残照の巫女   作:はたけのなすび

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感想、評価下さった方、ありがとうございました。

では。



act-3

 

 

 

 何度も繰り返して見てきた、剣の夢。

 それに取って代わる夢なんて自分は見ないと思っていたのだが、そういう訳でも無かったらしい。

 夢の中に自分がいると感じつつ、士郎は辺りを見渡した。

 そこは何処か城壁の上だった。石を組まれて造られた、堅牢な壁。分厚い壁の上は人が手を広げて数人横に並んでも尚幅があった。

 その壁の上、士郎に背を向けて立っている人影があった。細い肩と華奢な項を見るに、まだ若い女か少女だろう。

 風に黒い髪を靡かせながら、城壁に手を付いてその人物は眼下の光景を食い入るように見ている。

 しかし、唐突に彼女はくるりと振り返った。

 

―――――兄さん!

 

 そう言って、少女は士郎の横を通り、彼の後ろからやって来た誰かに駆け寄った。

 その誰かの顔は士郎からは陰になって見えない。ただ駆け寄った少女の、日の光に照らされた白い顔だけが印象に残った。その目鼻立ちに、曇りのない笑顔を浮かべている顔に、士郎は確かに見覚えがあった。

 

―――――アヴェンジャー?

 

 そう、小さな疑問を抱いて、そこで衛宮士郎の意識は呼び起こされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄ぼんやりとした夢の後、士郎は目覚めた。

 夢の名残を振り払うように布団の上で呆けていると、障子の向こうから声がした。

 

「シロウ?」

 

 小さく、しかしよく聞き取れる声を聴いて、意識が一瞬で切り替わった。昨晩の出来事のすべてが目の前を流れて行って、夢の残滓はすぐに消えてしまう。

 布団を跳ね除けて士郎は飛び起きた。

 

「あ、アヴェンジャーか」

「はい。もしや体の調子が悪いのですか?」

「いや、違う。違うから、ちょっとそこで待っていてくれ!」

 

 部屋に入って来られてはたまらない、と士郎は慌てて支度を終えて部屋を飛び出る。

 アヴェンジャーは士郎の部屋の前の縁側に正座して、膝の上に地図を広げていた。昨晩、士郎が眠りにつく前にアヴェンジャーはこの冬木の街の地図を欲しがった。そういうならと一枚渡したのだが、どうやらアヴェンジャーは一晩中士郎の部屋の外に控えて、地図を見ていたらしい。

 契約にエラーを抱えるアヴェンジャーだが、クラススキルという技能のおかげで睡眠を取らずとも魔力回復は捗るという。これがなかった場合、通常の人間と同じように睡眠や食事などで補給しなければままならなかったそうだ。

 サーヴァントとして大して強くない、というアヴェンジャーからすると必須のスキルだとか。

 

「大して強くない……って、俺、サーヴァントの強さとかよく分からないんだが」

 

 まだ早朝だからか、薄暗い廊下を歩きながら、士郎は聞いた。睡眠時間は大して取れていないが、今更寝直す気に離れない。

 アヴェンジャーは理解したように首肯した。

 

「そうですね。シロウを襲った槍兵、彼は槍から察するにアイルランドの光の御子、クー・フーリン辺りかと。彼がクー・フーリンであったならば、私では正面からでは勝てません。リンのアーチャーでも同じです。凌げはしても、討ち取るとなると話は別です」

 

 その話に士郎は妙に納得した。

 昨晩、あの長杖でアーチャーと渡り合いかけていたが、アヴェンジャーはやはり全体的に戦う者には見えないのだ。細い肩や華奢な背格好からして、神官や姫といった印象が先に出る。

 細腕で士郎を抱えて軽やかに動いていたことも嘘のように思えた。

 

「……なあ、俺は正直聖杯戦争ってのはよく分からない。戦うかどうかもまだ決められてないんだ」

「……」

 

 アヴェンジャーは話の続きを促すように小さく頷いた。

 

「昨日の遠坂が言ってたけど、聖杯ってのを手に入れるためにマスターやサーヴァントは参加するんだろ」

 

 これは万能の願望器を手に入れるための争いだと、遠坂凛は言っていた。アヴェンジャーもそれを欲して参加したと昨晩言っていたはずだ。そんなあるかないかも分からないようなもののために、自分のように殺される人間が出るかもしれないと考え、今の 士郎は聖杯戦争を止めたいとだけぼんやり思っていた。

 

「アヴェンジャー、おまえはどうして戦うんだ?聖杯に、何を願っているんだ?」

 

 この()()()が何を願っているのか、その答えがどうしても聞きたかった。

 表向きは士郎を気遣う人間だが、彼女はあくまで復讐者を名乗っている。もしも彼女の願いが血塗られたものだったなら、士郎はそれを肯定できないだろう。

 黒髪の少女は立ち止まり、士郎を真っ直ぐに見上げる。

 

「ある人々を救うためです。運命を読み解き、死の縁にいる彼らを助けるために私は聖杯を求めています」

「人を助けるために?お前は聖杯が欲しいっていうのか?」

「はい。それが私の最後の義務ですから」

 

 黒曜石の瞳に浮かんでいる混じりけのない決意に、士郎は気おされた。

 人々を救う。それはまさに士郎が常から願っていることだ。遠い昔に自分を助けてくれた養父のように、できる限り多くの人々を救う、正義の味方になる。

 それが衛宮士郎という人間の根幹であり、復讐者の言葉はその根幹を揺さぶった。

 

「ですからマスター、私はあなたに戦いから降りて欲しくはありません。そうされては聖杯が手に入らないからです。しかし、巻き込まれただけのあなたなら争いから逃げたいと思うのもまた道理ですし、私にあなたを止める力や権利はありません」

 

 アヴェンジャーの黒い目は令呪に注がれているようだった。

 言葉通り、この場で契約を切れば、恐らくアヴェンジャーはすぐにでも消え去るのだろうと士郎は予感した。

 人々を救いたいと願う人間を、ただ消し去る。それはとても間違っていることのように思えた。

 返答できない士郎に、アヴェンジャーは畳み掛ける。

 

「まずは教会へ赴くことを進言します。監督役ならば、より全体を俯瞰した説明をしてくれるでしょう。その後に最後の判断を下してください、マスター」

「……ああ、分かった」

 

 士郎が頷いた瞬間のことだ。

 ぐう、と間の抜けた音が士郎の腹から響いた。考えてみれば昨日あれだけ大立ち回りをして、何も食べていないのだ。

 その音を聞いて、アヴェンジャーがくすくすと笑いだした。上品に少女は大笑いし、少年の頬が赤くなった。

 

「は、腹が減っては戦はできぬと言いますし、食事を先にしますか?」

「そうさせてもらうよ。アヴェンジャー、何か食べたいものとかあるか?あ、サーヴァントだから食事は要らないってのは無しだ。俺だけが食っても意味ないからな」

 

 笑われた士郎はぶっきらぼうに言い、アヴェンジャーは肩をすくめた。

 

「……さあ。聖杯から知識が与えられているとは言え、私はこの時代の料理に疎いので、シロウにお任せしますよ」

 

 聖杯ってのはそんなことも出来るのか、と士郎が目を剥き、だから万能なんて肩書が付くのです、とアヴェンジャーが返す。

 彼らの朝の一幕はそれで終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言うまでもないが、冬木の教会までアヴェンジャーは付いて来ると言って聞かなかった。

 あの古代ギリシャ染みた白い服で外を出歩くのは不味いと士郎が言い張ると、アヴェンジャーは認識阻害の魔術を自分にかけてそのままの格好をすることになった。

 しかしアヴェンジャーとしてはそんなことで魔力を使いたくはなかったらしく、後で士郎が某か服を買わねばならなくなる。

 冬木教会に付くまでアヴェンジャーが誰かに見咎められないか士郎は神経を尖らせたが、そのようなことにはならなかった。

 十字架を頂く神の家の前は、重々しく佇んでいる。

 士郎は一つ息をして扉を押し開けた。

 

「―――――おや?これは珍しい来客のようだ」

 

 祭壇の手前にいる一人の男が振り返る。

 カソックを纏い、ロザリオを首から下げた巌のような男だった。

 察するに人を教え導く神父なのだろうが、それにしては威圧感を与えてくる風貌だった。

 

「アンタがこの聖杯戦争の監督役ってので合ってるのか?」

「如何にも。私は言峰綺礼と言う。ああ、お前が名乗る必要はない。こちらは遠坂から連絡を受けているのでな。衛宮士郎にそのサーヴァント、アヴェンジャーよ」

 

 リンは律儀な人ですね、とアヴェンジャーが士郎にしか聞こえない声で呟き、そうだな、と士郎は頷き返した。

 言峰なる神父は、遠坂凛から概ね話は聞いていたらしくすぐに士郎に問うた。

 つまり、聖杯戦争に参加するか否かを。

 どう答えるか、と士郎は言い淀む。彼が隣のアヴェンジャーの方に目を向けかけた途端、サーヴァントの方が口を開いた。

 

「マスター、私は外で警戒に当たります。最後の決定はあなたが下すべきです」

 

 止める間もなく、アヴェンジャーは扉を開けて出て行ってしまう。

 

「……ふむ。自分がいてはお前の判断が狂うと判断したか。復讐に狂ったサーヴァントとは思えんな」

 

 つまらない、と言いたげに神父はアヴェンジャーの出て行った扉を睨んでいた。

 

「俺が知るかよ。そもそもアヴェンジャーなんてクラスはイレギュラーなんだろ」

「素人のマスターとは言え、その程度の知識はあるか。だがその通りではある。剣のセイバー、槍のランサー、弓のアーチャー。そして騎乗のライダー、魔術のキャスター、暗殺のアサシン、狂戦士バーサーカーと言うのが通常のカードだ」

 

 アヴェンジャーなどというのは例外だ、と神父は断定した。

 

「まあ、この聖杯戦争自体、前回からすると十年しか経っていない異例なものだ。クラスの一つに狂いが出ても可笑しくはあるまい」

「前回、だって?それに十年しか経っていないって……」

 

 知らなかったのか、と言峰神父は士郎を憐れむように見下ろした。

 

「聖杯戦争はこれで五度目だ。前回の第四次もまたこの冬木で行われ、結果一つの災害を引き起こした」

 

 災害、と言う言葉が士郎の前に赤い幻影を呼び起こした。

 

―――――あれが、あの地獄が、聖杯戦争によって引き起こされたっていうのか?

 

 呆然と少年は立ち尽くした。

 ぐるぐると世界が廻りだすように感じる。

 

「少年、しかしお前は告げねばならない。お前はこの街で万能の願望器を巡って戦うか否か?その返答は如何に?」

 

 神の証たる十字架の足元で、聖職者はただただ重々しく、少年に問い掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教会から出ると、背を向けているアヴェンジャーの姿があった。

 士郎の気配を察したのかアヴェンジャーが振り返る。士郎が片手を上げると、彼女の方から駆け寄ってきた。

 

「マスター、顔色が優れませんよ?」

「……あ、悪い。何でもないさ」

 

 神父からあの過去の話を聞かされたからだろう。余程非道い顔になっていたに違いない。

 しかし士郎はそんなことより先に、言わなければならないことがあった。

 

「アヴェンジャー、聞いてくれ。俺は、聖杯戦争から降りない。降りないで戦う」

 

 アヴェンジャーを真っ直ぐに見て、士郎は告げた。

 

「それは、マスターに聖杯への願いができたと言う事ですか?」

 

 違う、と士郎は首を振った。

 

「俺は聖杯戦争を止めたい。十年前のように……昨日の俺のように、この戦いで誰であっても人を死なせたくないんだ」

 

 だからそのために、士郎はアヴェンジャーに力を貸してほしかった。

 アヴェンジャーは顎に手を当てて考える仕草をした。

 

「それはつまり、あなたは戦に巻き込まれる人間をできるだけ多く救いたいということですか?聖杯を使うつもりはなく」

「ああ」

「しかし誰であっても、とはマスターも含むのですか?彼らは敵です。あなたは、あなた自身や私を殺しにかかってくる人間の命も助けろと?」

「そんなコトまで言うつもりはない。でも、仮にサーヴァントを失ったマスターがいたとしたら、そいつまでは」

「殺したくないと言うのですね」

 

 難しいことを、と言いたげにアヴェンジャーは眉を吊り上げた。

 

「無辜の民を守るというシロウの方針は、確かに賛成です。私も真名にかけてそうしたいとは思います」

「じゃあ――――」

 

 士郎の言葉をアヴェンジャーは手で遮った。

 

「しかし、私は自分の実力は知っています。仮に、あなたと彼らの命のどちらかが天秤にかけられれば、あなたの命の方を取ります。それは譲りません」

 

 曲げたいのならば令呪を使って下さい、とアヴェンジャーは言った。

 

「分かった。なるべく使わないで済むように考えるさ。アヴェンジャーも心配してくれてありがとな」

「そこは絶対と言ってほしいところですが……。それに、私があなたを案じるのはあなたが私のマスターだからです。つまりは生命線なのです。あなたが倒れれば私は消えるだけなので、礼を言われることではありません」

 

 マスターがいなければサーヴァントはこの世に留まれないのだから、当たり前かと士郎は納得した。

 

「しかし、試すような言い方をして申し訳ありませんでした、シロウ」

「お前、そんなこと言ってたか?」

「……そう言うなら良いです。さて、一先ずはこの場所から離れた方がいいかと。中立地帯ではありますが、聖杯戦争参加者ならこの周辺を監視していてもおかしくないでしょうから」

「そうだな。アヴェンジャーの服も買わないといけないし」

 

 行こう、と二人は歩き出した。

 休日の早朝ともなれば、通りに人影は一つも見えなかった。

 

「というか、俺、サーヴァントとしてのお前の力とか、まだよく分からないなぁ。予言ができるんだろ。なら、この先のことは何でも見えるのか?」

「いえ。私の予言は、私の意志で自在に操れる訳ではないのです。マスターや私に非常な危険が迫ったときにのみ、幻影や幻聴として発動します」

「ってコトは、避ける為の方法は分かっても、自分から勝つ為の方法は分からない。……カウンター攻撃みたいなものか」

 

 それでもこれから陥る危機は見えるだけでも、相当助けになる。

 

「ええ。私には()()()()()()()()()()()し、それを避けるための言葉を予言として下しますが、あなたに信じてもらえるかとなるとまた話は別ですから」

「なんでさ?俺、アヴェンジャーのコトは信じてるぞ。お前、つまらない嘘を付くようには見えないしな」

 

 まあ確かに、普通なら未来が見えると言ったって信じにくいだろうとは思うけど、と士郎は前だけを見て考えていた。

 だから、隣のアヴェンジャーがどんな顔で自分を見ていたかを士郎は知らない。

 

「―――――レイラインのせい、でしょうか」

「ん、何か言ったか?」

 

 いえ、とサーヴァントは首を振って頬の横の髪を白い指でかき上げた。

 

「ですが、シロウ。早速嘘をつかねばならない事態と思いますよ。昨日言っていた、タイガとサクラという人たちへの説明です」

「あ」

 

 完全に忘れていた士郎は坂道の真ん中で思わず立ち止まる。

 

切嗣(オヤジ)の知り合いの娘で頼ってきた留学生ってコトにしとくか」

「お父さまですか?」

「ああ、俺の親父さ。もう五年くらい前に亡くなったけど、昔の知り合いって言えば誤魔化せる……と思う。よく海外に行くような魔術師だったし、多分何とかいける……はずだ」

 

 言う側からあの熱血虎教師の姉貴分と、柔らかな微笑みを浮かべる後輩の顔が目に浮かび、冷や汗が出る。

 それでも押し通すしかないか、と歩き出そうとしたとき、ふいにアヴェンジャーが士郎の前に出た。

 

「シロウ、下がって。人の影が少なすぎる」

 

 アヴェンジャーは、片手にあの長杖を握っていた。

 言われてみれば、と士郎は辺りを見渡す。朝だとは言え、確かに余りに人がいない。

 

「……聖杯戦争は、夜にやるもんじゃなかったのか?」

「それはあくまで原則でしょう。気を抜かないで、マスター」

 

 分かった、と士郎が頷いた瞬間、明るい声が聞こえた。

 

「ふうん、やっぱりすぐばれちゃうものね。サーヴァントなんだから、それくらい当たり前よね」

 

 声は背後から聞こえ、彼らは揃って振り返る。

 下って来た坂道の中腹、教会の建物を背にして銀の髪の少女が一人、士郎とアヴェンジャーを見下ろすように佇んでいたのだった。

 

 

 

 

 




簡易ステータス

クラス:アヴェンジャー
真名:???
身長:158cm / 体重:46kg
出典:???
地域:???
属性:秩序・中庸/ カテゴリ:人
性別:女性
イメージカラー:濃紺
特技:予言
好きなもの:月夜の散歩/ 苦手なもの:強引な男
天敵:アキレウス、ガウェイン

パラメータ
筋力:E
耐久:D
敏捷:B+
魔力:A
幸運:D
宝具:???

微妙ステータス、低白兵戦能力のサーヴァント+アルトリア不在でアヴァロン使用不可マスター
そんな感じの聖杯戦争です。
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