カランコロンと歩くたび鳴る下駄。
屋台の威勢のいい呼び込み。
子供たちのはしゃぎ声。
色々な音が奏でる夏の音。
毎年七月七日に近所の神社で開かれる七夕祭りでこれらの音を聴くのが楽しみだった。
そして今年の七夕祭りは、今までと一味違った。
「榊、私あの白いふわふわ食べたい!」
「こら八重、走ったらだめだろう。榊とはぐれるよ」
「愉快だなぁお前ら」
今年は八重と紅葉がいるので、より一層賑やかに感じる。
今までは父さんと母さんとでのんびり回ってたからな。元気かなぁ二人とも。
もう六時だというのに、まだ空はほんのり明るい。一番星は……探さなくていいや。
祭りだ祭り。
ぱぱっと綿菓子を買って八重に渡してやる。
「なんか食いたいものあったら言え。今日は大サービスだ。存分に楽しめ!」
八重はやったーと歓声を上げ、俺に抱き着いてきた。さらに紅葉まで。
太っ腹ぁ♪と言いながら俺の腹を突いてくる八重を引っぺがし、人混みの中を歩きだす。
七夕祭りに訪れる人の殆どが浴衣で、小さな子供も浴衣姿ではしゃぎまわっている。まぁ毎年恒例の光景なんだが。
「榊、あの赤いのは何だい?」
「林檎飴のことか、食いたいのか?」
紅葉は少し顔を赤くして、小さく頷いた。食い物を頼むだけで赤面するとは……。
二人を引き連れて林檎飴の屋台へ向かい、一本買って紅葉に渡してやる。
未知の食べ物に目を輝かせ、大きな口を開けて食べようとした紅葉。
「林檎飴の周りの飴って割と固いぞ」
はっと思いだし忠告したが手遅れだったようで、ガリッという音のあと少し遅れて涙目で紅葉が訴えるように見つめてきた。悪いことしたな……。
そんなこんなで露店を色々散策。
八重も紅葉もそれぞれの色の浴衣を着ている。
紅葉は珍しいことに髪型まで変えている。後ろ髪を一つのお団子に纏めている姿はなんだか新鮮だ。
と、俺の視線に気が付いたのか隣を歩いていた紅葉が顔を赤くした。
「そ、そんなに見ないでくれ……恥ずかしいじゃないか」
……ここは「そんなことない、可愛いよ」と言うべきなのだろうか。いや、俺に言われたところで嬉しくはないだろう。むしろ引かれる可能性の方が高いな。
――この時、八重と紅葉の思考が一致していたことを俺は知らない。
(なんで一言も褒めてくれないの!?)
なんか二人がため息ついてるんだが、どうしたんだろう。腹減ったのか?
「取りあえずたこ焼でも買うか」
境内の傍に待たせて近くにあったたこ焼きの屋台へ向かう。生地の焼ける匂い。ソースと鰹節の香り……。たこ焼きはやっぱりいなぁ。
「おじさん、たこ焼き三パック」
「あいよぅ!」
威勢のいい返答から少ししてたこ焼きの入ったフードパックを差し出される。代金をぴったり払い会釈してから二人の元へ戻る。
互いに綿菓子と林檎飴を食べさせっこしている二人にたこ焼きを一つずつ渡し、俺も八重の隣に腰を掛ける。
涼しい風が八重のポニテをそよそよと揺らし、夏の夜を実感する。
賑やかな参加者たちを眺めながら三人でこの後どうするか話し合った。
紅葉は射的や輪投げなどの景品系に興味があるらしく、射的をしている子供を見つけて目を輝かせていた。
八重は、なんというか八重らしく食べ物ばかり候補に上がっていた。
「チョコバナナ、かき氷、ラムネ、焼きそば、焼きイカ……迷うよぉ!」
想像しただけで喜びを全身で表し、涎を垂らしている八重。食べたいだけ食べてもいいのだが、八重の腹と俺の財布が不安だ……。
突然、俺の目の前に勢いよく大きなスーパーボールが飛んできた。
次の瞬間、少し離れたところで顔を青白くさせた小さな男の子が俺を見ているのが見えた。
恐らく誤って弾き飛ばしてしまったのだろう。
割と痛そうだが、あまりにも突然過ぎて避けることは不可能だ。
反射神経でとっさに目を瞑り、衝撃を覚悟したその時
「危ない」
八重の声が聞こえ、衝撃は訪れなかった。
恐る恐る目を開けると、俺の目の前には八重の握りこぶしがあった。
ふふんと得意げに俺に目を向ける八重、どうやら俺の顔面にぶつかる直前につかみ取ってくれたようだ。
普通の人間なら無理かもしれないが、八咫烏としての動体視力や身体能力のお陰だろうか。
「あ、あのっ!ごめんなさい!!」
慌てふためき涙ぐんでいる先程の少年が俺の元へ駆け寄ってくる。
八重のお陰で被害はなかったので、大丈夫だよ。と伝えて軽く頭を撫でてやる。
さてスーパーボールは返してあげないとな。
「八重、スーパーボール返したげて」
「……ごめん」
なぜか謝罪の言葉を述べた八重が俺に見せるように握り拳を開いた。
それと同時に、謝罪の意味を理解する。
俺もちょとビビった。
「……粉々、だな」
八重が握りしめたスーパーボールは八重の握力に耐えきれず、文字通り木端微塵になっていたのだ。
少年も八重の掌を見てぽかんとしている。
仕方ないのでスーパーボール掬い三回分―三百円を少年にお詫びに渡して、俺達も再び露店を周り始める。
祭りが始まった時刻に比べ、少し人も減り移動がしやすくなった。
射的の屋台を見つけた紅葉が射的をやりたいと言ったので快諾し、一回分の代金を渡す。確か一回五百円で七発だったっけ。
代金を支払い、弾と銃を貰ったが弾の込め方が分からないのか狼狽えている。
俺は紅葉の背後に回り、後ろから手を重ねて指導する。体が密着してしまってるが、まぁ紅葉も気にしないだろう。
「まずここを引いて…そうそう。で、次は先端に弾を挿れるんだ。そんで……って」
先程から紅葉が一言もしゃべらないのだが、ちゃんと理解しているのだろうか。
というか、心なしか紅葉の体温が上がっているような……。
八重が紅葉に近寄り、紅葉の顔を覗き込んだ。俺から紅葉の顔は見れないのだが、覗き込んだ後の八重は何やら面白いものでも見たような笑みを浮かべていた。
一体どうしたというのだろう。
「まぁいいか。あとは引き金引いて同じ手順を繰り返すだけな」
そう言って俺は屋台から少し離れる。他の客の迷惑になるからな。
初めての割には一発一発すべて景品に命中させゲットしている紅葉を眺めていたら、八重が裾を引っ張ってきた。
「ねぇお面買っていい?」
すぐ傍にあるお面の屋台を指さしそういうので代金を手に握らせてやる。食べ物の類を買う時はあんなにはしゃいでいたのに、なんでお面の時はニヤニヤしてるんだ……?
そして八重がお面を片手に戻ってくると同時に紅葉も両手に景品を抱えて戻ってくる。
何故か俯いたまま顔を上げない紅葉に疑問を抱いていると、八重が先程買った狐のお面を紅葉につけさせていた。
「はい、これで顔は隠れるでしょ」
「……ありがとう、八重」
俺に顔を見られたくないのか?え、俺嫌われた?俺なんかした!?
全く心当たりが思い浮かばず、頭を抱えている俺の手を二人が繋いできた。右手を八重が、左手を紅葉が、だ。
八重は何となくわかるが、紅葉が手を繋ぐとは珍しい。まぁ手を繋ぐってことは嫌われたわけではないんだな……よかったよかった。
その後、家に着くまで紅葉はお面を外さなかった。八重は紅葉を見てニヤニヤ笑ってるし……何が何だか分からんが、楽しんでくれたようで何よりだ。
「榊、来年もお祭りいこーねっ♪」
「……もう射的のやり方忘れたから来年もまた教えてください」
俺に抱き着いてくる八重とソファで顔をクッションに埋めている紅葉の頭を撫で、勿論だと答える。
――七夕祭り会場には大きな笹の葉が飾られており、祭りの参加者が自由に短冊を吊るせるようになっている。
そんな笹の葉に、仲良く吊るされた短冊が三枚。
「榊とずっと一緒に居られますように! 八重」
「願わくば、榊との生活が末永く続きますように 紅葉」
「大好きで大切な家族が、幸せになれますように 盥 榊」