八咫烏ってMなのか?   作:凛之介

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八咫烏って臆病なのか?

時間が経つのは早いもので、八重が来てからもう一週間以上経った。

まだ一週間程度、と言えばそうなのだが、ここ最近は一日が異様に長く感じられたのが事実だ。

まだ慣れていないせいもあって、毎朝目が覚めるたび近くに八重の寝顔があって思わずベッドから転げ落ちそうになった。

しかも寝起きの八重は昼間の四倍は可愛いので、早朝から精神が崩壊しそうになる。

美少女と添い寝というのは意外と辛いのは体験者しか分からないだろう。

 

さて、そんな日々が俺の日常に成りつつある中、今日は休日を活かして八重のために小物やらアクセサリーを買ってあげるべく、デパートへ出かけるのだ。

……が、空は雲一つなくほどよく日が照っている午後一時。

俺たちはいまだに出発できずにいた。

 

「なぁ八重、まだか?」

 

「もうちょっとー」

 

はぁ、と深く溜息を吐いて玄関と土間の段差に腰を下ろす。

初めての外出だからか、八重はずっと鏡の前に立ってあれこれ着替えまくっているのだ。八咫烏と言えど、やはり女子というのは支度にかかるのだろうか。それを待たされる身にもなってほしいのだが……。

そこから数分待ってようやく二階から降りてきた八重の服装を見た瞬間、危うく目玉が飛び出るところだった。まぁ実際に飛び出る訳ないけど。

 

八重は驚くことに、黒いセーラー服とプリーツスカートを着用していた。

スカートはまだいいさ。しかしセーラー服はどう考えてもアウトだ。傍から見れば俺が変態みたいではないか。

しかも今日は土曜日だから制服を着て買い物に行くこと自体おかしい。

 

「それは駄目だ、着替えろ」

 

いそいそと靴を履こうとしている八重を妨げ着替えるよう言ったが、八重は首を縦に振らなかった。むしろ少しむきになって、

 

「セーラー服のが嬉しいでしょ!」

 

などと意味の分からない理論を押し通そうとするが、俺もここは譲れない。

数分間の水掛け論の末、シュークリームをおやつに買ってやることを条件に着替えてくれることになった。この食いしん坊め。

そして一時半ごろ。黒いワンピースに着替えた八重とともに、やっと俺はデパートへと足を運んだ。

八重にとっては初めてのデパートらしい。

ずっと烏として暮らしていから、見たことはあっても入ったことはないのだろう。

 

桜が散り始めていることに少し寂しさを感じながらも大通りを二十分程歩いて到着したそこそこ大きいデパート。土曜日ということもあって利用客が多く、初めてくる八重は迷ってしまうかもしれない。

俺は何も言わず右斜め後ろをついて歩く八重の手を握り、エスカレーターへ向かった。

「手を繋ごう」なんて恥ずかしくて言えない。八重はあまり気にしないだろうな。と思っていたのだが……、

 

「ふぁ、ちょ、榊!?」

 

顔を真っ赤にしてうろたえている八重がそこにいた。こいつ、自分から抱き着いたりするのは恥ずかしくないのに、俺に何かされると恥ずかしいのか。

顔を真っ赤にしてる八重を見ているとこちらまで恥ずかしくなってしまい、思わず手を離すと八重は「え?」という顔を俺に向けてくる。

 

「なんだよ、恥ずかしいんだろ」

 

そう言うと、八重は慌てて一度離れた手を握り返してきた。

 

「ううん、嬉しいよ榊♪」

 

頬を赤らめ、笑顔で答えた八重とまっすぐ店の奥へと向かう。その手をしっかりと繋いで。

 

五階の百均コーナーにはありとあらゆるものが売っている。超便利でよく利用しているため、どこに何があるかは把握している。

俺は小物を眺めているが、八重は散策してくると言って何処かへ行ってしまった。とはいえ、階は移動するなと言ってあるから迷子にはならないだろう。

八重用のコップやら皿を手に取って見ていたその時、

 

「榊ぃぃぃ!」

 

後ろからものすごい勢いでタックルされ、思わず手の中のコップが宙を舞った。くるくると回転しながら俺の頭と同じくらいまで上がり、そこから落下を始める。落としたらまずい。反射的に俺は落下しているコップの下に手を出し、しっかりとそれをつかみ取った。

 

「あっぶねぇ……」

 

商品の損害を防ぐことができてホッと胸をなでおろしている間、八重は俺の背中にギュッとしがみついていた。心なしか手が震えている気がする。

周囲の客から何事かと視線を送られる中、俺は振り返り八重と目線を合わせる。

 

「どうしたんだ?」

 

と問うと、八重は目に涙を浮かべながら黙って俺の裾をぐいぐいと引っ張った。ついて来いという意味のようだ。

おとなしく引っ張られていくと、着いたのはガーデニングコーナーだった。

八重は途中から背中に回り俺を押して進んでいたのだが、何があったのだろうか。

見当もつかない中、突然八重の誘導がピタッと止まる。目の前には比較的大きめの商品棚が配置されており、八重はその棚の商品の一つに怯えていた。それを見て俺は納得した。

 

「烏避けか」

 

あの目玉みたいな風船に、八重は怯えていたのだ。本当にこれ効果があるんだな。と心の中で呟きながら手に取って買い物籠の中に入れると、八重に背中を思いきりぶたれる。

想像以上の痛みに呻きつつ振り返ると、涙をぽろぽろ零しながら

 

「なんで買うの!」

 

と怒られてしまった。

なんで、と言われれば、八重のお仕置き用だ。

何かしでかしたとき、説教しても叩いても喜ぶのだから意味がない。しかしこれがあれば八重にお仕置きが出来るのだ、買わないわけがない。

不満を唱える八重を無視してそのまま雑貨コーナーに戻りいくつかの商品をかごに入れてレジへ向かう。勿論烏避けもちゃんと購入した。

家へ帰る道中、八重は手も繋がなかったし話してくれすらしなかった。完全に機嫌を損ねたようだ。ふてくされている八重も、これはこれで可愛い。

途中コンビニによってシュークリームを買った瞬間機嫌がよくなったのは、俺の予想通りだった。

シュークリームを嬉しそうに頬張る八重の口元に付いたクリームをふき取ってあげたりするのが、意外と楽しかったりもする。

 

 

 

「榊榊榊榊榊ぃぃぃぃ!」

 

買い物から帰ってきて暫く寛いでいるともう時刻は六時に迫っていた。

夕飯前に掃除を済ませてしまおうと掃除機をかけていたら、八重が大声で俺の名を呼びながら二階から駆け下りてきた。

ものすごい勢いでスライド式ドアを開いて全速力で俺に突進してくる。が、それをさっと躱すと八重の突撃は空振り、その勢いを保ったまま思い切り床に衝突した。

額を摩りながら俺を見上げる顔は幸福に満ち溢れている。流石ドM。タフの域を超えている。

 

「あはっ、痛いよぉ。榊ったら冷たいなぁ♪」

 

そんな嬉しそうに言われても罪悪感は微塵も湧いてこない。大体掃除中に飛びついてくるのが悪い。それにしても……日が暮れても元気な八重だが、今までこんなに家の中を走ることはなかった。

 

「なんかあった?」

 

すると八重はあっと思いだしたように立ち上がり、再び慌てだした。

 

「大変、トイレにゴキ〇リが!!」

 

思わず手の力が抜け掃除機が滑り落ちる。八重の言葉が嫌でも脳内に響き渡り、俺を不快にさせた。

ゴ〇ブリ……。

俺がこの世で最も嫌悪する存在である。あの黒い光沢のある不気味な翅、カサカサと体の芯からぞわっとするような音をたてながら移動する姿は、もはや悪魔としか考えられない。

それが、我が家に出ただと……!?

今までちゃんと掃除もしていたしホイホイも仕掛けていたが、全く引っかからなかった。

新参者のゴキブリか?なんにせよ悪魔に変わりはない。

しかし、どうすればいい。去年までは父さんが新聞で殺してくれていたが、今は俺と八重しかこの家に居ない。

俺が、やるしかないのだろうか。いや、死んでも嫌だ。

 

「八重……」

 

じっと八重の目を見つめ、退治してくれるよう念を送る。

しかし、八重も全力で首を横に振ってきた。確かに幼気な少女に頼むようなことではないが、それでも俺はゴキブリと対面したくない。絶対に、だ。

いくら頼んでも八重は首を縦に振ろうとしない。

まぁゴキブリ退治なんていやだよな。しかし、こうなったら最終手段を使うしかない。

 

「始末してくれたら嫌というほど虐めてやるから!」

 

気が付くと目の前に八重の姿はなく、階段を駆け上がる音、そして八重の雄叫びが聞こえてきた。

とてつもない行動力だ。やはり、流石ドM。このセリフも二回目だな。

すっかり暗くなった窓の外は家とは正反対に静かだ。まだ肌寒い日も続きそうだな。

 

「榊、退治したから取りあえず膝枕して~」

 

よろよろと居間に戻ってきた八重の指示通りに俺はソファの端に腰を下ろす。八重は隣に座り俺の膝の上に頭を乗せると目を瞑った。精神的に疲れたようだ。

その気持ち、よく分かるぞ。

俺は敬意も込めてそっと黒髪を撫でる。前髪に触れると白いおでこが露わになり、不覚にもドキッとしてしまった。

 

……八咫烏か。

 

未だに両親に報告していないことに自分で笑ってしまう。しかし、なんて言えばいいのか見当もつかないからどうしようもない。

まぁ家に帰ってくるのは三年後、俺が卒業するころだと言っていたから、まだ大丈夫だろう。それよりも今を楽しむことが大事だよな。うん。八重との生活を、存分に楽しもう。そして八重にも楽しんでもらいたい。人間の生活を。

ほんのり温かいおでこに触れると八重は嬉しそうに吐息を漏らした。その表情がたまらなく可愛らしい。

もっと撫でたいところだが、そろそろ夕飯の支度をせねば。

今日は親子丼にしよう。以前作った親子丼をとても気に入ってくれたようで、また作ってくれとお願いされたのだ。

八重の喜ぶ顔が見たいから、今日も今日とて俺は夕食作りに精を出す。

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