八咫烏ってMなのか?   作:凛之介

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八咫烏って甘えん坊なのか?

「おっかえりぃ!」

 

学校が終わって帰り道の途中で買い物をしていたらすっかり空は茜色に染まってしまった。

急いで帰宅すると、玄関扉を開けると同時に八重が抱き着いてくる。

少女に抱き着かれる耐性がないものだから、不覚にも鼓動が高鳴ってしまう。

嗅ぎなれない少女の甘い香りに鼻腔をくすぐられながらも、俺は八重を引っぺがして二階へ上がり、荷物を置いた。

部活動もそろそろ決めた方がいいよなぁ。どうしよう。入ってみたいけど、八重もいるからなぁ。ま、追々でいいか。

俺は制服を脱いでクローゼットに仕舞い、部屋着―黒のジャージに着替えてから、勉強道具を手にして階下へと向かう。

花粉症のせいで痒くなってしまった眼を擦りながら夕飯のメニューを考えていて、大事なことに気が付いた。

 

……しまった、すっかり八重の飯のことが頭から抜けていて、昼食を用意していなかった。

俺は基本毎日弁当を作って持って行っているが、何分今朝は時間がなかったものだからコンビニで済ませてしまったのだ。

でも、今まで烏と一緒に生活していたのなら昼飯も今まで通り外で食ったんじゃないか。

人間の姿だからどうも愛着が湧いてしまうが、人間とは違う存在だ。そこまで気にかけなくてもいいのかもしれない。

居間に入ると八重はソファに座ってクッションを抱きしめ、テレビを見ていた。

 

「八重、昼飯どうした?」

 

食卓前の椅子に腰かけ、何気なく訪ねる。八重はこちらを振り返ることなく、少し静かな声音で返答した。

 

「食べてないよ」

 

「え?」

 

咄嗟に聞き返す俺に八重は俯き、クッションをぎゅっと強く抱きしめた。

 

「用意されてなかったし、何食べたらいいかも分かんなかったから、何も食べてない」

 

外で食べたりしなかったのか。俺がそう問うと、八重は悲しそうな目で俺を見つめた。

 

「……私達、家族だもん。外で勝手に食べちゃダメだもん。人間って、そうでしょ?

 私は八咫烏だけど、榊は人間。だから私は人間として暮らしたいの。榊の、家族になりたいの」

 

俺は、勘違いしていた。八咫烏だから人間とは違う。大丈夫。そう決めつけていた。でも

八重は心の底から人間に―俺の家族になりたいと思っていたんだ。それに対し、俺は……。

 

「悪かった、八重。明日からはちゃんと昼飯作るからな」

 

素直に謝ると、八重はニパッと笑みを浮かべた。とても可愛らしいその笑みが俺は好きだ。

 

「よし、夕飯は何が食べたい?好きなもん作ってやる」

 

俺がそう意気込むと、八重はうーんと顎に人差し指を当てて唸った。そして、

 

「榊の好きなもの、かな」

 

と俺の好きな笑みをもう一度浮かべた。だったら今日の夕飯は親子丼で決まりだな。

まぁ夕飯の時間にはまだいささか早いので八重の隣に改めて腰を下ろす。

不意に八重がテレビの電源を消し、俺の膝に頭を乗せてくる。いわゆる膝枕である。

俺の太腿にスリスリと頬を擦りつけてくる八重は何とも嬉しそうに顔を緩ませていた。

その可愛さに発情しそうになるのをぐっと堪えつつ、それでもついついその黒く艶やかな少し癖のある髪の毛に手を伸ばしてしまう。

初めて触れる八重の髪の毛は癖がありながらもすぅっと撫でやすくとても滑らかだった。頭頂部から耳元へと何度か手を往復させていると、

 

「榊……」

 

八重が俺の目置見つめてきたかと思ったら、白かったはずのその顏は濃い桃色に染まっていた。

手をもじもじさせている辺り、恐らく恥ずかしいのだろう。

しかし、抱き着いたりした時は平気だったのに、撫でられてこんなに真っ赤になるとは。可笑しな奴だ。

 

「恥ずかしいならやめるよ」

 

俺が手を頭から離そうとすると、八重に右手で制された。そして強制的に髪の毛に触れさせられる。

 

「もっと……撫でてください……」

 

先程までかろうじて桃色と言えた顔色は、今や林檎も顔負けの赤さである。

耳の先まで真っ赤に染まっていて、恥じらいを含んだおねだりは俺まで恥ずかしくなるほどだった。

撫でるを通り越して抱きしめたくなる欲求を必死に押し殺し、再び撫で始める。先ほどよりも力を強めているのはこいつがMだからである。少し強めの方が喜びそうだし。今現在、嬉しそうな顔浮かべているわけだし。

 

黙々と撫でている間、居間には静かな空気が流れていた。

お互い何も話さず撫でて撫でられていた。

いつまでもこうしていられそうな、不思議な感覚にとらわれる。

もしかしたら明日、隕石でも降ってきて地球は破滅するんじゃあないだろうか。だって、これほど幸せな時間を過ごしたことはこの十五年間で一度もなかったのだから。

ドM八咫烏と同居だなんて面倒臭い。そう思っていたが、こんな幸せが感じられるのだったら、案外悪いものでもない。

 

大窓から侵入してくる西日は気が付けばなくなり、外は街灯の点灯を要するくらいに暗くなっていた。八重も寝てしまった。俺の膝の上で。

 

「そろそろ夕飯作るか」

 

俺は八重を起こして、台所へ向かった。

冷蔵庫から材料を取り出して厨房に並べる。鶏肉と卵はかかせない。親子丼だもの。

まだソファに寝転がってる八重をほほえましく思いながらちゃっちゃと親子丼を作っていく。

時間をかけるのは好きじゃないので、”短時間でできるだけおいしく”を毎日心掛けている。

頑張れば親子丼は五分程度で終わるからな。作りやすさでも味でも、親子丼が一番好きだ。

親子丼のいい匂いが居間に漂い始めると、八重はそれを感じたのか、むくりと起き上がりスンスンと小さな鼻を動かした。そして決め顔で口を開いた。

 

「この匂いはかつ丼だね!」

 

「残念親子丼です」

 

八重は顔をまた赤くして、「わ、わかってたよ?」と白々しく目を泳がせている。

格好つけておいて外してしまうとは馬鹿なのか。烏って賢いんじゃなかったっけ?

そうこうしている間に完成した親子丼をもって食卓へ運ぶ。汁物はなし。作るのが面倒くさいからだ。

気が乗らないと品数を減らすのが、俺の悪い所だな。ちなみに直すつもりは微塵もない。

小動物類は玉ねぎを食べさせてはいけないという情報により玉葱抜き―普段は俺が好きだから入れてる―の親子丼を前に八重は少し不服そうな顔を浮かべた。

 

「なんだよ、その顔」

 

予想外の反応に少し腹が立ったが、八重の言い分を聞いて思わず苦笑してしまう。

 

「玉葱入ってないの?」

 

急いで玉葱入りに改良して、漸く俺達は夕食にありつけたのであった。

 

 

「さて、色々と話し合わなきゃならんことがある」

 

ぺろりと親子丼を平らげてから俺のベッドの上で二人向き合って座る。これから一つ屋根の下で暮らすにはやはりいろいろ話し合わなければ。無邪気な笑顔で胡坐を掻いている八重に、俺はいくつかの質問をする、

 

「まず、お前服は?」

 

「私は人間と違って八咫烏。元々八咫烏って太陽神の使いでね、神の加護が付いてるから

色んな能力が使えるの。

 その中に自由衣変ってのがあって自分の髪色と同じ色合いの服装になら自由に着替えられるの。だから問題なし!」

 

長々と語った八重は自慢げに小さな可愛らしい鼻をふふんと鳴らし、あまり豊かではない胸を張る。当たり前のように話しているが、本当にこいつ人間じゃないんだなぁ……。

しかし、今朝初めて会ったときのような恐怖心は微塵もない。こんな甘えん坊でドMな美少女が怖いわけないじゃないか。

 

「次だ、寝る場所は空き部屋がいくつか――」

 

あるからそこで寝ろ。そう言おうと思ったのだが、八重に遮られてしまう。

 

「やだ、榊と寝る」

 

窓から差し込む月明かりに照らされたその顔からは、異議は認めないと言いたげな雰囲気が漂っていた。

同じベッド……。流石にまずいんじゃないだろうか。

しかし八重が一緒に寝ると言って聞かないので仕方ない。今の自室を退いて母さんと父さんが一緒に寝ていた主寝室に移ろう。

あそこならベッドが二つあるからな。それなら問題はないだろう。一応八重に訊ねてみると、無事了承を得ることができた。

 

「あとはそうだな。昼飯は弁当のついでに作って置いておくから昼になったら食べるんだ

ぞ」

 

それ以外にも色々説明している間、八重はしっかりと頷きながら聞いていた。この様子だとあまり心配しなくてもよさそうだな。安心して暮らせそうでホッと胸をなでおろす。

 

「それじゃ八重。これからよろしく」

 

改めて向かい合い、八重に向かって手を差し出す。ぎゅっと握り返された手はほんのりと温かく、柔らかかった。

 

「よろしくね、榊!」

 

こうして、俺と八重の生活が始まったのであった。

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