「榊、牛乳が切れたから買ってきてくれないかい?」
「ん、了解」
我が家に馴染みきった紅葉はまるで母か姉のように家事を手伝ってくれている。
さらに近くのスーパーや商店街の店員さんと顔なじみになって世間話するレベルにまでなっていた。
俺も顔見知りじゃないわけではないのだが、烏にコミュ力で負けるってどうなんだろう……。
「ほら八重もずっとごろごろしてるなら榊と一緒に買い物しといで」
ソファに座っている俺の膝に頭を乗せて寝そべっている八重に紅葉は呆れたように言う。
遊園地の一件以来、紅葉は俺と八重の距離をさらに縮めようとしてくれている。本当に良い奴だ。
紅葉には心の底から感謝している。
「榊が行くなら行く!」
元気よく上体を起こした八重は身に着けていたジャージから黒いタンクトップとデニムパンツに着替えて俺を急かす。
俺はもともと外出できる服装だったから財布とエコバックを持って家を出る。
と、家を出る前に紅葉にメモを受け取った。牛乳以外の買い物メモだ。
本当、しっかりした八咫烏である。紅葉に好かれてるやつは幸せ者だな。
昼前の太陽の下を手を繋ぎながら歩く。すっかり手を繋いで歩くのが普通になってしまい、今ではお互いが照れることはない。
妹が出来た気分だが、何を隠そう俺は八重のことが好きだ。家族としてもあるが、一人の女の子として八重が好きなのだ。
それに気が付けたのは紅葉のお陰でもある。
スーパーに入店すると同時に八重が走り出そうとしたので、繋いだ手に力を入れて引き止める。走って他の人とぶつかりでもしたら大変だ。
強く握られたのが嬉しかったのか、八重は先程より頬を赤らめてはにかんだ。
「走んなよ。えっと、まずはお菓子だな。お前らのおやつだし、八重が好きなの選びな」
「ほんと!?じゃあお煎餅とプリッキーと……」
「一つだけ、な」
あからさまに絶望した表情を見せる八重をお菓子売り場に連れていき、その間俺は牛乳や野菜を買い物かごに入れていく。牛乳はなるべく奥に陳列されているものの方が賞味期限が遅いのできちんとそちらを買う。並べた店員さんには悪いけどな。
買い物メモを見て買い逃しがないことを確認し、お菓子売り場に戻ると、満面の笑みの八重が俺を待っていた。
「これにする!」
そう言ってかごに入れたのは激辛煎餅。俺も食べたことあるが、一枚食べるのに一苦労だった。
辛味は刺激、つまり八重の快感の対象なのだ。
以前ラーメン屋に行った時も激辛つけ麺を頼んで喜びながら食べていた。ドM、侮りがたし。
煎餅はかごへ、八重が煎餅の裏に隠し持っていたプリッキーはきちんと棚に戻した。
しょぼくれている八重の手を引いてレジへ向かうと、見覚えのある顔が営業スマイルを浮かべているのに気がつく。
「いらっしゃいませーって、榊くんじゃん!おっはろ〜!」
「テンションおかしいぞ、仕事しろ」
この春からクラスメイトになった
その間高校の話やらをしていたからか、八重が拗ね気味だ。
まぁ家に帰ったらたっぷり可愛がるからな。
と、小鳥遊が藪から棒に話を切り出した。
「ねぇもうちょいで仕事上がりなんだけど午後榊くん家遊び行っていい?」
「だめ!」
……一応言っておくが、拒否したのは俺ではない。
俺の腕に抱きついて小鳥遊を睨みつけている八重だ。
俺も小鳥遊もぽかんとしていると、八重が俺の袖をグイグイと引っ張った。
「帰るのー!帰って寛ぐのー!」
駄々をこね始めた八重を不思議そうに眺めていた小鳥遊は暫く考えたあと、あぁ!と手を叩いた。
そしてニヤニヤと笑いながら八重に
「もしかして榊くんが取られちゃうと思ってるの?別に私は榊くん狙ってないから大丈夫だよ〜」
と伝えた。八重は用心深く、何度も「ホント?」と聞き返している。それに対し小鳥遊も全てに「ホントだよ」と返答していた。
たしかに小鳥遊とはただの友達といった感じで、男女らしい関係ではない。
「ふむ、許可しよう!」
八重に許可をもらった小鳥遊が俺に微笑みかけてくる。そういえば高校の友達を家に呼ぶのは初めてだ。
とりあえず帰ったら居間を片付けなきゃな。
「じゃ、また後でね〜!」
「おう、その前にこのレジ列をなんとかしろ〜」
俺らが話している間に溜まってしまったレジ列を見て顔を青くしている小鳥遊に背を向け、荷物を詰める。
荷物の入ったレジ袋はもちろん俺が持つ。八重に重いものを持たせるわけがない。
男としてもあるが、落としそうで怖いというのもある。
両手が塞がっているので八重がふらふらっとどこかに行かないか見張りながら家に帰る。
「ねぇ榊、片方袋持とっか?」
「いや、重いから俺が持ってるよ。ありがとな」
「……」
何故か納得していないような顔をしている八重。
大丈夫と言ったにも関わらず八重は俺の左手の荷物をぶんどってしまった。よくよく考えれば俺より八重の方が力持ちなのか……なんか悔しいな。
と、荷物を左手に持った八重は少し顔を赤らめ、俺の手を握ってきた。
「なんだ、手繋ぎたかったのか?それならそう言えばいいのに」
「だって、恥ずかしいじゃん……」
「はは、可愛いなぁ八重は」
今すぐ抱きしめたいが生憎抱きしめられない。家に帰ったら撫でて愛でてやろう!
小さくて柔らかな八重の手を握りしめ、幸せを実感する。好きな娘とこうして日々を過ごせるなんて、これ以上の幸せがあるだろうか。
どうかこんな日々がいつまでも続きますように。
休日の昼間はまだまだ長い。
紅葉の恋心を潰しておいて幸せ感じてるとか榊は一度死んだ方がいいと思うんですよ