リトルプリンセス(ああ、無情。外伝)   作:みあ

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第十二話:またもや勇者の旅立ち

「おじさん、これ三個ください」 

 

 銀色の髪の女性が屋台の店先に並べられたりんごを指差す。 

 肩で切り揃えられた銀色の髪、女性らしく整ったスレンダーな体形。 

 何よりもピンと尖った耳が印象的な女性だ。 

 

「美人だねー、お嬢さん。よし、もう一個おまけだよ!」 

 

 店の親父は軽い口調で、差し出された鞄におまけの一個を付け足す。 

 

「わーい、ありがとう、おじさん」 

 

 女性は、無邪気に喜んでいる。 

 いや、まだ少女と呼んでも差し支えは無いだろう。 

 言葉の端々には、子供らしさが幾分見え隠れしている。 

 

「おや?」 

 

 ふと、店の親父は少女の後ろにいる人影に気付く。 

 目の前の少女をそのまま幼くしたような容姿に、親父の顔がほころぶ。 

 

「妹さんかな? お姉さんと一緒に買い物かい、偉いねー」 

 

 その言葉に、先程の少女とよく似た風貌の少女は真っ赤になる。 

 だが、その反応は照れているのではない。 

 何故それが判るのかと言うと、これで三度目だからだ。 

 だが、当然の事ながら、そんな事など知る由も無い店の親父は気付かない。 

 

「頑張り屋さんのお嬢ちゃんにもおまけだ」 

 

 店の親父から手渡されたりんごが、その瞬間、少女の手の中で粉々に砕け散る。 

 一瞬でその場の空気が凍りついた。 

 明らかに悪い兆候だ。 

 いいかげん、鬱憤が溜まっていたのだろう。 

 

「ちょっと、お母さん、落ち着いて!」 

 

 大きな方の少女が、小さな少女に向かって叫ぶ。 

 危険を察した俺も、観察を中止して走り寄る。 

 

「いや、ここで魔法はマズイって、シアちゃん!」 

 

 だが、俺達の必死の制止も間に合わない。 

 

「ふざけるでないわ!!」 

 

 叫びと同時に、破壊の嵐が吹き荒れ、屋台を破壊する。 

 

「ひゃあーー!」 

 

 店の親父は爆風に巻き込まれて昏倒する。 

 辺りには商品だったりんごが見るも無残に散らばっている。 

 

「おのれ、どいつもこいつもわらわを子供扱いしおって、……こら、あるじ、離さぬかっ」 

 

 目標の確保は完了した。 

 俺は、フィーに目配せをする。 

 娘がうなずくのを確認して、撤収作業に入る。 

 

「おじさん、ごめんなさい」 

 

 店の親父の身体がフィーが唱えた回復呪文の白い光に包まれる。 

 その隙に、落ちた鞄を拾って、諸々の証拠隠滅。 

 野次馬が集まる前に、逃げなければならない。 

 

「ルーラ!」 

 

 未だ腕の中で暴れる妻の身体を必死で抱きかかえながら、俺達親子3人はその場を離れたのであった。 

 

 

「もう二度と、おぬしらと買い物などに行くものか!」 

 

 腰まで伸びた銀色の髪、紅い瞳を持つ少女が両手を振り上げて叫ぶ。 

 子供扱いされたのがどうにも堪えたらしいが、そういう仕草も一因だという事に本人は気付いていないようだ。 

 

「買い物に行く度に、騒ぎを起こされるこっちの身にもなってよ!」 

 

 同じような仕草でフィーも叫ぶ。 

 そう、前にも言ったように既に三度目なのだ。 

 これでローレシア、サマルトリア、リリザと近辺のバザーには行けなくなった。 

 「三度目の正直」という言葉がある。 

 今度こそは上手く行くと思ったのだが「二度あることは三度ある」を実践する事になってしまった。 

 

「次は、ムーンペタまで足を伸ばすか」 

 

 俺の提案に、女二人は対照的な態度を見せる。 

 

「行かぬと言ったら、行かぬ!」 

 

 徹底的に拒否の姿勢を崩さない妻。 

 

「じゃあ、今度はお父さんと二人だけでデートだね!」 

 

 そして、嬉しそうな表情で俺の腕を掴む娘。 

 

「あるじはわらわと留守番をするのじゃ! 買い物に行きたくば、一人で行け!」 

 

「お母さんのせいで、こんな事になったんじゃない! 少しは我慢してよね!」 

 

 再び始まった親子喧嘩を、俺はさっき買ったりんごを頬張りながらただ見ているしかなかった。 

 

  

 あの魔物の襲撃から、実に13年の月日が流れた。 

 流星の降った日、新たな闇の存在を感じたのは間違いない。 

 だがそんな俺の予感に反して、概ね世界は平和だった。 

 あんなに小さかったフィーも、もう18才を迎え、いつ彼氏を連れてくるかと冷や冷やする毎日だ。 

 アレンも立派に成長し、フィーを「姉さん」と呼んで慕っている。 

 あまりの仲の良さに、巷では本当の姉弟ではないかとも囁かれているらしい。 

 そのせいか、フィーは「ローレシアの妖精姫」とも呼ばれているようだ。 

 父親からすれば、まだまだ子供でしかないのだが。 

 アレンはセリアと手紙の遣り取りを続けているようだ。 

 このまま何も無ければ、二年後にはアレンの戴冠式と同時に豪華な結婚式が催されることだろう。 

 俺もしばらく会ってないので、どれだけ美人になったのか、楽しみではある。 

 

「大体、どうしてお母さん達は子供の頃から全然歳取らないの?!」 

 

 フィーの叫びに、意識が現実へと引き戻される。 

 シアちゃんはいきなりの問い掛けに、どう答えるべきか悩んでいるようだ。 

 実際、何故今まで聞かれなかったのか、それ自体が不思議ではあった。 

 だが聞かれないことをいい事に、先延ばしにしていたのだ。 

 

「む……、そ、それはじゃな」 

 

 食べていたりんごは芯だけになっていた。 

 俺はその芯を近くの茂みに投げ捨て、二人のもとへ歩く。 

 

「フィー、俺が勇者なのは知ってるだろ?」 

 

 そう声を掛けると、娘は静かにうなずく。 

 やはり話さなくてはいけないのだろう。 

 俺達夫婦の、俺とシアちゃんの本当の関係を。 

 俺はゆっくりと口を開く。 

 

「シアちゃんはな、魔王なんだよ。……俺が倒すべき、な」 

 

 フィーは呆けたように、俺達の顔を見比べる。 

 俺達の様子にやがて納得したのか、静かに口を開く。 

 

「本当に……? じゃあ、お父さん達は戦うの?」 

 

「いや、それを知ったのは結婚してからだったし、俺がシアちゃんを傷つけるはずが無いだろう?」 

 

 肩をすくめて、冗談っぽく笑う。 

 

「わらわが死なぬ限り、あるじが本当の意味で死ぬ事は無い。わらわが永遠を生きる限り、あるじもまた永遠の存在なのじゃ」 

 

 シアちゃんの言葉にフィーが安心したのがわかる。 

 伊達に親子をやってきたわけではない。 

 だが、真実を話しても変わる事の無い娘の態度にどこか安心したのは、俺達も同じだ。 

 

「お父さんとお母さんが普通じゃないのは知ってたけど……、年齢も聞いてたし」 

 

 まあ、普通の人間が四百年も生きられんわな。 

 それほど驚かないのも当然といえば、当然の事か。 

 

「って事は、お母さんは魔王っていう種族になるの?」 

 

 それは俺も不思議に思ってシアちゃんに聞いたことがあるんだが……。 

 

「いや、わらわは元は人間での。闇の魔力によって吸血鬼となったのじゃ」 

 

 これを聞いた時、俺は心底驚いた。 

 てっきり、別の魔物だと思っていたからだ。 

 

「えっ? お母さん、吸血鬼だったんだ。私、てっきり……」 

 

「てっきり、何じゃ?」 

 

 シアちゃんが一瞬嫌そうな顔をする。 

 そう、同じような流れが13年前にもあったからだ。 

 

「てっきり、サキュバスかと思ってた」 

 

 娘がついにその名前を口にしてしまう。 

 サキュバスというのは、要するに、男の精気を吸い取る魔物の事だ。 

 その、何と言うか、夜の営みを通してというか、な。 

 

「サ、サ、サ、サキュバスじゃと……! あるじ! さてはおぬしの仕込みじゃな?!」 

 

 あー、やっぱりこっちに話が来た。 

 13年前のあの日、俺は全く同じ言葉をシアちゃんに返したのだ。 

 俺が口を開くよりも早く、シアちゃんの拳が俺を捉える。 

 

「んがっ!」 

 

 吹っ飛ばされた俺に、フィーが駆け寄ってくる。 

 

「どうしてお父さんを怒るの?! 私がそう思ってたから言っただけなのに!」 

 

 13年前の俺の言葉をなぞるかのように、同じ言葉が娘の口から放たれる。 

 

「私が今までどれだけ我慢してたと思うの? 毎晩毎晩、その、イチャイチャイチャイチャ、そのゴニョゴニョして。子供の頃、私が隣に寝てた時にもしてたでしょ!」 

 

 気付いてたのか、やっぱり。 

 そりゃそうだよなあ、シアちゃん、声が大きいからなー。 

 防音はしてたはずなんだけど、やっぱり無駄になったか。 

 

「うるさい、うるさい、うるさい! おぬしら二人して、わらわを貶めようとは、もう愛想が尽きた! どこへなりとも行くが良いわ!」 

 

 怒りのせいか、恥ずかしさのせいか、シアちゃんは真っ赤になって呪文を唱え始める。 

 はっはっはっ、イオナズンと来たもんだ。 

 ありゃあ、本気だなあ……って、マジでやばい! 

 俺は死んでもどうにかなるが、フィーを巻き込むわけには行かない。 

 フィーを抱き寄せ、呪文を唱える。 

 

「ルーラ!」 

 

 俺達が地面を離れると同時に、光の球が地面で弾ける。 

 

「待たんか、おぬしらーー!」 

 

 爆音に混じって、シアちゃんの怒りの言葉が聞こえる。 

 さすがに分厚い壁を通り抜けるだけの事はある。 

 

「わーい、お父さんと駆け落ちだあ」 

 

 俺は、無邪気に笑いながら抱きついてくる娘のぬくもりに包まれながら、これからの事に思いを馳せていた。 

 

 その時はこれが、これから長く続く冒険の始まりだということに全く気付いてはいなかったのである。 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED DRAGON QUEST 2『星に願いを』


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