「榊、私にお料理教えてくれない?」
八重が俺の膝に頭を預け、ソファで寝転がりながら漫画を読んでいるときのことだった。
手にしているのは料理漫画。単純な八重のことだ、料理に人生を捧ぐ主人公にでも感化されたのだろう。そんなところも可愛いな。
外は霜が張るほど気温が低く、折角の休日から外出という選択肢を奪ってしまった。ラジオによると、確か氷点下まで下がるとかなんとか。
台所は冷えるから極力立ちたくないのだが、八重のお願いとあらば聞かないわけにはいかない。
どうせ皆暇だろうと紅葉と烏沙義も誘ったのだが、烏沙義は「味見なら喜んで!」と満面の笑みで言うので完成まで待機することに。結局俺と紅葉が講師、八重が受講者という形になった。
「今日作るのは何ですか、紅葉センセー!」
「はいっ今日作るのはですね、お手軽餃子ございます!」
まずは紅葉の指導から。予想の斜め四十五度上を行く紅葉のノリの良さに苦笑しながらも、俺は端に寄って初体験に目を輝かせる八重を眺めていた。マジ天使。
冷蔵庫から材料を取り出す紅葉。が、何かがおかしい。見覚えのあるパッケージ……そして俺は気が付いてしまった。
「いや紅葉それ冷食じゃん!」
紅葉の手にした袋には『フライパンでお手軽餃子♪』と記されている。料理を教えてあげる気はなかったのだろうか。
「覚えたところで面倒くさがってやらない、後片付けもしないであろう駄目烏の八重には冷食がお似合いさ」
満面の笑みで毒を吐く紅葉、目元が何も笑っていなかった。貶された本人はというと、頬を赤らめて甘い吐息を漏らしている。
とりあえず俺だけでもまともな料理を一つくらい教えてやろう。もしかしたら料理に本格的に興味を示すかもしれない。八重がSに目覚めるくらい確率は低いだろうけども。
紅葉には烏沙義と一緒に待機してもらうよう頼んだ。
八重を撫でながら少しメニューを考える。紅葉の言う通り手間のかかるものではなく簡単なものがいいだろうと思い、俺は冷蔵庫から卵と牛乳を取り出した。あと食パンを用意し、八重と横並びに立つ。
「そんじゃあフレンチトーストを作ってみよう」
面倒くさそうだが、意外と簡単に作れるフレンチトースト。俺も前はよく間食に作って食ってたっけな。
まず底が平らで大きめの容器に卵と牛乳適量を入れ、砂糖も適量入れる。そこに食パンを片面浸して……
「レンジで三十秒チン!」
「チン!」
「チン!」
あまりチンと連呼しないでほしいものである。と、声に違和感を覚え目線を声の先に向けると、いつの間にか紅葉の姿が消え、烏沙義が八重の隣に引っ付いている。居間を覗くと、紅葉はソファに横になって小説を読んでいた。理由はわからないが、あれは拗ねたときの顔だ。極稀に紅葉は幼子のように拗ねた様子を見せる。その度何かしてしまったのかと不安になるが、心当たりがないので本当に困る。
撫でれば機嫌は直るみたいだから、扱いやすいといえば扱いやすいのだが。
レンジでチンすることでパンに卵が染み込むのが早くなる。と思っている。これを両面やったら、耐熱皿にマーガリンを塗ってパンを乗せ、グラニュー糖をかけてオーブントースターで十分間。
その間ぐうたらしましょう。
「お姉ちゃん、神経衰弱しよー!」
「いいよ! それにしても、良いネーミングだよね♡」
「なぁ紅葉~なんで怒ってるんだ?」
「うるさい、怒ってない」
小説を読んでいる紅葉に何度も問いかけると、少し頬を赤らめながらも拗ねた顔で
「膝枕してくれたら許してあげる」
と、不器用なおねだりをされた。普段八重が俺にくっついているから甘えにくいのかな。
もちろん膝枕はしてあげるのだが、俺が紅葉にしてやってると――
「あ、紅葉ずるい! 榊ぎゅーってして!」
「私は紅葉さんにぎゅーします~♪」
この二人が黙ってないんだよなぁ……。
しかし、紅葉は満足そうに鼻歌を奏でている。
なんとか機嫌は直ったようだ、よかったよかった。
と、そうこうしている間にオーブントースターが鳴り、全員で確認しに行くと、上手い具合にふっくらとしたフレンチトーストが。
みんなで顔を見合わせると、自然と頬が緩んだ。
「おっしゃ四等分して食うぞ!」
小皿にとりわけ、それぞれ席に着く。合掌して、八重の初料理を口に含み、八重以外が目を見開いた。
衝撃が隠せない、恐る恐る八重を見やり、問いかける。
「……お前、なんか入れたか?」
「ん? ハバネロオイル」
悪びれもなくそう微笑んだ八重は、フレンチトーストを口に頬張って身を快感に震わせた。
普通フレンチトーストは甘いものだ。故に脳が予想外の出来事に慌てふためいている。くっっっそ辛いんだが。
涙目の烏沙義にお茶を注いでやり、紅葉とアイコンタクトを取った。
二人の思考は完全に一致している。
二度と、八重の料理を食べるものか。と。