残照の巫女   作:はたけのなすび

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では。


act-8

 

 

 

 

 士郎がまともに認識できたのは、雷鳴のような一瞬の轟音と閃光だけだった。

 反射的に顔を手で庇って床に伏せられたのは奇跡に近かったろう。

 音が戻って来て体を動かせるようになってようやく、士郎は校庭を見た。

 生徒たちが日々整備していた運動場はそこにはなく、見慣れた平らな土の代わりに巨大なクレーターがあった。

 

「な……え?」

「何呆けてるのよ、これくらいサーヴァントならやるわ。心配しなくても、アヴェンジャーはちゃんと離脱したようだし」

 

 凛の言う側から、かつんと音がして二人の前に黒髪の少女が姿を現した。

 士郎に向けて力無い微笑みを浮かべると、アヴェンジャーは血が滲んでいる装束を隠すように元の現代風の服になる。

 彼女は士郎に駆け寄ると、傍らに屈み込んで手を差し出した。

 

「マスター、爆発は大丈夫でしたか?」

 

 大丈夫だ、と言いさして士郎はアヴェンジャーの手を掴む。ひやりとして冷たい、自分よりずっと小さな手が、瞬きの間だけ血で真っ赤になっているように見えた。

 それでもアヴェンジャーはぐい、と力強く士郎を引き起こした。

 士郎の頭から爪先までを見てから、アヴェンジャーは再び杖を両手で握り、くるりと彼に背を向けた。

 瞬間、肌を泡立たせる生温く悍ましい風が、アヴェンジャーから吹き出たように感じた。

 

「ヒィッ……!」

 

 正面からそれを浴びたのは、腰を抜かしている間桐慎二だ。

 引き攣った悲鳴を上げる彼に向けてアヴェンジャーと遠坂凛は、揃って氷のような視線を彼に向けていた。

 

「なるほど……。あなたはライダーのマスター、マトウ家のシンジですか。しかしあなたは、真の主ではありませんね」

「ぼ、僕が、に、偽物だって……!」

 

 引き攣った顔と声のまま、それでも慎二は魔術師として彼を見聞したアヴェンジャーの冷え切った一言には激烈に反応した。

 

「違うというの?間桐くん。それなら間一髪で逃げてくれやがったあなたのサーヴァントを、もう一度ここに呼べばいいんじゃないかしら?」

 

 やれるものならやってみろ、と言わんばかりに、にこりと笑みを零した遠坂凛は無手のまま腕組みをする。

 

「ら、ライダー、おいライダー!どこ行ったんだよ!?マスターが危ないんだぞ!早く出てきて僕を守れよ!?」

 

 声は廊下に虚しく響き、彼の傍らには何者も現れはしなかった。

 代わりに、凛の横に紅いアーチャーが姿を現す。共に冷徹な眼をしたサーヴァント二騎を前にして、慎二の顔はいっそう引き攣った。

 宙を彷徨った彼の眼がアヴェンジャーの後ろに立ち竦んでいる士郎を捉える。

 さっきまでの傲慢さも自信も、一欠片もないその目を見て士郎の頭は冷水を浴びせられたように冷えた。

 彼が口を開きかけたとき、凛はくるりと身を翻し、アーチャーが霊体となって姿を消す。

 

「じゃあね、間桐くん。このままとっとと消えて教会を頼るコトね。一応関係者ってコトで匿ってはもらえるだろうから」

 

 行くわよ、と凛はすれ違い様に士郎に言い、慎二には目もくれずに玄関へ歩き出した。

 アヴェンジャーも杖を消して間桐慎二から目を逸らす。士郎の方を見た瞳は、既に元の黒一色になっていた。

 

「マスター、行きましょう。もう、ここには何もありません」

「え、でも慎二が……」

「彼はマスターでは無くなりました。戦意も無く、力も失った者に関わることはありません」

 

 アヴェンジャーの物言いはにべもなく、いつもは何処か感情を遠ざけているような彼女は、今ははっきりとした怒りを滲ませていた。

 慎二へ向けられているその怒りを感じて、動きが止まった士郎の耳にアヴェンジャーは唇を寄せて囁いた。

 

「……この形の決着が、あなたの望みだったのではありませんか?それならもう、ここに留まるのは不要です」

 

 だから行きましょうと、アヴェンジャーはマスターに告げた。

 士郎は一度だけ振り返る。友人は今まで士郎が見たこともないような奇妙なほどに歪んだ表情で彼を見上げていた。

 何かを言おうとして、止めた。

 衛宮士郎は確かにアヴェンジャーのマスターではあるが、今ここで起きたことを見ていただけの人間に、一体何が言えるのだろうという躊躇いが、彼の言葉を封じた。

 だから一言も言わないまま、振り返らないまま彼は歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先に言っておくと、と学校を後にした凛は言った。

 

「ライダーは死ななかったようよ。直前で強制的な霊体化が間に合ったみたいで離脱されたわ。手傷は負わせたけれど、足りてないわ」

 

 共にアーチャーの爆発に巻き込まれたアヴェンジャーも頷いて、驚いたのは士郎一人だけだった。

 

「さっき燃えてしまったんだけどね、慎二が持ってたあの本。あれに令呪を転写して、擬似的なマスターに仕立て上げる。正規のマスターじゃないんだから、当然令呪は体の何処かに現れるわけじゃない。やられたわ。ホント。さすが御三家の間桐と言ったところかしら」

 

 凛の言葉はアヴェンジャーや士郎ではなく、彼女の内側へ向けられていた。

 アヴェンジャーをアーチャーの矢の爆発に巻き込んだことについて、聞けたものではない。何より当の本人が平気そうに隣を歩いているのだ。

 

「……なあ、遠坂。あの爆発とか、あれどうやって誤魔化すんだ?」

「ん?綺礼が何とかしてくれるわ。それがアイツの役目だもの。ガス爆発とかに落ち着くんじゃないかしら。あと、アーチャーにやれって言う前に、念入りに人払いの結界を張って学校内の人間は全員追い出したから人的被害はゼロ。……まあ、そこまでやれたのはアヴェンジャーがライダーをずっと引き付けておいてくれたからなんだけど」

 

 話を振られた当の本人は小さく会釈し、ぼそりと口を開いた。

 

「昔話の存在と、相対するとは思いませんでした。……ライダーの真名はメドゥーサでしょう。ゴルゴーン三姉妹で唯一、死を与えられた者にして古き女神です」

「ちょっと、ヘラクレスだけじゃなくてまたギリシャ神話の有名所なの?」

 

 勘弁して、と凛は髪を手で払ってからアヴェンジャーを見た。

 

「で、そういうってコトはあなたもギリシャ縁の英霊って判断するわよ」

「ええ。正解です」

 

 違和感を感じて士郎は首を傾げた。

 さっきの話では、アーチャーにアヴェンジャーの真名は勘付かれたらしいがこの言い方では凛は知らないらしい。

 アーチャーが単にまだ告げていないだけなのか、それとも他に理由があるのか。

 アヴェンジャーもそれには気付いたろうが、全く表情に出さない彼女を見て士郎も顔を引き締めた。

 

「ねえ、衛宮くん。なし崩しの共闘になっちゃったけど、正式にわたしたちと手を組まない?あなたのアヴェンジャー、わたしが思っていたよりずっと頼りになる子だし」

 

 凛は士郎の様子に気付かなかったのか、そう言うとずい、と距離を詰めて来た。

 宝石のような碧眼に間近で見すえられ、士郎は視線が泳ぐ。

 半ば無意識にアヴェンジャーの方を見たが、彼女からはさり気なく視線を外された。マスターが決めろ、ということなのだろう。

 一時決めてから、士郎は凛へ手を差し出した。

 

「分かった。よろしくお願いする、遠坂」

「そう。ちなみに期限はヘラクレスを倒すまで、ね。当面の最大の敵はアイツとイリヤスフィールだから。それとアヴェンジャー」

 

 話を振られて、黒髪の少女は首を傾げた。

 

「私に何か?」

「同盟相手になったんだから、アーチャーのマスターなんて長ったらしい呼び方、しなくて良いわよ」

「……では、リンと呼びますね」

 

 それで良いわ、と凛は頷いて立ち止まる。

 彼らは遠坂邸と衛宮邸の別れ道に来ていた。

 

「じゃあね、衛宮くんにアヴェンジャー。またね」

「ああ。またな、遠坂」

 

 赤いコートを翻して、遠坂凛は去って行った。後には少年とアヴェンジャーが残される。

 

「帰ろうか、アヴェンジャー」

「はい」

 

 頷いて、士郎より小柄な少女は後を付いてきた。

 アヴェンジャーは戦えそうにないと士郎は思っていたが、彼女はアーチャーの攻撃を潜り抜けて顔色も変えていない。

 それでも士郎の頭からは、血に染まっていたアヴェンジャーの姿も消えていなかった。

 

「アヴェンジャー、体、大丈夫なのか?」

「え?」

「だからお前、さっき怪我してただろ」

「それは魔術で治しました。魔力があって、霊核が無事ならいくらでも再生が効くのが私ですから」

 

 彼女だけでなく、サーヴァントというのはそういう存在なのだろう。

 見てくれが少女だとか華奢だとか、それは器の話であって中身は違う。魔術師ならとっとと割り切れと遠坂やイリヤなら言うのだろう。

 しかし、アヴェンジャーのぱたぱたという軽い足音を聞いていると、そうは思えないのだ。

 さっきも士郎は結局の所、何もしていない。

 友人がマスターだったから驚いたことは言い訳でしかない。戦うと言ったのに、躊躇いなく士郎を庇って戦場へ飛び込んだアヴェンジャーへ何も出来なかったのだ。

 

「シロウ、顔が怖いです。笑うのは無理でも、朗らかにしていないとタイガに怒られませんか?」

 

 などと考えているとまたもくい、と制服の袖を引かれる。

 

「ん、ああ―――――悪い。でも藤ねえは今日は来ないと思うぞ。イリヤに遠慮してるみたいでさ」

「では、帰ったら私の真名についてきちんと話しますね。さっきは流れてしまいましたから」

「分かった。でもそれは夕飯、食べてからにするか」

「賛成です。ちゃんとお腹に物を入れて聞いてほしいです」

 

 士郎の作る料理は美味しいですしね、とアヴェンジャーは付け加える。

 軽いことのようにさらりと嬉しいことを言うのは、このサーヴァントの癖なのだろう、きっと。

 もっと俺がしっかりしなければ、と思う士郎と無言で歩くアヴェンジャーは、やがて屋敷に辿り着く。

 だが白壁が見えた瞬間、アヴェンジャーが身構えて士郎を物陰に引っ張り込んだ。

 

「シロウ、門の前に誰かいます。イリヤスフィールと……誰です、あの少女は?」

 

 物陰から見ると、ぼんやりした街灯に菫色と白銀の髪を持つ二人の少女が照らし出されていた。

 

「イリヤに……え、桜!?」

「サクラというと後輩ですか。……シロウ、私はサーヴァントの応対はできますが、あなたの人間関係は」

「分かってるさ!」

 

 諸々あって忘れていた。桜は毎日来てくれている、士郎の日常の象徴だというのに。

 喩え彼女が、間桐慎二の妹だったとしても。

 

「どうなんだ……?」

 

 桜は聖杯戦争のことを、ひいては魔術のことを知っているのだろうか。

 知っていたならあんなに明るく振る舞えるのだろうか。

 

「いっそ聞いてみるか」

「?」

 

 どのみち門の前で隠れていても仕方ない。

 よし、と士郎は立ち上がった。アヴェンジャーは首を傾げる。

 

「桜に……イリヤ。こんばんは、か」

 

 後ろでアヴェンジャーが口をぽかんと開けた気もしたが、気にしないことにする。

 

「せ、先輩」

「……」

 

 俯く桜と腕組みをするイリヤスフィール、無言で背中をじとりと見ているアヴェンジャー。

 てんでばらばらの反応を返す少女たちの真ん中に立たされて、士郎の背中を汗が伝う。

 ええい何くそ、と士郎は手に力を込めた。

 

「ぜ、全員立ち話もなんだから家へ入らないか?」

 

 渾身の一言で、一先ず衛宮の家の前が破壊されることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自宅に入って、真っ先にイリヤスフィールはちょっと話があるからとアヴェンジャーを引っ張って行った。ヘラクレスの気配は無いらしく、アヴェンジャーは素直に奥へ連れて行かれる。

残った士郎は夕飯の支度をしながら、手伝ってくれる桜へ大河にしたように嘘と真実の混ざった言い訳をすることになった。

イリヤスフィールは長年外国に置かれていた切嗣の娘で、アヴェンジャーはその知り合い。二人共、遠い所から切嗣や士郎に会うためにやって来て泊まるところのないアヴェンジャーは下宿中という設定だ。

イリヤスフィールの事情は殺し合いをしに来たということを抜かせばほぼ真実だし、アヴェンジャーも過去という遠い場所から士郎の所へやって来たと考えたら、完全に嘘でもない。

 

「事情は分かりました。じゃあ、アヴェンさんとイリヤさんは最初から知り合いなんですね?」

「ああ、まあな」

 

それは嘘である。

魚の鱗を落としながら士郎は答えるが、この話を続けるといい加減ぼろが出そうだった。

元々、大事な人間に嘘をつき続けられるほど衛宮士郎は器用にできていない。

 

「桜、そう言えば今日は早かったんだな」

「はい。学校から今日は絶対に早く帰るようにって言われましたし、藤村先生もいらっしゃると思ったんですけど、今日は来られてないんですね」

「あー、藤ねえはちょっとイリヤが来てから遠慮気味って言うかさ……」

 

遠坂の言う人払いはそういう形になったのか、と思いながら何気なく士郎が言うと、桜はすっと視線を下げた。

 

「じゃあ、わたしが来たらご迷惑なんじゃありませんか?イリヤさんは先輩の妹さんなんですよね?」

「い、いや、桜が来てくれるのは全然迷惑なんかじゃない。助かってるさ。それとアヴェンのヤツもさ、少し無愛想に見えると思うけど、色々俺に気を遣ってくれてるし、仲良くしてくれたら嬉しいぞ」

「先輩がそう言うなら……」

 

それでも憂い顔の消えない桜を見て、話題を変えなければ、と士郎は焦った。

 

「桜、そう言えば慎二は最近どうしてる?今日学校で会ったんだけど、何か様子がヘンでさ」

 

変どころかマスターとして敵対して来たのであるが、それは言わなかった。

 

「兄さんは……何だか最近、()()()()()()()()()()()()()()()()ちょっとおかしなくらい怒っていたり、機嫌が良かったりするんです。いえ、だからと言って先輩に何かしたりは、しないと思うんですけど……」

 

何もありませんよね、と桜は士郎の顔を覗き込んだ。

菫色の瞳に浮かんでいる気遣いは、ここ最近よく見る黒色の瞳のものとよく似ていた。

この言い方では、桜は慎二のこと、聖杯戦争のことは知らないのだ。

ついほっとして、士郎は包丁を置いて肩の力を抜く。

 

「そっか。でも俺は大丈夫さ。イリヤのコトもあるけど、アヴェンが手伝ってくれてるんだ」

「アヴェンさんがですか?」

「まあ、色々とな」

 

そうなんですか、と何故だが疑わしげに呟く桜にそうなんだ、と力強く士郎は返したのだった。

 

 

 






作者が不安になるほど、生存が危ぶまれ倒しているアヴェンジャー。
原典からして仕方ない所があるのが何とも……。
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