ネギま短編集   作:作者さん

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夕映とのどか♂ 後

 図書館島内の北部には、図書館探検部のためか一般客のためなのか分からないが、自販機つきの休憩場所があった。中央には世界樹という種類の樹が埋められ、外の世界樹の子供のようだと周りの人たちからは言われている。

 そんな休憩場所に、二人の影が在った。一般人のための図書館案内のため、図書館探索部の制服を着た夕映とハルだった。

 そういえばさ、と。ハルは肩をすくめいつもの調子で夕映に言う。

 

「ネギ先生が来たときにさ、木乃香が言ってたじゃん? ネギ先生に、和が一目ぼれしたんじゃないか、って」

 

 この麻帆良学園という場所に入学して少し経った後、夕映は自分でも変だと分かる感情を抱くようになっていた。それは親友と言える人たちと一緒に居る時だったり、新しく入った先生を見ている時だったり。

 暖かいような、辛いような、その感情の名前を夕映は知らない。だから単語にして言葉にすることだってできなかった。

 

「あれさ、俺も同意したんだよね。だってそれが本当にあるって、知ってたから」

 

誰かから忠告は受けていたはずだった。きっとその分からない感情に、早く名前を付けないと大変なことになるよ、と。

 ああ、たしかにそうですね。夕映はハルの言葉を聞きながら、どこか他人事のようにその言葉を思い出した。

 

「なぁー夕映っち。俺さ、今からバカなこと言うね」

 

 どこか達観したように苦笑し、ハルは肩をすくめる。そして夕映の目に視線を合わせると、何時もの調子もなく、真剣な声色で言葉を紡いだ。

 

 

「貴女のことが好きです、綾瀬夕映さん。俺と付き合ってくれませんか」

 

 

――――――

 

「デェ~トォ~? なんやネギ、お前と明日歌ってそういう関係やなかったんか? それなんにあの本持ちの奴とデートって……お前ってアレやな、アクジョって奴なんやろ?」

 

「違うよコタローくん! 明日歌さんや和さんとはまだそういう関係じゃないの!」

 

 麻帆良学園祭一日目、昼が終わりかけ夕方に成りかけた時間帯に、夕映はここに居ないはずの人に出会った。

 午後4時から和とネギ先生のデート、そう予定されていたはずだが、そのネギ先生は犬上小太郎と共に夕映の目の前に居る。その理由がタイムマシンを使ったと言う嘘くさいモノだったのだが、実際に二人ネギが居るところを見ればそれも信じざるを得ない。

 

「ふーん、へーん、ほー……ま、ええわ。お前も明日歌の兄ちゃんも、そないなことで腑抜けられたらかなわへんしな。弱くなった奴と戦ったっておもろないし」

 

 犬神小太郎とネギ、そして明日歌は修学旅行の時敵対者として対峙した。その時の激闘から小太郎は明日歌をライバル視、ついでにネギとも知り合いになったのだが、その犬上小太郎にとってライバルが腑抜けられることの方が、他人の色恋沙汰よりもよほど大事だった。

 む、と思わず夕映は思う。誰もが恋愛という事に対して、怯えながらも勇気を出して接している。少なくとも夕映には和がそう見えた。なのにそれをそんなこと呼ばわりされる筋合いはないと思う。

 

「……はぁ、恋愛の一つもした事も無いのに、本当に強い弱いを語れるのですか? 単純に弱いか強いかなんて、子供の背比べと変わりませんですよ?」

 

「なんやと!?」

 

 夕映は頭の中では子供の言う事だから、と分かっているのに、その言葉を言わざるを得なかった。『愛を知らぬ者が本当の強さを得ることは永遠にないだろう』。それは哲学者である夕映の祖父の言葉であり、夕映自身もそう信じている。

 小太郎自身もその言葉の重みになんとなく感じ、一歩引き下がるように考える。そして徐に言葉を呟いた。

 

「恋……愛……そういえば、明日歌の奴も俺がネギの杖取ろうとした時、めっちゃ強うなっとったしなぁ……。え、なんやネギ、明日歌ってお前のこと愛してるん?」

 

「だ、だから知らないってば! いい加減にしてよコタロー!」

 

「ギャハハハハハ! なんや、お前照れとんのか!」

 

 顔を赤らめ否定するネギを、小学生がからかうように小太郎は笑う。当然と言えば当然で、二人は本来ならば小学生な年齢なのだから。ネギの杖を取ろうとしたと、気になる話ではあったが、二人の間では既に終わったことなのだろう。

 

「むぅ~~もう! コタロー君なんか知らない! あっちに行ってよ!」

 

「ギャハハハハ、っくっくく、分かった分かった。夕方の五時半やで、忘れんなよー」

 

 ついには怒りだしたネギをからかいながら、後ろ手に手を振り小太郎は退散する。明日の麻帆良武闘大会では明日歌も参加するので、彼はそのことで頭の中がいっぱいなのだろう。

 まったくもう、とぷりぷりと怒るネギを見ながら夕映は微笑む。いつもの大人びた姿ではなく、等身大の姿を見ることができて微笑ましいと感じたからだ。そして小太郎の会話に出てきた人物を思い出す。

 

「(明日歌さん、ですか)」

 

 何を考えたのか近衛門学園長がネギの寝床に指定したのは明日歌の寮室だった。これには多くの思惑があってこの結論に至ったのだが、夕映がそれを知ることは今のところない。ただネギ先生と一番近くに居る異性が明日歌であるという印象程度だ。

 実際にネギと共に行動し、危ないことに合った事も少なくは無い。実際にネギが魔法使いとしての戦闘方法には少なからず彼が影響している。

 木乃香と刹那のような関係、少なくとも魔法に関わっているときのネギと明日歌は、夕映にとってそう見えた。

 

「(いつも一緒に居ますし……お似合い、なのでしょうか)」

 

 ヘルマンという悪魔が麻帆良に訪れた際、自由になった明日歌がネギと互いに背中を合わせ戦う姿を夕映は見ている。小太郎は確かに恋愛からくる強さを知らない。だが夕映自身もその強さを使う戦いを知らないのだ。

 明日歌はそうしてネギの隣で戦ってきたのだろうか。彼自身も、兄妹の様な家族の様な近い関係を受け入れている。いつもセットで居るという印象が持ててしまうほど、彼らの距離は近かった。だとしたら、本当にネギの隣に居るべきなのは和じゃなくて―――

 

 

「(っ!? ……何を考えてるです、アホですか私は)」

 

 和は自分の親友で、応援すると決めていた。それが明日歌の方がお似合いなどと考えることは、裏切りのようにもみえるだろう。

 罪悪感が表情に出ていたのか、それともあまり喋らない夕映を気遣ってか、ネギは夕映の顔をのぞいて尋ねる。

 

「夕映さん、夕映さん。どこか調子が悪いのですか?」

 

「え? あ、いえ。その……」

 

 夕映にとってはネギに急に話しかけられたため反応に詰まった。どう返すべきかはっきりとしないため、先ほど小太郎に対して思っていたことを答える。

 

「その、私も偉そうに小太郎君に言ってしまったのですが、戦いでの強さについても恋愛についても、私では上手く説明できないと思ったのです」

 

「そう……なんですか?」

 

「はい。ですから追及されたら、きっと私は大人げないことを言ってと思うですから」

 

 そもそも夕映が小太郎に言ったのは多くの本や偉人の言葉であり、夕映自身が実感としてあるものではない。実際に戦闘という意味で強さに触れている小太郎と自分とでは、夕映自身が分からないこともあるだろう。だからその部分を突かれたら、相手が子供であることも忘れて口論していたかもしれない。

 夕映の言葉にネギは思わずぽかんと口を空けて驚いている。そんなに自分の事が変だったのだろうか、そう夕映が思ったときネギはその口を動かして答えた。

 

「えと、少し意外だと思いました。その、恋愛について夕映さんに聞こうと思ってたことがあったので」

 

「恋愛についてですか? 残念ながら私もそこまで……」

 

 と、そこまで言って夕映ははっと気が付いた。自分の目の前に居るネギは和とのデートを済ませ、3回目の学園祭1日目を過ごしているネギだ。そんなネギが恋愛についての相談をするとなれば、何か和とのデートで問題でもあったのだろうか。

 

「ネギ先生、もしかして和とのデートでなにか……」

 

「ち、違います! ただそのとき好きとか恋について話すことがあったので……」

 

 慌てて否定するネギは、和とのデートの事を夕映に話す。

 途中で見回りの生徒に注意されたこともあったりしたが、お互いに楽しく過ごすことができたらしい。流石に告白をされたり進展があったわけではないらしいが、それでも和にとっては大きな一歩だっただろう。

そして夜の花火を見ていた時に、和と好きという気持ちについて話をしたとネギは言う。どきどきするような、あったかくなるような、そんな気持ちになると和は言ったらしい。ネギはそれに対して上手く答えることができなかったと言う。

 

「私は恋だとか、好きって気持ちがまだよく分からないんです。だから人を好きになるってなんなんだろう、って……夕映さんに相談に乗ってほしくて」

 

 好きという気持ちの定義、親愛として、敵対心として、そして恋愛感情としてそれは現れる。ネギが悩んでいることに夕映は納得してしまっていた。

 彼女はまだ10歳の少女なのだ。4年ほど長い年月を生きている夕映でも、その問いに対する明確な答えなど返すことはできないだろう。自分だって誰かを恋したことなんてないのだから。

 

「……夕映さんは、好きになるっていうのはどういうことだと思いますか?」

 

 ネギの問いに夕映は悩む。

 夕暮れが麻帆良を照らして、だんだんと日が沈んでいくのが見える。具体的な何かを伝えることもできず、あやふやなまま夕映は言葉を作る。

 

「私は……たぶん、凄く辛いことだと思うのです」

 

 所詮自分が語れることは本からの引用で、それを元にした自分の主観でしかない。ただ、ネギに頼られていることから、何とか力になれないかと考え夕映は答える。

 

「その人が本当に自分に好意を向けているのか分からなくて、だれか他の人を好きになってしまうのではないかと怖がる。そんな思いで胸が痛くなる。とてもつらくて、きっと訳が分からなくなってしまうのではないかと、私は思うです」

 

 少なくと夕映自身は、自分が好きな誰かが他の人が好きだとしたら、傷ついてしまうだろうと予想できる。自分で読んでいた本の中でもそう言った傾向の人たちは珍しくなく、言っていることに違和感はないはずだ。

 おそらくこれは、なんとなく自分から出てきてしまった物だ。当然だが具体性があるわけがない。

 そんな夕映のあやふやな思いが伝わってしまったのか、ネギにはその言葉が聞きたかったものでは無かったようで、しゅんと俯いてしまった。そして申し訳なさげに呟く。

 

「それなら私は和さんに、そんな辛さをずっと与えてしまっているのかもしれませんね」

 

「っ……これは、私の自論ですから。それに性別も違いますし、和は強いです。きっと待ってくれると思います」

 

 ネギが自分を思いつめたように呟いたのを聞いて、夕映は慌ててフォローの言葉をかけた。気持ちをすぐに言葉にしたり、返答を迫るように言いたかったわけではないのだから。

 

「でも……」

 

「和もネギ先生を追い詰めるために言ったのではないと思うのです。悩んで欲しいのではなくて考えて欲しかった、そうすればこっちを向いてくれる、なんて思ったのかもしれないですよ」

 

 男子の下心には困ったものですよ、と。夕映は冗談交じりにネギに答える。それが分かったのか、ネギもクスリと口元に笑みを見せて笑った。

 

「ふふ、和さんにもそんなところがあるんですね。意外でした」

 

「ですから先生も深く考えすぎず、いつか生まれた感情を和に伝えればいいと思うのです。友人としては和に待たせるのは心苦しいですけど」

 

「そう、ですね。ありがとうございます、夕映さん。結構悩んでいたのでホッとしちゃいました」

 

 ネギは満面の笑みを和に向けて礼を言う。本当に悩みは解消できたのか、自分からは分からないが、気を紛らわすことぐらいはできたのかもしれない。夕映はネギの笑顔につられたように笑みを作る。

 幼さい容姿であってもどこか大人びたその笑みは、夕映が生きてた中で誰よりも綺麗で、この笑顔に和は惹かれたのだろうと分かり―――

 

 

 

 ずきん、と。痛みが心に走った。

 

 

 

――――

 

 日は既に暮れており、武闘大会の予選が始まる頃、夕映は夕食を済ませて広場の一角に佇んでいた。3-Aのメンバーは殆どが武闘大会に向かっているため、この場所に誰か来る可能性は低いだろう。ベンチに座りながら夕映は空に浮かぶ月を見る。学園祭の出店などの灯りでほとんど星が見えなくなった空は、はっきりとしない自分のようだと思えてくる。

 夕映は一人の時間が欲しかった。ネギ先生との会話が終えてから、どうしても嫌な感覚が心の中に残っている様な気がしたからだ。

 夕映自身、おかしなことを話したとは思っていない。落ち込んでいるネギを励まし、悩みの解消とまでいかずとも、そればかりに目を向ける様な状態ではなくなった筈だ。それはネギにとってプラスなことだ。相談されその結果なら、なにも悪い所は無いはずだった。

 それなら和にとっては? 夕映は自問する自分の心に息を詰まらせ唇をかむ。

 

 最低です、そう呟くことはしない。だって何も変なところは無いのだから。一人の生徒としても、ネギの友人としても、適切な言葉を返していた筈なのだから。

 なのに夕映は、今は誰にも見られたくなかった。まるで自分が悪いことをした子供のように、その姿を見られることをおそれた。

 

 だがそんな彼女の願いは届かず、誰かが自分に近づいてきていると夕映には分かった。足音はだんだんと近づいて夕映の前にまでたどり着く。

 

「やっほ、夕映ちゃん」

 

「……カモさん、ですか?」

 

 フェレットの耳に尻尾の色と同じ茶色の髪、白い無地のシャツにジーパンという、仮装ばかりの学園祭には似合わない女性がそこに居た。手にはどこかで買ったのかイカのするめと、CMでよく見るワンカップがあった。

 声色が何となくネギ先生の肩に居たオコジョに似ている。年齢を変えるクスリすらあるのだ、オコジョを人型にする魔法ぐらいあるだろうと、ぼんやりとした思考で夕映は思う。そしてその暢気な表情から、思わず恨めしそうに呟いた。

 

「カモさんはいいですね、悩みがなさそうで」

 

「何言ってんの、これぐらいのオコジョになると悩みばっかなの。ご主人様が考えてそうで考えずに突っ込んじゃうとか、小さいままだと誰かを探すことも一苦労だとか」

 

 ワンカップとイカのするめをベンチに置いて、カモは夕映の横にそのまま座る。

 こういう時に大人はずるい、と夕映は思う。お酒を飲んで思考自体を打ち切ってしまう事もできるし、何かに浸ることもできるのだから。

 特に何かを話すわけでもなく、カモは夕映の隣に居た。自分を誰かが責める様な気がする、そんな考えを追いやるように夕映は何も考えず、ただぼんやりと空を眺めた。

 カモは何かを自分に言いに来たのだろう。自分の不安定な気持ちがネギに伝わってしまっていたのか、そんな心配が夕映の心を過る。

 そしてそれはその空気が確かに動かした。それにともなってカモも静かに口を開いて言う。

 

 

「ねえ夕映ちゃん、まだ間に合うよ」

 

「…………何がですか」

 

 

 心臓が跳ねて、一拍遅れて夕映はカモに返す。

 

 

「宮崎和のこと」

 

 

 カモはまたどうでもいいことを話す様に夕映に言う。

 夕映は考える。カモが何を伝えたいのか。明日歌以上にネギに近い場所に居る助言者の言葉の裏を考え、尋ねる。

 

「なんですか、それ。和がフラれるかもしれないから、諦めろとでも言うつもりですか」

 

 今日会ったのは和とのデートだ。その様子は明確には聞いてないし、本当はあまり上手く行かなかったのかもしれない。そしてそんなネギの思いが一番近い場所に居るカモにも分かったのかもしれない。

だからどうした、和の背中を押している自分に、無駄なことを辞めろとでも言いたいのか。

 夕映は否定する。他の誰でもない、親友の和の事であるのなら、なおさらだった。

 

 

「和ちゃんの事じゃないよ。夕映、あんたのこと」

 

「……なんですか、それ」

 

 

 しかしそんな夕映の思いを知ってか、カモは和の事ではないと否定する。

 夕映、私、私のため。夕映は首を振る。そもそも間に合うも何もない。自分は遅れた覚えはないし、間に合わせるものだってない。カモの話はいい加減も良い所だ。

 カモは夕映の返答に何も言わない。夕映自身も覚えがないのだから言う事はない。学園祭という賑やかな空間でそのベンチだけが、とても静かな場所だった。

 

 カモがするめに手を伸ばして口に含み、しばらくしたらワンカップに口を付ける。夕映は何もせずにただぼんやりとするだけだ。そんな時間が続き、カモはワンカップを置くと、再度夕映に尋ねる。

 

「……夕映ちゃんさ、ネギちゃんと一緒に居てつまらない、って感じたことない?」

 

「何を言っているのですか? ネギ先生が来て、和たちと一緒に時間を過ごして、私は何時だって楽しかったですよ?」

 

 見当違いなカモの言葉に、夕映は鼻で笑うように答える。

 感じるはずがない。だって、心の底から楽しかったと言えるのだから。3-Aで楽しくない事なんて、そんなことを考えたのは一度も無かった。

 

「……んー、たしかネギと一緒に勉強したけど、つまらないの対義語は楽しいじゃなくて面白い、だよ」

 

 じわりじわり、と。何かが近づいてくるのが分かる。苛立ちや焦りがそのまま表情に現れ、夕映は眉をひそめてカモを見返した。

 まだ大丈夫、誤魔化すことができる。夕映は自分がそう考えていることが分からなかった。何に焦り何を考えて言葉を出しているのか分からず、ただ形のない感情が赴くままに体は動き、言葉を作る。

 彼女は知らないはずだ。だって、誰にも言ってはいないし態度に出した事もない。だったら、知るはずがない。

 自分の見る光景に誰かが居て、仲良く話している姿があって、ソレを見て自分が――――

 

 

「……だからなんですか? 訳の分からないことを言わないでください。第一、つまらないと感じたことも私は――」

 

「オコジョ妖精には変な能力があってね、誰がどんなことを思ってるのか、なんとなーく分かっちゃうんだよねぇ。だから気になっちゃって」

 

 

――つまらないと感じていることを、彼女は知っている。

 

 

「夕映ちゃんはいったい『何』に対してつまらない(面白くない)って感じてるのか」

 

 

 考えるな、と。誰かが警告を出している。そうしなければ自分が訳の分からない感情に捕らわれていることに気が付いてしまう。

 その名前のない、形さえも分からないその感情に名前が付けられ、自分の中で定義されてしまう。

 誤魔化さなければ、何かを言ってカモ(自分)を誤魔化さなければいけない。なのに、言葉にできない。何かを言わなければ、という焦燥感だけが前面に出て、言葉にする前に消えていく。

 

「っわ、私は、」

「あ、そーだ思い出した。ハルって言ったっけあのメガネの子。ネギが伝言を受け取っていたのに忘れてたから、それを伝えに来たんだったっけ。ごめんねー、いろいろ考えてたら忘れてた」

 

「え……あ……」

 

 わざとらしく明るい声を出してカモは夕映の言葉を遮る。尤も、遮る言葉など何もなかったのだが。

 明日の図書館島での部活案内で、ちょっと用事があるからいつもの場所に顔を出してくれとの伝言だった。お酒が入ってたから忘れてたよーと。わざとらしくカモは頭を掻いて立ち上がる。

 

「明日はネギも武闘大会が在るし、見に来てくれるとネギもよろこぶんじゃないかなー」

 

 よっこいしょ、と。年配の男性のように腰を上げたカモは唖然とする夕映を置いてベンチから離れる。ゆっくりとして落ち着いたカモの足取りとは逆に夕映の心は揺れていた。

 暫く歩いたところで視線だけで振り向き、呟く。どこか確証でもあるように、苦笑交じりにカモは言った。

 

 

「その分からない感情に早く名前を付けないと、きっと面倒なことになるよ」

 

 

―――

 

 一日を置いても心が揺れたままの夕映にとって、ハルの言葉は異国の言葉のように頭に入らない。武闘大会が終わり図書館探検部の催しによる図書館案内の最中、合間を縫ってハルの話を聞きに行った。魔法についていろいろ聞かれたこともあるが、それがメインの話ではないらしく、何時もの様に気楽なやり取りをしていたはずだった。

 なのに夕映には眼の間に居る男子は自分の親友でもある、早乙女ハルという存在であるとはっきりと考えられなかった。思考がようやく追いついて、何時もの冗談だと答えを出す。それが間違いだと分かっているにもかかわらず。

 

「……本気で、言っているのですか、ハル? だって私ですよ?」

 

「本気だって。和にも言ったけど、いくら俺でもこんな言葉を嘘や冗談で言わない」

 

 ハルが、私の事が好き。夕映は何度その言葉を頭の中で反芻してみても、実感として沸くことが無い。そんなそぶりを、普段見せたことすら無かったのだから。

 

「……私には考えられないです。ハルと、そういう関係になることは」

 

「そう? 俺が自分で言うのも変だけど、悪い相手じゃないと思うんだけど」

 

 ハルは夕映に多くの事を語らない。どこが好きなのか、と問われて上手く説明できるほど、普段のように舌は回らなかった。ただどうして好きになったか、という点については一目ぼれと答える。最初に接した時になんとなく良いな、と考えて、そこから段々と思いが大きくなったのだから。広義的に見ればその言葉が一番適切だっただろう。

 だから上手く説明できないと、普段の調子ながらもハルはどこか照れたように答える。

 

「……私は、」

 

 言葉に詰まる。

 だって『答えは既に決まっているのだから』。夕映の中に在る名前のない感情が、ハルの提案を拒絶する。

 ハルとそういう関係に成ることだって、周りから見れば有りえないとは言えないだろう。いつも一緒に居る人物の一人で、夕映の親友と呼べる男子だ。二人で出かけることも無いわけでもなく、そんな関係だと勘繰られたことだってあった。

 ためしに付き合ってみる、それから恋愛感情を育むという考えだってある。夕映自身がそんな行動をとることは無かったが、感情が最初からその選択肢を消し去った。

 

 だから夕映が今言葉に詰まっているのは返答ではない。最初からいう事が決まっているのため、夕映自身が考えたのは

 

 

 

 

 どうすればハルを傷つけずに断れるか、だった。

「どうすれば俺を傷つけずに断れるか、かな」

 

 

「っ!?」

 

 夕映が今まさに考えていたはずの言葉を、ハルは呟く。どこか苦笑するように視線を向けるハルに、夕映は大きく目を見開いて驚いた。

 やっぱりねー、と。頭を掻いて小さく溜息を吐くハルはいつもの調子を取り戻して笑みを向ける。対して夕映はハルの言動に混乱させられてばかりだ。それならどうして告白したのか、何の意図があるのか、聞きたい事はあるのに口が動かない。

 

「俺、馬鹿なこと言うってさっき言ったじゃん? だって始めから、応えてくれないって知ってたから」

 

「どうして、ですか? ハルがなんでそんなことが言えるのです? だってさっき言っていたではありませんか!」

 

 そう、悪い相手ではない。夕映だってハルに対してその印象を持っている。そしてその事をハルは知っている。

 断言できるはずがないのだ。ハルからは見えるはずがない。どんなことを考えて、どんな気持ちを抱いているかなんて、知る方法なんてない。夕映はそう考える。

 

「そりゃ分かるさ、好きな人の事なんだから。きっと違う感情が夕映の中にはあって、そこに俺は入れないってさ」

 

「違うです! さっきから何なのですか! カモさんもハルも、知ったような口調で勝手なことばかり言わないでください!」

 

「……ごめん、夕映」

 

 ハルの出した謝罪の言葉は、きっと見当違いなことを言ったことに対してではない。眼を伏せてはるは後悔が混じった表情で口を開く。

 

 

「たぶん俺のせいなんだと思う。きっと夕映の中に在るその感情に、きちんと名前が付ける前に、付けられなくしちゃったから」

 

「だから……勝手なことを言うなと言ってるのです! 私が何を」

 

「夕映!」

 

 

 ハルが声を張り上げ夕映の言葉を遮った。その声色のようにハルの表情に力強さは無く、子供に言い聞かせるように夕映に言う。

 

 

「なぁー夕映っち。もういいんじゃないかな。平気なふりして、なんでもないって顔するのはさ」

 

 

 頭によぎる言葉が口に出ない。無意識のうちに考えないようにしていたはずの言葉が、ハルの言葉によって思い出される。

 この名前のない感情はいったい何なのか。絶対に定義をしたりしないと、心の中で決めていたことが崩れていく音が聞こえた。

 

 

 

「だって夕映は和のことが好――」

 

「やめてください!」

 

 

 ハルの言葉を遮り夕映は叫ぶ。それでもすでに名前のない感情にラベルは張られた後だった。

 

 

「違う、違う! 違うのです! だって和は……ネギ先生が好きなんですよ!? 一番近くで見てきたのです! だったらっ! ……好きになるわけがないじゃないですか!」

 

 

 和が好きだなんて思いを抱くはずがない。自分のこの感情が、和への恋心という名前を付けられるはずがない。

 だってそうだ。それなら自分が今まで抱いた思いはなんだったと言うのか。

 

 ネギという少女を見て、夕映は何を思ったのか。(この人には勝てないな)

 ネギと和が楽しそうに話しているとき、自分は何を感じたのか。(嫌だ)

 和がネギとキスをしたとき、自分は何を思ったのか。(止めて)

 自分とは違う、大人びた様子のネギの言葉や、妖精のような笑顔を見て何を思ったのか。(ずるい)

 和との関係を相談され、自分は何を考えたのか。(答えなんて出なければいいのに)

 

 魔法という存在を知り、何を以て自分はその世界に入ろうと考えたのか。(ネギ先生に、負けたくない)

 

 

「違う、違うです。こんなの……私じゃないです」

 

 

 自分がとった言動の一つ一つの思いだし、感情に形が付いたことでその理由を理解する。そんな自分を夕映は首を振って否定した。

 和に親友と呼ばれ、信頼を向けられる綾瀬夕映という人間が、そんな汚いことを思うはずがない。

 だってそれは、自分がネギに対して嫉妬しているという事ではないか。

 

 古傷が疼くように痛み出した胸に手を当てて、夕映は膝をついた。本当はずっと前から心は傷ついていて、その痛みを忘れるために恋慕という感情に名前を付けずにいた。

 その痛みを思い出したように、夕映の目から涙がこぼれた。痛い、悲しい、苦しい。そんな感情が入り混じった思いが、夕映の心を傷つけ涙と言う形になって表れる。

 自分よりも全部優れたネギに、和が思慕を寄せることは当然のことだ。そして和もネギの事を好きだと知っている。だからこの思いが実ることは無い、その事実が夕映を傷つける。

 

 

「どうしてですか、ハル。こんな感情の名前なんて、気が付かなければ。私は……」

 

「…………」

 

 

 ハルは何も答えない。慰めることも触れることもせず、ただそこに佇んでいた。

 その資格が無いことはハル自身が知っているし、何もできない自分がもどかしくも感じているだろう。自分が好きな女の子が泣いているのに、なにもすることができない。額に掌を当てて夕映を見ずにハルは呟いた。

 

 

「……はぁ、正直妬けるなぁ」

 

 敵わないと、ハルは自分の親友の事を思い出して呟く。自分の中のしこりは無くなり、『此処を覗いている人物』に聞こえるように、ハルは声を張り上げた。

 

 

 

「おーい! お前はどう思うのさ! なぁ……和ぁ!」

 

 

 

え、と。零れたように呟き夕映は顔を上げ、ハルの視線の先である後ろを振り向いた。

 

 

「…………」

 

 

 そこには、一番知られたくないひとが、そこにいた。

 

 表情は自分の涙で分からない。だけどその顔の輪郭や佇まいが、自分の思い人に一致していたことは分かった。

 ハルの確信じみた言葉に、夕映は頭の中に回答を導き出す。

 

 ハルは和が此処に居ることを知っていた?

 

「……ゆえ」

 

 こつん、こつんと石の道を叩く靴の音が近づいてくる。そして涙で分からなかった表情が、近づいたことで表される。

 戸惑い、後悔、そして――

 

 

「――――っ!!」

 

 

知られてしまった。一番大事にしていた親友に、自分が大好きだと思った人に。

 

 頭の中が真っ白で何も考えることができない。だけどそこに居たくない、という無意識が身体を突き動かし、逃げるように夕映は駆け出していた。

 

「――――――!!」

 

 背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。誰が叫んだのかは分からない。離れなければならないという、反射にも似た脳からの指令は、耳を傾けることすらしない。

 奥へ、奥へ。図書館島内部のどこを走っているかも分からず夕映は走った。見られたくない、そう思っていたはずの夕映にただ誤算があったとするならば、追いかける人物は図書館島の地理に詳しかったことだ。

 

 図書館内部、北端大絶壁の滝が目に入り、夕映はようやく自分が行き止まりに来ていたことに気が付く。思い出したように心臓が痛いぐらいに拍動し、両ひざに手を着いて肩で息を吐き出した。

 何も考えることができないほど苦しく、走ってきたからだと自分の胸が痛い理由を誤魔化した。そうしてまた感情を偽ろうとする自分に、唇をかんで思わず涙を流す。

 痛みの理由を知ってるくせに、なんでもないと言ってそこから逃げて、自分はいい人だと言い聞かせる。そうして醜い自分を隠そうとする卑怯な本心に、ただ嫌悪する。

 

 自分を追いかけて駆ける足音が聞こえる。きっと彼だ、と。夕映は心の中で思いその人物と対峙した。

 

 

「ゆえ!」

 

「……のどか」

 

 

 追いかけてきた男の子は、息を切らして此方を見ていた。そこには困惑と安堵があった。ようやく追いつけた、という思いと、どうして、という思いが一緒になっているのだろう。

 

 

「ゆえ……どうして」

 

「……『いどのえにっき』で、見ればいいじゃないですか」

 

 

 和の問いが何に対する者なのか分からない。夕映自身も心がぐちゃぐちゃなのに、言葉にすることなどできなかった。

 

 

「きっと汚い私が描かれてるですよ。ネギ先生なんていなければいい、和の恋愛なんて失敗すればいいんだって、そう思う私の姿が!」

 

 

 自嘲する様に、いっそ開き直ったかのように夕映は答える。

 涙を零して作る笑みは痛々しく、傷ついた心が無理やり表情を造りだしているかのようだった。

 

 

「違うよ! ゆえはそんなこと……」

 

「のどか」

 

 

 ほら、私の親友はそう思ってる。汚くない、そんなずるいことをしないと。だからこそこんなところに居たくない。

 逃げないと、そう夕映は答えを導き出す。滝が流れる絶壁へと背を向けて、泣き笑いで和につぶやいた。

 

 

 

 

「私を、みないでください」

 

 

 

 此方に駆け寄ってくる和の姿が、背に向かって倒れる直前に見えていた。そんな姿を否定するように夕映は目を瞑る。

 ずるい、汚い、そんな私を見て欲しくない。大好きだった人が、そんな自分を見て欲しくない。

 

 無くなってしまえばいいのに、そんな思いを抱いて落ちながら、夕映は――

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆえーーーーーっ!!!」

 

 

 

 

 両手を広げ頭から飛び込んできた和の姿に、思わず目を見開いた。

 

 

「なっ! のどっ!?」

 

 

 和の手が夕映の身体を掴み、そのまま身体を抱き寄せられる。もう片方の手で鍵爪のついたロープを投げた和は、引っかかったのを確認して紙の上からロープを掴んだ。

 

「っつ!」

 

 小さな悲鳴が和と夕映の口から洩れる。ロープを掴む手がぎしりと軋み、同じように握りしめられた和の手が、抱きしめている夕映の身体を圧迫した。

 

 高所を降りるためのその鍵爪とロープは一人用の物だ。和自身の身体能力も高くなく、安定しておりることなどできるはずがない。ロープと鍵爪を繋ぐ金具が軋み壊れたのが遠目で見れて、小さくかすれた声が夕映の口から洩れた。

 落ちる勢いは少しだけ削れた、だけどこのままでは死ぬかもしれない。そう客観的に思う夕映の身体が和に抱き寄せられる。考えることを辞めるように、夕映は目を瞑った。

 

 

 




次はのどか視点。
自分としては性別が違った場合のifもののつもり。でもこの作品外の本筋の主人公はきっと明日歌。
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