カルデアのマスターと、もう一度の   作:魚谷井亭 桝

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バーサーカー (K)

 右眼があの日からずっと痛み続けている。

 さぁ、今日も悪趣味に付き合わされよう。

 

ーーーー

 

 1LDKの、白を基調とした簡素な一室。

 冷蔵庫や洗濯機はあるがPCやテレビはなく、本棚はあるが中に入っているのは地図が数冊と小物が2点。

 そんな、生活臭のまだ足りない真新しい部屋の中、一組の男と女がいた。

 ツインサイズのベッドに二人して腰掛けている。

 男は十数枚からなる紙の束に書かれた内容を黙々と読みふけり、女は隣でそんな男に寄り添って、軽く重みを預けて微笑んで。

 これで男が思春期男子の様に内心大慌てしていればまだ面白みもあろうが、呼吸や目の動きにその気配はない。

 

 触れ合う肩の温度が完全に同じになった頃、女が口を開いた。

 

「本日は……」

 

 ゆっくり静かに、甘く囁く様に、落ち着いた声だ。

 

「夕餉はどう致しましょう? 何か、食べたいものなどございますか?」

 

 それを受けてもなお男は顔色ひとつ変える事なく、しかし視線の動きを数秒止めて。

 結局、

 

「いや、僕に別段望みはない。なんでも構わない」

 

 などと生産性のない答えを返す始末。

 

「マスター、それは……」

 

 これには女も衝撃を受けたらしくばっと寄り添っていた肩を離して、嘆きーー

 

「それはつまり『君の作るものはなんだって美味しいよ』という事ですね!」

 

 なんてことはなく、何とも都合よく解釈をして満面の笑みである……。

 

「分かりました! この清姫、今宵も腕によりをかけてお作りします!」

 

 その笑顔に男は小さく頷く。

 

「あぁ、よろしく頼む。それと聖杯戦争中は……」

「あ、真名は厳禁、でしたね。興奮してつい……」

 

 てへ、と女は見た目相応の乙女らしい仕草でおどけてみせた。

 

 そう今は、聖杯戦争の只中だ。

 正確には、まだ七騎揃っているわけではないということなので前哨戦中、か。

 本格化するのはまだもう少し後になるだろうけれども。

 それでも油断は避けるべきだろう。

 ここは十二分に霊的対策を取っているとはいえども、万全ではない。

 例えばアサシンの様な潜入に長けたサーヴァントや特殊な能力をもった魔術師相手では。

 

「ともあれ、でしたら今日は鰆を照り焼きにして、小松菜と油揚げで……それかお鍋も良いですね」

 

 口に人差し指を当てて、んーと夕食の献立に考えを巡らせる女。

 そんな彼女を眺めていた男だったが、ピクッと眉が動いた。

 

「ん、すまない、魔術師殿からの呼び出しだ」

 

 あぁ、我らが創造主からの念波か。

 用件は今日の夜の周辺偵察か、それともなにか別の策でも思いついたか。

 女も同じ結論に達したらしく、残念そうに。

 

「あら、それではゆっくりと食事とは……」

「……すまない」

「いえ、謝らないでくださいまし。 それでは簡単に済ませられる様に準備しておきます」

 

 謝る男を慌てて制止して、次善案を提示した。

 それに安心した男は手にしていた書類を机にサイドテーブルへと置いて立ち上がり、「扉まで」とついて行く女に見送られて、玄関へ。

 

「そういえば」

 

 そこで、今思い出したとばかりに、立ち止まり、振り返り、切り出した。

 

「例の件、尋ねてみたが問題ないそうだ」

 

 その言葉に、

 

「あら……本当ですか?」

 

 もし私が人間だったなら、全身で鳥肌が立つというのをやっていたことだろう。

 女の瞳孔が静かにキュっと細くなった。爬虫類さながらに。

 万が一嘘をついているのなら、それを見抜かんと。

 蛇の様に……いや、様に、ではないか。

 だが安心するがいい、その男から「嘘をつく」という機能はとうに排除されている。

 男からは。

 

「あぁ、魔術師殿はこの戦いに勝つことが目的で、聖杯には興味がないとの事でな」

 

 そんなわけがない。

 私とお前を作り、この右眼でその女を喚んだあの魔術師は、聖杯によって得られる魔力にこそご執心だ。

 

「それでは……」

「あぁ、この戦い、僕達が勝利すれば君を受肉させられる」

 

 そう語る男の体温は僅かに上気しており、口元にも力みが見える。

 それは初めて観測される、男の人間らしさの発露だ。

 その獲得した人間性は素直に喜ばしいが。

 しかしそれ故に痛ましい。

 まるで道化の様ではないか、と。

 

「そうしたら……二人で共に暮らそう」

 

 何故、召喚以後魔術師は頑なに女、バーサーカーと顔を合わせようとしないのか。

 何故、私がこの部屋でお前たちの一挙一動を見せ続けられているのか。

 何故、お前のその手には初めから令呪が一画しかないのか。

 男は疑問にも思っていないのだろう。

 そういう機能は戦いに必要であるから排除されていないはずなのに。

 では、女の方は……どうなのだろうか。

 分からない。

 分からないが。

 

 女は今にも泣きそうな感極まった顔で「えぇ、是非に」と言った。

 

ーーーー

 

 男が魔術師の元へと向かったあと。

 女は暫く扉の前に立っていたが、「さて……」と呟いて部屋を一瞥。

 ベッドの皺を整えて、テーブルの書類を本棚へしまったり、そこにある小物(そういえば以前の散策時に買って帰ってきたものだったか)を弄ったり。

 それが済んだら、先程言った様に夕食を作るのだろう、キッチンへ。

 

「あら、◯◯◯様。そんなところにおられたのですか」

 

 そこで冷蔵庫の上にいる私に気づいて、声をかけてきた。

 ◯◯◯、とは知らない名前だ。少なくとも私の名前ではない。そもそも私に名前はない。

 誰の名だ。まぁ、大方予測はつくが。

 

「ねぇ◯◯◯様」

 

 などと考えていると、続けてこちらへ話しかけてくる。

 私は女をじっと見る。

 女は私の方を見ているが、私を見てはいない。

 何処かずっと遠くを見るような眼で、懐かしむように、

 

「カルデアにてあなたと出会い、そしてその縁で今こうしてマスターと出会って」

 

 私の右眼に埋め込まれた、このサーヴァントの触媒であった者の眼球に向けて、

 

「私、今とっても幸せです」

 

 それはそれは嬉しそうに微笑んだ。

 

ーーーー

 

 それでも、右眼は痛み続けている。

 これは止まることはないのだろう。

 この幕が降りるまで。




「カルデアのマスターが闇オークションにかけられたら」の第二弾です。
今回のバーサーカーである彼女の狂化に関して本作品では、
「現在のマスターを安珍の生まれ変わりと認識する」
「その言葉が嘘かどうか、が最優先」という解釈をしていますが、
まぁこの亜種聖杯戦争で召喚された場合は、ということで。

カルデアマスターが好き、より、安珍様基準でしか見えてない、の方が
バーサーカー感、狂気感が強くて好き、という私の趣味です。

ともあれ読了ありがとうございました。

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