元来ロールキャベツという物は作るのに手が掛かる物だ。
ちゃんと下処理をしておかないと簡単にボロボロになる。
この店では軽く下茹でして水に晒してキャベツを麺棒で伸ばしている。
この少しの手間が大切なんだ。
おっと、客が来たようだ。
「すみませーん」
キリト君とは反対のような白い服を着た栗毛の少女が暖簾を潜った。
「あいよ」
「マスターさんお昼過ぎですが開いてますか?」
「一個なら出来るよ。それで良きゃ入りな」
「失礼します」
「いらっしゃい。女の子が一回目一人でなんて珍しいね。おっとよく見たら『閃光』のアスナさんじゃないか」
「ええ、知り合いに煮物が美味しいって聞いたんで。さん付けじゃなくていいですよ」
「煮物?ああキリト君か。そうかいアスナちゃん」
「ええ、そのキリト君です」
「悪いね今日は煮物やってないんだ」
「そうですか...」
「まあ、同じ煮込み料理だからそれで許してくれや」
「はい」
「ちょっと待っててくれや」
俺はそう言ってキリト君にいつも出しているジュースとグラスを置いた。
「えっ頼んでないんですけど...」
「お得意様のキリト君の紹介だからね。サービスだよ」
「あ、ありがとうございます」
十分後
コンソメスープをベースにしたロールキャベツを出した。
「うわぁ美味しそう!」
「ほれほれ冷めねぇうちに食いな」
「は、はい!」
アスナちゃんはナイフとフォーク咀嚼する。
「美味しい...」
「そりゃよかった」
美味しいといってくれたのが嬉しくて俺は笑顔でそう言う。
「美味しかったです。私本当はロールキャベツあんまり好きじゃなかったんです」
「それは悪いことをしたか?」
俺がそう言うとアスナちゃんは急いで否定した。
「い、いえ!味は凄い好きなんでけど...」
「何か嫌な思い出でもあるのかい?」
「ええ、母が作ってくれた数少ない料理なんです」
「お母さん?」
「はい、母はとても厳しい人なんです。私は結構大きい会社の社長の娘で、その家に相応しい娘になりなさいって言われ育ってきました...」
「嫌いではないけど苦手ってか」
「はい、でも昔は結構優しい人だったんです。小学校のお受験に受かるとぬいぐるみを買ってくれたり。ぬいぐるみを選んでほしいって言うと一生懸命選んでくれたり」
「多分教育熱心なのが空回りしてんのかもな」
「はい、中学校に入った辺りから厳しくなっていったんです...。けれど、何故か誕生日には必ずロールキャベツを作ってくれたんです。でも、いつものお母さんを見るとあまり食べたくなくなって...」
そう言うとアスナちゃんはお母さんは私のこと嫌いなのかな...と呟いた。
「そのロールキャベツは綺麗に巻かれてたかい?」
「はい、マスターさんのロールキャベツみたいに綺麗でした」
「ならよ、アスナちゃんのお母さんはアスナちゃんのこと嫌いな筈がないよ」
「え、何で分かるんですか?」
「ロールキャベツってのはな以外と手間が掛かるもんなんだよ。綺麗に巻かれてるのは一回葉っぱを茹でて水に晒した証拠だ。生の状態で巻くとバラバラになって見映えが悪くなるんだ」
「それが?」
「分かんないのかい?嫌いな人にそんな手間掛けるわけ無いだろ?ただそのお母さんは加減するのが苦手だっただけじゃなかったか?」
「あ」
俺がそう言うとアスナちゃんは唖然となり思い出していたようだ。
「どうだったかい?」
「そういわれてみると大体の事は私の為になるようなことでした。まあ、嫌な事もありましたけど」
「ははは、それは加減するのが苦手なんだろ?」
「あはは、それもそうでしたね」
「それにさアスナちゃんは何がやりたい何がしたいってあんまり言わない...いや言えないだろ?」
「はい、何も言わずに従ってました」
「アスナちゃんのお母さんはアスナちゃんが何も言わずにいるからそれが好きでやっているって思ってるんじゃないのかな?」
そう言うとアスナちゃんは黙りこんでしまった。
「人ってのは不器用な生き物でな。大体の事は言葉にしなきゃ伝わんねぇのさ。『本当に大事なものは目に見えない』」
「サン=テグジュペリの星の王子さまの言葉ですね」
「ああ、心は目に見えねぇ。だから人は行動で心を表すんだ。画家は絵で表すし歌手は歌で心を表す...アスナちゃんは何で心を表す?」
「私は...私は料理と言葉で表したいです!」
「ほうお母さんに料理を作るのか。何を作るんだい?」
「ロールキャベツです!ずっと作ってくれたロールキャベツを作って一緒に食べてその時やりたいこと好きなこと全部話したいです!」
「そうかい頑張んな」
「はい!あ、すみません準備時にずいぶんとお邪魔しちゃいました」
「いいよ、若者の成長を見るのは楽しいからね」
「じゃあお会計お願いします」
「あいよ600コルだよ」
アスナちゃんは600コルをカウンターに置いた。
「あ、そうだキリト君に会ったら前回お会計忘れたよって言っておいてくれ」
「え、キリト君お金払ってないんですか!?」
「いや、雰囲気的に俺もキリト君も流されちゃったんだ」
アスナちゃんは煮物500コルと書いた札を見ると500コルをカウンターに置いた。
「え?アスナちゃんが払う必要ないよキリト君から徴収するし」
「いえ、紹介料ってことにしておいてください」
アスナちゃんはニコッと笑ってそう言った。
「そうかい」
それからアスナちゃんは暖簾を潜って店の外に出ていった。
色々な人が来て色々な物語が生まれる。
人はここを仮想食堂って呼ぶよ。