイトは口を付ける。

 そのコーヒーは、あの日と同じように美味しかった。

 




36巻裏の言葉通り赤松プロットが進んだらこうなったかもしれない。忌むべきはページ数。
本当は弐とか17(アダトー)とかラカンとか来て、ナギが「俺が弐番目を倒した」とか言ってフェイトを庇う描写を描こうと思ったけど、蛇足だからやめました。以下作者さんの妄想。



ネギとフェイトの二人に恋しちゃう栞のことをビッチとか言う書き込みとかよく見たけれど、赤松プロットでは少なくともナギとは対面しているんですよね。
この小説みたいに、実はナギに庇われていたりしたらどこかに憧れがあったり、同じように身体を張って龍宮の弾丸から守ったネギに対してフラグは立っていたのでしょう。憧れの人の面影を持つ人物の献身と、プラス明日菜の好意……これはネギに惚れても仕方ないんじゃあないでしょうか?

つまり何が悪かったのかと言うと、足りないページ数が悪いんや……。
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