ブリームムにとってその人物……己がマスターでもある創造主と言う存在は、唯一自分が反応を示す存在でもあったのだろう。自分と同じように周りに居る創造主の使徒達は、協力者であっても仲間ではない。いや、創造主からの命令を受けているからこそ共に居て、共に任務を果たす同行者のような者であったと言えるだろう。
そうブリームムが感じるのは当然だった。知識と戦闘力を付けられた人形に、意志という指向性を動かすためには、上位の者の命令以外にありえない。たとえ何千何万という人間を消滅させたとしても、ブリームムは何一つ感じることは無かった。唯一喜びや悲しみといった感情のような物を表面に出すのは、創造主が目指す目的の成功と失敗、その要因についての正負の差異ぐらいのものだった。
正の感情を受けるのが創造主からだとしたら、負の感情を受けるのは計画の阻害を続ける集団のリーダー、ナギ=スプリングフィールドという存在だった。そのままであれば計画は大きく進むものを、ナギ一人で邪魔をされ失敗に終ることも多い。そんなナギをブリームムが鬱陶しく思い苛立たせる存在であるのは言うまでも無いことだ。
「失礼ながらマスター、奴は力だけのただのバカ。考えなしに立ち向かう者をなぎ倒し、ただ前に進むことしか知らぬ愚か者です」
だからこそ、正の感情を示す相手である創造主がナギに興味を持ったとき、そんな否定の言葉が出るのは当然尾の事だったのだろう。
黒衣のローブからフードを外した創造主の後姿からは、三つ編みを纏めて編んだ金紗の髪が見える。強化の魔法を使わず双眼鏡で紅き翼のメンバーを眺める『彼女』は、ブリームムの答えに振り向く事も無く答える。
「……それが人間だ。結局前に進むことしか知らない、だからこそああいった馬鹿の方が見ていて気持ち良い。2600年の保証つきだ」
創造主から帰ってきたのは、ブリームムが負の感情を向ける存在への称賛だった。それを褒めたといって正しいとは言えないが、少なくともブリームムにとっては称賛に聞こえていた。
「……マスター」
故にブリームムは正とも負とも言えぬ思いを抱いていた。ナギ=スプリングフィールドをブリームムが嫌うのは、計画の阻害何時までもする人物であるというだけではない。先ほど彼が述べたように、何処までも彼はバカなのだ。論理立てることもしない、理を説いても耳を傾けることすらしない、人形でもあるほんの少しの魔法世界の住人に対しても、命を懸けてでも守ろうとする。どこまでも自分の感情に従い自分の武を振るう存在だ。言ってしまえば――どこまでも人間らしい人間であるのだろう。
そしてブリームムはその対極だ。創造主の命令であるのならば疑う事もせず、理があると判断すれば今まで共に戦ってきた完全なる世界の幹部ですら切り捨てられるだろう。どこまでも人形らしい人形だ。
だからこそ――対極であるナギとは相容れない。そして創造主が言ったナギへの肯定は、対極であるブリームムへの否定であるとも言えた。
唯一創造主の使徒であるブリームムを調整できるのは創造主だけだ。そんな彼女が言った言葉だからこそ、ブリームムはその時点でバグを産んでいた。調整してしまえばあっという間に消えてしまうような小さなバグは、最終決戦を控える創造主、そしてブリームム自身にも気が付くことは無かった。
「……行くぞ。後は『頼む』。ブリームム」
「っ……ハッ!」
そしてそのバグが戦いを左右するほど大きなものでは無かったのは確かだ。ナギとブリームムの最終決戦はナギの愚直さが勝ったのであり、それを超えられなかったブリームムの敗北という結果を産んでいた。
ナギがの首を掴んで持ち上げ黄昏の姫巫女の場所を問われたとき、創造主に自分ごとナギを打ち抜かれても、ブリームムはその結果を肯定した。止めることは叶わなかった。だがナギに手傷を負わせ戦闘不能にまで持ち込むことができたのだ。創造主の役にたって自分は倒れることができるのだと、そう思って意識を手放したのだ。
そしてブリームムが意識を再び取り戻したとき、自分の視界に入ってきたのは――
ナギの膨大な魔力が込められた拳が、『彼女』へと直撃した姿だった。
「ます、たー?」
何が起きている? その言葉が浮かんですぐに、聡明なブリームムの頭脳は勝手にその解を求めていた。
辺りは創造主とナギの戦いの余波で破壊尽くされている。壁は崩れ地面は壊れ、周りに浮かぶ小島に至っては崩壊して形すら残していないものまである。そんな墓守の宮殿外周部に浮かぶ小島の残骸の一つに、ブリームムの倒れ伏していたのだ。
それは人が見れば明らかに異質だと感じただろう。戦場の中に居たのだからボロボロになった服や埃まみれの顔はまだ分かる。だがその体の胸の辺りは、本来あるべきの肉体が無く、ぽっかりと穴が空いている。
その時点で常人ならば死んでおり、成年が意識を取り戻すことなどあり得ない。身体の中央に空いた穴から血が溢れ真っ赤な花を地面に咲かせていただろう。ただしブリームムは常人ではない。穴から洩れるのは透明な液体であるが、そんな負傷で完全に意識を落としてしまうほど軟な作りではなかった。
まるで自分の身体ではないかのように動きは鈍かった。万全の状態であれば全能感すら感じられる使徒としての肉体が、全く機能していないも同然だった。故に身体を少しだけ起こして創造主とナギの戦いを視界に入れるのが精いっぱいだ。
『はは、フフハハハハハハハハハハハハ! そうか! 私を倒すか!』
倒す? 誰が、誰を? ナギが『彼女』に勝って、打ち滅ぼすとでも言うのか。
ブリームムは信じない。信じたくない。だけどその周りの世界はその言葉を肯定し、ブリームムの否定を現実にしていた。
創造主の放つ魔法も確実に減っており、ナギはその合間を縫うように回避している。満身創痍であるのはお互い様だが、ナギは自分の師匠から受けた魔力のサポートが在った。故に、ナギの攻撃は確実に創造主へと届いている。創造主自身の力は減っているにもかかわらず。
『全てを満たす解など無い、それを知ってなお足掻くか! 存在し得ぬ幻想を求め愚直に進むか! ああ、それもいいだろう人間よ!』
『ごちゃごちゃとウルセェんだよ!! 明日世界が滅ぼうとも、諦めねぇのが人間だろうが!』
ナギの一撃がまた創造主を捉える。魔力で編まれ形造っていたローブが千切れ、大量の魔力が辺りへと散らばった。迎撃に放っていた魔法もナギを止める要因には成り得ていなかった。
「や、めろ……」
ブリームムは誰に言うのでもなくその言葉を零した。そして『彼女』がナギによって倒されるという未来をようやく現状から理解した。
彼女は倒され消える。自分が二度と彼女の姿を見ることもかなわず、ただ自分の対極の肯定が正しかったことを証明して消えていくのだろう。
後は『頼む』、ブリームム
「ぐっ……がぁ!」
ふと、ブリームムは『彼女』の言葉を思い出す。そして、思った。
いったい自分は何をしている。
自分は頼まれたのだろう。創造主に、頼むと言われたのだ。それを命令として捉えているわけではなかった。だが彼女を否定するナギという存在の隙にさせることを肯定することをしろと言うはずがない。だからこそ、一撃でも『彼女』の盾に成ろうと行動を起こしたのだ。
倒れ伏していた鉛のような身体を起こし、辺りに何かないか見渡した。今の自分では魔法弾の援護もできず、ましてや転移魔法などできるはずがない。何か補助具が無ければ、何もできないも同然だ。だが彼の執念を認めたように、その黒い杖はその小島に転がっていた。
「マスターキー、か」
それは戦場の余波で紛失したのであろう、一つの魔法具だった。黄昏の姫巫女の力を借りて造られたそれは、魔法世界の生物への絶対的な力以外には、魔法の補助具としての役目も持っている。
本来ならば幹部全員に持たせるはずだったそれは、時間が無く中途半端な力を持たせることしか叶わず、結局使用に至ることは無かった。目の前の者は恐らく、数名の幹部以下の者達に持たせていたものの一つだろう。
『ああそうだ、貴様らにできることは愚直に前に進む、ただそれだけだ! 今敗者である私はそれを認めよう、肯定しよう。英雄という希望に至り、何も知らぬ羊達の道を照らすがいい!』
『――ラス・テイル・マイ・スキル・マギステル イグドラシエルの恩寵を以て来たれ貫く者よ!』
自分が行ったところで何ができるのか、そんなことはブリームムには分からない。だが行動を起こさないと言う結論だけは有りえない。
無駄だと頭の中で答えが導き出される。使徒としての頭脳が導き出したその答えをブリームムは蹴り飛ばし、ただ己が衝動のまま自分の少し前を転がるマスターキーへと手を伸ばす。
鉛のような体は頭からの命令を届かせず、ただナメクジの様に這って少しずつ前に進ませることしかできない。
『そして貴様も至るだろう。次善解が最善へと成らざるを得ぬ現実に。後悔も絶望も、それを知って尚前に進め人間よ! そして私と同じ解に至ることを、切に願おう』
ほんの少しの距離、それがブリームムにとっては永遠の様に遠い。動かされた身体は殆ど理屈以外の何かによって動かされているとしか思えなかった。
その何かをブリームムは知らない。それが自らの対極だと表したナギを動かす原動力であることを、名前の無いその力を理解することは叶わなかった。
ただ、自分は『彼女』のために動かなければならない。動かなければならない理由を創造主からの命令だと勘違いし、ナギのような『不屈』を以て動く理由を彼は知らない。そしてその力によって動かされた身体は、マスターキーにまで手を伸ばすことができたのだった。
なんてことはない、ブリームムが抱いているのは自分が正の感情を浮かべる相手である、『彼女』が称賛を示した相手、ナギへの対抗心だ。そしてそのときバグによって浮かんだ『彼女』への――
「マスター!!!」
『人間を……嘗めんじゃねぇええええええぇええ!!!』
「……あ」
轟き渡る雷の神槍、ナギの放った雷系統最上級の魔法を纏った彼の魔法兵装が、創造主の身体にへと放たれる。そして膨大な魔力が膨れ上がったかと思えば、あっけなく創造主の身体を四散させた。
マスターキーに手は届いていた。魔法の発動も完了してあとは座標を入れるだけだった。ブリームムの不屈と言う意思を以て起こした行動も、何の意味も無くそこに結果を残した。
「ます、たー」
消えた、『彼女』は、この世界から消えてなくなった。
頭の中で答えを出される。創造主はこの程度の魔法で滅びることは無い。やがて時を経て再臨を果たすだろう。『彼女』はそこに消えていった。二度とその姿を見ることは無く、また――――
ブリームムの頭上に余波によって巨石が飛来してきていた。それに使徒としての頭脳は反応を導き出す。機械に命令を与えるプログラムのように、行動を起こさぬ人形へと指示を出した。
その指示を聞いてなお、ブリームムは動かない。ただ『彼女』が消滅した場所を見続けた。
ブリームムを巨石が押しつぶす。最後の最期まで、彼はその光景を視界に入れ続けていた。
『――転位完了――損傷率97.1%――修復に十分なマナがありません。外部魔力での再生を開始します。黄昏の姫巫女反応消滅。90秒以内に既定の場所に――』
黒い杖が、鈍く光った。
――――――――
旧オスティア跡地、完全なる世界の儀式の発動を防ぐための封印は、王都オスティアを中心として50kmの魔力を消滅させ、浮遊していた島々を落とす結果になった。大地に落ちて廃都となった旧オスティアは、現在は多くのトレジャーハンター達の漁り場となっている。
だが総じてその難易度は高い。なぜならその場所は魔法が使えぬ不毛の大地であり、8年経ってもそれが改善されることは無い。多くのものを魔法に頼っている魔法世界の住人にとって鬼門でもあったのだ。その結果オスティア跡地は一種のダンジョンとなっている。上級に定められたその場所は、トレジャーハンター達はチームを組んで挑んでいた。
そんなオスティア跡地に、たった一人遺跡に挑む影が有った。防塵効果を付与したケープを身に纏い、クリーム色のフードを深くかぶっている。その身長は女性の平均身長よりも少し低く、身の丈ほどもありそうな大剣を背に、その人物はダンジョンを駆けていた。
それを同業者が見れば、なんの自殺行為だと考えるだろう。スカウトやアタッカーなどそれぞれが役割分担をして、リスクを分散するのが道理だ。対してその人物が持つのは丈夫な布で造られたサックと腿や腰回りなどに付けられた幾つかのポーチぐらいだ。それにしてもサックの方は多くの貴金属などが積み込まれており、薬などなポーチに入っただけだろう。
そんな装備の人物がダンジョン内に住み着いたファンタジーチックな動物たちに出会えば、起こることは一つだろう。現にその人物の視界には広い庭に備え付けられた小池から、魚の顔が浮かび上がってきていた。
天井がふさがり部屋のような空間となった場所に住み着いていたのは、4メートル以上の巨体になって人間の様な筋骨隆々とした手足を付けた魚のクリーチャーだった。見ればこの場所で誰かが死んだのか、ボロボロになったサックが転がっていた。
本来此処でこのような怪物に出会ったら、トレジャーハンターとしては逃げるのが定石である。魔法が使えずとも氣は使える。だがこの場所ではその氣さえも効力が薄まり、本来の力は出せないのだ。一般的な氣の使い手であったとしても、目の前のクリーチャーを倒せるかと聞かれれば首を横に振るだろう。
「……邪魔」
無感情な少女の声がその場に響き渡る。
その人物は背に持っていた大剣を掴むと、軽々と片手で持って構える。小さく呟いた『彼女』は、路傍の石でも見るかのようにそのクリーチャーを眺めた。
結論としては、数メートルに届きそうなほど強大になった魚如きでは、その人物を止めることはできなかった。確かにこの場所で氣を使えば効力は落ちるが何事にも例外はある。たとえば紅き翼の一人として有名なジャック・ラカンであれば、その膨大な氣を使って十全とは言えずとも一流の戦士以上に身体を動かせるだろう。
彼女もその例外に該当し、図体ばかり大きくなった魚に負ける程弱くは無い。そうでなければ一人でダンジョンに挑むことなどできないのだが。
以前此処に訪れたトレジャーハンターの遺品であろうサックを拾い上げると、彼女はその部屋全体を見渡した。元々貴金属が目的であったため、オスティアに館を構えていた権力者の敷地に訪れた。しかしそこで飼っていたのであろう動物などが狂暴化して生きており、多少厄介なことになっていた。まぁそれは彼女が倒してきたのだが、先ほど切り落とした魚はその一つだった。
「なんか……変?」
少女は首を傾げて考える。魔力が少ないこの場所で動物が突然変異することなど想像できない。この場所にまだ生きていた番犬などはまだ犬としての範疇は留めていた。しかしクトゥルー神話の邪神のような見かけになった魚は明らかに普通の範疇を超えている。
池から少し離れた場所に設置されている、物置の様な小屋がある。元々そこに魚を飼うための道具などが置いてあったのだろうその場所は、少しくたびれているが物置としての機能は備わっているように見えた。
突然変異から考えられるのは魔法による影響、この場所では魔法は使えないため十中八九マジックアイテムのせいだろう。それがまだこの辺りにあるかもしれない。
それがその小屋に置いてあればできすぎであると誰もが思うだろう。一応の調査も込めて、彼女はそこまで足を運ぶと、歪な形状なっていた扉を無理やりこじ開けた。
そこに、人形が居た。
彼女がそれを人形であると思ったのは仕方のないことだ。
機能性を重視した簡素な服を身に纏い、白い髪や端正な顔つきは手を加えて整えられたようだった。彼女と同じぐらいの身長の青年の人形は、雑多な物で溢れた小屋の奥で、壁に寄り掛かるように座って佇んでいる。
ただその光景はあまりにも異質だった。埃まみれでただのガラクタとなった物々と比べて、下手をすればダンジョンを駆けてきた自分以上にその人形は小奇麗だったのだから。
先にこの場所に来ていたトレジャーハンターか、そんな有りえない言葉さえも今の光景は答えとして出してしまいそうだ。
その人形、もしくは人物に何を思ったのか、彼女はゆっくりとその場所へと近づいた。何か思うところは確かに合った。だがそれ以上に興味が強かったのだ。
壁に座って寄りかかる彼へ視線を合わせるように、彼女もしゃがみ込んでその顔を覗き込んだ。
不意に、見つめていた彼の表情がむずむずと動く。目を覚ます前兆だったのか、それとも彼女が此処に来て刺激となったからか、閉じていたはずの瞳がゆっくりと開いた。
「……おはよう?」
彼女も動くとは思わなかった。ほんの少しだけ開いた瞳に驚きつつも、何と答えていいのか分からず、疑問混じりの挨拶が言葉となっていた。
「……ま、すたー?」
彼はそう呟いてまた瞳を閉じる。ただその一言を呟いて再び動かなくなってしまった彼に、彼女は目を丸くして驚いた。
『――修―が完了し――た。――記憶――障害が―生。調整を――』
テーマや設定は元々エヴァンジェリン憑依2部で描きたかったものを書こうと思います。
あとこの小説でのナギの始動キーはネギ+超。原作には出て無いです。