魔法、言葉にしてしまえば陳腐なものだと感じるが、実際に目の前に起きてしまえばそれは好奇心に変わった。夕映自身も日曜の朝にやっている魔法少女物の番組や書物の媒体で、夢を見たことが無いわけではない。尤もその期間は短く、祖父の話に耳を傾けることに興味を移しているのだが。つまり一度は見た夢なのだ、魔法と言う存在は。それを目にしてお預けをできる程、夕映自身も大人ではなかった。
修学旅行で京都に行った際、魔法は戦いに使われていた。普通の人間を超越した身体能力に、物理法則もあったもんじゃない現象。それを見てどこぞの国のサリーのように、魔法がほのぼのとした存在でないことは夕映も理解している。先日も図書館島の地下にネギ先生と向かって、ドラゴンに追い掛け回されたばかりだ。それでもなお、魔法と言う存在は魅力的だった。
「私たちも魔法使いになることはできませんか?」
夕映はネギに問う。恐らく夕映の隣に居る和も同じことを聞きたかったのだろう。ネギは夕映の言葉に驚きつつも、口元に手を当てて眉をひそめた。
――――
和とネギの距離が近くなった、と夕映が感じたのは、修学旅行が始まる少し前からだった。パートナー騒動でいろいろ巻き込まれたり、本人はとくに語ってはいないが、距離を近める出来事があったのだろう。
修学旅行が終わりその距離ははっきりと近づいている様に夕映は感じた。まぁネギ先生に告白をしたり、キスをしたりとそれだけの出来事が在って近づかない方がおかしいだろう。「最近のどっちのラブ臭がすごい」とハルがぼやいていたことから、自分の周りの友人や親友もそれを感じていたはずだった。
夕映自身もそんな親友の変化に喜ばしくもある。恋する少年の姿は幸せそうであり、意外なほど大胆な行動力など、親友の様々な面を見ることができたからだ。これにはハルも木乃香もおどろき、夕映自身も驚いた。気弱な少年がここまで行動できるのかと、目を丸くしてしまったほどだ。
しかし和を通してネギ先生と接することが多かったからだろうか、普段からある違和感に気が付きつつあり、それが魔法によるものだと確信したのだ。
ネギ先生は魔法使い。そしてそのことを知っている学園長自身、そしてこの麻帆良学園も、魔法に関係するものだ。ならば自分も魔法に触れてみたい、ネギに魔法使いになれないか聞くことはごく自然のことだったのだろう。
「魔法使いに、ですか。誰しも最初は一般人ですから、成れないわけではありませんけど……」
夕映の言葉にネギは眉間にしわを寄せて考える仕草を見せる。一般人でもなれる、という言葉に夕映は心を弾ませ、和も明るい表情を見せた。
対照的にネギの表情は芳しくない。自分自身修学旅行の時京都で死にそうな状態になっている。そんな世界に夕映と和を送ることができるか、と考えれば、教師としてもネギ自身の思いとしてもできなかった。
「やっぱり駄目です。明日歌さんにも説明したのですが、危険ですから」
「いえ、その危険を考えたうえで、魔法使いになりたいのです!」
夕映はネギに詰め寄って力強く答える。
その勢いに気圧されたのか、ネギはあたふたと手を振り、どうすればいいのかと無意識に明日歌を探していた。
「その、僕たちも頑張って勉強しますから……だめ、ですか?」
和が困ったようにネギに尋ね、ネギ自身も言葉に詰まってしまった。一緒に魔法を学ぶことができる、秘密を共有できる人が増えるかも、という心強さは勿論ある。それでも関係のない人、さらに自分の生徒を巻き込んでしまうかもしれない、という恐れや申し訳なさも勿論あった。
真っ直ぐな視線を向ける夕映に目を合わせることもできず、たじたじとしたままネギは呟く。
「えっと、保留にさせてください。明日歌さんと仲直りもできてないのに、いろいろ考えることはできないですから……」
「明日歌さん、ですか?」
そういえば、と夕映と和は思う。いつもは明日歌にくっついて回っているネギが、今日は傍に行く事も無くしょんぼりとしていた。ネギによるとどうやら口論から喧嘩にまで発展してしまったらしい。
たしかにいろいろと悩み事を追加することは夕映自身も望むところではない。喧嘩の原因となった会話をプリントアウトした紙を渡され、和と一緒に覗き込んだ。
元々関係のない中学生なのだから、危険なことに巻き込み迷惑をかけたくない、ネギが明日歌に言ったのはそんな内容だ。ブリーフで皮被りとなかなか男の傷口を抉ることを言っているが、それが直接的な原因であるとは限らない。それが原因で怒っているなら、罵倒合戦をかなりの頻度で行っている雪広あやかととっくに絶交しているだろう。
「あー、うん。そっか……明日歌くん」
「和、なにか分かったですか?」
ネギと夕映はなにか分かった様子の和に視線を向ける。和としてはなんとなく、という範囲でしか理解できておらず、何と言えば良いのか困っていた。そんな三人の間に、一つの声が合間を縫った。
「……いくらなんでも、男心が分からな過ぎじゃないかねぇ、ネギ?」
はっと、三人の視線が声の主へと向けられた。此処に居る3人には出せないような大人びた女性の声……だったのだが、その主が見当たらない。
夕映が視線を少し下に向ける。其処に居たのは、小さい手足を器用に使って煙草を手に胡坐をかくオコジョの姿があった。
カモねぇ、とネギが呼んでいるオコジョだ。ネギが小さいころにカモが罠にかかっていたところを助け、その恩からネギの元へとやって来た、魔法についての助言者だった。
とはいえ中身は女性とは言えなかなかオッサンくさく、明日歌や刹那のパンツを盗んだりと困り物でもある。
「あ、カモねぇ! どういうことなの?」
「ネギ、あんたはどう見ても小っちゃい女の子。明日歌、性別は男。わざわざ女が危険に向かうって言うのに、心配にならなかったり力に成りたいと考えない男は居ないわよ」
そういうことでしょ、和? そうカモが和に話をふり、それに同意するように和は頷いた。
なるほど、と。夕映自身男心の分かりづらさに納得する。明日歌とネギの会話を見る限り、きちんとネギは伝えたいことを伝えられていた。言うならば明日歌の怒っている理由は、明日歌自身のネギを心配するところから来た我儘だ。
そんな明日歌のことに気が付いた和に驚き、少し時間を置いて納得した。
「(そっか。和もやっぱり男の子、なのですね)」
木乃香や自分と共に居る上に、可愛らしいとも言える外見から、そうまじまじと考えることは無かった。ネギ先生が好きなのかもしれない、という話が出たときですら、同性と少し親密に仲良くなる、という程度の事しか思わなかったのだろう。
ずきんと、何か自分の感情が動いたのが分かった。
なにか、つまらない。おそらくそれは和やカモだけが分かって、自分には分からないという、壁のようなものを感じたからだろう。
「明日歌も玉のついた男なんだから、覚悟の一つだってしてるでしょ。万が一のために仮契約だってしてるんだから」
「うーん、そうなんだけど……」
と、カモとネギの会話に出てきた単語に、夕映ははっとして気を取り直す。
今は自分の感情を分析している暇はなく、魔法使いになりたいとネギに詰め寄っていたのだ。自分の事にかまけている暇はない。
「そうです、その仮契約?…を、私や和にもしていただけませんか!?」
「ふぇ!? ぱ、ぱ仮契約をですか!?」
「はい! てっとり早く協力できるようにするためには、その方法がいいと思うのですが、……どうかしましたか?」
驚いてさらに顔を赤くするネギに夕映と和は首を傾げた。
仮契約、という単語は明日歌とネギの会話に何度か出てきており、それがメリットに成ることである、と推測を立てている。実際その仮契約という存在が魔法を使う『そちら側』のものであるのなら、そこから魔法の世界の入口にできるという下心もあった。
が、ネギの父の手掛かりを見つける、という思いに協力したい思いも勿論ある。要するに全部本音だが、本音の全てを見せてはいないということだった。
しかしどうしてネギが慌てるのか分からない。その慌てるという動作に照れが混じっているのだからなおさらだった。
そんな疑問はネギの元に駆け寄る影の言葉によって解消した。
「おーい、ネギちゃーん」
「あれ、木乃香さん?」
駆け寄ってきたのは水着姿の木乃香と、手を引かれて走る刹那の姿だった。
散々同室の明日歌が仲直りさせようと骨を折っていたが、最近元通りの友人に成ったらしい。友人、というには京都での出来事を見ている夕映にとっては、物足りなさを感じているのだが。
「質問なんやけどー、パクテオーってキス以外の方法ってないん?」
「へっ!?」
きす、キス、kiss、日本ではかつて接吻と呼ばれたそれだろうか。
夕映が考える仮契約が木乃香のいうパクテオーというものと一致するのなら、その契約方法とやらもそれなのか。
「せっちゃんにパートナーになって欲しいのに、キスはダメやってせっちゃんが言うんよ」
「と、当然です木乃香お嬢様! 嫁入り前の女子ともあろうものが、せせせ接吻など! いけません! 絶対にダメです!」
「やーん、このちゃんって呼んでな」
笑顔のままの木乃香に対して刹那は首を勢いよく横に振り否定している。その顔も真っ赤であることから、仮契約の方法がキスであることは確証になっていた。
では京都でのアレは仮契約だったのか。和も納得いったのか、京都でのキスを思い出したのか、ほんのりと顔を赤くする。思わずむっと顔を顰めた。おそらく先に和が仮契約を行っていてずるい、と。少しだけ思ったのだろう。
「あっはははははは、ヘタレで《タン塩》でビビりでキスの一つもできないって、男としてどうなの刹那のダンナ。あっはははははは!」
「かはっ!!」
「ああ、せっちゃんが血を吐いた!」
カモの言葉に刹那のハートを打ち抜かれたのか、血を吐いたかのような幻覚が見えた。
「酷いやんカモねぇ! せっちゃんは小っちゃいころ勝手に離れてって、再開しても全然話してくれへんし、明日歌と協力しても一年も会話もできへんかったぐらいヘタレやけど、奥手で恥ずかしがりやなんよ!?」
「やめて! 止めてください木乃香さん! なんか刹那さんがびくんびくんしてますよ!?」
罪悪感と予期せぬ天然の放つ言葉の暴力によって刹那のハートはボロ雑巾だった。仮契約の一つもできないという純情っぷりから、男としての独特の感情に捕らわれへたれてた頃の話を持ってこられ、既に許容範囲を超えていた。
ざっと聞いただけでも夕映にも面倒くさい感情を抱えていたんだな、ということが分かる。先ほどのネギと明日歌の会話を書いた紙を見ても、どうも男と言うものは面倒くさいと感じる。
明日歌とネギの喧嘩もその辺りが絡んでいるのだろう、と。流石にその面倒くささは理解できたため、自分が魔法について学ぶことはまた別の機会に、と考え思考を逸らす。
「(……仮契約、キス、ですか)」
魔法の世界に一歩踏み出すために、魔法に関わってしまうという出来事を起こす、手っ取り早い方法だった。ネギ先生とそれをすることに、大きな拒絶感があるわけではない。女性同士の遊び、またはスキンシップと言える程度のことでしかない。百合好きのバカメガネに見せたら筆が止まらないだろうが、そもそもハルは魔法に関わっていないのだから大丈夫だ。
「(……和はもう、しているのですよね)」
刹那の両手膝をついて落ち込んでいる様子に慌てて慰めようとしている和を見ながら、夕映は自然にそんなことを思った。
つまらない、そう夕映は思う。手も自分からつなげない、目も合わせられない、といった木乃香の天然の発言によって、容赦なく言葉の暴力が刹那を襲かかる。それを大爆笑するカモの姿が映す通り、この光景は滑稽なもので、何時もなら楽しんでいただろう。だが今は楽しみつつあっても、つまらないと感じている。
同時に、ずるいとも思った。きっと先に和が仮契約を済ませており、魔法の世界に一歩踏み出しているからだろう。そう考えると次に出てきた言葉は、負けたくないな、だった。
何に対して、きっとそれは和へだ。同じように魔法の世界へと歩みを寄せようとしていた親友の男の子は、先に『そちら側』へと足を踏み出していた。そんなずるい親友に、負けたくない、と。そう思ったのだ。
「(……きっとそうですね。それなら私も)」
仮契約する、そう考えを纏めて夕映は和に伝えようとする。騒がしい光景にネギは慌てていて忙しそうだったため、先に伝えようとした時だった。
「どうせ俺はヘタレの《タン塩》やもん! うぁああああああん素子師範代ぃーーーっ!!」
「ああ、待ってぇなせっちゃぁあああん!!」
「ま、待ってください二人ともーっ!!」
と、最終的に仮契約を頼むはずだったネギは、自分の不甲斐無さに耐えきれなくなって逃亡した刹那を追いかけて消えてしまった。木乃香は自分の天然でハートをボロボロにしていたことに気が付かないようだった。
天然は残酷ですね、と。めんどくさい男を見る冷めた視線でその3人の後姿を見ながら、夕映は呟く。
困ったように半笑いする和に、ジロッ、と先ほどのまま視線を向ける。
「仮契約、もう和はしていたようですね」
「あ、あはは、そうなるのかな?」
思わぬことで夕映より先に魔法に触れていた、という事に少しだけ罪悪感もあるのだろう。思わず向けられた視線を別方向に逸らしてしまっていた。
「むぅ……和はあの日は頑張ったですから、ズルいというのは違うのですけど」
「……うん。ありがと、ゆえ。あの日は本当に助かったよ。みんな凄い人たちばかりだから、僕だけじゃきっとすぐに新田先生につかまってたね」
笑みを向ける和に夕映はやれやれと肩をすくめた。あの日、とは修学旅行の2日目の話で、朝倉とカモが仮契約者を出そうと、ネギの唇争奪戦を行った日のことだ。
夕映自身、子供とは言え少女の唇を奪う催しにどうかと考えたが、和が行動しようとしていたから力を貸した。お祭り騒ぎ好きのA組らしく、夕映自身もどこかそのイベントを楽しんでいた。
「ふふん、それなら次は一人で頑張ってくださいです。私はハルや木乃香といっしょに、正座してるところを見ていますから」
「あ、ひどいよゆえ。前は一緒に正座してくれたのに」
お互いに冗談だと分かっているため、くすくすと笑いあう。魔法、という不純物が無くともこの親友同士の空間は同じであり、どちらも心地よく感じていた。そんな話をしている間に、夕映の中にずるいと思う気持ちが無くなっていた。
そもそも和の行動力が仮契約という結果を結びつけたため、今自分より先に居るのはずるいと言い難いのだから。
「しかしこの後ネギ先生の所に行ったとして、仮契約をしてくれるのでしょうか。巻き込みたくない、の一点張りになるかもしれません」
「うーん……僕からも先生に言って見る。ゆえと仮契約してくれませんか、って」
「それは……」
和自身も夕映と一緒に学びたい、という思いがあるのだろう。何時もの様に同じように歩みたい、と。だからスタートラインである夕映の仮契約をネギに頼もうと思ったのだろう。
夕映自身、それで魔法の世界に一歩踏み出せる。そのまま押し切ればネギ先生に教えをお乞う事もできる自信がある。押しに弱い、というネギ先生の弱点は改善されていないのだから。
言葉を言いよどんだのは、少しだけ何かが違うと思ったからだ。自分で行かなければならない、楽してはいけないと言う自分の咎めからだろうか。
「そんなに悩んでどうしたのかな、少年少女。悩みをこじらせるとさっきの《タン塩》みたいになっちゃうよ?」
「へ?」
そんな思考を打ち切ったのは、やけに大人びた女性の声。煙草というオプション付きの可愛らしいオコジョに二人は視線を向けた。
ネギ先生の肩にいつも乗っているオコジョで、こうして喋っている姿をまじまじと見ると、魔法と言う存在を夕映に実感させられる。器用に携帯灰皿に灰を落としながら、大きく白い息を吐き出した。
「仮契約したいんでしょう? それならこのカモねぇさんに任せなさいって」
とん、と自分の胸を叩くカモに和と夕映は目を丸くする。
カモの話によれば仮契約は確かに魔法ではあるが、オコジョ妖精が行う独特のものであり、必ずしも相手が魔法使いである必要はないとのことだった。つまり契約をする相手がネギでなければならない、という事ではないらしい。
そして魔法を使うのはカモであり、ネギの許可が無くても仮契約をすることは可能という訳だ。カモ自身も仮契約者を増やすことでネギの周りを強化することや、オコジョ協会とやらからの礼金という目的もあると伝える。
「そうですか……ですけど仮契約をするにしても、相手がいなければできませんよ?」
「ん? いや居るじゃないそこに」
疑問をかける夕映に、カモは短い手を使って器用に別の方向へと指差した。
和がいた。
「…………」
「…………」
沈黙が辺りに流れる。ざざーんと遠くで鳴る波の音がやけに大きく聞こえていた。
いるじゃん、とカモが指差した先に居たのは和だった。夕暮れになって日が落ちてきてビーチには人一人居ない。そもそも魔法が関わる話をしているのに、誰かが居るわけが無かった。
夕映はカモの言っていることを頭の中で何度も反芻し、結論を導き出す。つまりカモは和と夕映とで仮契約しろと言っているのだ。つまりキスしろと言っているのだった。
「っええええええええ!?」
和と夕映の叫び声が同時に辺りに響き渡る。そんな様子がおかしいのか、くつくつとカモは小さく笑った。
「の、の和と仮契約しろって……の、和にはネギ先生という人がいるのですよ!? 何を考えてるですか!?」
「え~いいじゃない別に。親友なんでしょ二人とも」
笑うカモは実に楽しげで、真っ赤にする二人の様子を笑っている。青春よのぅ、とオッサンのようにしみじみと感じているのが夕映には分かった。
「ゆえと……きす……あれ、でもネギせんせー……」
「落ち着いてくださいです和! こんなオッサンオコジョの言う事に惑わされてはいけないですよ!」
「うう、でも、仮契約……そうしないと夕映が魔法を学べないかも……」
「あーそうだね。ネギなら仮契約もしませんよ!って魔法の世界からシャットアウトしちゃうかもねー。仮契約して先に入った方がいいかもねー」
「コラーーーーっ!! 和に何を吹き込んでるですかぁーーーっ!!?」
目をぐるぐるにして知恵熱から湯気を出しそうな和をカモが煽る。
カオスな状況の熱が冷めるまでしばらく時間が必要で、幸いなことにこの場所に誰かが訪れるという事も無かった。
――――――
日も落ちかけてきており、一旦水着を着替えてから話をしよう、という事になりまた外の休憩場所に集まる。正座をする二人と一匹という妙な状況ではあるが、場は静粛に包まれ発言が無かった。
そんななかで痺れを切らしたのがカモだった。こうして若い二人を見て楽しむのもいいが、状況が動かなければ食事にも遅れてしまう。
「だいたいさ、どうしてそっちのちみっこは魔法の世界に入りたいだなんて思ったの? ああ、和はいいよ。どうせ明日歌の旦那と同じような考えでしょ?」
さっきの仮契約騒動は置いておき、魔法世界に入る根本的な理由を尋ねる。それで考えが変わればまた行動も変わるだろう。和はカモの言葉に同意する様に頷いた。
「……うん。僕は明日歌くんみたいに力もないけど、それでも力に成りたいから」
小さく笑う和に、夕映はほんの少しだけその表情に引きつけられた。自分の親友は柔らかい笑みを見せているのに、どこかその言葉に力強さがあった。力強い、などという言葉は自分の知っている親友とは離れたものであるというのに。
「そう、ですか」
「…………で、夕映ちゃんは?」
夕映の呟きに一拍置いてカモは夕映に尋ねる。
夕映自身も和と同じように、ネギの力になってあげたい、という思いもある。ただそこに守ってあげたいだとか、それ以上の思いは無い。ただ自分自身魔法に興味があり、その世界を見てみたいと言う好奇心が主な理由だった。
そうしてカモの前に言葉へと変えてみれば、和の思いと比べて小さな物に感じる。頭を腕に乗せて寝っころがるカモは、吸っていた煙草を携帯灰皿の中に突っ込んで聞き返す。
「ふぅん……で、他には?」
「他に、というと?」
「……まぁいっか。でも好奇心が主な目的だと、ねぇ。猫を殺すとも言うし……」
カモはカモで何やら思案しているようだった。しかし分かり易く悩む表情に、本当に魔法の世界に入らせていいのか考えているようだった。知りたいと言う心だけで歩みを進めて、いつの間にか沼だったなどと言う事は、魔法の世界も普通の世界も変わらないのだから。
それは夕映や和にも分かったのだろう。慌てたように和は表情を崩し、夕映は何かを言葉にしようとする。
しかし、自分自身の思いの筈なのに上手く言葉にできない。好奇心、たしかにそれは夕映を魔法の世界へと入りたいと思う理由の一つだ。しかしそれだけではない。心の中に燻っている何かを伝えたいのに言葉にならない。
カモが顔を上げて口を開く。其処には否定という表情があった。
「……夕映ちゃん、こっちが仮契約をしろって言っといて何だけど……」
「私はっ!」
夕映はカモの言葉を遮る。きっとカモはやんわりと魔法に関わることを止めるように言うだろう。その話をネギに通して、魔法の世界に触れさせないようにするかもしれない。
何か言わなければならない。何か言わなければそうなってしまうだろう。夕映は心の中に燻った何かが、形にならないまま言葉にして口を開く。
「私は……っ、負けたくないです!」
「……ゆえ?」
夕映の言葉に和は驚く。カモは言いかけた口を閉じ、じっと夕映の言葉の先を待った。
「きっと私が歩まなかったら、ネギ先生も、木乃香も、和も! ……みんな、先にいってしまうです。だから……」
仲間外れにされたくない、みんなが自分とみんなとで壁を造りたくない。そんな子供の癇癪にも聞こえるその言葉は、内容を上手く読み取ることも難しかった。
隣に居る和を見て、夕映は思う。きっと自分の持っている理由は好奇心以外には幼稚な物だろう。そうであるという確証かなんとなくあった。
「私は、隣を歩きたいです。和は……大切な親友ですから」
「……ゆえ」
そう答え笑いかけた夕映に、和は驚いたように目を丸くする。
親友と一緒に居たい、話をして同じ場所で笑いあいたい。そんな単純な理由は、きっとカモを説得する理由に足らないだろう。だがそれが本心であると和やカモには分かった。
夕映は視線をカモに移し、じっと目を見る。少しの静粛の後、先に視線を逸らしたのはカモであり、視線を下に向けて俯く。
そして、くつくつと小さく笑った。
「うん、うん、なるほどねぇ。良い、実に良い。確かにそれは魔法の世界に入る、立派な理由だよ」
カモはそう呟き、どこからか白いチョークを取り出した。そして一瞬で地面に何かを描がき始める。
数秒後、呆然とした二人の前には一つの魔方陣が在った。それにカモが魔力を通し、鈍く暗闇の中で発光する。
「はい完成。後はこの上に乗ってキスすれば、見事に仮契約成功、ってね」
「カモさん? えっと、魔法の世界には……」
「ん~? ああ、いいんじゃないの? 要するに二人が仮契約するかどうか、だから」
心の整理はできたでしょ、と。カモは二人にウィンクして笑う。
魔法について学べるかもしれない、その嬉しさは勿論あるが、それ以上にここで和と仮契約するという問題もある。
ネギが好きな和に、親友だからと言う理由でキスさせるということに後ろめたさもあった。それでも、先ほど夕映自身が言った事も本心だった。
「その、和? ネギ先生が好きなことは知ってるです。だけど、さっき私が言った事も本心です。だから……」
心臓が鳴る。自分の親友でいつも穏やかな時間を過ごしてきた人物だと言うのに、早鐘を鳴らす様に心臓がうるさい。
「私と、仮契約してくれませんか?」
和は、小さく首を縦に振った。
――――――
「ん~タバコが上手い。役得って奴だねぇ……ああいうのを見ることができるのは」
仮契約が終わり、無事にカードも出て二人はコテージに戻っていった。気恥ずかしい気持ちもあったのか、二人とも何も話さずそのまま別室に分かれていったのを見て、カモはにやにやと笑う。
「『私はキスしたことがないので、その、和からお願いできますか?』……だって! あっはっはは! 和もそんなに経験ないだろうに、大変だねぇ……くくっ」
オコジョ妖精をやっていて、そんな甘酸っぱいシーンに合う事は何度かあった。具体的にはネギについて行って成功例はそんなのばっかりだ。男のパンツを嗅ぐのは好きだが、ラブ臭を嗅ぐのだってカモは大好きだった。紛うことなく変態だった。
「それにしても、負けたくない、か」
オコジョ妖精には面白い特性がある。人が向ける行為を数値化してその大きさを測ることができると言う物だ。
誰が何を思って、どんな気持ちを向けているかなどと言う事は、オコジョ妖精の前では筒抜けなのだ。勿論高位の魔法使いや成熟した戦士など、分からないことはあるが、一般人程度なら妨害されることも無い。
「はてさて、いったい夕映ちゃんは『誰』に負けたくないんだか」
にしし、と。カモは笑う。それが誰なのか自分は知っていると言うのに、知らないふりをして笑う。本来何を考えているなどと言う事は、読心術などの例外が無ければ分からないのだから。
カモの主人であるネギが呼ぶ声が聞こえる。その声にこたえてカモもネギの元へと向かった。 地面に書いた仮契約の陣は、いつの間にか消えてなくなっていた。
男に向かって「お前ってタン塩(好き)だよな」と言うのは止めましょう。友情が壊れます。