八咫烏ってMなのか?   作:凛之介

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八咫烏って片思いなのか?

 ――ゴンドラが、頂上に到達する。一面の夕焼け空。

 彼女はいつもと変わらぬ口調で、俺に約束を結ばせた。揺らめく夕日に負けないくらい、瞳を紅く潤ませて。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

「紅葉、明日一緒遊園地行かないか」

 

 俺は夕食時、紅葉にそう提案した。日頃から家事やらで世話になっているのだ、何かお礼をしたいとずっと考えていた。少し前に小鳥遊が何故か二枚遊園地のチケットをくれたし、丁度明日は土曜日だ。

 そう伝えると紅葉は目を輝かせたが、すぐに申し訳なさそうに俺の隣へ視線を向けた。味噌汁を啜っていた八重がそれに気が付き、明るい笑顔を浮かべる。

 

「二人で行ってきなよ! 折角紅葉へのお礼なんだからさ」

 

「そ、そうか……」

 

 キャベツを齧りながら、じっと烏沙義が八重を見つめている。何か言いたげな眼差しだった。

 八重と烏沙義も今度連れていくことを約束して、俺はまたから揚げを口に放り込む。心なしか、八重の箸があまり進んでいないように見えた。

 

 

 

「――そんじゃ、夕食までには帰ってくるからな」

 

 玄関まで見送ってくれた八重と烏沙義の頭を撫で繰り回し、俺と紅葉は駅へ向かう。半年ぶりだからか、紅葉はずっと電車の中でパンフレットを眺めていた。それが何だか幼く見えて、ついついからかってしまう。顔を赤くした紅葉は拗ねたようにそっぽを向いてしまった。

 電車の窓から差し込む日光は柔らかく、春らしい日和だ。紅葉へのお礼、と言いながらも、俺もかなり楽しみだったりする。そういえば、まだ烏沙義を連れて行っていなかったか。夏休みにでも四人で行くか。

 あれに乗ろうこれに乗ろう、紅葉とそうして和気藹々と話していると、遊園地の最寄り駅に到着。電車から降りた俺達を、陽が優しく包み込んだ。

 

 コーヒーカップが大層お気に召したのか、この列に並ぶのもこれで三回目である。普段なら見ることのできないであろう、無邪気な笑顔でカップをぶん回す紅葉。年下勢がいないからだろうか、とてものびのびとしているように見える。もしかしたら、最年長としていつも気を張っていたのかもしれない。

 

「榊、次あれ行こう!」

 

「はいはい」

 

 俺の手を引いてずんずんとアトラクションに向かって進む紅葉の後ろ姿が、やけに可愛らしく見えて。俺の顔は知らぬ間に柔らんでいた。

 紅葉は俺に背を向けていたから、気づくことができなかった。この時、紅葉の顔が真っ赤に染まっていることに。

 

 

 以前と違って、今回の帰宅時間はかなり早めだ。二人の夕飯を作らなければならないからだ。だから、陽が沈んできた段階で、俺達はもう観覧車の列に並んでいた。最後のアトラクションだ。

 コーヒーカップが楽しかった。と紅葉は興奮気味に何度も繰り返している。よほど気に入ったんだな。こりゃ次来た時もコーヒーカップに数回乗る羽目になりそうだ。

 ゴンドラの順番が回ってくる。乗り込むと、徐々に上昇していく景色を二人で「おー!」なんて見渡していた。鮮やかな茜色の空と真っ赤に燃える夕日。明日は間違いなく晴れることだろう。

 

「にしても、本当紅葉にはいつも世話になってるな。ありがとう」

 

「い、いやいや。榊の家に転がり込んだのは私達の方なんだから、当たり前じゃないか」 

 

 改めて礼を述べるも、照れたようにそう返された。それでもありがたいことに変わりはないから、俺は気にせずさらに続ける。

 

「家事もやってくれるし、俺と八重のことも応援してくれるし」

 

 一瞬、紅葉の顔が強張った気がした。気のせいだろうか。

 

「だからさ、紅葉も相談とかあったら遠慮なくしてくれ。家族なんだから」

 

「……家族どまり、なんだね」

 

 その声はあまりにも小さくて聞き取れず、訊き返そうとするも紅葉の言葉に遮られてしまった。

 何かを決意したかのような、真剣な眼差し。昼間の幼げにはしゃぐ姿はもう見受けられない。

 

「分かった。遠慮はしない。……榊、目を瞑れ」

 

 俺は、言われた通り目を瞑った。何をする気かは知らないが、紅葉がそうしてくれと言ったから。

 直後、俺の脳内は真っ白に染まる。窓から見た茜色も忘れるくらい頭が白くなって。目を思わず開けると、超至近距離に紅葉の真っ赤な顔が迫っていた。いや、迫っていたどころではない。

 紅葉の唇が俺の唇に押し当てられ、舌が俺の口内に入り込んでいるのだから。

 

 肩をつかんで引き剥がすが、再び顔を間近へ運んできた。その目にはうっすらと滴が浮いている。

 

「私は、榊が好きだ。この上なく好きだ。大好きだ、愛してる。好きで好きでたまらない。

八重との仲を応援するなんて言ったが、もう我慢出来ない。榊の恋人には、私がなりたい。

榊と手を繋ぎたい、ふれあいたい、愛し合いたい。私は、この世で一番、榊が大好きだ」

 

 堰が切れたように溢れる告白に、俺は狼狽えていた。

 

「ずっとずっと、我慢してた。この感情が恋だと気づいた時から、ずっとずっと榊のことが頭から離れなかった。

八重を撫でてる時も、烏沙義を抱っこしてる時も、烏沙義とお風呂に入った時も! ずっとあの二人が羨ましかった!

私も榊に甘やかされたいし、破廉恥だけど、一緒に風呂にも入りたいと思った!

寝ようと瞼を閉じるたび、君の顔が浮かんでくる。愛しくて愛しくて、いつも榊のことを考えてたんだ。

そのくらい、私は榊を愛してるんだ……」

 

 言葉を連ねると同時に、紅葉の目からは大粒の涙がとめどなく零れていた。

 前に二人で観覧車に乗った時に紅葉が言おうとしていたことが、漸く分かった。俺に、告白してくれようとしたのだろう。そんな紅葉に、俺は「八重とのことを応援してくれ」だなんて残酷なことを言ってしまったのか。

 泣きたかっただろうに、俺のために必死に涙をこらえて、今まで応援してきてくれたのか。

 

 その好意が嬉しくないかと問われれば、勿論嬉しい。俺のことを想ってくれて、俺の為に協力してくれて。

 だけど、俺が漸く絞り出せた声はたったの三文字だった。

 

「……ごめん」

 

 紅葉はぐしぐしと袖で涙を拭うと、深呼吸をしてから俺の向かいに腰を下ろした。

 

「私を振るなら、交換条件だ」

 

「交換、条件……?」

 

 ゴンドラが、頂上に到達する。一面の夕焼け空。

 彼女はいつもと変わらぬ口調で、俺に約束を結ばせた。揺らめく夕日に負けないくらい、瞳を紅く潤ませて。

 

「明日、八重に告白しろ」

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

「二人とも、今頃何してるのかなぁ」

 

「気になるならお姉ちゃんもついてけばよかったのに」

 

 ぽろりと零した何気ない言葉に、烏沙義が不満そうに答えた。

 

「榊様はお姉ちゃんに甘々だから、駄々こねれば連れてってもらえたでしょ」

 

 そう呆れたように言う烏沙義は私の手の中のトランプを一枚抜き取った。ワンペアそろったようで、テーブルにその二枚を捨てた。ジョーカーは私の手元にある。そろそろ引いてもらわなければ負けてしまう。

 

「今回は紅葉に譲らなきゃ。紅葉、榊のこと好きだからさ。私もついてったらがっかりしちゃうよ」

 

 烏沙義から引いた数字はどれともペアにならず、私は頬を膨らました。

 

「なんで?」

 

 意味が分からないとでも言いたげに、首をかしげながら烏沙義は私の手元から数字の札を的確にとっていく。「あ、揃った」と烏沙義が手札を捨てる。その手元には、残った一枚のトランプが握られていた。

 

「なんでって。だから紅葉は榊のことが――」

 

「なんで?」

 

 負けるのが癪で手の動きを止めていたが、烏沙義が小さく溜息を吐きながら私に最後の一枚を差し出してきた。仕方なくペアを捨てると、手元にはジョーカーだけが残った。

 烏沙義が私をまっすぐと見つめてくる。そして、当然のように。「服は着るものでしょう」とでも言うように。

 ただただ、純粋に。

 

「お姉ちゃんだって、榊様のこと好きじゃない」

 

 言葉を発せない私の手元からジョーカーを抜き取って、烏沙義は淡々と私にその真実を突きつける。

 

「お姉ちゃん、榊様に撫でられてる時すごく嬉しそう。

榊様のことを話してる時、すごく幸せそう。

紅葉さんと榊様が添い寝してた時、悔しそうにしてた。

小鳥遊さんが来た時、不安そうだった。

それって、榊様が好きだからでしょ?」

 

 私が、榊を、好き……?

 

「お姉ちゃん、無自覚かもだけどポーカーフェイスすごい下手だよ」

 

 悪戯っぽく笑いながら、ジョーカーをテーブルに置いて烏沙義は居間を出て行った。取り残された私の脳裏に浮かび上がるのは、榊のことばかり。

 榊とポッキーゲームをした時、意味が分からないほど胸がドキドキした。

 紅葉と添い寝してるのを見た時、無性にイライラした。

 小鳥遊さんと話してた時、榊がとられるんじゃないかって不安だった。

 紅葉の手を握って怖さを和らげてあげてた時、寂しく思った。

 

 そうか、私は今更ながらに気が付いた。

 

 私は、榊のことが好きなのだ。大好きで大好きで、堪らなかったのだ。




次話で最終回。かも。です。
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