俺が小学生に上がった頃の誕生日の日、そいつは現れた。
「僕は誠二。よろしくね兄さん。」
人懐っこい笑みを浮かべ、そう俺に笑いかけたそいつは俺の弟を名乗った。思えばこの笑みはこれから不幸に見舞われる俺に向けての嘲笑だったのかもしれない。
「よろしく。」
俺は今まで一人っ子で寂しかったからかずっと弟が欲しいと思っていた為、これは神様が誕生日に俺にくれたプレゼントだと思った。
あの日までは。
俺はあの日えもいわれぬような奇妙な感覚を覚えた。自分の中にある何かがごっそり抜け落ちて消えてしまったような。
そしてそこから俺の人生の歯車は挿げ替えられた。今まで友達だった奴らがまるで俺を他人のように見て、そして大してそいつらと交流のなかった誠二がまるで十年来の親友のように仲良くしている。その時は正直言って訳がわからなかった。だが、俺は段々とそのことの意味を思い知らされて行く。
今までのことが嘘のように誠二は次々と優秀な部分を見せて言った。まるで今までが演技のように。テストを受ければ当然のように100点満点を叩き出し、スポーツをすれば他の奴らとは一線を画した技術と運動神経で次々と結果を重ねた。
そしていつしか周りは俺と誠二を比べるようになっていった、勿論親もだ。俺に対して言われるのはいつも誠二を見習えだとか誠二を手本にしろだの誠二のことばっかり例え100点を取っても当たり前のように言われ、100点を取れなかったことに対して怒られる。折角仲良くなった奴らもいつの間にか俺と他人のように接し、誠二とは親友のように笑い合う。もう訳がわからなくなった。ただただ比べられ、努力全てが無駄になる毎日を送っていた俺の心はすでにボロボロだった。
そんな日の中の事だ。俺は突然いわれのない事で怒られるようになって言った。時には暴力を振るわれたこともあった。それに対して相談を持ちかけても調べる様子もなく結局は俺が悪いという結果に帰結する。
そして運命の日、俺は遂に見てしまった。それは偶然だった。日々比べられるだけの毎日にうんざりしていたからか俺は人と話す時は基本的に目を見て話すということはしなかった。
その日はちょうど母さんに怒られていた。理由はなんだったか覚えてはいない。話は俺を怒ることから次第に誠二と俺を比べる内容になり、俺はうんざりして様子で母さんの顔を見ずに部屋の中を見ていた。そしてふと、部屋にあった母さんの化粧台の鏡を見た瞬間、俺は鏡ごしに見てしまった。
生気が全く感じられず、瞳孔は開いたままで濁った目をした母さんの顔を。俺は慌てて目の前の母さんの方を向き、目を見る。何かの間違いだと思いたかった。きっと疲れていたからだと思いたかった。だが現実は非情だった。目の前にいる母さんの目は鏡で見たのと同じ目をしていた。今思えばいわれのないことで怒られ始めていたよりもっと前から誠二が関係していたのだろう。
その事実を受け止め切れず。俺は恐怖のあまり靴を履いて家を飛び出し、がむしゃらに走り始めた。途中クラスの奴らにもあったがさっきまで生気を感じていた目は俺を映した途端に母さんと同じような目になり、今までの楽しそうだった雰囲気が嘘のように無表情な顔に変わった。それを見てまた俺は恐怖し、どこへ行くとも分からずに走り回った。
走り着いた先は駒王町の端にある公園の町を一望できる切り立った崖の展望台だった。
「はぁ、はぁ…何だってんだよ一体。どうなってんだ?」
本心から、心の底から浮かんだ疑問だった。そしてその疑問に答えるように背後から声が聞こえた。
「教えてあげようか?」
思いたくはなかった、今日までの数々の異変があいつの所為だとは。だが、そうでもないと説明がつかないというのも事実だった。突然現れた弟を名乗る人間、そこから始まった異変。その原因と誠二を結びつけるのには十分過ぎた。
「お前、何で…」
「何でって、もう気付いちゃったんだろ?」
その言葉が答えだった。そして誠二は語り始める。
「言っておくが俺は厳密にはお前の弟じゃない。細胞レベルでは兄弟関係にあるが魂は全く違う赤の他人だからな。ま、こんなこと言ってもお前は対して理解できないだろうな。因みにお前の周りで起こった数々の異変は俺の力によるもんだ。どうだ、自分の努力全てが無駄になった絶望感は?」
俺は言葉とともに呆然としながら後ずさった。そして落下防止の柵で止まる。
「ところで何で俺がこんな事を言っているか分かってないって顔だな。理由はいくつかあるがまだ最もたる理由はこれだよ。」
そう言って誠二は左腕に赤い籠手を纏った。
「これも俺がお前から奪った力の1つ、お前が手にする筈だった可能性、お前がこの世界の主人公たる証だ。そしてお前はここで死ぬ。今日までお前を生かしておいたのは俺がお前にあるもの全てを奪い取るためだったんだよ。だから、俺から全て吸い取られて何も残ってない残りカスのお前は俺のこれからの人生において邪魔なんだよ。だからじゃあな。」
俺は籠手で殴り殺されると思って咄嗟に体を守ろうとしたが、襲ってきたのはとんと軽い衝撃だった。そして浮遊感がくる。少しずつ遠くなっていく誠二との距離と自分の後ろにあった筈の柵を見て自分が崖から落ちているという事を理解した。そして、自分の体がバラバラになりそうな衝撃に襲われ、地面に激突したという事を理解した事を最後に俺は意識を失った。
さてと、一旦ここで話を区切るとするか。
あぁ、俺の名前を名乗り忘れてたな。弟を名乗ったあの転生者の名前から予想はついていると思うが俺の名前は那賀田誠一、昔の名前は兵藤一誠という。